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あなたが会社員に向いているかどうかは、もうとっくに分かっているのでは。

先日、タイで働いていた友人と久しぶりに再会した。

「今何してるの?」と聞くと「住所不定無職だよ」と答えが返ってきた。

住所不定無職。本来なら焦りと絶望でいっぱいになりそうな状況だが、彼の笑顔はここ数年間で最も清々しかった。

 

会社員が向いていないと気づくのに、10年かかった

友人は有名な私大を卒業後、大手保険会社に入社した。明晰で行動力もある彼は、先輩からもお客様からも可愛がられた。

地道な努力を重ね、30歳では年収1000万円を稼ぐほどになっていた彼は、誰もが羨むザ・エリートだった。

 

ところがある日、彼は突然会社を辞めてしまう。そして、縁もゆかりもないタイという土地で働き始めた。これまでとは全く畑違いの業界に転職した。

現地採用(※駐在とは異なり、現地の雇用基準で働く)という立場で入社し、年収は3分の1以下に減った。

だが、彼は持ち前のコミュニケーション力を発揮し、タイでも十分に活躍した。次々と人脈を作り、仕事は順調に進んでいた。

 

しかし2年が過ぎたある日、会社を辞めることにした。そして日本に帰国し、住所不定無職になった。

「日本で8年、タイで2年。結局10年間会社員をやってわかったことがある。

「何?」

俺、やっぱり会社員向いてないんだよ。

「…え、今更(苦笑)?でも10年間は会社員やってきたんでしょ?向いていないなら、そんなに長く続かないんじゃない?」

「うん、確かに10年間、会社員だった。でもやっぱり向いていないんだよ。向いているからできたんじゃなくて、向かないことを受け入れるのに、10年必要だったという感じかな。」

 

昔から集団行動ができないのは知っていた

友人の言葉は、スッと心の中に入ってきた。私もそうだったからだ。

彼との共通点は、「会社員は向いていないのは薄々知っていたけど、やっぱり向いていないな」と受け入れるまで、一応会社員を頑張り、数年かかったことである。

 

私の場合、会社員、、、というより組織人として向いていないのは今に始まった事ではない。思えば小さい頃から、権力に盲従することができない子供だった。

「何で先生は、先生という肩書きだけでそんなに偉そうなんですか?学校という閉ざされた社会を出ても、人間として本当に尊敬できる人なんですか?」

と真正面から先生に質問し、呼び出しをくらったこともある。

そんな調子だから、体育会系の部活に入った時も先輩から目をつけられたし、クラスを仕切っていた女子からも嫌われていた。ただ、不思議なことに友達が少ないわけではなかった。こうした私の世間とは少しズレた(?)部分を好きだと言ってくれる友人もいたし、なぜか高く評価してくれる先生もいた。

 

大人になってちょっとだけうまく立ち振舞えるようになったけど…

それでも大人になって、いよいよ周囲の同調圧力に負けてなんとなく就職してしまった時、始めて組織人としてそれなりの人生を歩み始めることとなった。

正直、最初は会社の理不尽さに相変わらず疑問を感じることもあった。しかし学校にいた時よりも、納得しながら日々を過ごせていた。なぜなら、会社の上司や先輩に恵まれていたからだ。

(一部を除いて)「いいからやれ」「気合と根性だ」という理不尽マネジメントをする上司は少なかった。

 

「大島さん、疑問を持つことは素晴らしい。けど仕事は人と一緒に進めるものだから、無駄に波風を立てる必要はないんだよ。」

こんな風に、私の疑問に対し、多くの先輩が自分の経験を踏まえ、自分の言葉で説明してくれた。そういう人たちと一緒に居られる間は、実際に楽しく組織人として働くことができた。

 

ただ業績がよろしくなくなると、「いいからやれ」「気合と根性が足りない」派の勢力が増していった。尊敬できる先輩は次々に辞めていき、やがて人も仕事もつまらなくなった。

そしてその後2回の転職を繰り返したが、結局学校のような組織に逆戻りしてしまった。

皆が素直に「そうだね」と従えることも、私はつい「なぜですか?」と言ってしまう。すると、先生っぽい上司に呼び出しをくらい、元学級員っぽい感じのお局先輩に目をつけられる羽目になる。

 

こんな風に同じような失敗を何回も繰り返し、「私はとことん組織人に向いていないな」と再認識するに至った。ここまで来るのに、友人は10年、私は5年必要だった。

でも本当の事を言うと、組織人が向いていないだろうということは、とっくの昔から気づいていたのだ。

 

「やっぱり」というサインを無視しないほうがいい

もしあなたが「”やっぱり”会社員は向いていないかも」と思うのであれば、かなり高い確率で向いていないんじゃないかと思う。「やっぱり」と思うということは、自分が会社員に向いていないと、内心気付いているということだ。

なのに、なぜかそんな素直な感情を、自分で認めることが憚られる。

なぜなら、あまりに周りの人が普通に会社員をやっている(ように見える)からだ。むしろ優等生だったあなたは、ついつい自分もできて当たり前、何なら人並み以上にできて当たり前と思っているのではないだろうか。そんな人に限って実際器用に仕事も出来て、会社でうまく立ち回ることもできたりする。

 

だけど、自分に嘘をつき続けるのは結構辛いものだ。嘘をつき続けると、感情が鈍くなる。自分が本当は何がしたいのかよくわからなくなってしまう。だから、もし一瞬でも「あ、会社員向いていないかも」と思う時があったら、ぜひそのふと湧いた感情を大切にしてみてほしい。

 

 

−筆者−

大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールに渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。

個人ブログ:U to GO

新しい技能の習得にはどのような環境が必要なのか。

技能、またはスキルと呼んでも良いが、あるワザを身につけるためにはそれなりの努力が必要だ。しかも、困ったことに努力したからといって必ず身につくものでもない。

語学やプログラミング、彫刻、演奏など数多のスキルを身につけたいと願う人は多いが、殆どの場合、目指す領域にたどり着ける人は非常に少ないのは、そのためだ。

 

実際、スキルの習得は、かなり注意深く行わなければ、無駄となってしまう。さらに、数多くのスキルを要求される「仕事」の領域においては、技能の習得のスピードが、仕事の成否を分けることもある。

したがって技能そのものの習得以前に、「どのように技能を習得するか」を学ぶこともまた重要である。

 

ではその方法とは何か。これについては以前、様々なハイスキルの保持者にインタビューをした時の資料が役に立つかもしれない。

実は、多くのハイスキルの保持者は、かなり共通の体験をしている。

例えばあるプログラマーが技能の習得を実現した時のことと、あるスポーツ選手が技能を習得した時の環境は酷似していた。そして、その環境とは以下のものだった。

 

1、良き指導者がいる

断っておくが、独学が悪いわけではない。独学でスキルを身につける方法も存在する。なぜなら、練習方法は調べればすぐにわかるからだ。webにはそういったものがいくらでも存在している。

だが問題は「その中で自分に適した練習方法がどれなのか」「今の状況に適した練習方法が何か」がわからないことだ。独学が難しいのは、そのためである。

例えば「腹筋」「トレーニング」で検索してみると良い。すぐに無数の腹筋のやり方が見つかるだろう。だが、自分に合っているトレーニングの方法がどれであるか分かる人は殆どいないはずだ。

従って、良い指導者の真のメリットは「自分にとって適切な練習方法を教えてもらえる」ことにある。逆に画一的な練習の指導であれば教えてもらう価値は半減してしまう。

 

2、アウトプットの場所がある

習得した技能は、何らかのアウトプットを伴わなければ良いフィードバックを受けることができない

裏を返せば、自分の技能に対しての何らかの指摘がない状態では、到底上達は見込めない、ということでもある。

語学であれば実際にネイティブスピーカーと話したり、試験を受けたりすること、プログラミングであればソフトウェアを制作し、ソースコードをレビューされたり、販売したりすること、スポーツであれば試合をすることなどだ。

なお、練習を中心に据えてはいけない。練習はあくまでもある特定の課題に対して集中して改善に取り組むためのものだ。技能全般の向上のカギは実践である。

 

3、明確な目標を設定する

明確で、達成可能だと思える目標を持つことはモチベーションに大きく貢献する。

もちろん試合で勝つなど、アウトプットが評価されることも重要なのだが、日々の鍛錬の中でモチベーションにもっとも重要なのは、上達した実感である。そして、上達した実感は、目標の達成により得られるものだ。

実際、技能の習得に至る道筋がしっかりと決まっていれば、努力はそれほど難しくない。教え子に対して上達のステップを細分化し、達成感を得る頻度をふやすことは、有能なコーチであれば誰しもがやっていることだ。

 

4、鍛錬の時間を確保する

米国の著名なコラムニスト、マルコム・グラッドウェル氏は著書※1の中で、技術者、スポーツ選手、芸術家などにインタビューを行い、達人になるには「1万時間必要」という説を発表した。

1万時間という単位に根拠があるかどうかは議論の余地があるが「鍛錬の時間が必要」という部分において異論のある方はほとんどいないだろう。単純に言えば、毎日目の前に流れてくるものをこなしているだけでは技能を習得することはできない。

「鍛錬を行うのに必要な時間を確保する」という能動的な行動が必要だ。

余談だが、知人で「社会人になってから、日本にいながら英語を習得した」人物は、ほぼ例外なく毎日1時間程度の鍛錬を数年間、繰り返している。

 

5、競争する

誰を、何を競争相手とするかによって、技能の方向性は大きく変わってくる。逆に言えば、一定のレベルに達したら、競争する相手により技能の特化の方向が見える。これが「強みを見つける」という行為だ。

したがって趣味程度なら競争は不要だが、「使える技能」となると、競争に晒されなければならない。

技能はアップデートが必要とされる。そして、最新の技能は定式化されていないことがほとんどであり、アップデートをするには他者との競争を通じて行う他はない。

 

 

 

 

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(Jennifer Williams)

Airbnbゲストが家に辿りつくまで近隣の人に助けられていた→つまり迷惑かけているのである

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今週は2組同時に来ました。左は見ての通り日本人のヨーコさん、右はオーストラリアから来た男2人組です。

ヨーコさんは北海道小樽在住で、六本木で整体師の研修があり、近くにAirbnbないか探していたら偶然私の家を見つけたとのことでした。

前回はシェアハウスに泊まったそうですが、結局「裸のガイジン(西洋系の男にとって裸は透明なTシャツのようなもの→Airbnb日記 vol.7 〜フランス人が裸でいる〜)」がいたりして、落ち着かないし、だったらAirbnbで人の家に泊まったほうがまだマシのではないかと思ったそうです。

ビンゴ!

人の家に泊まるというのは、実はいろいろ安全です。理由は簡単です。その人が住んでるからです。

自宅でホストをしている人は、そこが自分の生活拠点なので、トイレ&バスがあって、キッチンがあって、エアコンがあって…本人が住んでいるので当然ですね。あとは友達を呼ぶ時に掃除しますよね。そんな感じでゲストを受け入れます。

まあ、結局はその受け入れるホストの人格によると言われればそれまでなのですが、自分にそんな人格があるとは言わないですが、ホストをやるものとして最低限守るべきマナーがあって、それは現段階では自分で自分を律して、自分で線引きを決めるしかないです。それができない人は現在ホストやる資格ないと思います。

現在多くの人は、ゲストの視点から「民泊」を語ろうとするので、「民泊危ない」とか簡単に言いますけど、私は、自分自身で安全な「民泊」をつくることにしています。そうすれば、少なくとも日本に1つ安全な「民泊」ができますよね。

 

 

と、かっこよく言ったみたもののオーストラリアから来た2人組は、ちょっとしたトラブルがありました。

Airbnbでは予約が決まった人のみ、ホストの自宅の地図が公開される仕組みになっています。ゲストはサイトにアクセスすれば必ず見ることができるようになっています。

が、これがあまり使えないのはよく知られていることで、私もそれはアテにしてません。それをAirbnbのせいにするつもりもありません。Airbnbは法律の守れる範囲内でかつユーザーの安全面を考慮しないといけないので、現在その地図はそこそこのものにしかなっていません。

で、Airbnbホストはどうしているのかというと、サービスで足りない部分は自分で何とかするのです。例えば、駅に迎えに行ったり、さらに詳細な地図を作って事前に送ったりとかです。

私の場合は、当初はよく駅に迎えに行ってましたが、ゲストのフライト到着時刻もまちまちなので、ある時から迎えにいくことはやめて、そのかわり詳細な地図を事前に送るようにしました。

Google Mapで経路図をつくるのはもちろん、さらにそれをキャプチャで画像データにして、目印になる場所の写真を撮ってそれらと合わせてGoogle Photosにしてそのアドレスを送り、さらにそれをFacebook、LINE、WeChatのいづれかに送るようにしています。

それで、ほとんどのゲストは自力で自宅へ辿り着くことがでくるのですが、それでも迷う人は迷うのです。なぜか?

特にヨーロッパから来るゲストに多いのですが、彼ら彼女らは、ケータイの契約をしないで来る人が多く、一応Wifiスポット(空港、駅やセブンイレブン等)があるので、そこで確認はしてくるのですが、今の自宅は、自宅に近づくに連れ道が複雑でわかりにくくなるのです。

そしてGoogle Mapの地図だけで無理なことに気づくのです。そこでようやく写真を送っていた意味に気づくのですが、その時はもちろんケータイは繋がらないので、その写真にアクセスできません。

当然、私に直接連絡もできません。さて、どうするか?

2つ考えられます。

①手当たり次第にそれらしい家をピンポン

②道行く人に場所を聞きまくる

彼らは異国の地にきて、泊まる場所探しているので必死です。

①は禁じ手で、散々注意してますが、ケータイないとそうせざるを得ないこともあります。しかし大体が②道行く人に聞くことになります。

今回のオーストラリアからの2人組も、御多分に漏れず(西欧系はいつもそう)ケータイの契約しておらず自宅直前でやはり迷い、近隣の方に道を聞いたようで、その方のケータイから直接連絡をくれました。私はそうしてすぐそばにいたゲストと無事会うことができたのですが、その方から衝撃の告白をされました「最近この界隈に外国人がうろついていて、周辺の人が不安がってるよ」。

自分、認識甘かったです。

今まで、ほとんどのゲストが私の家に自力でたどり着いていると思っていました。確かに何度か近隣の方に助けられたこともありましたし、近くに来ていることに自分が気付いて迎えに行ったこともありました。しかし、難なくやって来ていたように見えたゲストでも私の知らないところで近隣の人に道を聞いたりして迷惑かけてたんじゃないか?

この界隈は大使館や外資系企業の駐在員が住む高級マンション多く、大袈裟じゃなく道行く人の半分は外国人のような場所なので、外国人に偏見はないだろうとタカをくくっていたのですが、それとこれは別物です。

やはり、その場所にはその場所なりのコミュニティがあり、そこに長く住んでいる人がいて、秩序を守って生活しているわけです。そこに新参者の私が住むだけで違和感があるのに、さらに「民泊」(本当は民泊ではなくAirbnbと言いたいところだが)というものをやってるらしい、と。

これはマズいことマズいまま放置していたと思いました。自分にとってAirbnbがどんなに安全に行われてようとも、近隣の方に不安を与えてしまうのは本意ではないです。

それに今は「民泊」というものが誰もが知るところとなり、よくわからないものであるが故に漠然と「不安」なものになっていて、その言葉を聞くだけで、拒否反応を示す人も少なくないということは十分に考えられます。わかります。自分だって、はじめる時はそう思っていたので。ヤ◯中のヤツとか来たらどうしよう、って本気で思っていたので。(Airbnb日記 vol.3 〜香港人が家にくるpart1〜

というわけで、この方の一言により猛反省したのです。そしてこれは早急に近隣の方に理解をしてもらわなければということで、遂に向こう三軒両隣(そこは引越してすぐ挨拶をしていた)だけでなく、この周辺のコミュニティ全体への挨拶まわりをすることを決意したのでした。

 

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彼らと最初の歓談。最初が肝心で必ず一緒にお茶を飲みながら話をすることにしています。どちらもイケメンなのですが、右側の彼はオタクっぽいTシャツ着ています。どうやらそういうのに興味があるようです。真ん中にカップ麺とチョコと水がありますが、これは先ほど彼らを助けてくれた近隣の方からの差し入れです。何と心優しい方なのだろうか。

 

次回、近隣に挨拶まわりをした話をしたいと思います。

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“Airbnbゲストに完璧な地図を渡してると思ったら家に辿りつくまで多くが近隣の人に助けられていたらしい Airbnb日記Vol.186” おわり

(Vol.187へつづく)過去のAirbnb日記一覧

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日本の会社はなぜ、生産性が低いのか?

日本人の一人あたりGDPの低さが目立ってくると、当然のことながら「生産性」が注目される。だが、日本企業の生産性は先進国の中では圧倒的に低い。

なぜ日本企業は生産性が低いのか?私も疑問に思うことが多々あった。

 

 

だが、一つのヒントが下の話にあるかもしれない。先日訪問した、あるソフトウェア開発会社での話だ。

 

営業の方たち数名と話していたのだが、その中の1名が

「日本の生産性の低さの原因がわかりましたよ」

と言っていた。

 

興味を惹かれたので、「何が原因なんですか?」と私は聞いた。

「いま、お客さんから連絡があって、1週間前に契約が決まった仕事について、もっと情報がほしい」っていうんです。

「うん。それで?」

「それなんですけど、向こうの人が「見積もりの妥当性を知りたいから、見積の根拠を示した資料を作って欲しい」って言われました。」

 

相手の会社は、超大手企業で、契約金額もそれなりに大きい。だが、契約が決まった後に

「根拠が知りたい」

とは、一体何を要求しているのだろう。

「あれ、見積書は出したんじゃないんですか?」と私は聞いた。

「そうなんですけど、見積り書の項目が粗すぎるらしいんです。なんか購買の方から茶々が入って、項目を細分化して、もっと一つ一つの項目に妥当性を持たせなきゃダメだ、と言われたそうです。」

「……それは、契約が決まった後、値引きしてほしい、という交渉があったということですか?」

「まあ、そうかもしれません。」

「ふーむ。」

 

その営業の方は「慣れっこですけどね。」といい、

「でもですよ、もう一度すべてを見なおして、項目を細分化するのに、少なくとも3日、4日はかかります。多分提出は来週です。

まあ、ほとんど値引きできる余地はないので、値引いてもせいぜい数十万、というところです。そして、今はもう既に初めて見積もりを出してから3週間以上経ってるんです。」

「そうなんですね。」

「そうです。で、ここからが肝心なんですが……」

「何?」

向こうの担当者は4、5名いるんですが、ここ3週間位、一体何をやってたんですかね。多分、値引き交渉数十万のために、仕事が止まってるわけですよ。それって、すごい時間の無駄じゃないですか?

「……」

彼らは圧倒的に仕事が遅いんです。アホか、というくらいに。

例えば、大企業ですから、1週間分の4、5名の人件費は少なくとも100万以上にはなりますよね。値引き交渉で時間を無駄に使うくらいなら、早く始めたほうが遥かに良いじゃないですか。無駄な値引き交渉なんかせずに、さっさと仕事しろって感じですよね。

しかも見積もり項目の細分化なんて、本来のプロジェクトの目的からすればどうでも良いはずなんですがね。

ま、大企業の人たちってヒマなんですかね。それで、ひょっとして生産性の低い原因は、これじゃないかと思ったんですよ。やたら細かい仕事と、瑣末なことにこだわる文化、そして、時間意識の希薄さ。」

「なるほど。」

「でしょう。そんなことやってて、納期前には「残業だ」なんて、呆れますよね。私、絶対に日本の生産性の低い原因は、大企業の時間コスト意識の無さだと思いますよ。多分時間より僅かな現金のほうが大事なんですよ。ま、完全に私の思い込みですけど。スイマセンね。」

もちろん全てではないが、私も幾つかの企業で

「スピード感も時間コスト意識も皆無だな……」と感じたことが何度かある。

 

今回取引をした大企業は中小企業の取引先全てに、いちいち細かい価格交渉をしているのだろうか。たしかにそんなことをしているヒマがあったら、さっさと仕事を終わらせて、成果を出したほうが良いのでは、と思う部分もある。

 

その営業は言った。

「うちも、大企業との取引は結構ありますが、動きの遅い会社は徐々に取引をやめたいです。今回みたいなことが続いたら、仕事はこっちから願い下げですよ。我々だって、生産性の高い会社と付き合いたいですからね。

そんな会社は、信用を失って当然だと思いません?」

 

なるほど、と思った。

 

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(Joel Dueck)

「あの人はダメな上司なのかな?」と思った時に一度読んで確認してください

会社で働いていると一度は思う「なんで上司はあんなこと言うのだろう?あの人はダメな上司なのかな?」それで悩み、心の中でイラつき、場合によっては鬱になってしまうこともある。

しかし、上司は上司なりの考えがあって指示を出していることも多い。往々にして自分の考えが至らなかっただけということはよくある。そんな経験を積み上げながら社会人としての実力を上げていく。

上司は本当は何を考えてるのか?を理解するためのヒントを与える5つのコラムを紹介。

 

ただ「急かす」だけの上司と、部下の仕事をスピードアップさせる上司のちがいは、2つの質問にある。

もちろん、「早く仕事をしろ」と言う上司の気持ちもわかる。また、「ひょっとして部下が怠けているのでは」と疑心暗鬼になる上司もたくさんいよう。しかし、上司に急かされても、実際仕事は全く早くならないばかりか、かえって部下が上司への対応策を見つけるために余計な時間を使うハメになる。

「また無茶苦茶な目標押し付けやがって」心の中でそう思って仕事を続ける。本当にその成果を出そうとしている上司、あなた自身にその目標をどうしても達成してほしい上司は、その一見無茶な目標に対して、具体的で建設的な質問をしている。

 

上司が部下を守らなければならない時とは。

一般的に上司は部下を管理する、という役割があるが、その一方で、上司は部下を守る、という役割もある。いざというときに上司が部下を守らなければ、部下は会社を信頼することはできず、ロイヤリティを保つことはできない。

もちろん部下を甘やかす必要はない。上司は部下に厳しく成果を求めるのが当然である。だが、卑怯であるという認識を部下に持たれるのは致命的だ。

人望がない人間は、仕事ができない。

上司が部下を守らなければいけない時を7つの状況に分けて解説。あなたの上司はこの状況でどう行動しているだろうか?あなたは守られて然るべき時に、守ってもらえているだろうか

 

「部下に負けてあげる上司」は良い上司。 

ある商社の部長は人を育てることがめっぽう上手であった。議論においても、企画立案においても、提案書の作成においても、その上司は有能であったため、社内では一目置かれていた。

だが、しばしば彼は部下に成功体験を与えるため、意図的に議論に負け、部下に花を持たせていた。彼の育成の秘訣は「部下に負けてあげること」だったのだ。

会議での議論、企画書のアイデア、プレゼンのうまさ、あなたの方が優れていると感じているかもしれない、いや実際に本当に優れているかもしれない。しかしチーム全体の成果を考えた時、必ずしも上司があなたより優れている必要はない。

 

部下に「何回も同じことを言わせるな」と叱責する上司は無能ですよ。

「何回も同じことを言わせるな」は、出来の悪い部下への定番のセリフである。あれほど注意したのに、あれほど念押ししたのに、同じようなミスを繰り返す部下は、上司の悩みの種だ。

「何回も同じことを言わせるな」。そう叱責された部下の多くは「本当に申し訳ない気持ちになる」。しかし、その気持ちに甘えて、それを全てを部下のせいにするのは「良い上司」とは言えない。

 

「叱る名人」が実践している秘訣とは。

多くの人々にとって、部下や子供を「叱る」のは、それなりにハードルが高い。感情的なしこりを残したり、言いたいことを聞いてもらうことが出来なかったり、叱り方によっては全く効果がなく、悪影響だけが残ったりする。

それを回避するため、「感情的になるな」や「人前で叱るな」など、テクニック的なものが数多く紹介されているが、私はそれに対して懐疑的であった。

「叱る」ことが不得意な上司もいる。「叱る」ことをしないと決めた上司もいる。はたまた「叱る」ことしかできない上司もいる。しかし、叱りたいと思って「叱る」人は稀であって、上司にとって「叱る」ことは頭の痛い難しい行動の一つである。もしあなたの上司が「叱る名人」だったら、例えばあなたはこんな風に叱られている。

 

上司の新たな一面に気づくことができただろうか。それともやっぱりあなたの上司は「ダメな上司」だっただろうか。それはもう仕方ない。とりあえず反面教師としよう。ずっと「良い上司」に恵まれることの方が稀なのだから。

そして「良い上司」が本当にどこにもいなければ、その会社は危ない。さっさと辞めよう。

さいごに、おそらくこれを読んでいる多くは実は「現在」上司の方なのではないかと思います。実践的な話を詰め込みましたで、ぜひご参考にして頂ければ幸いです。

 

今までのまとめ記事

「仕事できないやつかもしれない」と自分を疑った時に読んでみてください。コラム5選

はじめて出世して、背伸びしたいと思った時に読むべき7つのコラム

「あ、ヤバイ。入る会社間違えたかも」ってなった時に役立つかもしれない記事5選

評価の軸を変えて、私は楽になった。

誰もが知っている大企業に勤めて出世する。それはわかりやすい“成功”例だ。

だが一方で、「そんな安定した敷かれたレールの上を歩くような人生なんてつまらない」といった声も聞く。

もちろん本人が幸せであれば、どんな人生だって良い。他人がとやかく言うことではない。ただ、評価されないよりはされた方が嬉しい人が多いだろうし、“負ける”よりは“勝つ”方が嬉しい人が多いだろう。

だから、「何を評価の軸にするか」によってとるべき行動は変わる。

現状の評価軸で全力を尽くしても「評価されていない」と感じているなら、これ以上無理をして力を振り絞るより、評価の軸を変える方が結果的に人生の満足度は高くなるのではないかと思うのだ。

 

☆★☆★☆

 

有名大学を卒業し、卒業後はベンチャー企業でバリバリに働き、起業して社長となった彼はこのように言う。

「起業したいなら、なぜ起業したいのか、自分の根本にあるものと向き合った方が良いよ。やりたいことがあるのか、目立ちたいだけなのか、お金持ちになりたいのか。それによって、どの程度の規模を目標に、どの事業領域で起業するのか、方針が変わってくるからね」

 

彼は、私が自分と向き合うために、自分の人生を例にあげてくれた。

「例えば僕は、世間的には良い大学に入ったと思う。でも入学してしまえば周りにはいろんな分野で輝いている人がたくさんいて、自分は勉強以外何もできず、劣等感でいっぱいになった。」

「そうなんですか。私も同じです」

「優秀な同期たちのほとんどは、有名な企業に入って、出世コースを歩んでいく。」

「はい」

「でも僕はコースを外れてベンチャー企業に入った。おもしろいことに、周りからは『なんだかよくわからないけど、すごそう』と言われたよ。」

「そうなんですね」

「そう。でも当然そこでも出世競争がある。僕はがんばって順調に出世できた」

「順風満帆ですね」

「だけど、その後僕はまたコースを外れて起業した。ここでもおもしろいことに、周りは『起業したなんて、すごいな』と僕に言ったんだ」

「たしかに、起業するのはすごいというイメージがあります」

「そう?でも実は、年収で比較したら、僕の方が断然に低いんだよ。人はいろいろ言うけどね。」

 

彼は現状に満足していた。

彼は、意図的にコースを外れたのか、結果的にコースを外れただけなのか、どちらの意味で話してくれたのかはわからない。でも、起業という道を選ぶことで、彼の評価の軸が変わったいうことは事実だ。

もちろん、起業にはより激しい競争がある。彼も年収という評価軸も全く意識していないわけではない。

ただ、それ以前の段階での軸が大きく変わっている。有名な企業ほど良い、大きな企業ほど良い。社内で出世するほど良い。そんな評価の軸から彼は外れたのだ。

 

☆★☆★☆

 

私の兄は、芸能人のマネージャーをしている。

もともとは、一般的に安定しているとされる会社に勤めていたが、兄は芸能人のマネージャーとなる道を選んだ。だが、「不安定」で「リスキー」であるという理由から、マネージャーになることを反対する人もいた。

おそらく「安定」を軸に評価している人からは「間違った選択」だと思われているだろう。また、仕事内容を評価軸にしている人の中には、「マネージャーの仕事って、雑用ばかりでしょ」と言う人もいる。

 

でも、別の評価軸の人からは「○○さんのマネージャーなんて、すごいな」と評価する人もいる。

「ものすごく多忙な世界だよね。そんな中で頑張るなんてすごいね」と大変さを評価する人もいる。単純に、芸能界自体を華やかなイメージで捉え、すごいと言う人もいる。

兄には兄の夢があり、それを叶えるためにマネージャーになることを選んだ。

事実はただそれだけだが、人によって評価軸が様々であるため、様々な評価をされている。

 

私も一般的に「不安定」だと思われるベンチャー企業を選択した。

大企業志向の人からは「なぜそんな選択をしたのか」と思われていることを知っている。でも、私自身はなんとも思っていない。私は自分が『面白い』と感じる企業に行きたかった。

今の会社は『面白い』と感じたから入ったし、実際に毎日『面白い』発見がある。(そしてその発見の一部をこのメディアBooks&Appsで書いている。)

 

正直に言うと、ベンチャー企業に行くと決めたとき、少し気持ちがラクになったことを覚えている。

それは就職先を決めたからという理由だけではない。表には出てこないけれど、暗黙のうちに内定先や勤め先の企業の大きさやブランド力で格付けし合っているような空間から抜け出したことへの、ある種の安心感だ。

今の会社に行くと決めた瞬間は、自分の中で軸を変えることができた瞬間だったと思っている。

 

☆★☆★☆

 

今の私は、何を軸にしたいのだろう……。すぐに結論は出ないが、これからも考え続けたい。

 

ではまた!

次も読んでね!

 

【著者プロフィール】

名前: きゅうり(矢野 友理)

2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。

著書「数学嫌いの東大生が実践していた『読むだけ数学勉強法』」(マイナビ、2015)

Twitter:@Xkyuuri

ブログ:http://kyuuchan.hatenablog.com/「微男微女」

実績を見ても、その人の実力はあまりわからない。

様々な会社で採用の仕事をしていると「わかりやすい実績のある人」に出会う。例えば、こんな具合である。

 

・(大手企業)でNo.1営業マンだった。

・(大きなwebサービス)のマーケティングをやっていた

・(有名スタートアップ)のコアメンバーだった

 

だが、本当に彼らは「実力者」なのだろうか。即採用すべき人物なのだろうか。

 

認知心理学者であり、ノーベル賞受賞したことでで知られるダニエル・カーネマンは著書※1の中で、

多くの人は信じたくないかもしれないが、統計的には「成果が出るかどうかは、実力よりも運の要素が遥かに大きい」

と述べている。

一般的に、成功者の言う「こうして成功した」は再現性がなく、それほどアテににならない。

※1

 

また、こんな研究もある。

カリフォルニア大学デイビス校の心理学者、ディーン・サイモントンは彼は「ある科学者が成功した論文を発表した後、論文の質は上がっているのか?」を検証した。※2

つまり「一度成功すると、その後成功しやすくなるのか」を確かめたのだ。

 

結果、科学者が画期的な論文を書く時期はまちまちで規則性がなく、キャリア全体にわたっていたのだ。ただ、画期的な論文が生まれる確率は、数多くの論文を執筆しているときに最も高くなる。

つまり、つまり「イノベイティブな成功」はノウハウとして蓄積されるような性質のものではなく、「精力的に働く時」に偶発的に出現するものなのだ。

 

成功体験は、その後の成功の確率を上げるわけではない。むしろ「成功事例の上にあぐらをかいて働かなくなった」経営者、マネジャーは数多い。

つまり「実績」はそれほど正しく実力を反映しない。その人がたまたま成果を出せてしまった、ということのほうが、可能性としては高い。

 

 

 

では「実力」をどのように見抜けばよいのか。

 

上の2つの研究結果を見ると「本当の実力」とは恐ろしく単純だ。それは

1.生産性が高い、つまり多産であること

2.継続すること、つまり粘り強いこと

この2つを可能にする能力が、実力である。モーツァルトも、ダーウィンも、エジソンも、皆この能力を保持していた。

したがって「仕事が遅い」のは致命的である。さっさと取り掛かり、改めるべきところは素早く改める。そして「継続」する。クオリティの高い仕事を継続することで「偶発的な幸運」が舞い込む可能性を上げる。

これが「実力者」の仕事ぶりだ。

 

ある会社の採用担当者は、

「実績なんていくらでも盛れるし、たまたまうまく行っただけかもしれない。そんなことよりも「どれだけ生産的に働いたか」を聞くほうが遥かに有意義です。」

また別の経営者は

「採用してわかったのですが、過去に高い実績があった人でも、次の会社でも成果を出せる人って、すごく少ないですね。むしろ、実績があっても過去の成功にとらわれて柔軟性を欠くケースも少なくありません。」

 

という。

 

「本当の実力」とは、そんなものである。実績ではなく働きぶりを見よう。

 

 

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(emilot)

Airbnbやってると東京で消耗どころか充電されてる

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5月のはじめ頃から10日間スペインのマドリッド(当然レアルのファン)からのカップルが滞在していました。最近、自分の本業の方が忙しく一緒に出歩くことがめっきり減って、それはゲストに対して申し訳ない気がしまてす。そんな気持ちにさせるAirbnbって凄いなとも思いますが…

で、最近はもっぱらゲストにこれを教えてあげてます。

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ご存知「食べログ」です。英語、中国語、韓国語に対応していることに最近気づきました。翻訳が機械翻訳なので、正確な記述ではないのですが、それでも飲食店が網羅的に出てくるのはとても便利いいです。ゲストは探す楽しみもあります。いくつかオススメも準備しているので、それらははじめにさっと教えてあげてます。

麻布十番でオススメの店

①焼き鳥「あべちゃん」。麻布十番のシンボルと言えるくらい有名な焼き鳥屋。何十年と継ぎ足しているタレのツボがあるらしい…

 

②焼き魚が異常においしい「たき下」。定食ランチで気軽に入るとその質の高さにビビる。正直外国人にはもったいないくらい。これが普通だと思われると困る。だってスーパーに並んでる魚は同じ種類のものでもこんなんじゃない…

 

③いかにも麻布っぽい雰囲気のお酒と食事がおいしい蕎麦屋「川上庵」。なんと夜中4時半まで開いている。小綺麗なおっちゃんと若い女性の二人連れ目立つ。つまり…

googleマップで表示して、共有リンクを送ってあげれば、場所だけでなく写真やレビューも同時に送れます。本当に本当に今はほぼ全員がスマホを持っていて、ホント便利の良い世の中になりましたよね。

 

さて、ここからが本題です。ここ麻布十番は確かにいいところですが、別に麻布十番でなくても、東京にはいろいろな場所にこういうスポットがありますね。

渋谷、新宿は言わずもがな、銀座や新橋のような大人な飲み屋がたくさんある場所もあるし、吉祥寺や自由が丘などの女子が好きそうな場所もあるし、下北沢とか中目黒とか若者が好きそうな場所もあります。

でも、本当に凄いと思うのは、そういう有名なエリアじゃなくても、東京にはありとあらゆるところに飲食店がたくさんあることです。

そして、まさにそれこそが「TOKYO」のポテンシャルです。東京に住んでいるだけで、例えば「食べログ」のアドレスを渡すだけで、「何でもあるでしょ」とゲストにドヤれるわけです。

飲食店だけでなく、ショッピングをするにしても日本のブランドだけでなく世界中のほぼすべての有名ブランドが東京には集まっています。そして街は圧倒的に綺麗で安全、そして気候も温暖。

「TOKYO」は世界でもおそらく5本の指に入るであろうスゴい都市なのです。そんな都市が日本にはあるんですよ。

日本にいると、日本で一番大きな都市が東京っていう認識はあると思いますが、それが世界に誇る大都市ってことは意外に気付かないんじゃないかなって思います。Airbnbやっていると嫌でも気づきます。多くのゲストが東京にかなりの憧れを持ってきていることに気づくからです。私たちが、ニューヨークやパリに一度は行ってみたいと思うのと同じあの気持ちです。

人が多いとか、家賃等高いとか、食べ物おいしくない(←お金と情報ないと本当においしいものにありつけないという意味です)とか、田舎者の私は以前は東京にいろいろな文句垂れてましたが、こうやって、Airbnbでその恩恵を直接的に享受すると、東京、そしてそれを創った先人たちおよび今働いている方々に感謝の念を禁じ得ません。だから税金は文句言わずちゃんと払いたいと思いますwそのかわりちゃんと使ってください、M添さん。

東京に住んでいる人は、ぜひAirbnbホストになってみてはどうでしょうか。東京自体が最強のコンテンツになっているわけですから、ゲストには安全で清潔な場所を準備してあげるだけでいいわけです。あとは何もしなくても、「TOKYO」がゲストの面倒みてくれます。そして幾ばくかの収入になるのです。東京に住むと消耗すると言ってる人いましたが、むしろ充電されると思いますね。

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スペインのカップルのチェックアウトは夜の9時でした。自宅でホスティングをする場合は、基本的にはゲストは1組しかいないわけですので、相手に合わせて柔軟に対応してしてあげることもできます。そういう融通の利くところもAirbnbのいいところです。

 

“Airbnbやってると東京で消耗どころか充電されてる Airbnb日記Vol.185” おわり

(Vol.186へつづく)過去のAirbnb日記一覧

 

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いまの新卒は「年功序列」と「終身雇用」を選ばないほうが良い、という話。

いわゆる「日本型経営システム」とは、年功序列と終身雇用を同時に実現するシステムのことだ。

具体的に言えば、従業員は会社に正社員として入ることで生活を保証してもらい、引き換えに会社に尽くす。それはまるで鎌倉時代の「御恩と奉公」さながらである。

その中においては、「職務」や「成果」に応じて賃金が決定されるのではなく、「在籍期間」によって給与が決定されるという仕組みになっている。

 

だが、最近ではいわゆる「日本型経営システム」の破綻が各所で見られる。

例えば、定期昇給を廃止する会社、あるいは定期昇給が形骸化している会社が数多く出現している。あるいは業績が良くてもリストラに踏み切る会社も増えている。

いずれも日本型経営システムの綻びである。「約束がちがう」と怒る人もいるだろうが、それが現実だ。

 

なぜ、こんなことが起きているのだろうか。それは、年功序列賃金の限界に日本企業が直面しているからである。

例えば、経済学者の野口悠紀雄氏は、著書※1の中で次のことを紹介している。

日本型経営システムにおいては、年功序列賃金と終身雇用を同時に実行しなければならない。

年功序列賃金というのは、(最初に低い賃金で我慢して、後でそれを取り戻すという意味で)ネズミ講と同じ原理なので、これを継続するには、中高年労働者と若年労働者の比率を一定に維持しなければならない。

そのためには、企業は常に成長していなければならない。こうして、日本型経営の企業は、成長を余儀なくされる

逆に言えば「成長していない」という状況は、日本型経営システムにおいては致命的だ。

※1

 

余談であるが、ネズミ講(無限連鎖講)が違法なのは「無限に会員が増える事は絶対にない」からだ。無限に会員が増えることを前提に「儲かる」と持ちかけるのは100%ウソである。

だが同じように企業も無限に成長することは絶対にない。だから「年功序列賃金」は必ず破綻する。

「無限に成長しなくても、自分が働いている間くらいなら」という逃げ切りを画策する人もいるだろうが、10年、20年であっても成長し続けられる会社など存在しない。これからは5年ですら怪しい。

野口氏の言うように「年功序列賃金はネズミ講」というのは、正しい指摘である。

 

しかも、現在の日本企業は

・少子化による若年労働者の減少、それに伴う中高年労働者と若年労働者の比率の逆転

・新興国の勃興による国際競争力の低下

という状態に置かれている。いずれも「年功序列」と「終身雇用」を脅かす。

 

したがって、これから就職する新卒は特に「年功序列」や「終身雇用」を約束する会社に入ってはいけない。それは組織上部の既得権益者が搾取するためだけの構造だ。

 

————————–

 

半年ほど前、就活生がアドバイザーへ相談をしていたのを見た。

その就活生は、給料が安定した終身雇用の会社と、成果主義の会社と、どちらを選ぶべきか、という相談をしていた。

するとアドバイザーはこう言った。

「終身雇用の会社が安定しているとなぜ思うのですか?」

学生は言った。

「自分に成果が出せるかどうかわからないからです。」

 

アドバイザーはしばらく考えた後、言った。

「まず、これから終身雇用の会社はなくなります。残ったとしても僅かでしょう。しかも今から終身雇用の会社に入るのは、かなりのリスクですよ。なにせ会社が傾いても、社外で生きる術がないかもしれない。」

「そうですか……。」

「そして、これからの時代、給与は「会社にあげてもらうもの」ではありません。」

「では、どう考えれば良いのでしょう?」

「給与は、自分と会社の取引の結果です。力をつけた人が高い給与を得る。単にそれだけの話です。」

「では、どんな会社に就職したら良いですか?」

「単純です。旧来の安定した会社ではなく、「成果」できちんと支払いを受けることができること、生産性の高い会社で働くこと、そしてなによりチャンスがたくさんある成長産業で働くことです。」

 

 

もちろんどういった会社で働くか、価値観は自由だ。

だが、30年前に比べ、「どこで働くか」を選ぶことは遥かに難しくなったのは間違いない。

 

 

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(Leo U)

予備知識ゼロからわかる!最先端の経済学とそこから導き出される最良の生存戦略

経済学に興味はあるけど、イマイチよく理解できないという人は結構いると思う。

今回は最先端の経済学と、その知見からどういう事が分析できるのかについて書いていく。これを読めばマルクス経済学、21世紀の資本、現代ポートフォリオ理論といった経済学の理論と、それから導き出される21世紀に生きる私達の最適戦略が理解できるはずだ。

 

 

資本主義を最もよく分析した書物 資本論

マルクス経済学というとカビが生えた古臭い学説だと思う人は多いかもしれないけど、キチンと読み込めば資本主義をこれ以上なく上手に分析したものだという事がよくわかる。

全ての内容をここで紹介するには紙面が足りないので、ここでは序章でマルクスが定義した資本家と労働者の関係についてのみ記す事にする。

 

マルクスはその著書の中で、資本主義の世の中においては資本家と労働者という2つの人種がいると述べている。話をわかりやすくするために、とりあえず資本家≒お金持ちぐらいのイメージを持ってもらえればここでは十分だ。

一方の労働者は資本家と対極の存在であり、簡単にいえばあまりお金持ちとはいえない存在だ。

 

労働者は生活費を稼がなくてはいけないので、そのために自身の『労働力』を資本家に売る。資本家は労働者から得た『労働力』を使って事業を起こし、労働者から買った『労働力』以上の資本を生み出す。

まあ簡単に言えば社長が従業員を雇って売り上げを叩き出し、得られた総売り上げの一部を給与として従業員に支払うって事である。

資本主義の社会では、資本家は自分の総資本を増やす事が目的化されるので、資本家は労働者にあまり給料を渡したがらない。もし売り上げが100万円あったとして、従業員に10万円の給料しか払わなかったら、資本家は10万円という元資本で90万円の新たな資本を生み出す事ができる。

 

資本主義の社会では雇用側である資本家が、雇用される側である労働者よりも立場が強く、結果として資本家が労働者を搾取する事になりがちである。そうして資本家と労働者の間で格差が拡大していき、やがてしいたげられた労働者が資本家に革命を起こす。これがマルクス理論の骨子であり、資本主義の問題点とされている。

ただこれはあくまでマルクスの頭の中で考え出された理論であり、一見正しそうに見えるものの、科学的な裏付けがなされたものではなかった(資本論は1867年初版)まあそう言われてみるとそうかもしれないけど、実際にこれが本当なのかは誰にもわからなかったのだ。

しかし最近になって、それが本当だという事が証明されてしまったのである。

 

 

2015年最大のホットワードr>gとは何か

『21世紀の資本』は2013年にフランスの経済学者トマ・ピケティ教授が書いた本で、彼はその著書の中でr(資本収益率)>g(経済成長率)という図式が成立している事を実証した。

この理論は『配当金や利息といった資本家が投資して得られる収益の方が、労働者が働いて得られる収入よりも常に多い』という事を言っている。まあこれだけだとよくわからない人も多いと思うので、もう少し具体的に記述していく事にしよう。

 

まず大前提として、世界経済は一貫して成長を続けている。縄文時代よりも鎌倉時代の方が、鎌倉時代よりも江戸時代の方が、江戸時代よりも現代の方が、人類は圧倒的に豊かである。

そうして市場の富の絶対量が増えていく事を経済成長といい、経済が成長しつづける事により同時にお金も人々の元により多く入っていく。例えば戦後の新卒の初任給は1万円程度だったけど、現代の新卒の初任給は20万もある。

なんと経済成長に伴い、労働を通じて得られるお金は20にもなったのである。もちろん物価が違うので一概にどうとは言いにくいけども、基本的には経済成長と共に労働者の給与は上がり続けていく。

 

少し復習すると、マルクス経済学の説明でみたように、労働者は労働を通じてしかお金を手にすることができない。一方、資本家は手元の資本を元にして労働者から労働力を買い、新たな資本を作り上げる事ができる。

じゃあちょっと考えてみてほしい、戦後の労働者の給与はおよそ1万円から20万円と20倍になった。じゃあ資本家ってどれぐらい儲かるようになったのだろうか?この事を理解するのに一番簡単なのは、資本家が持つ株という投機対象を手掛かりにする事だろう。

 

さて問題です。日経平均株価はここ数十年間でどれぐらい値上がりしたでしょうか?答えはなんと200である。日経平均株価は、1949年から2016年までの77年間で、なんと200にもなったのである。給与の成長率との差は、およそ100である。

マルクスが資本論を書いたのは1867年だったけど、およそ100年ちょっとたった現代でその見識の正しさは証明されてしまったのである。

 

ただマルクスは資本主義の問題点の分析には優れていたけど、その代替案として導き出した共産主義という理想は大失敗であった。結局、中央政府が市場を統制した共産主義では資本主義を打ち負かすことはできなかった。

世の識者はこれを市場原理の勝利として説明する。筆者も基本的にはこれに同意だが、もう一つ大切な視点が抜けていると思う。それは労働者も容易に資本家になれるようになったという視点である。

 

 

社会が豊かになる事で選択肢が大幅に増えた

社会が豊かになる事により、仕事がどんどん細分化されていく事となる。縄文時代はみんなで頑張って農耕しなくては食べ物が作れなかったけども、現代人のほとんどは食物なんて育てていない。

無人島のような経済が未発達な地では、人は自給自足しなくては生きていけない。だけど経済が成長し人口も増えるに従って、だんだんと仕事が細分化されていく。ある人は農作物を育て、ある人は家を建てる。またある人は商業を営む。そしてどんどんと専門的な職業が生まれ、社会はより豊かに複雑になっていく。

 

このような世の中の流れが加速するに従い、世の中に株式会社という全く新しい形態のものがうまれた。

これは資本家が株式というものを発行し、それを売ることで小口の資本(資金)を社会全体から広汎に集めることが可能にしたという驚異のシステムで、これにより資本家はより多くの資本を集める事が可能となり、それにより集められた資本を元に、より巨大な資本を生み出すことを可能とした。

株式会社というシステムが生まれたことで、資本主義の世の中に

 

株主(資本家)経営者(資本家)社員(労働者)

 

という図式が生まれた。株式会社というシステムが作られた当初は、様々な規制により株主になれる人はごく限られた少数の人々でしかなかったのだけど、より豊かになった現代では規制も随分と取り払われ、ほとんど全ての人が株式市場に参入可能になり、また非常に少ない金額から投資を行う事が可能になった。

今ではその辺の庶民でもネット証券に申し込めば、すぐにでも株式を買う事ができる。

 

これってちょっと考えてみれば凄い事なのである。つまりr>gよろしく、確かに世の中は資本家が労働者よりも多く稼げるようなシステムにはなっている。だけどその辺の労働者も、経済が高度に発展した現代では誰もが資本家にもなれるのだ。

これが現代の資本主義が1ミリも揺るぎなくその地位を確立している理由である。労働者すらも資本家になれるのが現代社会の優れたシステムであり、生まれた場所で多少の違いはあるけども、現代は有史以来もっとも格差を覆しやすい社会なのである。

 

 

最適な投資戦略とは?

ここまでの文章で、労働者である僕たちは労働を通じて得られた資本を元に投資を行う事が、経済的には最適解であるという事がわかってもらえたと思う。じゃあ問題はどういう風に投資すればいいのかって事だ。実はこれは数学的に証明されている。

もともと株式の世界では、一つの株に集中して投資するのではなく、複数にわけて投資しろと言われてきた。例えばトヨタの株式を100万円分買ったとしよう。トヨタ株が2倍になれば資本も2倍になるけど、1/2になれば資本は1/2になる。これはハイリスク・ハイリターンな投資である。

 

一方、10万円ずつ10個の株式を買ったとしよう。トヨタ、ソニー、任天堂などなど。こうすれば、例えばトヨタ株が不調だとしても任天堂株が好調だったりして、リスクを分散する事ができる。

これは株の世界では『卵は一つのカゴに盛るな』という格言で説明されていた。卵を1つのカゴに盛るとそのカゴを落としたときに全部割れてしまうかもしれないから、複数の籠に盛っておこうね、という事である。 

 

この理論の正しさは1952年にハリー・マーコウィッツにより数学的に証明されており、ハリー・マーコウィッツはその業績によりノーベル経済学賞を受賞している。この理論に則った投資方法は現代ポートフォリオ理論と呼ばれており、現代ポートフォリオ理論によれば、最も正しい投資方法は全世界の株式市場に少量ずつ投資するのが正解となる。

この理論を簡単に言えば、とある会社の株だけを持っていると、そこがつぶれたときに全ての財産はなくなるけど、世界経済がつぶれる事は理論上ありえないため、株を最もリスク無しに買う方法は、丸ごと世界経済に投資するのが正解だという事である(現代では証券も随分進歩したので、世界の株式をちょっとずつ買えるという我儘な商品を買う事も可能だ)

 

そして先の繰り返しになるけども、市場はどんどん成長していく。日経平均株価は1949年から1989年末までの40年間で約200倍にもなった。現代ポートフォリオ理論にのっとって、限りなくリスクを分散して世界市場の株式を持てば、長期的にみれば世界経済は必ず成長するのだから、投資した資本は必ず増大するのである。

じゃあ結局、私達労働者は労働を通じて得られた賃金を、少量ずつでもかまわないから株式等に投資するのが正解という事になる。そしてその投資する元手は多ければ多いほどよいに越したことはない。じゃあ労働を通じて得られる資本を最大化する為に、私たちは何をすればいいのだろうか?もっと具体的にいえば、どの職業を選ぶのが正解なんだろう?

 

 

あなたの給料が決まる仕組み

サラリーマンである労働者の給料は、究極的にはその労働市場が稼ぎ出した金額を、人数で割ったものになる。外資系投資銀行の社員の収入が高いのは、彼らが優秀だからなのではなく、投資銀行全体が生み出している市場がめちゃくちゃデカイからだ。

労働者である僕たちがお金を手にする方法は、労働を通じてしかない。手っ取り早く資本家になって勝ち馬に乗る為には、給料は高ければ高いほどいい。職業選択がものすごく大切だという事はいうまでもないだろう。

 

ただ残念な事に職業選択はものすごく難しい。『東大生が就活で選んだ企業は、その時が最盛期で後は落ち目だ』なんて言葉もあるぐらいで、頭のいい人間ですら就活で容易に失敗してしまう。そうして就活で失敗して落ち目の企業を選んでしまったら、あなたがいかに優秀だろうがよい給料は手にすることができない。

さっきもいったけど、あなたの給料はあなたの所属する労働市場が稼ぎ出した金額を人数で割ったものである。その業界自体の規模が小さいのなら、どこをどうやってもお金は転がってこないのである。

 

じゃあどうすればいいのだろう。新卒で入った業界で博打するしかないのだろうか?いやいやいや。そんなハイリスク戦略をとってはいけない。さっきもいったけど、世界経済自体は必ず成長するし、どこかの業界が落ち目でも、どこかの業界は好調だったりするのである。『卵を一つのカゴに盛る』から危ないのならば『卵を一つのカゴに盛らなければいい』

 

 

生産者のススメ

様々な技術が高度に発展した現代では、個人が生み出す労働の生産量も、科学技術の発達に伴って増大傾向にある。

昔だったら農家は農作物を作り出すので精一杯だったかもしれないけど、今では機械を使って少ない時間で容易に大量生産が可能だ。そして空いた時間で別の生産活動もする事ができる。

例えばだけど、農家が機械に農作業をやってもらっている最中にパソコンで小説を書けば、農家でありかつ小説家にもなれる。

 

科学技術とインターネットが高度に発達した現代では、誰でも簡単に何かを生み出して人々に発表する事が可能になった。この記事だって、僕は病院で働いた後で書いている。

昔だったらキーボードが無かったから、こんな長文を原稿用紙に書こうとしたらとてつもない時間がかかっていたし、またインターネットがなかったら人々の前に発表する事もできなかった。

 

かつてはコンテンツを作っても、ほとんどの人は日の目をみることができなかった。小説家になるにはどこかの出版社で賞を取るしかなかったし、コントで売りに出したかったら、お笑いの事務所に所属して仕事を獲得しなくちゃいけなかった。

 

それが現代ではどうだろう。パソコンとインターネット環境さえありさえすれば、素人だってブログに簡単に文章をのっける事が可能だし、パソコンとカメラさえあれば、素人だって簡単にYou tuberになれる。もちろんそんな簡単に大金が転がってくるほど甘くはないけども、現代は昔と比べて非常に少ない時間で良質のコンテンツを生み出すことができる環境があるのは間違いない。

 

そしてこれらの作業は基本的に非常に低リスクだ。ブログを書くのに会社をやめる必要はないし、YouTubeになるのも会社をやめる必要はない。素人がコンテンツを作って、おまけに広告を張るなりして収入を得る手立てがあるという現在の環境は、実は想像以上にとてつもない事だ。

 

高度に科学技術が発達した現代では、ポートフォリオ理論は株式のみならず働き方にすら応用がきくようになっているのである。インターネットの発達により、私たちは会社に所属することなしに簡単にコンテンツ制作者として労働市場に参入できるようになったのだ。

人は基本的には暇に耐えられない生き物であり、暇つぶしとしての娯楽に飢える生き物である。電車にのればスマホゲームに興じている人を常にみかけるように、良質な娯楽としてのコンテンツの需要は常にあり、その市場は衰退する事をしらない。

なんでもいいから何かを生み出すようにしよう。絵を書くのでもいい。文章を書くのでもいい。ゲームの実況中継をするのでもいい。

 

あなたがコンテンツ製作者として成功するかどうかは誰にもわからない。けど間違いなく言い切れる事が一つだけある。何もやらなければ、可能性は永遠にゼロだ。

様々な手段を通じてコンテンツを生産する方法を身につけ、そして常に良質なコンテンツを生み出せるようになろう。そうすれば自然とあなたのインターネット上での評判は高まっていき、お金も転がり込んでくるようになる(筆者もブログを更新し続けたことでBooks&Appさんから原稿の依頼がくるようになった。まったくもってインターネットには感謝しかない)

 

 

21世紀現在における最先端の経済学から導き出される私達の最適戦略

ようやく結論になるのだけど、21世紀現在における最先端の経済学から導き出される私達の最適戦略は、固い定職+インターネット上でのコンテンツ製作者という二足の草鞋を履く事であり、そうして得られた収入で世界経済株式に投資していく事になる。

これが科学的に導き出された、最もリスクなく、リターンが高い勝ち馬にのる方法である。この知見を取り入れるか否かは、あなた次第だ。

 

生存戦略、しましょうか。

 

 

プロフィール

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki

インターン採用に見る、社会の2極化のきざし

新卒採用においての、インターンからの直接採用が盛り上がりを見せている。

時に「青田買い」と批判されるインターンからの採用だが、なぜこれほどの盛り上がりを見せているのだろうか。少し前に、ある採用担当者とのミーティングにおいて、直接話を聴く機会があった。

 

「来年は出来る限り全員、インターンから採用したいですね」とその担当者は言う。

「ほう。そうですか。」

「ええ、インターンからの採用ではハズレを引くことが無くなりましたから。」

「詳しく聞かせてください。」

「ウチは中途が中心ですが、新卒採用も年間に数人、やってきました。その時は採用の成功率はまあ、五分五分ってとこでした。」

「そんなもんですかね。」

「やっぱり、面接や筆記だけではわからない部分があるわけですよ。でも、インターンは違います。ある程度長期間仕事をすれば、その人のポテンシャルと言うか、能力はかなりはっきり分かる。で、いい人だけ採用すれば良い。」

「そういうことですか。」

「今は学生さんもインターンに積極的ですし、理系の子も結構参加してくれるようになりました。すると「働きぶり」を見て採用する事ができるわけです。これはかなりメリットが大きいですね。アルバイトからの登用で新卒を確保する、っていう会社がありましたが、合理的と思います。」

「なるほど」

 

担当者は、あたりを見回して言った。新卒が働いている。

「面接であれこれ聞くよりも、実際に働いてもらうのが、一番良いですね。で、学生であってもいい人には裁量を与えて、きっちりお金を払う。学生さんも、下手に就職活動をして時間を使うよりも、実入りはいいわけです。」

「中にはあまり仕事のできない学生さんもいるんですか?」

「それなんですが、結構二極化している感じがします。うちには有名大学の子が結構来てくれるんですが、同じ学校でも上と下の能力差は圧倒的ですね。「この子は、他でも欲しがらないだろうな」って言う子は、結構います。」

「厳しいですね。」

「そうなんです。逆に、できる子は際限なくできますね。中途よりもできるくらいです。そういう子は、年収を高めに提示します。まあ、大したコストじゃないですからね。」

「本当ですか?思い切ったことをしますね。」

「そうですか?欧米ではインターンからの採用が普通っていうじゃないですか。流動性が高い業界では、これが当たり前になっていくと思いますけどね。我々も新卒が「化ける」のを待っていられません。」

「そうかもしれません。」

「逆に、中にはオファーを断る子もいるんですけどね。」

「どういうことですか?」

「まあ、もっといい会社で稼げる、と思っているのかもしれません。あとはもっと大きい会社に行きたい、という人もいました。まあ、それならそれでも良いんですけどね。ウチは安定志向の人は多分あわないと思いますし。でも「いつでもこっちにおいで」って言ってあるんで、大企業に飽きたら来てくれるんじゃないですか。」

 

 

インターンから採用された新人たちにも話を聴くと、確かに有能な人物がそろっていた。「成功」と言わしめるだけはある。

 

一人の新人に「なぜこの会社に決めたの?」と聞くと、

「面白い仕事がしたかったんです。自分を試したくて」

と彼は言った。

 

別の新人は

「大企業で下から徐々に上がっていく、というのはちょっとあり得ないですね。今は会社も守ってくれないみたいですし、安定を求めると逆にリスクが高いですから」

といった。なかなかクールに世の中を見ている。

聞けば、彼らの中でも特に優秀な学生は就職活動が始まる前に既にいくつも内定を獲得しているという。

 

しかし、一方ではインターンで採用されず、別の会社を探すように言われた学生もいる。

「自分の力の無さを痛感しました。正直、同じ歳でここまで違いがあるなんてショックです。」

と、彼は言った。

 

「新卒一括採用」は、終身雇用と年功序列という制度のおかげで、社会の2極化を防ぐことに一定の効果があっただろう。

だが、それは「インターン採用」の盛り上がりと共に、静かに崩れ始めているのかもしれない。すでに多くの知識集約型企業は「ポテンシャル」という曖昧なものから「実力」で新卒を評価したいと考え始めている。

 

 

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(Joel Dinda)

意見の異なる上司を動かす、5つの手順

今までに「上司の説得をしなければならない事態」に直面したことがあるだろうか。新人のうちは少ないかもしれない。「言われたことをする」のが最優先だからだ。

だが、ある程度仕事ができるようになるにつれ、「上司の説得」が1つの大きな仕事となる。営業の施策、人事評価の決定、新技術の導入、大きな費用を伴う決裁など、上司を動かさなければ何もできない仕事が増えてくる。

 

その際に「上司を動かせる」人は、間違いなく仕事ができる人だ。

考えてみれば、当たり前かもしれない。最も身近で働いている人の一人である上司一人説得できずに、あなたの試みが成果を出せるはずがないのだ。

従って「上司はわかっていない」という言葉は最悪の逃げ口上である。「まずは上司にわかってもらう」のが部下にとって最初の仕事なのだ。

 

だが「上司の説得」が上手な人はそれほど多くない。多くの会社で説得術を教えないということもあるが、上司が「自分を説得する技」など教えるはずもないからだ。

だが、実は「上司説得の基本形」はどの会社でもそれほど変わららない。もし上司と衝突ばかりして仕事が進まないのであれば、以下の手順を試していただくことをおすすめする。

もちろん、万能の処方箋はない。相手は人間であるから、時々の反応を見て手を変えるべきだ。それでも「基本」を知っておくことは、何らかの役に立つはずだ。

 

 

1.1対1で話す機会を作る

上司の心理を理解すれば、説得の際には必ず1対1で話すべきだ。他の人が聞こえる場所で説得を試みてはならない。

理由は2つある。

まず、あなたの話を特別に聞きいれた、と他の部下に思われたくないからだ。これは公平感のためである。そして2つ目は、あなたに説得された、と周囲に思われたくないからだ。これは上司の見栄のためである。

何はともあれ、まずは上司が素直に聞けるムード作りから入るべきなのだ。

 

 

2.説得ではなく「上司の見解の確認」から入る

さて、ようやく1対1で話ができるムードができたとしよう。ようやくあなたの熱い思いをぶつけることができる……は、絶対にやってはいけない。

実際、熱い思いをぶつけるのは、愚の骨頂だ。上司に限らないが、人は熱い思いをぶつけれられると内容の確認以前に、戸惑ってしまったり、恐怖を感じたりする。

熱い思いが功を奏するのはドラマや映画の中だけだ。

では、話をどのように切り出すか。最も優れているのは「意見がほしいのですが、きいていただけないでしょうか」である。つまりあなたのスタンスは説得ではなく、アドバイスを貰いたい、である。これが最高の話の切り出し方だ。

すると上司の態度は軟化する。人は説得されたくない生き物であり、相談されたい生き物だ。

 

 

3.「意見の相違点」から入らない。「意見を等しくする点」から話を深める

あなたは上司の見解を確認した。その中で意見を等しくする点と、意見の相違がある点がわかるだろう。

あなたはすぐさま意見の相違を解消しようと、上司に自分の意見をぶつける……のは、これもまた愚かな行為である。説得の際には、意見の相違から話を始めてはいけない。余計に溝を深くするだけである。

真に必要なのは「意見の一致を見るところ」から話を始めることだ。

 

例えば、営業成績が振るわない部署が新しく始める施策として、あなたは「既存顧客の深耕」を掲げたとしよう。しかし上司の見解を確認した所、上司は「新規顧客の開拓」を挙げたとする。

その際に、上司の「新規顧客の開拓」を否定し、「既存顧客の深耕のほうが優れている理由」を挙げるのは、それがいかに客観的データにもとづいていようが、現場感覚として正しかろうが、やってはいけない。

話を始めるべきは「新しい施策が必要だ」という見解の一致している部分からなのだ。

 

「部長、新しい営業の施策なのですが、既存顧客の深耕を考えていたのですが、部長の意見をお聞きしたく。」

「私は新規顧客開拓を最優先にすべきだと思っている。」

「なるほど、……部長も新しいことを始めることが必要だと考えておられたのですね。私もそうです。」

「それはそうだ、今のままという訳にはいかないだろう。」

 

話は共感から始めなければならない。出発点が異なる場合は話し合いにならない。データでねじ伏せようとしても嫌われるだけである。

 

 

4.先に上司の意見を受け入れる

説得に際し、もっとも重要なのは雄弁さではない。なぜなら、相手はあなたが主張すればするほど、自分の意見に固執するからだ。

説得は一種の取引であるから、Win-Winとなるために、一度あなたは上司の意見を受け止めなければならない。

つまり、以下のようにする。

 

「部長は、なぜ新規顧客開拓が最優先だと考えているのですか?理由が知りたいのですが……」

「既存顧客から更に受注をもらうのは、うちのお客さんの懐具合からして、難しいだろう。」

「なるほど」

「既存顧客を回る時間はない。新規顧客開拓を最優先にして、全力を尽くしてほしい。」

「なるほど、新規最優先は必ずやります。」

 

よほど器の大きい人物でない限り、説得は味方からしか受け付けてもらえない。一旦上司の案を受け入れることで、あなたを上司の敵ではなく、味方とするのだ。

 

 

5.上司に案を出してもらう

ここが最後の踏ん張りどころだ。やるべきは、上司の案を受け入れつつ、自分の案を通すやり方を上司に考えてもらうことである

 

「そうすると、1つご相談があるのですが、よろしいですか?」

「なんだ」

「既存顧客をずっとケアしたいと考えていたのですが、なにかよい案はないでしょうか?もちろん、新規顧客開拓を行った上で、という話ですが。」

「うーむ。そうだな、新規顧客開拓を行ったアポのついでに、その近くの既存顧客へ顔出しくらいはできるだろう。それなら一石二鳥だ。」

「あ、なるほど!」

「そうだな、それなら部署全体でもできそうだ。なかなかいい意見をくれて助かるよ。」

 

説得はあなたが行うのではなく、上司が自分自身で行う。

これが上司を説得する手順の本質だ。

 

 

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(Sztanko Demeter)

部下のことを顧みない管理職の話

昔、非常に腕利きの管理職がいた。実際、彼がトップに就任してから、その部署は数年で過去最高の業績を出し、それを更新し続けた。

 

彼のマネジメントは特徴的だった。

彼は、部下のことを全く顧みなかったのだ。彼が興味があるのは、徹底して部署の業績のみ。彼は自分が部下にどう思われているかも全く意に介さなかったし、部下の話を聞きもしなかった。

 

だが、彼は部署の有能な人々からは恐ろしく信頼されていた。彼は嘘をつかず、徹底して合理的であり、成果を追求し、そして結果を出したからだ。

逆に無能な人々からは嫌われた。

彼は仕事をとりあえず与える。そして彼らの活動を見る。彼は手抜きや、約束を破るもの、言い訳をするものを決して許さなかった。そして、そのようなことをした人間にはロクな仕事を与えなかった。

「怠けたい奴らは、適当に仕事をあてがっておけばいい。こっちの邪魔さえしなければいいんだ。」

要するに、その管理職は無能な人間がいないがごとく振る舞った。

 

もちろん、中には態度を改める人物もいた。

彼は成果が出ずとも改善を続ける人物には何回かのチャンスを与えた。彼は努力する限りは、彼らを「戦力」とみなした。

が、変わることのできない人物、無能な人物は、何年かするうちに、やめていった。

 

彼はまた「成果に応じた処遇」を徹底した。結果が出れば、報酬を弾み、結果がでなければ、給与を減らした。そこには感情的なものはなかった。

ただあるのは。公正な処遇だけということだけであり、彼の厳しさは他のマネジャーの中でも際立っていた。

 

—————————

 

ある時、彼は新人に仕事を与えた、

「この仕事、どれくらいでできる」

「一週間でなんとか。」

「本当に一週間でできるのか。これは約束だぞ」

「はい。」

だが、その仕事は新人が想像するよりも困難な仕事であり、結果は出なかった。期限を迎えた日、新人はその管理職に「無理でした」と報告した。

その管理職は静かに言った。

「なぜやりきらなかった。」

「申し訳ございません、見積もりが甘かったです」

「違う、俺が聞いているのは、なぜ結果が出るまで、限界までやらなかったのかと聞いている。お前は俺が「できませんでした」で許すとでも思ったのか?」

新人は管理職の厳しい言葉に凍りついた。

「す、すみませんもう一度やらせてください。」

管理職は「ダメだ。これは、お前には無理な仕事だ。オマエには頼まない。」といって、新人からその仕事を取り上げた。

新人は落ち込んでいた。

 

1週間後、管理職はまた別の仕事をその新人に振った。

その新人の仕事への真剣さは、以前とは天と地ほどの差があった。その新人は「真剣にやるとはどういうことか」を学んだのだった。

そして、仕事は無事終わった。管理職は「よくやった」とだけ言ったのだが、新人は、心底嬉しそうだった。

 

—————————

 

また、3年目の若手社員がその管理職のもとに配属になった事もあった。

実は、その若手は他の部署で鼻つまみ者だった。なぜなら、自分の実力をあまりにも過信していたからだ。鼻持ちならないその態度は、社内でよくトラブルを引き起こしていた。

そこで上層部が「彼ならなんとかするのでは」と配置転換したのだった。

 

管理職は異動してきた若手にこう言った。

「オマエはトラブルを良く起こすらしいな。」

「私が悪いわけではないですよ。相手が勝手に怒っているだけです。」

「そうか。では仕事をしてもらう。」

その管理職はその若手に早速仕事を与えた。

「どれくらいでできる。うちの連中は3日あれば十分だが。」

「私も3日もあれば大丈夫です。」

「わかった。」

 

そして3日後、若手は成果品を持ってきた。

「できました。」

管理職はそれをしばらく眺めて言った。

「20点だ。赤点だな。」

若手は憤慨した。「いや、これだけやったんだから、20点はあり得ません。」

管理職は若手を睨みつけた。

「このクオリティで、良くプロが名乗れたものだな。こんな仕事で満足しているならオマエこの仕事向いてないよ。もっとぬるい仕事をやるんだな。」

 

若手はあまりの怒りと、恥ずかしさで何も言えなかった。今まで誰からもここまで言われたことはなかったのだ。

管理職は「もういいよ、オマエは役に立たないから、そのへんで雑用でもやっててくれ」と言った。

 

若手はとにかくこの管理職を憎んだ。「こんなに自分に恥をかかせたやつを見返してやる」と、猛烈に勉強をし、仕事をこなした。

だが、数年後に彼が一人前になった頃、彼はその管理職に感謝するようになっていた。

 

—————————

 

上の新人も若手も、この管理職に対する評価はぴったり一致している。

「好きではないが、感謝はしている。」

それは、管理職に対する最高の賛辞なのだ。

 

 

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(Kushal Das)

「給料を上げる方法」について

最近お会いした若手の会社員の方から「給料を上げるにはどうしたら良いですか?」という質問を頂いた。「今いる会社で、給与の増加を期待できないから」という理由だった。

同様の悩みを抱える方も数多くいらっしゃるのだろうと察する。

 

一般的には「頑張って出世しなさい」か「もっと給与の良い会社に転職しなさい」というアドバイスが与えられるだろう。だが実際にはそれだけでは不十分である。

実は、やらなければならないのは「マーケティング」だ。

 

「マーケティング」というと、ものを売るための技術と捉えている人も多いだろう。給与を上げることと何の関係があるのか、と思うかもしれない。

だが、広義ではマーケティングとは自分を必要としてくれている市場、会社に自分を移動させる最適化のことと言っても良い。要するに「あれこれ努力する前に、儲かる場所に行きなさい」という、至極当たり前の話だ。

 

終身雇用が大勢を占めていた時代、個人は社内だけを見てマーケティングすればよかった。「自分を高く買ってくれる上司や部署」にアプローチすればよかったのだ。

だが今後は「人材市場全体を見る人間」が、高い給与を得ることができる。どんなにスキルがあり、高い知能を持っていてもマーケティングができない人物は高い報酬を得ることはできない。

では、どのように「マーケティング」するのか。

 

 

まずは、儲かっている業界を探すこと。業界全体が成長している場所では、給料も上がりやすい。逆に業界が衰退している場合は、力がある人しか給料があがらない。必然である。業界全体の売上高や利益率は本でも買って調べること。

マイナーな会社に就職しても、業界が良ければそれだけ給与が上る可能性が高い。逆に有名な会社であっても業界を間違えると悲惨だ。

 

例えば原価が高くつく商売は儲からない。正確に言えば、オーナーしか儲からない。外食産業など原価が高く、かつ在庫が劣化しやすい産業に従業員として在籍していると、給料は上がりにくいと覚悟すること。

また、労働集約的ではない業界を選ぶことも重要だ。運輸、介護、建設、受託開発ITなど、労働集約的な仕事は、人を増やさないと売上が伸びないため、給与が上がりにくい。人を増やさなくても売上を伸ばせる業界に在籍すること。

 

また寡占状態の業界に在籍するのも、給料という観点からは合理的だ。いくら業界全体が成長しているからといって、新規参入が激しい業界にいては企業が疲弊する。

できるだけ寡占状態の業界に在籍すること。製薬業界などは在籍するのに良い業界であり、しかも世界規模では毎年10%程度の成長を遂げている。(出典:厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/shinkou/dl/vision_2013b.pdf

 

つぎに、業界の中で儲かっている会社を知ること。給与がどこから出ているかを考えれば、必然的にもっとも重要なのは「儲かっている会社にいるか」である。

儲かっていない会社の定義は様々だが、少なくとも経常利益率が10%以上、欲を言えば30%以上の会社に在籍したい。(日本の会社の平均は1%〜5%程度 出典:財務省https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2015_12.pdf

儲かっている会社に人が移動することは、世の中全体の労働力の最適化という面からも望ましい。

そのために、出来るだけストックビジネスを行っている会社を探すこと。ストックビジネス、すなわち「定期的に収入がある会員ビジネス」は、強靭である。例えば携帯電話キャリアであり、保険会社である。彼らは景気の変動に非常に強い。

よく見ると、大小様々な会員ビジネスが数多く世の中には存在しているので、マイナーな会社でも良い会社はたくさんある。

 

 

もし、あなたが「給与が上がらない」と悩んでいるであれば、それはあなたのスキルが低いのではなく、あなたが頑張っていないのでもない。単純に言えば「儲からない会社と業界」にいる可能性が最も高い。

同じくらいのスキルや能力であっても、業界が違えば給与が倍程度違う、ということは普通だ。

 

要するに「個人の力」は給与に与える影響は小さいのだ。いくら頑張っても、自分が在籍している業界がダメであれば、給与は増えない。

マーケティングの常識「顧客がいない所でいくらがんばって商売をしても売上が伸びない」ということである。つまり給料をふやすには、「業界の目利き」「会社の目利き」が重要なのだ。

 

それを知って初めて「良い業界で働くためスキル」が必要になってくる。

だから「スキルを身につける」というのは漫然とやるのではなく、「儲かっている業界が欲しがるスキル」を持たなければダメなのである。英語を学んでも、給与が上がらないのは、そのためだ。

 

だから、最も簡単に給与を上げる方法は知り合いに頼んで「儲かっている業界」の転職先を紹介してもらうことだ。

そして、一通り仕事してそこでスキルと経験を身につける。スキルが身につけば、後は儲かっている業界で給与の比較的良い会社を渡り歩くだけだ。

 

1つ最後に注意点がある。

そこには「やりたい仕事」という価値観はみじんもない。「やりたい」という価値観は、「これを売りたい」という経営者と同じでマーケティングの発想が抜け落ちている。

「やりたい」ではなく「やると儲かる」を志向しなければ、給与は安いままだ。

 

私の中高生の時の同級生で金融機関に就職した人間がいる。新卒時代に、なぜ金融機関に?と彼に聞いたら、彼は一言

「給料が良いから」

と答えた。彼はマーケティングを理解していた。

 

だが「好きなことをしたいんです」という人を止めるつもりはない。何を取るか、それはその人の考え方次第である。

 

 

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(Vaishali Ahuja)

「仕事できないやつかもしれない」と自分を疑った時に読んでみてください。コラム5選

会社で怖いことのひとつは「できないやつ」というレッテルを貼られること。そう思われたくないからこそ、頑張れる部分もあるし、逆にそれは脅迫観念になりストレスともなることも。

では、あなたは本当に「仕事できるやつ」なのか?

そんな時に自分を客観視するための、おそらく多くの人にとって耳の痛いかもしれないコラム5選。

これらを読んで、あなたに元気がでるかどうかは、私は知らない…

 

仕事のできる人は「褒められたい」と思わない。

彼らは「誰がどう言っている」や「誰がカネを持っている」にはほとんど興味が無い。むしろすぐにカネの話をする人間を軽蔑している。

あなたは「褒められること」に過剰に反応してないだろうか?当然だが「仕事のできる人」は褒められるために仕事をしているわけではない。彼らの興味はたった1つの価値観に集約される。あなたはその価値観を持って仕事に真摯に向き合っているだろうか?

 

あるところで有能な人が、別の場所では無能になる。

さて、「過去に有能だった人が、新しい環境でパフォーマンスを発揮できていない状態」のときの扱いはかなり難しい。本人には高いプライドがあるし、他の人の期待値も高いからだ。

他者の評価は期待値が高い分、辛口になり、本人はパフォーマンス低下を環境のせいにしてますます意固地になる。

「能力は高いが、職場を乱す人」は、こうして出来上がる。

もしかしたら、あなたは「無能」になる場所に自ら身を投じているにも関わらず、何の対処もしないままに周囲に「無能」と思われていないか?本人の立場と職場側の立場からこの状況を冷静に分析。新しい職場で「◯◯◯◯◯◯」はお互いに求めてはいけない。

 

なぜ、あの人は失敗を恐れないのか

彼らは無謀なのだろうか、それとも何も考えていないだけなのだろうか。

そして、私はつづけて彼らに「なぜ恐怖に勝ったのか」を聞く。

すると、面白いことに彼らは皆似た回答をする。皆それなりの根拠を持って、「恐怖は克服できる」と確信をしているのである。

もしあなたが失敗をしたことがないのであれば、それはチャレンジしていないだけの可能性がある。チャレンジしている人の心持ち6例。あなたはいくつあてはまるだろうか?

 

「実力はないのに、自信だけはある人」をどう扱うか

「本当に謙虚な人々」(要するに実績があり、努力もし、真の自信のある人々)は、根拠のない「自信過剰」を責めてはいけない。自信過剰はその人の精一杯の自己防衛であり、拠り所なのだ。否定すればするほど、対立は深まる。

もしあなたが「自信だけある人」であったらどうしようか?根拠のない自信はどこから来るのか?なぜそれが生まれてしまうのか鋭い分析。ここでは逆にそういう人に出会った場合にどう対処するかがが書かれている。逆の立ち場から考えてみて自分を客観視してみたらどうだろうか?

 

なぜ、あなたは正しいのに皆に聞いてもらえない?

ある若手の課長が頑張っていた。その方は低迷する業績に一石を投じるべく、綿密に用意してきたプランを発表し、なんとか部署の業績を好転させようと一人気を吐いていいた。

マンガや物語であれば、「皆、そのプランに感動し、部署は一丸となって…」となるのかもしれないが、現実は厳しい。その課長のプランには懐疑的な意見が噴出し、会議は迷走した。

あなたたは、まだ「正しいこと」が絶対的な正解だと思ってないだろうか?議論は相手に勝たないと意味がないと思ってないだろうか?いや、人間は、人間としての合理性を持って様々な場面、状況の中で判断をし行動している。あなたは、その自分の「正しさ」の外にあるものが見えているだろうか?

 

どうだろうか。「仕事できないやつかもしれない」と自分で自分を疑ったあなたは、少なくとも「そうならない素養がある」。と言えば慰めになるだろうか。いや、そう言われたところで、それは慰めでしかないですね。元気だせ。でも、自分を「仕事できるやつ」と思って仕事するのはそもそも幻想で、そうなりたいと自ら求めて仕事をすることが、「仕事ができるやつ」への最短の道なんだと思う。

「キャリアの作り方」を教わった時の話。

以前、ある経営者に「キャリアの作り方」を聞いた。そして、彼が話してくれたことは、とても貴重なノウハウの一つとなった。

 

「キャリアの作り方、知ってるかい?」と、彼は私に聞いた。

その経営者は

「年寄りの言うことだけど、キャリアの作り方を年寄りから聞くのも、良いもんだよ」

と言った。

 

当時、私はひたすら出世を目指しがむしゃらに働いていた。だから、キャリアの作り方など、考えたこともなかった。こういう状態を、視野狭窄というのだろう。

そこで彼にこう答えた。

「考えたこともありません。」

彼は「知りたいかい?」と聞く。私は頷いた。

 

「仕事には、幾つかの節目がある。その節目は、おおまかに言うと28歳、34歳、そして40歳と50歳だ」

と彼は言った。

「そして、キャリアを考えることは、その年齢までに何をするのか、ということとほとんど同じなんだ。」

自分が歳をとることにたいして無頓着だった私は、

「年齢が大事なんですか?」

と彼に聞き返した。

 

「もちろん、年齢はあくまでも目安だよ。でもね「キャリアを作る」のには時間がかかる。自分がいつか、歳をとって無理ができなくなり、精神的に老けこんでしまうまでに、そんなに時間は長く残されていない。「いつまでも若くいられる」なんて、思わないほうがいい。」

「年齢」に注意を向けさせた人物は初めてだったので、私は強くこの話に興味を持った。

 

「そうかもしれません。だとすると、いつまでに何をすればいいのでしょう?」

「それがさきほど言った、28歳、34歳、そして40歳と50歳だよ。」

「詳しく教えて下さい。」

「そうだな、まず22歳で就職して、28歳までは6年ある、この間にやらなければいけないのは何か。」

「……仕事を覚えることですか?」

「違うな。仕事を覚えるなんて、最初の1年で十分だ。6年あったら、もっとできる。」

「むむむむ……。スキルをつける……?」

「スキル?6年程度で身につくスキルなんぞ、長期的には役に立たないよ。考えてみて欲しい、君は一体、上司から何を求められていると思う?」

「結果を出すことですか?」

「そう。そうだ。」

「28歳までに結果を出すことが大事、ということですか?」

「少し違うな。結果が出ることはさほど重要ではない。重要なのは「結果を残すために全力を尽くしたという経験」だよ。結果を出すためにあらゆる手段をこころみる、努力する。要するに28歳までに必要なのは仕事に対する姿勢を磨くことだ。」

「姿勢……ですか。」

「そうだ、斜に構えたり、ヘンに世の中をわかったように振る舞うのはまだ早い。28までに死力を尽くした経験を持つ人間と、そうでない人間では、仕事に対する態度が全くことなってくる。前者には輝かしいキャリアがまっている。だが後者には人に使われる人生が待つだけだ。」

「……お言葉ですが、精神論にも聞こえます。」

「精神論ではない、これは統計だよ。20代に頑張った人間は、成功する可能性が高い。もちろん働くだけが人生ではないから嫌なら別に無理しなくていいんだ。しかし、人よりも成功したいなら話は別だ。」

 

私は続きが聞きたくなった。

「34歳までは、どうすればいいのでしょう。」

「34歳は、28から更に6年後、ここまでに身につけるべきは「人と仕事する」という技術だ。」

「すいません、よくわかりません。」

「結果を出すだけなら、一人で頑張れば良い。ただ、世の中に大してインパクトのある仕事をしたいなら、人の力を借りなければ不可能だ。それくらいはわかるだろう。」

「はい。それはなんとなく。」

「では「どうしたら人に協力してもらえるか?」について、君はどの程度知っている?」

「……。正直さっぱりです。」

「そうだ、人について知らない人は、人と一緒に働けない。34までに「人とはどういう存在か。どのような価値観を持っているのか」そして「人の多様性」について学ぶことだ。できるだけ会社の外に出て、人と会って、一緒に働いてみなさい。どうしたら人がうごくか、自分がこの人と働きたいと思うか、それを知ることがあなたの人間性を深めることにつながるんだ。」

「なるほど……。」

「マネジメントというのは、その延長にあるに過ぎない。人について知らない人がいくらマネジメントのテクニックを学んでも、部下から軽蔑されるだけだよ。」

「そうかもしれません。」

 

思ったより時間はないようだ。自分に果たしてできるのだろうか。

「それでは40歳には?」

「34歳から6年でやるのは、「自分の再発見」だ。」

「……再発見?」

「私はいつも言っている。34歳までは、仕事を選り好みするな。選り好みする奴は奴はバカだ。逆に、34歳を過ぎたら、仕事を選り好みしない奴がバカだ。いつまでも弱点を克服できると思うな。もうお前はそう変われない。」

「……。」

「40歳までに、自分の活躍できる分野を見極めなさい。それができなければ、人生の後半を無駄に過ごすことになる。得意で、楽に成果が出せることに注力するんだ。そして、その分野で第一人者を目指す。」

 

人生を無駄にはしたくない。

「では、40歳を過ぎたら……?」

「40歳を過ぎたら、50歳までの10年間。これが最も楽しい時間だ。ここまで積み上げてきたのなら、君には専門分野も、人脈もあるだろう。好きなことをすれば良い。体力、気力、知力、経験ともに最も充実しているのが、40歳から50歳だ。」

「40歳からですか……。」

「もちろん、40というのは単なる目安にすぎない。35だろうが、25だろうが積み上げてきた人間は、人生を楽しむことができる。逆に、30、40でようやく気づく人もいる。でも、それでいて遅すぎる、ということにはならない。そこから積み上げればいいんだよ。」

「それは、少し勇気づけられます。」

「そうだな。それを先に言うべきだったかな。」

 

「50歳を超えたら…?」

「50歳からやるべきことは……」

「何でしょう?」

「多分君は、ビジネスに少し飽きているだろう。好きなら続ければいいが、もういい加減、少し疲れているはずだ。」

「そうかもしれませんね……。」

「50歳にもなると、「新しいこと」に対する感受性が低くなってくる。だから学び直さなきゃいけない。次の30年のために。」

「学び直す?」

「そう、学ぶことで人は穏やかに歳を重ねることができる。過去の成功や経験にとらわれて、若さにしがみつくこともなくなるだろう。実は50歳は新しいことを始めるのにすごく良い年齢だ。

働き始めて30年、でも50歳から余命も30年ある。もう一度何かできるんだ。そう考えるとちょっとワクワクしないかい?」

 

40を過ぎ、振り返るとその方の言ったことは、大体当たっていた。そして今、50歳が少し楽しみになってきている。

 

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(The Edge Foundation)

「身内の半分は敵と思って仕事をしろ」と言われた思い出。

以前、とあるメーカーで営業をしていたときに、先輩からこんなことを言われました。

「敵の半分は身内にいると思って仕事をしろ」

正直、この人は何を言っているんだろうか、ちょっと距離を置いたほうがいいのではないか、そんな風に思ったものです。しかし、ほどなくしてその意味を理解するときが来ました。

 

営業職においては取引先との商談こそが命です。取引先には担当者がいて、話の合う人、合わない人、優しい人、厳しい人、いろんなタイプの方がいます。

当然ながら、話の合わない人や厳しい人との商談は辛く、しんどいものです。とは言え、数字を上げるためにはその担当者とも上手く付き合っていく必要があるわけで、そこは営業の腕の見せ所でもあります。

当然ながら、やりにくい担当者と契約が成立した際には喜びも大きく、帰り道にニヤけてガッツポーズなんてことも本当にあるくらいです。

 

ただ、そこに落とし穴があります。

やりにくい担当者と仲良くなるためには、当然ながら良い製品を納め、お互いに利益を出しながら関係を築くことしかありません。

商談は待った無しです。多少の無理(価格や納期)を言われても、即答できないと競合他社に持っていかれることもあるわけで、少し犠牲を払ってでも、ここで貸しをつくっておこうとか、いろいろ打算するわけです。

しかし、これらの苦労を全く知らず、理解すらしない上司や製造現場の人間がいるのです。

「利益は下げられない。」

「納期は早められない。」

通り一遍の決まりきった返事しかできない人間が。

 

ちょっと待ってくれ。一体これまでの苦労は何だったんだ。俺は嫌われているのだろうか。こんなことなら、やりやすい取引先とだけ商談していれば良かったと心が折れそうになりますし、いじけて地面の蟻と遊んでしまいそうになります。

長い長い商談の末、やっと担当者がこちらを見てくれたというのに、あんたはどこを見てるんだと。自分の保身のみを考えていないかと。

これか、これが敵の半分は身内にいるってやつか!?

 

ただ、少し時間が経って冷静になると、いろいろ見えてきます。そもそも無理を言っているのは取引先の担当者であって、身内に落ち度はない。

あらかじめ上司や製造現場に根回しすることができたのではないか。その場しのぎで答えてしまった自分が悪いのではないか。

 

こう考えることで、今度は上司や製造現場に下手(したて)で交渉できるようになります。まるで上司がやりにくい担当者になったつもりで交渉するのです。

「実は、どうしてもあの取引先と関係を築きたい」

「あらかじめお話を通していなかった私が全て悪いです」

「やっと先方がこちらを向いてくれました。なんとか応えたいのです」

すると、敵だと思っていた身内が、

「そうか、お前も苦労しているんだな」

と、一転して強力な味方になってくれます。

 

これが、「敵の半分は身内にいると思って仕事をしろ」の真意だったのです。

外側にも内側にも交渉上手でなければいけない。私が営業職の醍醐味を理解した瞬間でした。

 

 

【著者プロフィール】

名前: ゆうせい 企画、執筆、編集、モデルを提供する「カンパニオ」代表。

ぱくたそでフリー素材モデルとして不倫素材や、記者風素材を提供している。映画大好きの愛妻家を自負しているが、恋愛映画や恋愛系コラムは苦手。とにかく水曜どうでしょうが大好きでしかたがない。

Twitter:@wm_yousay ブログ:http://huniki.hatenablog.com/「雰囲気で話す」

能力の高い人が「安定した仕事」に居続けるのは、社会的損失。

先日、あるスタートアップの方と話をさせていただいた時

「能力の高い人が安定した仕事に居続けるのは、社会的な損失」

という話をいただいた。

そこで頂いた話をかいつまんで言えば、次のような話だった。

 

まず、前提として安定した仕事はどんどん減っていく。商品・企業の寿命がますます短くなるからだ。殆どの会社はもう安定した仕事を提供できなくなる。

それに変わり、フリーエージェントに依頼する仕事、専門家に一時的に依頼するような仕事が増えていく。言うなれば「プロジェクト型」の仕事が増える。

現在は労働集約的な仕事がほとんどのクラウドソーシングサービスも、ハイエンドの仕事が今後は増えるだろう。したがって、「プロジェクト型」の仕事が増えるにつれ、フリーエージェントは今よりも遥かに仕事を得やすい環境を手にする。

SNSの発達も、有能な人物のフリーエージェント化の後押しをするだろう。

 

良いフリーエージェントたちは、複数社から仕事をもらい、逆説的だが「1社に頼らない」ことで収益の安定化を測ることができるのだ。それは今の1社に専属で勤めるよりも遥かに安定度が高く、かつ稼ぐことができる。

 

実際、このスタートアップにおいては、正社員と呼ばれる人は働いている方の3分の1程度、後は「フリーエージェント」として、他にも職業を持っているそうだ。

これからの「有能な人」のキャリアは、ますます多様化する。

 

 

一方の不安要素として、フリーエージェントで食べていけるほど能力の高くない人のキャリアはどうなるのか?がある。

その人たちはフリーエージェントというよりむしろ有期雇用という形で安く使われてしまう可能性が高い。

彼らのために、国がセーフティーネットを整備する事は必要だ。だが、全員を助けることはできない。本来彼らに必要なのは、給与はそれほど高くなくても良いが「高度すぎず、安定した仕事」なのだ。

 

だから本来、大企業や官公庁の「安定した仕事」は彼らにやってもらったほうが良い。

もともと、大企業の人材は、本質的に取り替え可能である。確固たるブランド、標準化されたオペレーション、潤沢な資金などが既に存在し、人一人がはいったところで大きく業績が変わるわけでもない。要するに殆どは「普通の人」でも、十分勤まる仕事だ。

だが残念ながら現在、大企業には「能力が高いのに、働かない人」が大量に滞留しており、これも人材という貴重なリソースを浪費していることになる。要するに「宝の持ち腐れ」というやつだ。

 

今も昔も、スタートアップ、中小企業にこそ、能力の高い人材が真に必要とされている。

有名大学の卒業生たちが、安定した大企業や官公庁の職業を独占し、不安定な中小、スタートアップの仕事を避けたのでは、あまりにもリソースが偏っている。

 

もしあなたが自分の能力に自身があるのなら、新卒で大企業にはいり5年〜10年程度働いたら、安定した職場を捨て「プロジェクト型」の仕事にチャレンジしよう。

でなければ、あなたは「既得権益者」となり、社会的な損失を生み出す「老害」となる。

 

 

そんな話だった。

 

 

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(Damien Roué)

『田舎は人情味があって暖かいのに、都会の人は冷たい』という定型文がどういう事なのかを分析する

よく世間では『田舎は人情味があって暖かいのに、都会の人は冷たい』という。これは『縁』について正しい理解をしていないが故の発言だと僕は思う。

以下に人が生きるにあたって必要な三つの資本についての解説と共に、この言葉の真意について詳細に記載していく。

 

人が生きていくには三つの資本が必要

作家の橘玲氏は人が生きていくにあたって、三つの資本が必要だと述べた

(参考→「最貧困女子」のように「貧困」に陥るリスクが高い男女のタイプとは? )

 

一つ目が人的資本。これは働いてお金を稼ぐ能力である。

二つ目が金融資本。これは(不動産を含めた)財産

三つ目が社会資本。これは家族や友だちのネットワークだ。

 

この三つの資本をどうにかやりくりする事で僕達は生活をおくっている。

 

この三つの資本のうち、前二つがダイレクトに金銭にかかわるものであり、生活に必然的なものだという事に異論がある人はいないだろう。その一方で、三つ目の社会資本は一見生活に必要なさそうに見える。しかし社会資本は極めて重要なものである。

 

例えばだけど、田舎の給与基準は都会と比較してだいぶ低い。あなたが大地主の子孫で、無茶苦茶にお金をもっているのでもない限り、その一般的にはあまり高くない給与で上手にやりくりしていかなくてはいけない。

 

そうした時に社会的資本は極めて重要な役割を果たす。家を借りるのならば、シェアハウスのような方法を用いて大きな部屋を複数人で借りれば随分と安あがりになるし、食材も大量に仕入れればそれだけ安く買う事が可能だ。仕事を無くしてしまった時、あなたに家族や優しい友達がいたら一時的になら居候を頼み込むことも可能だろう。

 

どうしようもなく困ったとき、結局頼れるのは家族や友達といった同胞しかいないのだ。よき社会的資本を持つ事は、生活の上でのセーフティーネットを持つ事に他ならない。

 

人はこの社旗的資本を『愛情』や『友情』、『縁』という言葉でしばしば形容し、その素晴らしさを説く。冒頭の『田舎は人情味があって暖かい』という言葉がそれを端的に表している。

 

社会的資本の負の側面 

このように一見いい事ずくめのようにみえる社会的資本だけど、同時に面倒くさい一面も有している。トラブルが全くない家庭など存在しないのと同様、人が集まると基本的には問題がおきる。

 

この例が顕著にあらわれるのが教育機関だ。若者は人的資本も金融資本も持たないが故、それを獲得するために学校に通わなくてはいけない(何か芸がある人は例外だけど、基本的に人がよい職を得る為には学問を習得するのが一番手っ取り早い。簡単にいえば、中卒よりも大卒の方がいい職につきやすいという事である)

 

そうして集められた人間によりクラスがつくられ、そこで多種多様な人間関係が形成される。俗にいう、スクールカーストというものである。

 

このパワーバランスは一度固定されたら基本的には二度と変わらない。学園のアイドルはずっと学園のアイドルだし、いじめられっ子はずっといじめられっ子のままだ。

 

当たり前だけど、人は他者からよい評価をもらいたい生き物である。永遠にいじめられたい人間など、存在しないだろう。と、いうことはだ。このように偶然入った地域社会で形成されたカーストが固定化されるのならば、勝ち組はずっと勝ち組でいたいはずである。こういう人間は地元における『縁』を極めていいように評価する。そして地元を深く愛す。

 

一方、偶然入ったコミュニティで著しく低い評価をつけられたものは、基本的にはそのコミュニティから脱出したいはずだ。そういう人間は地元での『縁』をリセットしたいが為に、様々な手法で再度別のコミュニティへの所属を図る。あるものは勉学を、またあるものは創作活動を、あるいはスポーツを頑張り、新天地での新たな格付けを得ようとする。

 

そういう人間が目指す先として、都会という場所はすこぶる理想的な土地である。そこには素晴らしい職業もお金もゴロゴロ転がっている。おまけに素晴らしいことに、ほとんどの人に対してこれらのコミュニティは開放的だ。生まれも育ちも関係なしに、努力という一点のみでそれらを抱えているコミュニティに入り込むことができる(例えば大学受験なら、ぺーパーテストを通過しさえすれば誰にでも一流大学に潜る込むことが可能だ)。もちろんそれらは簡単には得る事ができないものではあるけども、少なくとも何らかの努力をすれば手に入れられるという事実は動かない。

 

先ほどもいったが、地元における格付けは基本的には一度固定されたら二度と覆られない。一念発起していくら勉強を頑張ろうが、いくらファッションセンスを磨こうが、一度ダサイ奴という評価が確立したら、もう二度と上には登れない。

 

けどそれを覆す方法がたった一つだけある。それが所属空間を変更する事だ。新しいコミュニティにおいて、そこにいる人々は基本的にはあなたの過去なんて気にしない。今そこにいるあなたが全てである。都会という空間は、あなたにやり直すチャンスを与えてくれる場所なのである。

 

社会的資本を再選択できる事こそが、都会という空間のメリットである

ここまで書けばもうわかっただろう。都会の人は冷たいのではない。地元と違い『縁』がリセットされただけなのだ(地元だって、縁もゆかりもない人間だったあなたには冷たかったはずだ)。

 

地元でうまくなじめていた人からすれば、『縁』がリセットされた都会はもの凄く寂しい場所にみえるだろう。だけど地元で著しく低評価を下された人からすれば、ゼロから再出発できる都会という空間の素晴らしさを涙が出るほどありがたいものに他ならない。

 

都会という空間は、努力により『縁』を再選択できる場所なのである。努力と能力で所属先と縁を再選択できる自由こそが現代の素晴らしさであり、士農工商という生まれや育ちといったものを万人が乗り越える事ができるこのシステムは、現代社会の美徳であろう。

 

それ故に、私達はこの素晴らしいシステムが機能している社会から受けた恩恵を忘れてはいけない。今のあなたがあるのは、まぎれもなく日本という国家や社会保障、あなたをうんでくれた両親、地域に根差した人々の愛があったからである。

 

人は一人では生きていけない。人は、一人では自立する事ができない。社会というシステムがあるからこそ、私たちはこうしてよりよく生きる事ができるのである。余裕ができてからでかまわないから、あなたを育ててくれた社会にキチンと恩返しをしよう。

 

最近も熊本で大きな地震が起きた。現地の人々は想像だにしなかった苦境に直面しているはずである。自然は時として理不尽なまでの暴力をふるう。だけど僕たちは助け合う事ができる存在でもある。そのことを忘れずにいたい。目に見えない人に時として救われ、目に見えない人を時として援助する。そういう同胞への愛が、社会をより生きやすいものにするのである。

 

よりよい社会を築く為にも、『困ったときはお互い様』という心がけを忘れずに持ちたいものである。

 

 

プロフィール

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki

ソーシャルメディアを見て、採用の可否を決定している会社の話

 

「ソーシャルメディア採用」を行っている会社の話を聴いた。と言っても、ソーシャルメディアから応募者を集める、ということでない。

これは要するに「良質なフレンド、フォロワーをどれだけ保有しているか、どんな情報をSNSに発信しているか」を採用の重要な情報の1つとして用いるスタイルの採用活動を指す。

 

まず、採用担当者は応募のあった人のSNSを見る。そしてまず、SNSのアカウントを持っていない時点で、採用の対象から外れる。

「今どき、公開しているSNSのアカウント1つもないのはダメです。アカウントをすべてクローズしている人は、交友関係も小さいのだろうな、と感じます。」と、担当者は言う。

「匿名や、秘密にしたい人もいるのでは?」とお聞きすると、担当者は「まあ、それは勝手ですがウチの会社の採用とは関係ないですよね。」という。

 

「なぜこんなことをしているのですか?」とお聞きする。

担当者は「まず一つは、「良い人の周りには、良い人が集まる」という法則があります」と言った。

「実は、もっとも良い人が採用できるのは、「うちの会社に在籍している良い人」からの紹介でした。だから、SNSでつながりを見て、その人が良い人の知り合いであれば、ポイントは非常に高いです。」

「なるほど」

「それから、交友関係もわかります。どんな人達とつながりがあるのか。社外のネットワークの大きさはどれくらいか、それによって彼のコミュニケーション力もかなり把握できる。」

「そうですね」

「あとはもちろん、本人の投稿です。どのような価値観を持っているのか、差別的な発言をしていないか、客観性を持っているか、そういったこと全てが、判断の基準となります。」

「ふーむ。」

「昔は身辺調査などを使ったりしたこともあったのですが、今はそんなことをする必要はあまりないですね。ウチは性格検査もやっているのですが、SNSで乱暴なことばかりを言っている人は、大抵性格検査でも問題が出ます。やはり統計は正しいですね。」

 

かなり本気の取り組みのようだ。

「合理的ですね。」

「はい、かなり精度が高くて、我々も助かっています。注意しなければならないのは、フォロワー数だけは多いけど、その質が低い、という人もいる点です。」

「フォロワーの質まで精査するんですか」

「こちらも変な人を入れたくないですからね。フレンドやフォロワーの質が低い人は、本人も同様のクラスタに入っている可能性が高いです。本人があまり発言SNS上で発言しなくても、周りに差別的な発言やバイアスの強い発言をしている人が多い場合は、我々は警戒します。」

「本人の了解は取るんですか?」

「見ていることはいいますが、了解はとりません。取る必要もないでしょう、公開情報ですから。ですが、我々もたまに「あー、こんなことをインターネットに書いてしまって、秘密を守れない人なんだな」と感じることは多々あります。最近では、ネットリテラシーの低い人を会社に入れること自体、大きなリスクですから。」

「面接と比べてどうですか?」

「正直、面接の比重はかなり落ちました。SNSに書き込んでいることこそ、素の応募者の姿です。面接でいくら繕っていてもSNS上ではその人の性格が如実に出ます。虚栄心の強さ、周囲への配慮、何に関心があって、どのような信条かまで。正直、面接は形だけでもいいのでは、と思っているくらいです。まあ「どれだけ仮面をかぶれるか」も1つの能力なので、面接をやめることはないと思いますが。」

 

もう一つ気になったことを聞いてみた。

「ちょっと聞きにくいのですが……社員から、「監視されている」という苦情はないのですか?」

「いい大人が、インターネットに書き込んだことを見られて「監視されている」は、あまりにも恥ずかしい言い訳ですよね。そういう使い分けも能力の1つでは?」

「なるほど」

「我々は秘密を持ってはいけない、とは言っていません。ただ、公開情報にきちんと気を配る事ができて、質の高いネットワークを保有をしている人は、有能である事が多い、と思っているだけですよ。」

 

 

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(Elo Vazquez)

はじめて出世して、背伸びしたいと思った時に読むべき7つのコラム

会社で真面目に働いていると、大体3年遅くても5年経つと後輩や部下を持ち、大なり小なりリーダーとしての振舞いが必要とされる場面が来る。それは仕事の実績のみならず、日頃の言動や行動が常に見られ、判断されていると思った方がいい。

出世したのだから、少しは背伸びしてでも「風格」を身につけたい、と思った時に読むべき7つのコラムをBooks&Appsよりご紹介します。

 

新米リーダーが必ずやらなければいけないこと。

働いてある程度経つと、リーダースキルを求められる。もちろんリーダーは天才でなくては務まらないものではなく、だれでもできる仕事です。(本文より一部抜粋)

トラブル続きのチームが、リーダーのある「性質」によってそんな状態であっても常にまとまりを保つことができた。その性質とは?あのローマ時代最高のリーダーと称されるユリウス・カエサルも同じ性質を持っていたらしい。 本文はこちら

 

有能なリーダーは、矛盾を統合する。

真に有能なリーダーは、矛盾を統合する存在だ。それは様々な経営者や管理職、組織の幹部などを見ていて強く感じる。実際「有能さ」と言うのは、矛盾を発見したときの態度に強く現れる。(本文より一部抜粋)

矛盾にぶつかった時、真のリーダーはどのように考えているのか。それは計らずも哲学者ヘーゲルの言葉に裏付けられていることでもあった。 本文はこちら

 

リーダーに必要なのは、強さではなく、やせ我慢である。

リーダーが公平で、毅然としており、厳しくあることで集団はまとまりを保つことができる。それは当たり前のことである、と言っても良いかもしれない。(本文より一部抜粋)

で、結局結論やせ我慢なのかよ?実は多くの管理職は「強い人」ではない。 本文はこちら

 

「頭の良いリーダー」と、「行動力のあるリーダー」どちらに人はついていくか。

往々にして「頭で考えるタイプ」と、「まずやってみるタイプ」は両立しない。果たして、どちらのリーダーに皆が、「自発的について行きたくなるか」という話だ。

結果は明白だった。成果が同じくらいなら、圧倒的多数が「行動力のあるリーダー」についていきたいと言ったのだ。逆に「頭の良いリーダー」は酷評された。(本文より一部抜粋)

これはおもしろい!多くの人が「行動力のあるリーダー」についていきたいと言ったその理由の分析がさらにおもしろい!どんな人間が、どんな理由で、人を惹きつけているのであろうか? 本文はこちら

 

暗黒面に堕ちた会社員たち

仕事をしていると、「あ、この人は……堕ちた人だ」と思う時がある。
力と引き換えに、色々なものを捨てた人たちだ。(本文より一部抜粋)

そんな暗黒面に堕ちてしまったと思われても仕方のない人たち10例。さて、この10例を見て「本当かな?」と思った人は現代の稀有な存在な幸せな社会人、「あるある」と思った人が実はフツーの社会人、「え、なんでこれが?」と思った人はおそらくあなた自身が… 本文はこちら

 

フリードリヒ・ハイエク 「頭のいいやつは群れたりしない」

カリスマ経営者は一つの原理、考え方に非常に固執する傾向にある。そして、徐々にそのまわりにはYESマンが集結し、ついにはその側近たちが他の社員たちに、カリスマに追従するように圧力をかけはじめる。原理は教義と化し、それについて異論を挟む人は放逐される。(本文より一部抜粋)

求心力の強い会社にいると、誰もが感じるあの違和感。でも、それに抗うことは現実的には難しい。心の奥底にその感覚をグっとしまって働くしかないのか?いいえハイエクは、その感覚は「間違ってない」と、あなたの背中を押してくれる。 本文はこちら

 

「知りながら害をなすな」

2兆円の賠償金を支払え――「キャメル」などの銘柄で知られるアメリカの大手タバコ会社「RJレイノルズ・タバコ」に対して、米フロリダ州の陪審団が、懲罰的賠償として約236億ドル(約2兆3900億円)の支払いを命じる評決を言い渡し、話題となっている。(本文より一部抜粋)

たかだかタバコの販売に対してなぜこのような巨額の賠償支払いになったのか?その背景には、ある重要な「倫理観」に関しての厳しい懲罰があった。ドラッカーの有名な一節を例に解説。本文はこちら

 

今までのまとめ記事

「あ、ヤバイ。入る会社間違えたかも」ってなった時に役立つかもしれない記事5選

経営者が社員から評価を受ける会社の話。

経営者は、会社の中で唯一、直接の評価を受けない人間だ。なぜ経営者は社内の超重要なイベントである「評価」を受けずに済まされるのだろうか。

「上司が存在しないから。」

「市場から評価を受けているから。」

「株主から評価を受けているから。」

というもっともらしい理由はある。だが、本当のところ経営者は「積極的に評価を受けたがらないからなのでは?」と私は疑っている。

 

まず、評価は必ずしも上司から受けるものではない。日本においても360度評価を作用している会社は数多くあるし、同僚や部下からフィードバックを受ける、というシステムは数多くある。

 

次に、市場から評価を受けているから、株主から評価を受けているから経営者への評価は不要、という意見も根拠は薄い。

市場や株主からは、業績やパフォーマンスについての評価しか下されないからだ。だがよく知られている通り、評価はパフォーマンスだけを評価する場ではない。

・会社の文化に良い影響を与えているか

・適切な時間の使い方をしているか

・どのような能力をを開発すべきか

そういったことについて、重要なフィードバックをする場でもある。

 

———————————-

 

では、経営者は誰に、どうやって評価をしてもらえばよいのか。フィードバックをどう貰えば良いのか。これについては、ある会社での最近の試みを参考としたい。

 

創業社長のR氏は、最近会社にあまり活気が無いことに気づいた。社員数が30名を超えてきたあたりから、会議での発言回数や、その中身が「無難な内容」になってきているのだ。会議で全く発言しない人もいる。

かつて会社が10名程度だった頃は、それこそ夜中まで議論を戦わせたものだが、今の様子ではそういったこともない。

「会社が大きくなってきたのだから、これが普通なのかもしれない」とR氏は諦めていたが、他社の様子を聞くと「30名程度で、そんな状態になるのはおかしい」とのコメントを貰った。

 

R氏はそれを聞き、「採用がおかしいのでは」と、創業当時からの腹心のK氏に相談した。

K氏は言った。「社長、実はその話ですが、心当たりがあります。実は社員から「社長と話をすると、詰問される」という苦情が結構来ていまして……。」

R氏は驚いた。「そんなバカな、オレは社員を問い詰めた覚えなんかない。」

「ですから、社員にはきちんと私から説明をしています。社長にはそんなつもりはないと。ただ社長も議論が盛り上がると、多少言葉が乱暴になったりするところもあるのではと。」

「……。オレの話し方が悪いってことか。」

「そうですね、社長のことを昔から知っている社員は、「いつものヤツね」と思うかもしれませんが、普通は社長からきつく言われたら、まあ、怖いと思うでしょう。」

「……なぜ早くそれを言ってくれなかった。」

「言いましたよ。何度も。」

「悪いが、記憶に残っていない。」

「でしょうね。」

 

R氏は反省をしたようだった。

「どうすればいいと思う。」

「前からやろうと思っていたのですが、我々も部下たちから評価を受けるべきです。社長自身のビジョンへの忠実度や、会社の文化に与える影響、コミュニケーションの取り方など、注意すべき項目はたくさんあります。もちろん民主的な会社になる必要はありませんが、共に仕事をする人からフィードバックをもらわないのは不健全です。」

「われわれも評価結果は給与に反映するのか。」

「いいえ、そんなものは意味が無いでしょう。そうではなく、フィードバックの結果を公開しましょう。全部。」

「………。マジか。」

「そうでもなければ、社長はそれを気にしないでしょう。」

「むー。」

「もちろんリスキーかもしれませんが。経営者や私も、少なくともよく一緒に働いている社員のフィードバックは必要です。」

 

はたして、社長と役員へのフィードバックはおこなわれるようになったが、今のところ特に問題はないとのことだ。むしろ「自分を振り返る良い機会になった」と彼らは感じている。

 

———————————-

 

どんな権力であれば、外部からの評価と査定を受けなければ、堕落する。これは心理学の様々な実験でも確かめられている事実である。

裏を返せば、パフォーマンスでのみ評価されている経営者は、「パフォーマンスさえ挙げれば、何をしてもよい」という考え方になりやすいということだ。

 

経営者になる前は有能で、勉強好きであった人物が、トップになった瞬間に頑固になり、部下の意見に耳を傾けなくなってしまった、という話はいくらでもある。

あるベンチャー・キャピタルの幹部は、

「そんな人に限って、有名な経営者の講演や、外部のセミナーなんかが大好きなんですよ。自社の社員の方が、よほど経営者のことを理解しているのにね。」と言った。

 

上で紹介した会社の事例は少々極端ではあるが、自浄作用を組織内でどのように保つか、大きな経営課題の1つである。

 

 

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(Christopher Michel)

仕事においては、知的能力よりも遥かに重要な能力がある。

現代では「知的能力」は特にビジネスにおいて大きく評価されている。

「知識労働者」が増えるに従い、知的能力のアドバンテージが大きな富を生み出せすことに皆が気づいたからだ。だから皆、学歴を気にするし、教育格差を社会問題として取り上げる。

中には「知的能力がほとんど遺伝で決定されるから、社会的な成功は生まれる前からほぼ決まっている」という極論を唱える人物まで散見される時代となった。

 

だが、ビジネスに知的能力というものがそこまで重要なのか、といえば、私は懐疑的である。おそらく知的能力はあまりにも過剰に評価されている。

天才がいるとか、知的能力がビジネスの成否を決める、とか、経営陣が高学歴である、とか、そのようなことはすべて、「うちの営業マンは根性があります」というのと、中身においてさほど変わりはない。それは、数ある強みの1つであるにすぎない。

まして「世界は一握りの知的エリートによって支配される」など、SFの読み過ぎである。確かに能力による格差は広がるだろうが、それは「知的能力」によるものではない。

 

 

皮肉にも、「知識労働者」という言葉を生み出したピーター・ドラッカー自身は著書※1の中で「知力や想像力や知識は、成果の限界を設定するだけ」と述べた。

頭の良い人間であっても、成果を出せるかどうかはそれと関係がない。

ハーバード卒であっても、AIというテーマでで博士号を取った人間であっても、それは知的能力の高いことの証明ではあっても、仕事で成果が出るかどうかの証明にはならない。

 

 

実際、私の経験の中でも「知的能力を過剰に評価する人物」は、大した成果をあげることができていなかった。

知的能力が高く、論理は立派なのだが、実践ができない、継続ができない、誤りを認めない、素直ではない、勉強しない、そういった人物は、結局何事も為すことはなかった。

彼らは物事がうまくいかないと、「コンセプトがマズい」「戦略がマズい」「マーケティングがマズい」という。だが単に行動の量と、継続するだけの工夫が足りないだけだった。

時には「計画通りにできない社員がダメだ、客がダメだ」と言い出し、周りを困らせたものである。彼らは「ビジネスの成否は、知的能力とは関係がない」という事を受け入れなかったのだ。

才能に恵まれていながら、実にもったいない話だ。

 

——————————

 

では、ビジネスで成果を出す上でほんとうに重要なことはなんだろうか。様々な考え方があるだろうが、私が1つの真理だと思ったのは、あるプロジェクトの、打ち上げの時の会話で聞いたことだった。

 

「どうしたら、マネジャーみたいになれますか?最年少でマネジャーになったの、先輩ですよね。」

「まあね。」

「どんなやり方をしたんですか?」

「やり方ね……。一所懸命やるだけ。」

「本当にそれだけなんですか?真面目に教えてください。」

 

すると、マネジャーは新人に向き直って言った。

「個人的な目標は、持ってる?」

「え……、どういうことですか。」

「いや、そのまんまだよ。個人的な目標はあるのか、と聞いてるんだ。」

「もっと稼ぎたい、とか、楽しく仕事したいとか、そういうことですか?」

「ああ、それは目標じゃなく願望っていうんだ。」

「……何が違うんですか?」

 

マネジャーは言葉を選んでいるようだったが、こう言った。

「リアリティがない。稼ぎたいって、本気で思ってる?」

「……正直、まあ、なんとなく、って言うレベルです。」

「仕事はね、そこなんだよ。「なんとなくやりたい」とか「なんとなくできるようになりたい」って言う人は、ダメ。」

「どうしたらいいですか?」

「ないのか、目標。」

「ま、まあ、なくはないですけど。」

「どんな夢だ。」

「年収で一千万は稼げるようになりたいです。」

 

マネジャーは身を乗り出した。

「どうやって?」

「わかりません。とりあえず給料を上げたいです。」

「それはまだ、単なる願望だな。まだ「給料が上がればいいな」と思ってるだけだ。」

「どうしろっていうんですか。」

「いいか、仕事で成果出す奴は願望を目標に変えてるんだよ。自分で考えてな。考えてみろ、年収一千万なんて給料は、この会社で無理だ。ウチは普通の会社だからな。」

「そんなこと言われても……」

「具体的に考えるやつだけが、仕事も、人生も成果を出すんだよ。これは才能じゃなない。ハートの問題だ。真剣な姿勢なんだよ。もちろんこんなことしなくたって、人生楽に生きられる。どっちを選ぶかはお前次第だよ。」

「転職したほうが良いんでしょうか。」

「そんなこと、オレもわからん。まあでも、転職活動してみたら?年収一千万もらえる人間になるために、何が足りないか見えるんじゃないか?」

「あ、具体的に考えるって、そういうことですか。」

「仕事ができる奴は「具体的に何が足りないか」を動きながら考える。オレはマネジャーになりたかったから、目標達成とか上司への売り込みとか、地道にやった。まあ、ただ大抵の奴はあれこれ想像するだけで動かないし、具体化もしないし、継続もできない。それはあくまで「願望」であって「なったらいいな」程度にしか思っていないからだ。」

「……。」

「所詮、会社員の仕事だからな、誰でもできるんだよ。だからさっき聞いた。オマエは何をしたいのか。具体的に決まっている奴が、成功するやつだ。夢物語に逃げたりしないでな。」

 

——————————

 

私はこの話を聞いて以来、「その人の持つ目標の具体性」について、強い興味を持つに至った。それは仕事の能力の有無の判断基準であることは間違いない。

結局、できる人たちはひたすら現実的に考える人たちなのだ。

 

 

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(Ulisse Albiati)

上司の目を気にする・顔色をうかがう人たちをみて思うこと。

なかなか帰らない新入社員がいた。「まだそんなに仕事量は多くないはずなのに、なぜだろう」と疑問に思っていた。最近、その謎が解けた。どうやら、先輩社員より先に帰ることを躊躇していたらしい。

 

☆★☆★☆

 

上司より先に帰ることをためらう人は他にもいる。

「上司は部下が自分より先に帰っているかどうか見ているから、気を付けた方が良いよ」とアドバイスされたこともあるし、

「自分より遅くまで残っている部下を、頑張っているからと評価する上司もいるよ」

と言われたこともある。

 

そういうものなのだろうか。腑に落ちなかったため、質問してみた。

 

「上司より先に帰らない方が良いのでしょうか」

「俺は気にしないよ」

「“俺は”ってことは、やはり気にされる方もいらっしゃるんですね」

「ゼロではないと思う」

「私は今までずっと、自分のタイミングで帰っていました」

「これからもそれで良いんだよ」

「そのつもりです」

「あなたの場合は少し上司の目を気にした方が良いかもね(笑)」

 

最後は冗談で終わったが、やはり部下の帰る時間を気にする上司もいるみたいだ。

 

上司より意図的に遅く帰るのは「上司の顔色をうかがう」ことの一環なのだろうか。顔色というよりは、「評価を気にしている」ように感じられる。

帰る時間と評価を結びつけて考える上司なのであれば、上司より先に帰らないようにするという戦略は有効なのかもしれない。でも、そのような評価の仕方は残念だと思うし、仕事が終わっているのに“上司がまだいる”という理由だけで残業するのはもったいないと思う。

その時間もきっちり残業代が支払われるのであれば、無駄なコストだと言うことさえできる。

 

☆★☆★☆

 

もう1つ、上司の目を気にすることについてよく話題にのぼるのが、「話しかけるタイミング」だ。上司も人間だから、機嫌の良い時もあれば悪い時もある。そして、機嫌がわかりやすく周囲に伝わる人も一定数いる。

機嫌の悪さが周囲に伝わりやすいと、部下は上司の顔色をうかがうようになる。話しかけるタイミングを見計らうのだ。機嫌の悪い時には極力話しかけない。

何か許可をもらうような話をしに行く時は、機嫌の良い時を狙う。こんなことをしている人が結構いる。

 

正直なところ、私は人の顔色をうかがうのがあまり上手ではないと自覚している。

顔色を“うかがっていない”のか、“うかがえていない”のかはともかく、結果的には機嫌とは無関係に話しかけている。上司に恵まれているだけなのかもしれないが、それで何か問題が生じたことは今のところない。

機嫌が悪くて少しキツイ言い方をされたとしても、言っている内容が適切であれば、少なくとも私にはどうでも良い。機嫌によって上司の発言内容・判断が左右されるようであれば、それは上司の問題だ。だから、顔色を気にしすぎるのもどうかと思っている。

 

一方、「人間は理屈では動かない。感情で動いている」とよく言われる。正論ばかり並べ立ててもあまり意味がない、感情に訴えないといけない、ということらしい。それもわかる。

上司も人間だから、機嫌に左右されることはあるし、部下も人間だから、内容は適切であっても、キツイ言い方をされたら落ち込んで仕事が捗らなくなるケースはある。

だから、結局は理屈と感情のバランスなんだろうな、と思う。思っていても、バランスをとるのはなかなか難しい。

 

☆★☆★☆

 

理屈寄りな私は、もう少し感情を大切にしてみよう……。

ではまた!

次も読んでね!

 

 

【著者プロフィール】

名前: きゅうり(矢野 友理)

2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。

著書 

Twitter:@Xkyuuri

ブログ:http://kyuuchan.hatenablog.com/「微男微女」

ダサい会社って、どんな会社?

なんという表現が適切なのかわからないが、いうなれば「ダサい会社」がしばしば飲みの席などで、話題となる。

どの会社ダサいか、という話は意見が分かれるので、個別の企業の話は差し控えるが、「ダサい企業」というのは確かにある種の共通点があることは間違いない。

 

・それは「ブラック企業」とは異なる。単に法令違反をしたり、安月給で人をこき使うことは「ダサい」ではない。それはやはり「ブラック」という表現がしっくり来る。

・「サイトや商品、ロゴなどのデザインがカッコ悪い会社」とも異なる。それは単に「カッコ悪い」あるいは「デザインにお金をかけない」だけの会社である。ダサい企業とはちがう。

・もちろん規模や業種、地域などの属性だけで「ダサい」というのも間違っている。

 

真のダサさ、というのは、もうすこし複雑なコンセプトである。

ではどんな会社が「ダサい」のか。

 

例えば、売上や自社のサービスの顧客数、あるいはサイトのページビューなどを水増しし、自分たちをただ大きく見せようとする会社は「ダサい。」といえる。

広告で誇大広告をしたり、注意事項などをやたらと小さく、ウリ文句をやたら大きくし、有利誤認を誘発しようとする行為も「ダサい。」

何かしらのランキングを裏で意図的に操作するのも「ダサい。」

細かすぎる契約書を提示し、あとから「ココに書いてあるでしょう。判を押したのはあなたですよ」と主張するのも「ダサい。」

本当はさほど値引きしていないのに「定価から80%引き」などの大仰な表示をする行為も「ダサい。」

こういう行為を指摘すると「業界では普通」とか「キレイ事では済まない」という会社も「ダサい。」

 

ダサい会社は、たとえそれがどんなに商売として成功したとしても、「ダサい会社である」というレッテルは剥がせない。それは、深く経営者や幹部たちの価値観を反映しているからである。

 

「少なくともウソはついていない」

「こんな細かいところを客は気にしない」

「マーケティングと心理学で人は操作できる」

「売れれば正義」

「お客さんから何も言われなければ、この情報は勝手に利用させてもらいます」

 

そういった彼らの「浅い人間観」や「倫理観の希薄さ」が透けて見える会社が、「ダサい会社」なのだ。

こう考えると、「ダサい」に近い表現は「何となくあざとい感じがする会社」と言っても良いのかもしれない。こう言った会社は根本において、人をバカにしていると言える。

認知心理学者のダニエル・カーネマンはこのような企業を「顧客をうまくたぶらかす企業」と呼んだ。

 

 

しかし、これは誰にとっても全く身に覚えのないことではないだろう。油断すればすぐに「ダサい行為」に手を染めてしまう可能性は十分にある。

また組織に流されてしまうのが人間だ。「ミルグラム実験」に見るように、人間の倫理感は権威や同調圧力に弱い。Googleは、似たようなコンセプトで「悪を為さない」という経営理念を掲げているが、これは簡単なようで、高度な自律を必要とする。

力を持つ人間には、それだけ高度な倫理観が求められるのだろう。

 

 

今世間を騒がせているタックスヘイブンの問題も違法ではない。金持ちがもっとカネを溜め込みたくなる理由もわかる。「皆やっているから」というのも合理的ではある。

しかし、千年前のローマ人の支配者階級や富裕層は、「共同体への義務」を感じ、私費を投じて橋や公共施設を建設させたという。今にも残る遺跡には、そのようなものが数多く残っている。

 

それに比べれば租税回避は「ダサい行為」であるのは間違いない。タックスヘイブン利用の代償は「どんな立派なことを言っても、所詮「税金逃れ」してたんだよね。」と言われてしまうことにある。

 

 

 

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(bronx.)

不得意分野には宝の山が転がっているかもしれないというお話

最近、得意な分野で頑張ろうだとか、好きを仕事にしようといった事をよく耳にする。実に耳に心地よい言葉である。

 

じゃあ不得意分野や嫌いな事はコスパが悪いと切り捨ててしまえばいいのだろうか?僕はそうは思わない。むしろ困難の克服こそが人に特別な能力を授けると思っている。以下、具体例をあげて説明しよう。

 

文字が読めなかったスティーヴン・スピルバーグ

あなたはスティーヴン・スピルバーグをご存じだろうか?かの有名なインディ・ジョーンズやジュラシック・パークを作った監督だと言えば大体の人はピンとくるだろう。

有名な話だけど、スティーヴン・スピルバーグはディスレクシア(読字障害)を患っている。これは文字を文字として認識できない脳の障害の一つだ。

 

例えば”Apple”という単語を見れば、僕たちは即座にあの赤いリンゴを思い浮かべる事が可能だ。だけどディスレクシアを持つ人は脳内で文字を処理する領域に障害を抱えており、そのためA p p l eという文字配列を見ても真っ赤なリンゴを想起することができない。

 

ディスレクシアの人々は文字を文字として認識する能力がないため、通常の方法では文字を習得する事ができない。ただ困難ではあるものの、文字の習得自体は不可能ではない。普通の人と比べてだいぶ異なった手法ではあるが。

具体的に言うと、彼らはまずAppleという単語をAppleという一まとまりの”映像”として記憶する。そして次にその”映像”を真っ赤なリンゴという”イメージ”と結びつける。こうして文字を文字ではなく”画像”として処理する事で、彼らは文字から意味を認識できるようになる。

このように同じ文字を”読む”という行為でも、普通の人と比較してディスレクシアの人々が用いる手法は非常に異なるものだ。そしてそれが非常に異なる結果を生む。次にそれが文章という形でどのように表れるかをみていこう。

 

(例文)I like apples.

 

一見なんの変哲もないこの文章だけど、普通の人は”私はリンゴが好きだ”という風に”文字”として読む。けれどディスレクシアの人々はそういう風には読めないから、この文字配列から”映像”を想起しなくてはいけない。

Iからは私という画像を、likeからは好きだという動作を、appleからは赤々としたリンゴのイメージを想起し、それらを結びつけて映像として再生する。

その結果、普通の人にとっては無味乾燥な”私はリンゴが好きだ”という文章も、ディスレクシアの人々の脳内では生き生きとした動画として再生される。最終的に文章からえられる”結論”は同じでも、普通の人とディスレクシアの人々ではここまで”過程”が異なるのである。

 

このように障害を持つ人は障害を持たない人が”簡単に”できる事を他の能力を用いて”難しく”しないと遂行する事ができない。これは一見、不幸に見える。だけどこの遠回りが通常の人にはできない奇異なる能力を授ける事につながっていたりするのだから話は面白い。

 

おそらくだけど、スティーヴン・スピルバーグは文字の習得に普通の人の倍以上の時間がかかっただろう。”得意な分野で頑張ろう”だとか、”好きを仕事にしよう”といった言説から考えれば、スピルバーグの行為はめちゃくちゃコスパが悪い。

だけど彼は読字障害を克服する過程で、人よりも極めて豊かな想像力を獲得するに至った。この事が彼を稀代の名監督に押し上げた事は疑いようもない(ちなみに他にもディスレクシアを持つ有名人は沢山いる。エジソンもダ・ヴィンチもアインシュタインもディスレクシアだ)

 

周り道は時に人を強くする

”得意な分野で頑張ろう”

”好きを仕事にしよう”

僕も基本的にはこの意見には賛成だ。ただこれを苦手だったり嫌いな分野の習得から逃れる為の言説として用いる事には感心しない。

 

『自分にはこれは向いてないから、やらなくていい』

 

もしスピルバーグがそういって文字の習得をやめていたら、彼はたぶんあそこまで偉大な映画監督にはなれなかっただろう。

 

スピルバーグにとって、読字というスキルの習得はそれ単体でみれば極めてコスパが悪い事は疑いようもない事実だ。だけど彼は、この困難の克服を通じて極めて優れたストーリー構成能力の一端を手に入れる事ができた。

 

もちろんスピルバーグには映画監督としての資質があったのだろう。映画監督という仕事が彼の”好きな事”であり”得意分野”なのは疑いようもない。だけどその”得意分野”を花開かせたのは”不得意”だった読字というスキルの習得だという事もまた事実なのである。

 

あなたが将来、”好き”や”得意”を仕事にしようとした時、苦手”や”不得意”な分野での努力が役に立つ事もあるかもしれない。

これからは自分に合わなそうだからといって物事を避けるのはやめよう。何事も経験だ。

 

著者自身も随分不得意分野で色々と苦労をしてきたが、人よりも劣っていたからこそ得られた知見も多くあったと今では思う。そういう経験がある今だからこそ胸を張って言えるけど、真剣にやって役に立たない努力などというものはない。良薬は口に苦しなのである。

 

 

プロフィール

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki

(Neil Tackaberry)

目標は何でも数値化すればいいってものでもない。

仕事をしていると、何でも数値化しないと気の済まない人がいる。その一方で「数値化するのは嫌い」という人もいる。

会社の目標や、成果などについては特にこの傾向が強い。

数値目標が好きな人は「数値化しないと測定できない」「測定できないものは管理できない」と主張するし、それに反発する人は「数値で見られるのは非人間的で嫌だ」あるいは「数字ではわからないことがある」という。

 

シチュエーションによってこの発言の妥当性が異なるので、この場で「どちらが正しいのか」などという不毛な議論はしない。だが「数値化の限界」を知っておくことは、双方にとって決して悪い話ではないだろう。

 

では、何が数値化の限界なのか。数値によって何が失われるのか。それは、人間らしさ、とかそんな曖昧で、よくわからないものではない。失われるのは1つ。「数値化していないものへの関心」である。

 

例えば、ある会社で実際にこんな実験をした。

 

会社で新卒に目標を与える。一方には

・テレアポ、週2件のアポ目標

・
専門書の読書、週1冊必ず読んで、レポートを提出する。

という2つの目標。

もちろん、先輩が新卒一人ひとりについて、丁寧に指導しながら目標を達成させるようにする。

他方で、

・テレアポを頑張る

・専門書を読むように意識する。読んだらレポートを書く。

という目標を設定する。こちらも同じ先輩が指導する。さて、1ヶ月後、どちらのほうが結果が出ただろうか?

 

もちろん、結果を出したのは前者だ。後者のテレアポの件数や読書の件数に比べ、前者は圧倒的に数字で勝っていた。数値目標は目標に向かわせるドライブ力がある。明確な目的意識を抱かせるからだ。

しかし、面白いことが起きた。前者の新人は1週間、テレアポと、読書以外の仕事をほとんど憶えていなかった。一方で、後者の新人は、テレアポや読書以外の業務、例えば「先輩の手伝い」や「会議で話されたこと」について、よく憶えていた。

 

 

人間は面白いもので「明確な目標値」が与えられてしまうと、それ以外のことをあまり考えなくなる。

その時点での最優先事項の「どうしたら2件取れるか」
「どうしたら早く読めて、レポートを効率良く書けるか」に注意を引き付けられてしまう。


その時点で「テレアポが重要か」「なんのために読むか、レポートを書く意味は何か」に考えが及ばなくなる。目標数値はその行為の優先度を著しく上げるが、それ以外の重要度を著しく落とす。要するに、強制的に近視眼になるのだ。

 

また別の会社でのことである。

営業部で、技術的な底上げをするために「先輩への営業同行」を推奨したことがあった。ただ、みな忙しく営業同行をあまり積極的におこなわなかったため、業を煮やした経営者は「月3件は営業同行をすること」という目標を立てた。

これがどうなったか、ご想像のとおりである。多くの人物は、技術的な底上げを忘れ「どうやったら効率的に同行できるか」を考え始めたのだ。これでは本末転倒である。

「数値目標」は本質的に「他の事項の排除」を含む。だから数値ばかりで管理している会社の社員は近視眼的になりやすい。

 

では、どうすれば良いのか。

実は「数値」は目標にするまでもない、極端な話、「データを取ってますよ」と言って、後は放置、
ということでも管理は十分成り立つのだ。

 

例えば「残業時間を30時間以内にしてください」という目標を立てると、あちこちに歪みが出ることが割けられないような状態でも、もうすこしマイルドに

「残業時間を計測します!」

「
残業代を計測します!」

というだけでも、実は管理として成り立つ。「計測すること」そのものに意味がある。そう考えると、何でもかんでも「数値目標化」するのは、物事を単純化して考えすぎる人の
悪いクセだといえよう。

 

 

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(Marcin Ignac)

「あ、ヤバイ。入る会社間違えたかも」ってなった時に役立つかもしれない記事5選

5月といえばゴールデンウィーク。

楽しい連休も終わりに近づくと、急に5月病にかかってしまう新社会人の方も続出するのではないのでしょうか。

「このまま現実逃避を続けたい」「入社してまだ一ヶ月なのに早速会社に行きたくない」と思わずにいられない。そんな時に読みたい、お悩み別の記事をまとめてみました。

 


 

新入社員研修がおかしかった。

新入社員研修と題して軍隊みたいなトレーニングをさせられたり、道で知らない人と名刺交換100枚終わるまで帰ってくるなと言われたり。おまけに「勉強会」と称して土曜日の予定まで勝手に抑えられている。勉強会では会社の理念に関するテストを行い、点数が低い人は日曜日も出勤。

「会社」という場所はこんなに体育会系の環境なのだろうか。これって普通?それともうちだけ?

 

なぜ企業は「マインドコントロール研修」「スパルタ研修」を採用してしまうのか

http://blog.tinect.jp/?p=22734

 

とにかく激務。

新人だから早く出社した方が良いってわかってるけど、7:30に会社来たら、すでに先輩がモリモリ働いていた。帰りはもちろん終電だから、翌朝コンビニでリポD買うのが日課になってきた。

面接で「圧倒的なスピード感で成長したい人には完璧な環境だよ」と言われ「ハイ!頑張ります!」と答えたものの、完璧な環境ってこのことだったの?

Instagramに流れてくる友人の充実した様子たち。私はゴールデンウィークはもっぱら休養に使ってるのに。。。

これっていわゆる「ブラック企業」だから、早く辞めた方がいいのかな。それとも、もう少し会社に残って頑張れば違う世界が見えてくるのかな。

 

「若い時はワークライフバランスなんて考えず、たくさん働け」という人の気持ちについて。

http://blog.tinect.jp/?p=21113

 

仕事が全然楽しくない。

つまらない、あるいは辛いと直感的に感じる仕事ほど、上司はやたら丁寧にやるべき理由を説明してくる。

「新人の仕事は電話をとること。電話というのは会社の第一印象を決める重要な窓口なんだ。電話もろくに取れないうちは、大きな仕事なんて出来ないよ。」

「資料を作るのは新人にやってもらう。コピーを取る、ホチキスでまとめる、一つ一つの作業を丁寧にやることで仕事の質が上がるんだ。資料もろくに作れないうちは、大きな仕事なんて出来ないよ。」

「テレアポは新人の登竜門だ。100件かけたけど全部断られた?ならもう100件かければいい。商品を売りたいなら、アポを取らないことには始まらない。アポもろくに取れないうちは、大きな仕事なんて出来ないよ。」

わかってます、わかってますよ。新人のうちからやりたい仕事がもらえないくらいわかってます。でも、さすがにこれっていつまで続くんだろう?先が見えない中で、毎日単純作業ばっかやっていても、心折れちゃうんだよ。

どうしたら仕事って楽しくなるんだろう。

 

一介の技術者だった彼が、どうやって仕事を楽しいことにしたか。

http://blog.tinect.jp/?p=20511

 

こんな会社に入る予定じゃなかった。

ほら、やっぱり違うじゃん。私がやりたかったのは、全然こんな仕事じゃない。そもそもこの会社、第一志望じゃなかったし。

私がやりたかった仕事って、なんていうか…もっと華やかというか、そう、「やりがい」が感じられる仕事。

え?私にとってのやりがい?やりがいってのは…よくわかんない。確かに就活中に、自己分析が甘いって言われたこともある。正直自分でも何がやりたいのかはよくわからない。

でも第一志望の会社に入れていたら、こんな風に悩むことも苦しむこともなかったと思う。就活浪人するべきだったのかな。

 

就活失敗したくらいで、人生決まるわけないじゃん

http://blog.tinect.jp/?p=23945

 

で、結局私はどうすればいい?

悩むのもいい加減疲れたわ。

友達はそんなブラック企業辞めればいいって言ってくるし、親はとにかく初めは忍耐だって言ってくる。

明日会社を辞めるのは非現実的だけど、憂鬱で電車に乗りたくない。このままゴールデンウィークが終わらなければいいのにな…。

結局私はどうすればいいの?

 

ある会社で配布された、「新入社員へうちの会社が求めていること」という資料が、すごい本音だった。

http://blog.tinect.jp/?p=12516

 


いかがでしたでしょうか。

入社前と入社後で、全然イメージが違いますというのはよく聞く話。そう感じるのはあなた一人だけではありません。

猛烈に仕事ができるあの先輩にも、あの上司にも、ひいてはあの社長にだって新人の頃はありました。きっと同じようなことでつまづき、悩んでいたはずです。

一人で悩んで早急に結論を出す前に、ポロっと悩みを打ち明けてみてはいかがでしょうか。案外先輩も「わかるわかる、俺もゴールデンウィーク明けの満員電車ほど萎えるものはない」と共感してくれるかもしれませんよ。

 

社内でしか活躍できない人と、社外に出ても活躍できる人の差はなんだろう?

転職は、転職するだけではなく、その後活躍して、本当に転職が成功したといえるだろう。これは多くの方の賛同が得られるところだと思う。

そして、現職で活躍/イマイチ と、転職先で活躍/イマイチ を軸として、人の能力を4つに分類できる。

 

tenshoku

もちろん、現職でも転職先でも活躍する人がいる一方で、現職でも転職先でもパッとしない人がいる。彼らは真に有能、または力不足の人たちだ。

また、「転職して環境が変わったら、花開いた」という転職で成功する人もいる。彼らは「所を得れば活躍できる」人たちだ。

 

だが、問題なのは「前職ではあんなに活躍してたのに、転職したらパッとしないね」という人たちだ。それなりの職歴を持ち、成功もしてきた。新しい職場では期待もされていた。だが、結果が出せない、という人たちだ。

上の図では、右下の「?」に当たる人たちだ。

 

こういった人たちは実は本当にたくさんいる。最近ではYahooのCEOであるマリッサ・メイヤーが鳴り物入りでGoogleから移籍したにも関わらず、全く結果を出せてない。

私の知る範囲でも、転職前は会社の役員クラスで有能さを発揮していたが、転職先では全く活躍できず、ついには解雇されてしまった人物がいる。

彼は「結局、オーナーの古いやり方に縛られて、自分は何もできなかった。」と言っていた。

 

 

なぜこう言ったことが起きるのだろうか。理由としてよく言われるのは「社内でしか通用しないスキルしか身についていない」というものだ。

だが、私はそれに賛同できない。マリッサ・メイヤーが社内でしか通用しないスキルしか持っていないとは思えないし、件の役員も同じだ。彼らは皆、高いスキルとコミュニケーション能力を持ち、成功するための能力も持っていた。

だが、結果が出せない。私はそれが不思議だった。これはおそらく、スキルの問題ではない。

 

 

しかし、私は転職者たちに話を聞いていくうちに、1つ、彼らの奇妙な共通点を見つけた。それは「彼らが皆、転職先の人たちのことを「頭が固い」「柔軟性がない」と言っていることだ」

「頭が固いんだよね」

「やり方が古いんだよね」

「全然自由にやらせてもらえない」

「社風が合わないんだよ」

そう言った言葉を何度となく聞かされた。

 

しかし、それを逆の目線で見たらどうだろう。もし彼らが「頭が固く、頑固で、自分のやり方に固執する」人たちだったら……。

成功体験に縛られ、「自分のやり方こそ、世界一」と思い込んでいる人たちだったら……。一度成功しているだけに、余計たちが悪いのではないだろうか。

 

私は、次のエピソードを思い出した。あのピーター・ドラッカーが若かりし頃、上司から怒られるエピソードだ。※1

年配の創立者が私を部屋に呼びつけて、こう言った。

「君が入社してきた時はあまり評価していなかったし、今もそれは変わらない。しかし君は、思っていたよりも、はるかに駄目だ。あきれるほどだ」。二人のシニアパートナーに毎日のように褒められていた私は、あっけにとられた。

その人はこう言った。「保険会社の所見アナリストとしてよくやっていたことは聞いている。しかし、証券アナリストをやりたいのなら、そのまま保険会社にいればよかったではないか。今君は、補佐役だ。ところが相も変わらずやっているのは証券アナリストの仕事だ。今の仕事で成果をあげるには、一体何をしなければならないと思っているのか。」

私は相当頭に血が上った。しかし、その人の言うことが正しいことは認めざるをえなかった。そこで私は、仕事の内容も、仕事の仕方も、すっかり変えた。

この時以来、私は新しい仕事を始めるたびに、「新しい仕事で成果をあげるには何をしなければならないか」を自問している。

もちろん答えは、そのたびに違ったものになっている。

※1

 

 

実際の所、転職先ではあなたは「異物」だ。社員は無意識のうちに体の免疫機能がウイルスや最近を排除するように、あなたを排除しようとする。

だが「異物」が良い働きをするときもある。ウイルスに感染した細胞が突然変異を起こすことがあるように、あなたが持ち込んだ外部のDNAが既存のDNAと出会うことにより、突如として有利な形質を獲得することもある。

だが、それにはある程度の時間と、「真正面から戦わず、うまく融合する」という努力がお互いに必要だ。

 

今まで成功した来た人にとって、新天地は良いことばかりとは限らない。古臭く、非効率が目につくこともあるだろう。

だが、転職先の会社はあなたが持っている「正解」を求めているわけではない。実際には「あなたが持っている経験を元に、我々に合うやり方を一緒に考えて欲しい」と思っているのだ。

 

それを理解しているかどうかが「真に有能」と「あの会社でだけ有能」を分かつのだ。

 

 

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(mikezu)

Airbnbゲストが部屋を綺麗にしてチェックアウトする理由

4月のゲストを一気に紹介します。

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スイスからの夫婦。スキーの話で盛り上がる。

 

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オーストラリアから来たイギリス人。一緒にガイアの夜明けに出た。とにかく明るい。ジョギングに行ったり、一人で飲みに行ったり、とにかくアクティブ。(なので私はラク)

 

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フランスパリからのカップル。予約を入れてきたのは彼女の方だが、彼氏が常に彼女をサポート。アイツはモテる。

 

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ドイツからの夫婦。 部屋にあったドイツのフォトグラファーAndreas Gursky写真を見て喜んでました。

 

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台湾からのカップル。日本のパンが美味しいと感動。彼氏の方はパン職人でした。

 

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北京からのカップル。disk Unionでレコード買いまくる。

 

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カンボジア(フランス出身)からのカップル。ニコンの高級中古カメラを買う。

 

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上海から来た女子。昼は働いてました。連絡手段はスカイプ。昼ごはんを一緒に食べにいきました。麻布十番のヒップな蕎麦屋川上庵です。

 

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フランスから男2人組。一緒にAirbnbミートアップに参加した。

 

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スペインからのカップル。オフィスに2週間滞在しました。午前中はTokyo観光。午後3時からはWEB出勤してました。

 

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上海から来た彼女は、日本人でもびっくりするくらい日本中を旅してました。彼女の疑問「なぜ東大の学生はリラックするしてるの?」

 

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オースラリアから来たマシュー(写真左)は気さくで、土曜の定例ミーティングに入ってきたりしました。(詳しくは、”世界はノートPC片手に「ちょっとTOKYOのカフェで仕事してくる」時代に突入した“に、Books & Appsライターの大島里絵さんが、レポートしてます)

 

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パリからのカップル。この後京都へ行った。「2時間でしょ。近いよね?」

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ロサンゼルスからのオタクカップル。滞在5日間中2回もアキバに行ってました。また「ディズニーランド人少なかったよ(4/30)」と言っていました。ロスにあるディズニーはもっと人多いとのことです。

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お気づきだと思いますが、それぞれのゲストの写真とセットで部屋の写真を添えています。その写真はすべてそのゲストのチェックアウト後の写真です。

今回、できる限り写真に残しました。「民泊」で来る外国人は、マナーが悪い的なニュースをよく耳にするので、何か証拠でも残しておこうと思いまして

見ての通り、Airbnbのゲストは見事に全員が部屋を綺麗にして出ていくのです。

Airbnbってのは、部屋を片付けて出て行くなんてルールあるのか?

いいえ、そんなものはありません。私の人柄ですかね?まさか。

これを理解するのは簡単です。

自分がAirbnbゲストになったつもりか、もしくは友達の家に泊まらせもらうことを想像してみてください。

部屋を散らかしたまま出ていく気にはならないですよね。

むしろゲストは「自宅に滞在させてもらった」という気分になるため、ほとんどの場合礼儀正しくなるのです。

だから、ほぼすべてのゲストは部屋を綺麗にしてチェックアウトしていきます。その行動に人種、文化、宗教の違いとか全くありません。たぶんこれは人間共通の価値観なんだと思います。

 

“Airbnbゲストが部屋を綺麗にしてチェックアウトする理由 Airbnb日記Vol.183” おわり

Vol.184へつづく)過去のAirbnb日記一覧

 

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