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目標を持つことより、走るのをやめないことが重要。

「目標を持とう」とよく言われる。人生の目標を持って頑張っている人は、どれだけいるのだろう。

 

☆★☆★☆

 

「夢はでっかく、根はふかく」

中学生の頃、先生がよく言っていた言葉だ。当時は知らなかったが、調べてみたところ、どうやら相田みつをさんの言葉らしい。

そうか、夢は大きいほど良いんだ。

 

高校生の時の先生はこう言っていた。

「目標を下げることは簡単だけど、上げることは難しい。だから、目標は高く設定した方が良い」

そうか、目標は高いほど良いんだ。

 

良く言えば素直。従順とも盲信とも言える。夢は大きいほど、目標は高いほど良いなんてことはないと、今ならわかる。

手に届かないほど高い目標を設定しても頑張れず、結局目標は達成できないからだ。

 

☆★☆★☆

 

とある会社の執行役員とカフェでお話した時も、目標についての話になった。

「何かやりたいこととかありますか?」と聞かれ、

「ないですね」と、私は答えた。

 

「ないんですか。僕の周りにいるあなたと同じくらいの年齢の人たちは、みんな夢に向かって全力で走っていますよ」

「素敵ですね。私の夢はなんだろう……」

「好きなことはないですか?」

「文章を書くことが好きです」

「文章を書く時の目標は?」

「うーん……できるだけ多くの人に読んでもらいたいですね」

「そんな“曖昧な願望”ではなく、もっと“明確な目標”を持った方が良いと思いますよ。たとえば、何かの賞に応募して受賞するとか。

応募の締め切りが3ヶ月後、文字数が6万字だとしたら、単純計算で1週間に5000字書く必要があるわけでしょう。今すぐにでも執筆に取り掛かろうと思うのでは?」

 

夢や目標があることのメリットは、今とるべき行動を導き出せることだ。期限付きの目標を決めれば、逆算して今やるべきことが見えてくる。逆に目標がないと、ただ流されるように今を生きてしまう。

この時、「このままではダメだ」と思ったことを覚えている。

 

☆★☆★☆

 

社会人1年生の時、先輩にこう言われた。

「あなたはふわふわしているように見えるね」

「ふわふわ……?」

「目標を持っていないでしょう?目標を持たずに、ふわふわと働いているように見えるってことだよ」

「そんなふうに見えるんですね」

「目標は持った方がいいよ。自分がどうなりたいのか考えれば、それに向かって頑張れる。一度、会社という枠を取っ払って考えてみたらどう? 自分の実現したいことが会社の求めるものと一致しないのであれば、それに気づかないのは、お互いにとって不幸だから」

 

その通りだと思った。時間は有限だから、自分がどうなりたいのか、早めに考えた方が良い。

 

☆★☆★☆

 

会社の研修でも、目標について考える機会があった。自分のなりたい姿は何なのか、しっかり自分と向き合って考える。その上で、なりたい姿に近づくためには、今何をするべきなのか考えるというものだ。

言葉で書くと簡単そうだが、実際はとても難しい。私以外の社員も、トレーナーの先輩社員に質問してもらったり、アドバイスをもらったりしながら、何時間もかけて自分と向き合っていた。

 

2日間の研修後も、私は考え続けた。同僚や先輩に話を聞いてみたりもした。やっぱりわからない。結局

「私は、目標を持つことが目標です」

と言った。言ってみて、自分でもおかしいと思った。なんだそれ。

 

目標を持つことの大切さを理解しているから、目標を持ちたいという思いは持っている。一方で、「目の前のことに、ただ一生懸命取り組むだけではダメなんだろうか」という思いもある。

 

そんな状態のままで、半年が過ぎた。先日、取締役の人にこう言われた。

「あなたは余計なことを考えず、そのまま頑張れば良いと思うよ。今のまま頑張って、ある時後ろを振り返ったら『あれ、こんなところまで来ているんだ。こんなに頑張れているんだ』って気づくはず」

この言葉を聞いて、目標がなくても、振り返れば多くの経験をしている、何かを成し遂げている、ということもアリなんだと思えた。

 

「目標を持つ必要はない」と言われたわけではない。それでも、走ることさえやめなければ、最初にゴールを定めなくても、自分だけのゴールにたどりつけるのかもしれない。

目標を持つことは大事だ。だが目標を持つことに執着して悩み続け、足がとまってしまうなら、目標はなくてもただ走っていた方が、結果的にはゴールに近づける気がしている。

 

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迷子だけど、走る。

とりあえず明日も走るかー。

 

ではまた!

次も読んでね!

 

【著者プロフィール】

名前: きゅうり(矢野 友理)

2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。

著書「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)

Twitter: 2uZlXCwI24 @Xkyuuri

ブログ:http://kyuuchan.hatenablog.com/「微男微女」

「会社の仕事ばかりやっていると、ウデが上がらないので、他の会社の手伝いをしていますよ。」の本質

数万年前、農耕という究極のテクノロジーを獲得して以来、狩猟採取に比べて圧倒的な生産性の高さから、人類のほとんどは生まれた土地で暮らし、働き、死ぬようになった。

したがって、農耕が始まって以来、近代までは基本的に多くの人は農民をはじめとした一次産業の生産者として「生まれた土地」に人生を縛られていた。

 

ところが18世紀から19世紀の産業革命とともに出現した「工場」は「生まれた土地」から人を引き離した。工場は農村から大量の人を吸い上げ、農業で生計を立てるよりも遥かに豊かな都市での暮らしを約束した。

「都市」と「労働者階級」は産業革命の嫡子であり、この頃から我々の知る「会社勤め」が出現した。だが、その頃の「会社勤め」は、現在の会社勤めとは全く様子が異なり、「農村で飢えるよりは工場で働いたほうがマシ」と言った程度だったため、次第に資本家と労働者の間に深刻な対立を引き起こした。

その頃の人々は工場労働者として「資本」に人生を縛られており、人生の選択の自由はそれほどなかったと言える。

 

時が経ち、工業の生産性が激増するに伴い、工場における肉体労働者、すなわち「資本に縛られた」工場労働者、すなわちブルーカラーは減少する。

変わって出現したのがホワイトカラーだ。

営業、事務、購買、企画など、「作って売る」だけでは効率の面でも、顧客満足という点でも競争に勝てなくなった時代には、円滑に組織を運営するためのホワイトカラーが必要となった。それがいわゆる「サラリーマン」である。

だが、残念ながらそれは「土地」から「資本」に縛り付けられるものが変化した労働者をサラリーマンとして「会社組織」に縛り付けただけであった。

「終身雇用」「年功序列」などの仕組みはすべて、サラリーマンを会社組織に縛り付ける工夫である。

 

—————————

 

そして現代、世界の時価総額上位の企業は製造業ではなく、「金融」「情報通信」などのソフトウェアやテクノロジー、専門知識を中心とした企業群となった。

もちろん、それらの会社には多くのサラリーマンがいる。

だがそこで活躍する多くの人が「知識労働者」となりつつある。彼らは組織に依存しない、自らの専門性を必要とする企業に流動的に、一時的関わるのみである。

必然的に彼らは終身雇用ではなく、自らの知識を活かした「やりがいのある仕事」「卓越した成果をもたらす機会」を求める。そこには従来の「地主と小作」「資本家と労働者」「雇い主とサラリーマン」という関係はない。

現在、転職が増えているのは、そのためだ。

知識を有する人は、自分の知識を利用してくれる組織は必要だが、決まった主人を持つ必要はないのだ。

 

さらに「知識」の特性上、知識を有する人物は、様々な組織とのインターフェースが多ければ多いほど、能力が強化される。

「アイデアは、既存の要素の新しい組み合わせである」

と述べたのはJ・W・ヤングだが、※1それは、知識の本質を突いている。

つまり閉鎖的な組織に属さず、多様な組織や人物とコラボレーションできる人物ほど、知識の多様な組み合わせを手に入れることができ、知識労働者としての生産性が高くなる。

 

あるエンジニアは、

「会社の仕事ばかりやっていると、ウデが上がらないので、他の会社の手伝いをしていますよ」

という。

あるwebマーケターは、

「いろんな会社の仕事をしたほうが事情に明るくなりますから。」

と、副業に精を出す。

その他、営業や企画、編集、ライティング、デザインなどにおいても、「組織に全面依存しない」人が確実に増えている。

 

もはや、我々の子供の世代において、組織に縛られて仕事する人間は、ますます少なくなるだろう。

労働者の統計調査によれば、現代の日本は既に農民は全体の1%もおらず、工場労働者も激減した。事務員たるホワイトカラーも、そのような運命をたどるに違いない。

 

今後、ますます多くの人が豊かさを求めて、「知識労働者」となることを目指す。

そして、知識労働者として自由を得る代償として、「自分の人生を、自分で経営する」ことが求められるようになるのだ。

 

 

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(*JRFoto*)

一流の外科医は平凡な外科医と何が違うのか。神の手を持つ外科医に共通する3つの条件

神の手を持つ外科医、というとブラックジャックの影響なのか手先が器用であるという印象を持っている人が多いと思う。

しかし筆者の経験上からいうと、器用さ以外の部分が一流の外科医を決定づける要因として大変重要である。

 

今回は実際に筆者が一緒に働いたことのある、天才的な手術をする外科医の特性3つ書いていこうと思う。これらを知ることは、他の分野で頑張っている人にも大変役に立つはずだ。

 

ここが違うよ神の手その1

ルールをキチンと把握しており、その上で自分のする事に対する明確なビジョンがある

仕事におけるルールが法律だとすれば、外科医のルールは人体解剖学だ。キチンと解剖を把握している全ての人が名医だというわけではないが、少なくとも名医で解剖学が適当な人は一人もいない。

その正確な人体解剖の知識がベースにある事を前提として、腕の良い外科医は自分が行う手術という手法について、最初から最後まで極めて明確なビジョンを持っていることが多い。手術前に何度も何度もイメージトレーニングを行い、手術を行う前には10回以上は予行演習が終わっているという人もいる。

 

走り慣れた道を滑走するのが楽なのは、既にそこが通ったことがある道であり、次に何がくるかがわかっているからだ。

神の手を持つと言われている外科医ほど、1手先、いや10手先を読んだ手術を展開する。下手な外科医はその場で行き当たりばったりの行為を繰り返すため、同じ場所をぐるぐる回るが如く、いつまでたっても先に進めない。

 

ゴールを見据えた上で最善ルートを最短で突っ走るから、一流の外科医の手術は早いのだ。決してその場限りの行き当たりばったりな行為は行わない。何事も明確なビジョンを持って行動することが大切である。

 

 

ここが違うよ神の手その2

・あらかじめ困難が来る箇所について想定してあり、その為決断が異様に早い

普通の仕事でもそうだと思うが、手術もまた想定外な事がよく起きる。解剖学的に奇形があったり、CTやMRIなどの画像で予想したものと違ったり等、どんなに予想を綿密にたてても予想は予想でしかない。

 

平凡な外科医はこの時初めて戦略を練り直す。その為、時間もかかるし最善手を選択できない事も少なからずある。しかし一流と言われている外科医の決断は惚れ惚れするほど見事だ。周囲に全くと言っていいほど困難である事を漏らさず、いかにも簡単であるかのように振る舞う。周囲への指示出しもまた見事なもので、気が付くと5分後には困難があった事すら忘れてしまうものである。

 

もちろんというか膨大な手術経験数が、一流の外科医の決断力のバックボーンにもなっているのだとは思う。とはいえどんなに手術経験を重ねてもあまり上手ではない外科医がいるのは事実である。

 

この差が何なのかずっと考えていたのだけど、ある時一流の外科医は常に困難が想定される場面で複数の迂回ルートが想定されているという事に気がついた。

 

もちろん全く予想外の困難というものもあるのだが、大体において難解な場面というのは多少の経験があれば想定できるものだ。一流といわれている外科医は困難が訪れた時、どういう迂回ルートを取ればいいかについて、かなり熟考しているのだろう。

そしてその場面が訪れたら、待ってましたとばかりに躊躇せず方針を変更する。

 

結局、一流の外科医は自分の中での原理原則について極めて忠実なのだ。アクロバティックにアドリブで曲芸を披露するなんて事は絶対にしない。ただ黙々と自分が行うべき作業を忠実に行う。一見地味でつまらないこの作業を積み重ねるという行為が、手術終了時には神の技ともいえる芸術的行為に変貌するのである。

 

 

ここが違うよ神の手その3

・短気であり、完璧主義者である

ここまで神の手を持つ外科医のよい側面について書いてきたので、今度はちょっと具合の悪い部分についても書いていこうと思う(笑)

その1、その2で書いたとおり、一流の外科医は常に自分が行うべき作業について明確なビジョンを抱いており、また原理原則に忠実であり、決断が早い。

 

まるで一流のビジネスマンの事をそのまま言い表しているかのようである。そんな彼らであるが、やっぱりというか性格は少々とっつきにくい事が多いのは事実だ。オフでは結構普通に良い人だったりもするのだけど。

自分の中で完璧なビジョンが確立しているが故に、その規定路線を外れた時の怒りもまた強烈だ。ほんの少しでもおかしい事をみつけたら、まるで瞬間湯沸かし器の如く怒りそしてミスを指摘する。

 

おそらくオーケストラの指揮者も同じような感覚を持っているのではないだろうか。どこか一部がおかしいだけで、全体の調和は崩れてしまう。そのことに耐えられないのだろう。

考えてみるとスティーブジョブスを始めとして、歴史上の偉大なビジネスマンは大体においてキツイ性格をしている事が多い。「なにもそんなに周囲にキツくあたらなくてもいいじゃん。もうちょっと楽しくやろうぜ」なんて僕なんかは思ってしまうのだけど、そんな心がけでは最高のモノなんて作り上げられないのだろう。

 

スティーブ・ジョブズのおかげで僕たちはMacBookやiPad、iPhoneといった素晴らしい作品に出会えた。だけどこの素晴らしい作品たちに触れるとき、ちょっとだけでいいからジョブスと一緒に仕事をして、怒りをぶつけられた人達の事も忘れないでおいて欲しい。

 

天才の生み出す業績は偉大だけど、一緒に働いている人達は結構苦労する。天才は短気であり、完璧主義者であり、それを周囲にも強要する。並外れた完璧主義があるからこそ普通の人にはできない素晴らしい仕事を成し遂げられるのだけど、その影には天才を支えた凡人達もいたという事を忘れてはならない。

 

天才がいないと芸術は生まれないけど、天才一人だけでは芸術が生まれないというのもまた事実なのだ。短気な完璧主義者に付き合うのも、大変なんだぜ(´;ω;`)

 


 

以上が一流といわれている外科医の3原則である。細かな違いはあれど、大体においてこの3つが神の手を持つといわれている人たちに共通している事である。

こうしてみると、仕事内容は違えど一流と言われている人たちは結構同じ行動原理に基づいているのがよくわかる。あなたが一流のビジネスマンを目指すのならば、上の3つを意識してみるのもいいかもしれない。

 

 

プロフィール

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki

40代のおばさんがスタートアップにチャレンジする極めて個人的な理由

いよいよ、である。いよいよ私が人生後半戦の勝負に出た「スマホ写真のマーケットプレイスSnapmart(スナップマート)」のiOSアプリがAppStoreに公開された。

まだ公式なリリースを打ってないので宣伝は何もしていないが、どこからともなく人が集まり始めている。ありがたいことだ。

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(↑先日の「アプリ万博」での筆者。ブースもスタートアップらしく手作り感満載。)

 

働く20〜30代女性の「迷い」

実は私にとっては、これが二度目の起業になる。一度目の起業は、ぼちぼちうまくいって最終的には失敗した(事業は残っているが)。そのときけっこう大変な思いをしたので、二度とこういうことはやるまいと誓った。

そして私はサラリーマンになった。38歳だった。

ほぼ同時期に結婚もし、それから4年あまり、週末や長期の休みには夫と旅行やキャンプに行くような悠々自適なサラリーマン生活を送っていたが、43歳になったとき突如として「よし、仕事しよう!」と思った。

もちろん、それまでも真面目に仕事には取り組んでいた。ただ、仕事が最重要事項ではなかった。なぜなら「もしかしたら子供を産むかもしれない」という思いが頭の片隅にあったからだ。

 

「子供を産まなければ」という無意識レベルの重圧

私たち夫婦には子供はいない。晩婚(二人とも再婚だけど)だったこともあり、子供は最初から諦めていたというか「いたらいいね」くらいの期待値しかなかった。

ただ、そんな程度の意識しかない人間であっても、子供を持たないことに対する罪悪感はあった。「このまま何もしないで年を重ねてしまっていいものだろうか?」「もっと年をとったときに後悔するのではないか?」という気持ちもあり、人並みに不妊治療にもトライした。

 

しかし、不妊治療はその程度の軽い気持ちでは到底続けられるものではなかった。まず女性がフルタイムの仕事を続けながら治療をするのは、相当恵まれた環境でないと難しい。本気で取り組むなら仕事を辞めるしかないのだが、そうすると今度は治療費が払えなくなる。しかも、そこまでしてもその努力が報われる可能性は低い。

そんな不条理な治療を何年も続ける自信もなかったので、私たち夫婦はちょっとやってみてすぐに諦めた。単純に検査や治療が痛くて嫌だったというのもある(是が非でも子供が欲しいと思っていないと到底耐えられるものではない)。

 

そんな自分にとって「35歳」と「42歳」という年齢は重要なターニングポイントだった。35歳は「自然妊娠して無理なく子供を育てられる限界年齢」であり42歳は「人生において子供が持てる限界年齢」だった。

もちろんこれは私自身の資質を考慮した線引であり、人によってはこれが45歳や50歳だったりもするのだろう(実際にその年齢で子供を産んでいる方もいる)。

ただ私はなぜか長年、この年齢を強く意識していた。

そして去年、ついにそのボーダーラインを超えた。43歳になったのだ。

 

女性の40代は20代とは違う可能性に満ちている

「もう自分は子供を持つことはないのだ」と腹の底から思ったときに、どんな感情が湧き上がってくるのか。それについては、私はさっぱり想像がつかなかった。ただ漠然と「悲しいんじゃないかな?」とは思っていた。

 

ところが、実際は違った。思いがけずホッとしたのだ。いや、そんなぬるいもんじゃない。刑務所から解放されて青空の下に立っているような清々しい気持ちとでも言おうか。走り回って小躍りしたいような気分だった。

「ああ、これでもう子供ができるかもしれないという不測の事態に怯えながら中途半端に仕事をしなくていいんだ。男の人と同じように仕事のことだけに専念できるんだ」と思った。

 

私は子を持たずしてこの年齢になったが、子を持つ女性にとっても40代は「子供を産み、育てる」という目に見えない重圧から解放される時なのではないかと思う。

子供がいてもいなくても、結婚していてもしていなくても、どれだけ社会が「男女平等」になろうとも、女性はこの重圧と無縁ではいられないのではないだろうか。

 

可能性が断たれたその先に見えてくるもの

そんなわけで、「女子」から「おばさん」という生き物に生態を進化させた私はいま、毎日のびのびと、不測の事態に怯えることもなく、1年後、3年後を見据えて新しい仕事に取り組んでいる。

なんて素晴らしいのだろう。おばさんバンザイだ。「みんなも早くおばさんになったほうがいいよ」と、若い女の子たちに言って回りたいほどだ。

こんなに気がラクになるならもっと早く子供を持たないと決めればよかったと思ったが、ことはそう単純な問題ではないように思う。

 

これまでも自分は、35歳を過ぎた頃から「一生子供を持たない可能性が高い」とは思っていたし、そのような人生設計に沿って生きていた。ただ、「そうなるかもしれないと思う」ことと「物理的に可能性が断たれること」は相当な違いがある

たとえば、不倫している女の子が「彼との結婚は望んでいない」と言いながらも時折苦しむのは、そこにわずかな可能性があるからだ。人の決めることに「絶対」はない。どれだけ理性で律しても「もしかしたら」「万が一」という希望を持ってしまう。

 

「可能性」という言葉には明るい希望が宿っているように見えるが、必ずしもそうではない。わずかな可能性があることにより、かえって苦しむことだってある。

「子供を産み、育てる」という可能性がなくなった私の目の前には、いま「事業を産み、育てる」という新しい可能性が開けている。不倫相手と結婚できないと悟った女の子も、そのうち別の男性と結婚するだろう。

可能性が消えることは、必ずしも悪いことじゃない。その可能性が消えなければ見えてこない、新しい別の可能性もあるのだ。

 

 

【著者プロフィール】

名前: えとみほ スマホ写真のマーケットプレイス「Snapmart(スナップマート)」の開発者。ソーシャルメディアの可能性を探求するWebメディア「kakeru」の初代編集長。巨大LINEグループの帝越コク、「SNSポリス」のかっぴー、”インスタジェニック”の生みの親である石井リナなどの才能を発掘する。

 

Twitter: @etomiho 個人ブログ: http://etomiho.com

スマホ写真のマーケットプレイス「スナップマート」http://snapmart.jp

「この仕事をやる意味は?」に誰も答えられなくなる。

ある会社で、後輩が先輩に

「この仕事をやる意味を教えて下さい。なぜ必要なのでしょう?」

と言っていた。

 

おそらく、単調でつまらない仕事をやれ、と言われたのだろう。「とりあえず意味がほしい」という様子だった。

ところが先輩は

「オマエになんでそんなことをいちいち説明する必要があるのだ。なぜ必要かだと?会社員で、給料をもらっているからだ。」

と言った。

後輩は諦めた様子で、仕事に取り掛かった。

 

——————————–

 

この話を他の方にすると、2通りの反応がある。

「酷い先輩だな。きちんと理由も説明しないと、後輩のモチベーションが下がるし、仕事の意味がわからなきゃ、工夫もできないじゃないか。」

という後輩に同情する方と、

「まあ、当たり前だな。会社員ならつべこべ言わずに、言われたことをまずやらなけりゃダメだ。大体仕事の意味なんて教えてもらうものじゃなく、自分で見出すものだ。」

という先輩派だ。

 

私は企業文化や2人の関係性が変われば、どうすべきかも変わると思うので、解答は持っていない。

 

だが本質的なこととして、人間は自分の行動に対して「意味付け」が必要な生き物であるということだ。

「つべこべ言わずにやれ」と言われることは、不快なのである。

逆につじつまさえ合っていれば、それなりに嫌な仕事であってもこなすことができる。

 

しかし、である。

今後「やる意味の分からない仕事」はじつは増える可能性がある。

「なぜこれをしなければならないのか」が全くわからない仕事が増えた時、私達はそれに耐えられるのだろうか。

 

——————————–

 

つい先日行われた、プロ棋士とAIの囲碁の対局においての話だ。

アルファ碁、最終局も制す 最強・李九段に4勝1敗(朝日新聞)

AIが世界最強とも言われるプロ棋士に圧勝した、というのは十分に衝撃的な事実であるが、それよりも驚きなのが、この対局を解説していたプロ棋士たちの多くが、「なぜここに」と、アルファ碁の手の意図がわからず、戸惑っていたことだ。

AIがどうしてこの結論に至ったのか、人間には全くわからないという現象が起きていることは、衝撃である。

 

仮にそれビジネスに適用されるとどうなるのか。

例えば小売店の出店や、仕入れの判断において、今日のニュース、SNSのタイムライン、人口動向、気温、天候、曜日など、膨大なデータを読みこませるだけで、ほぼ完璧に売上まで予測できるようになる。

さらに、どのタイミングで、どういった紙面で、どういった広告やチラシを打てばよいのか、かなりの精度で判定できるようになるかもしれない。

そんな状況では、労働者は「コンピュータのアウトプット通りに動いてください。理由?そんなの誰もわかりませんよ。」と言われるのだろう。

 

他にもある。例えば「採用」においてだ。

AIが幾つかの質問を応募者に投げ、応募者はそれに回答する。さらに候補者の職務経歴、筆記テスト結果などを入力するだけで、「うちの会社で出せそうなパフォーマンス」が計算され、それによって採用の可否が決まる。

もはや面接も、応募動機も不要である。

だが「なぜこの会社でパフォーマンスが出せそうだと判断されたのかは、AIにしかわからない。」という事は十分にありえる。

 

 

現在はある程度、予測や計画を必要とする知的能力を必要とする仕事が数多くある。マーケティング、企画、採用、診断などが代表的だ。

だが、20年後は全くビジネスは変わってしまっているかもしれない。多くの知的職業はAIに代替され、「データ屋」と「アルゴリズム屋」のみが生き残ることとなる。

 

そんな時代には、冒頭の先輩はどう答えるのだろう。

「なんでそんなことをいちいち説明する必要があるのだ。なぜ必要かだと?AIがそう言っているからだよ。」

とでも答えるのだろうか。

 

 

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(Matt)

Airbnbホストやめますか?あなたがAirbnbを本当によいものだと思っているのならば、やるべきことがある。

先日、ゲストを私の自宅へ案内してくれた方がいたのですが、その時に

「最近この界隈に外国人がうろついていて、周辺の人が不安がってるよ。」と言われたのでした。-詳しくは前回のこちら

 

「外国人だからなんなんだよ。日本人だったらいいのかよ?」

というのは、もちろん暴論です。

人間としてまず優先されるべきは、半径5m以内の平和であり、それはいかに個人が日々の生活を気持ちよく生きていけるか?ではないでしょうか。

それには法律もへったくれもない。せいぜい憲法が保障してるとでも言っておけばいいのでしょうか。

 

「不安」。大雑把に言えばそれは気持ちの問題なのですが、それがダメなのです。だって人間だもの…

 

私がAirbnbホストをはじめた2年前とはAirbnbを取り巻く状況も大きく変わりました。以前は、いくら外国人を頻繁に自宅に招こうとも「友人です」と言えば、ちょっと変わった人かな程度で済みました(つまり自分が変な目でみられてることに耐えればいいだけ)。相手がそれ以上のことを想像することはなかったです。

はじめて会った外国人を簡単に自宅に泊めてしまう日本人が目の前にいるなんて想像できますか?

それ一般的にはアホじゃないですか。よく言って性善説を信じる楽観的な博愛主義者。(もちろん自分はそんな人格ではないですし、簡単にできてしまう理由はこちら→「How Airbnb designs for trust(Airbnbはどのように『信頼』をデザインしたか?)」TEDより

 

しかし最近では、東京でも地方でも外国人が目に見えて増えていて、日本に多くの外国人が来ていることを実感せざるを得ません。

そして、なんと言っても「民泊」という言葉を頻繁に聞くようになりました。それが、どのようなものかであるかはここでは議論しませんが、誰もが「民泊」というものがあることを知っているという事実は、2年前とは全く変わりました。

 

とにかく、ゲストを私の自宅へ案内してくれた方の言葉は私の心にグサリとささりました。

「いくらゲストがいい人であろうと、トラブルを絶対に起こさない人であろうとも、知らない外国人がいるということだけで迷惑かけていたのだな」と。

そしてその時、瞬時に悟りました「もう近隣に黙ってAirbnbをやっていくことはできないんだな」。

「黙って」というのは、それを言うことで必要のない不安を与えるほどならば、それを言わないで必要のない不安を与えない方がよいと考えていたからです。

でも、もうすでに「民泊」および「Airbnb」というものは世間に知られているのです。それらは「得体のしれないもの」という印象を持たれ、多くの人へ「不安」を与えていることは間違いないのです。

 

だからと言って、Airbnbやめますか?

 

いいえ、私はやめません。

自分がAirbnbを通して外国人を自宅に招くことを良いことだと本当に思っているのであれば、それを近隣の人に伝えて、正々堂々とやることができるように努力することが先決なのではないでしょうか。

まずは近隣の人が、無駄に不安に思わなくなるように努力しましょう。法律改正?ロビー活動?それはめっちゃ大事なことですよ。でも、

 

Airbnbホストならば、やるべきことがあるでしょう。

 

今、Airbnbホストは自分の半径5m以内の平和を求めるだけでなく、近隣の住人の半径5mの平和を保障する義務が生じているのです。それができなければ、今後法律が改正されようと、世界中でAirbnbがどんなに流行ろうと、私たち日本のAirbnbホストの未来はないです。

 

というわけで、まずは自分ができることとして「自分がAirbnbホストをやっているということを知ってもらうため」の近隣への挨拶まわりをすることを決意したのです。

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そこで3点セットをつくりました。

1.私の会社の名刺 ← 自分が何者であるかをはっきりさせる

2.Airbnbサイトに掲載している自分のプロフィールと自宅の場所 ← Airbnbでどのように掲載しているかを知ってもらうこと、何かあった場合の連絡先

3.簡単な手土産 ← 常識ある日本人として

ここで大事なことは近隣の方の「不安」を取り除くということです。

近隣への挨拶というのは「トラブルは起こしません」ということや「ゴミ出しをしっかりやります」というようなことを言うのではないのです。

そのようなことは当たり前のことでです。今、多くの方が心配している理由は、多くの場合「何か起こった場合にどうするのか?誰が責任をとるのか?」ということがはっきりしてないからです。

 

ですので、このようなものをつくりました。まずは私に「最近この界隈に外国人がうろついていて、周辺の人が不安がってるよ」と言ってくれた方の自宅へ直接挨拶にいきました。

そうすると、その方は近隣の方を次々に紹介してくれて、なんとすぐ近くに住んでいた港区議会議員の方を紹介してくれたり、今度はその方の紹介で、その地域のリーダー的存在の方を次々と紹介してくださったのでした。またAirbnbホストをはじめたいと相談してきた方まで出てきたのです(社交辞令ではなくガチです)。

ある方が私におっしゃったことは忘れません。

「民泊のことは知ってる。きみは許可もらってやってるみたいだけど、どちらにしろ法律の問題がいろいろあるのも知ってるよ。でもそんなことよりもさあ、このコミュニティにきみの活動を理解してもらうことの方がはるかに大事なんだよ。当たり前だけどさ。個人的には民泊はおもしろいことだと思ってるよ。まあがんばりなよ」。

 

 

私たちAirbnbホストの多くは人脈や資金など政治力のまるでない、一個人の一般市民でしかないわけです。そんな一般市民として、できることからやっていきましょう。先行してAirbnbホストをはじめた自分たちができることをやっていきましょう。やれる人からやっていきましょう。

そして今の状況を少しづつ変えていきましょう。

私は多くの人にAirbnbの楽しさやその経済合理性(ようするにそれなりの収入になるということ)を知ってほしいと思います。そして、できれば多くの人に自宅でホスティングをやってほしいと思っています。

いいホストが日本に増えたら外国人が旅行しやすくなる?いやいや、それよりも自分の旅行がもっと楽しくなるでしょう。

 

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無邪気なオーストラリア人たち。楽しそう。これでいいんです。私たちホストがどんなにシリアスな問題に直面したとしても、彼らには関係ないのです。何かあれば、それは私たちホストの責任です。現在、これは個人的な活動に過ぎないのです。それはすべては自己責任ということでもあります。その責任を持てる人のみAirbnbホストになることができます。

 

“Airbnbやめますか?いいえ、あなたが本当によいものだと思っているのならば、やるべきことがある。” おわり(Vol.188へつづく)過去のAirbnb日記一覧

 

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思い込みは、無能の始まり。

以前、仕事でご一緒した方が、こんなことを言っていた。

「自分がよく知らないのに、思い込みで「くだらない」とか決めつけちゃダメですよね。」

「なぜですか?」

「だって、知りもしないで、くだらない、とは言えないはずです。言うんだったら「知らないのでよくわからない」が正解ですよ。」

なるほど、正しい理屈だ。私は同意した。

 

すると彼は言った。

「皆、思い込みで「くだらない」と決めつけてしまいがちですよね。」

「わかります。」

「そういう私も反省しなきゃということがありまして……」

「何をですか?」

「昨日、友人が「アイドルの追っかけ、面白いよ」と言ってたんですが、私、思わず「30過ぎても、そんなことしているの」と言っちゃったんですよ。」

「ほう。友人の方はご立腹ではなかったですか。」

「言ってから、あー、マズかったなと。」

「そりゃ、いい気分はしないでしょうね。」

「そうです。人の趣味にとやかく言う必要ないじゃないですか。でもそいつは「大丈夫大丈夫、でも皆、面白さを知らないだけだよ。」って言いました。」

「いい人ですね。」

「で、そこから私も思い直して、アイドルの追っかけの話を聞いてみました。何を楽しんでいるか、聞いてみたいと思ったんです。」

「どうでしたか?」

「アイドルの追っかけって、思っていたよりもずっと深いんですね。どのアイドルが今後人気が出るかの読み合い、アイドルとの関係性を通じた権力闘争、確かに一種のゲームですね。ハマる人がいるのも、頷けます。」

「なるほど。」

 

——————————–

 

あなたが仮に、「アイドルの追っかけ」に対して嫌悪感を抱いていたとしたら、上に出てくる「友人」にたいして「信用出来ない」とか「変な人」と思ったのではないだろうか。

この「一部の情報から、全体を勝手に推定する(そしておそらく間違っている)」現象は、心理学においては「ハロー効果」という。

ハロー効果は判断に大きな影響を与えることが様々な実験からわかっている。

 

だが、上に次の情報を追加したらどうだろう。

実は上で出てくる「アイドルの追っかけをしている友人」は、慶応大卒で、急成長しているサービス企業の創業者だ、と言われたら。あなたの印象は変わったのではないだろうか。

彼は休日にはボランティアに参加し、マラソンが好きな青年だ、と言われたら更に印象が変化するのではないだろうか。

 

だが、「追っかけ」をやっていようが、「ボランティアやマラソン」をやっていようが、このようなわずかな情報から人格を推定することはできない。

要するに、肝心なのはよく知らないことを「思い込みでわかった気になる」のは、頭の悪い行為だということだ。結局、一部を取り出した印象など、全くアテにならないのである。

 

これは、企業においては特に人事の分野、採用や評価において顕著に現れる。

例えば、マニトバ大学のB・M・スプリングベットは、「面接においては、最初の4分以内に決定が下され、それ以後の時間は最初の評価を確認するために費やされる」と実験結果を発表し、トレド大学のトリシア・プリケットとネハ・ガダ=ジェインも「面接の結果は最初の10秒で下された判断から予測できる」と述べた。※1

※1

 

さらに、評価も問題である。マネジメント力の低いマネジャーが人事評価に際して最も部下と揉めるのが、この点だ。要するに、部下の一側面だけを見て、その人物の全評価を当てはめようとしてしまう。

例えば、「ハロー効果」を認識していないマネジャーは、このような発言をする。

「オマエはよく遅刻するな。仕事もだらしないんだろう。」

 

これは間違っている発言だ。

仕事がだらしないかどうかは、仕事を見なければわからない。事実、遅刻をしても有能な人物は数多くいる。遅刻を許せるかどうかは、仕事の出来不出来というより、価値観の問題だ。

そう考えれば、

「長時間働いているから、やる気がある」

「同僚の評判が良いから、信頼できる」

も、人が感情として思う分には全く勝手であるが、人事評価にそのような感情的判断を持ち込むと、正当な評価とは程遠いものとなる。

 

多くの会社で「結局、評価を好き嫌いで決めている」と評価の際にマネジャーが批判されるのは、決して事実無根ではない。なぜなら、多くのマネジャーが「ハロー効果」を克服できていないからだ。

 

人間は脳の仕組み上、本質的に思い込みの虜であり、そう簡単に思い込みから逃れることはできない。

だからこそ「自分は知らず知らずのうちに、思い込んでいる」との健全な自己批判ができなければ、簡単に「頭の悪いやつ」になってしまう。「思い込みは、無能の始まり」だ。

 

 

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(Felipe Augusto de Oliveira Soares)

アナウンサーとバーテンダーは似ている

これは私が妻から聞いた話。

 

* * *

 

大学の先輩に、アナウンサーになった方がいる。

彼がいつも言うのは、「アナウンサーは話す仕事ではなく、聞く仕事である」といった内容だ。

バラエティ番組の司会や報道の現場での聞き込み、ヒーローインタビューなど、アナウンサーの仕事は多岐にわたっている。

テレビを見ていれば、アナウンサーはずっと話している印象だが、違うそうだ。

厳密にはきっと、相手が話したい内容を聞き出すための一言を、発するのが仕事なのだろう。

 

* * *

 

3年前の秋、私は愛媛県松山市のバーで修行をしていた。

松山を訪れたことがある方は知っているかもしれないが、 赤ちょうちんとキャバクラとバーがひしめく、活気ある繁華街である。出張で訪れる会社員も飲みに出てくるため、 私の働いていたバーに県外の客が来ることは珍しくなかった。

同伴や仲間内で来られる場合もあるが、一見さん達は大体ひとりで現れる。

「食べログ見て、来ました」

松山に根付いたバーとしては、あたたかく迎えようと思う。それに、私はたったひとりの女性バーテンダー(新米)だった。

 

マスターは常連との会話に忙しく、ほかの手練れバーテンダーはドリンクを作るのに手一杯。 必然的に、私は男性ひとりで来られた一見さんの相手をする役だった。

とはいえ、お酒を楽しむオーセンティックバーなのであって、ガールズバーではない。 ただし、彼らに心を煩わせるのは接客業として失格である。

いやしかし、仕事の内容や出身地を聞くのは、失礼に値することもあるのだ。

 

悪戦苦闘する私を見かねて、マスターはヒントを教えてくれた。

「バーテンダーの仕事は、相手が話したいことを聞くこと」

ある日、忙しくない曜日の忙しくない時間帯に、また一見さんがやって来た。

大抵は、ファーストオーダーを聞いた後に「このお酒、お好きなんですか?」と問いかけるのが最初の会話だ。

その男性は、お酒の話を皮切りに、話題は好きなおつまみへ。

さらりさらりと慎重に話を進めていくと、彼が言う。

「ご存知でしたか? 市販のソーセージって、加熱しなくても食べられるんです」

彼は、自分の仕事である市販のソーセージの話がしたくて、バーに来ていたのだった。

 

* * *

 

私は、「なるほど」と膝を打つ。

世の中には、話したい人がたくさんいる。 むしろ、「話したい」「聞いてほしい」は確固たる本能だとも思う。

今ではSNSなどで、自分の言いたいことがいくらでも言える世の中になった。

でも、例えば出張先の見知らぬバーテンダーにこっそり自慢して次の日には忘れたり、 自分から言うのは憚られる内容を、アナウンサーの質問に乗せることで気が軽くなったり、 そういう欲求は、決して消えることはないだろう。

 

 

【著者プロフィール】

名前: ゆうせい 企画、執筆、編集、モデルを提供する「カンパニオ」代表。

ぱくたそでフリー素材モデルとして不倫素材や、記者風素材を提供している。映画大好きの愛妻家を自負しているが、恋愛映画や恋愛系コラムは苦手。とにかく水曜どうでしょうが大好きでしかたがない。

Twitter:@wm_yousay ブログ:http://huniki.hatenablog.com/「雰囲気で話す」

7割を女性が占める会社で、どうすれば「強制しないマネジメント」を実現できるのか。【芋屋金次郎・後編】

Books&Appsの安達が「会社と、そこで働く人のマネジメント」を紹介する連載企画。

前編は、日本橋のビル内に持ち込まれた「芋屋金次郎」の工場を見学し、その商品と製造工程を紹介した。

前回【日本橋のビル内に丸ごと「工場」を持ち込んでしまった、ある会社の話。【芋屋金次郎・前編】

 

後編は高知の本社工場にて創業と工場のマネジメントについて詳しく話を伺う。

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芋けんぴとは

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芋けんぴはさつま芋が主原料の揚げ菓子です。だからこそ、芋がものいう。芋屋金次郎はその芋のうまさと品種、栽培方法にこだわります。

けんぴになる芋はコガネセンガンという白芋。油との相性がとてもいい芋で、今のところ、このコガネセンガンに勝る品種はありません。この芋のうまさがそのまま、芋屋金次郎の芋けんぴになります。(芋屋金次郎オンラインショップ)

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担当の広末さんから、高知の工場を見せていただけるということで高知へ飛ぶと、空港では坂本龍馬が出迎えてくれた。

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日高村はここからクルマで1時間程度のところにあるが、鉄道はない。そこで澁谷食品さんの事情に詳しい「近藤さん」に迎えに来ていただいた。

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近藤誠人さん

今回取材する澁谷食品のとなり町、高知県佐川町育ちの土佐っ子。「いやー、根性営業はヤバイすわ~」が口癖。

 

安達 「こんにちは。今日はよろしくおねがいします。」

近藤 「よろしく。じゃ、行きましょか。」

 

高知市内を抜け……

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トンネルをくぐり……

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日高村の澁谷食品さんに到着した。

迎えていただいた広末さんに工場まで案内していただく。敷地は広く、奥に円筒形の建物が見える。

 

安達 「あれは何ですか?」

広末 「研修生たちが寝泊まりしています。通称「丸ビル」です。」

安達 「丸ビル。」

広末 「先代社長が自分でブロックを積んで作ったらしいです。」

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近藤 「こんにちは〜、工場見学に来ました!」

安達 「こんにちは。」

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近藤 「工場長、今日はよろしくおねがいします!」

工場長 「今日はゆっくり見てって下さい。」

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福田工場長(左)

澁谷食品の辣腕工場長。60人ひとりひとりの従業員と半年に1回は面談する。

広末敦士さん(右)

澁谷食品に新卒で入社し、現在7年目、直営ブランド「芋屋金次郎」の店舗管理マネジャー。広末涼子さんの従兄弟らしい。

 

工場長 「じゃ、全員これを着てもらえますか。頭にも被って下さい。」

安達 「……これは……。」

工場長 「食品工場ですから、衛生が第一です。」

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(写真左は安達)

工場長 「着替えましたね?帽子も完璧ですか?」

安達 「はい。」

工場長 「じゃあ、これから工場に入りますが、手を洗って、エアシャワーを浴びます。除菌用のアルコールは、手を完全に乾かしてからです。水に濡れていると、意味が無いですよ。」

安達 「わかりました。」

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工場長 「じゃあ、こちらでエアシャワーです。」

小部屋に入ると、左右から強烈な風が吹き付けます。毛髪などの異物をこれで吹き飛ばします。

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工場長 「では、中へどうぞ」

安達 「お邪魔します」

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安達 「広いですねー、奥のコンベアが芋けんぴですか?」

工場長 「そうです。熱を冷まして、選別して、包装する工程です。コンベアの先の方で、包装しています。」

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工場長 「これが素揚げした状態の芋けんぴです。これからもう一度揚げて、蜜をつけて乾燥させたら完成です。」

安達 「芋を切る工程は無いのですか?」

広末 「今の時期はないですね。」

安達 「時期……?」

広末 「芋の収穫時期は、例年8月末から11月くらいです。収穫した後は鮮度が良いうちに切って、素揚げしてしまうんです。それを少しずつ使っています。」

安達 「その時期しか芋を切る工程は見れないのですか?」

広末 「そうです。新芋の季節は、芋に水分が多いので、芋の香りが強いけんぴになります。好き嫌いが分かれるところですね。好きな人は「この季節のがいい」と指定買いします。」

安達 「なるほどー。太さなども重要なんですか?」

広末 「太さはよく話題になりますね。芋の具合によって、数ミリ単位で調節します。

安達 「数ミリですか、繊細ですね。」

広末 「太さで、かなり違うものなんですよ。」

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工場長 「このコンベアを行くと、フライヤーがあって、そこで揚げの工程があります。」

安達 「なんというか……すごい光景ですね……。」

工場長 「下に、蜜漬けの工程がありますのでそこに行きましょう」

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安達 「恐ろしい速さでけんぴが流れてますね。」

工場長 「数トン単位で生産するときは、このラインをつかいます。百キロ単位では、手揚げのほうが無駄がなくていいですね。基本的に日本橋の設備と同じですよ。」

安達「なるほど、日本橋の店舗はこれをそのまま持ち込んだんですね。」

工場長 「そうです。そして、ここから乾燥の工程に移ります。」

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工場長 「ちょっと食べてみます?」

安達 「いいんですか、ぜひ!」

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安達 「おお、かなりいいですね。」

 

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工場長 「でしょう、これを食べると芋けんぴのイメージ変わりますよね。ウチのは、本当に芋の味がして、カリッと、さくっと、胸焼けがしない、っていうこだわりがあります。この揚げたての芋けんぴをを東京の人に食べてもらいたい、と思って日本橋の店舗を作ったんです。」

安達 「なるほど。確かにイメージ変わりました。」

 

安達 「さっきから不思議だったんですが、なんで、芋屋金次郎という名前なんですか?」

広末 「創業者が、澁谷金次郎という名前だからですよ。創業者が、家計の足しにと桂浜でお菓子を売っていたのが始まりです。」

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広末 「豪快で、情に篤い先代だったらしく、家に呼ばれると、バケツいっぱいの牡蠣を出されて、食え食え言われたらしいです。あの工場の脇の家が、先代の家ですよ」

 

安達 「自宅の裏が工場なんですね。まさに家業がおおきくなった、という感じですね。」

広末 「一回このあたり全部、台風で水没しましてね。先代も事業を諦めかけたらしいです。でもその時、従業員から「続けていきましょう」と言われて、初めて先代が人前で泣いた、という話が伝わってます。」

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安達 「慕われていたんですね。」

広末 「そうなんです。今でも先代のことは鹿児島のさつまいも農家さんと話すと、よく話題になります。」

安達 「地元では有名人だったのではないですか?」

広末 「いろんなことやってましたからね。昔は観光農園などもやってたんです。ビニールハウスを立てて、パパイヤなんかをつくってました。昔の写真がありますよ」

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安達 「この一角だけ別世界ですね……。日高村に突然南国。」

広末 「実はここ、ウォータースライダーつきのプールまであったんです。(笑)」

安達 「いろいろとやりたい放題ですね。」

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広末 「バスもありました」

安達 「楽しい夢あふれる遊パラダイス……。」

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広末 「色々やったので、今の社長が継いだ時には結構な負債があったそうです。」

安達 「起業家って、変わり者が多いといいますけど、本当なんですね。(笑)」

 

広末 「結局、根本に立ちかえると「やっぱり芋けんぴは「揚げたて」がおいしい」ということになります。ただ、それは卸売だけでは難しいので、小売をやらなくてはと、業態を整理して芋屋金次郎を立ち上げました。」

安達 「どのくらいの人が澁谷食品で働いているんですか?」

工場長 「正社員だけで200名位ですかね。7割が女性です

安達 「どんなふうに働いているか、お話を伺えますか?」

工場長 「いいですよ。では、呼びますね。」

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安岡みどりさん(左)

入社8年目、選別班のリーダー。職人気質で旅行好きな女性。

横畠優衣さん(右)

入社2年目。現在選別班で腕を磨いている最中。「コンベア酔い」が苦手。

安達 「すいません横畠さん、「コンベア酔い」って、ナンですか?」

横畠 「コンベアをずっと見ていると、人によっては気分が悪くなるんです。私にも得意なコンベアと、苦手なコンベアがあって、気分が悪くなった時は、リーダーに言って少し休ませてもらっています。」

安達 「厳しい仕事みたいですね。」

横畠 「はい、先輩に叱られながらやってます。(笑)」

安達 「思い出に残っていることがあると聞きましたが」

横畠 「新人研修で皆でさつまいもを苗から育てたことですね。ヨコに苗を植えるとたくさん芋ができて、タテに苗を植えると、大きい芋ができるんですよ。自分たちで扱う芋が、どうやってできるのか知ったことは、かなり勉強になりました。」

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安達 「安岡さん、やはり選別は難しいですか?。」

安岡 「そうですね、選り分けのスピードが求められるので、慣れが必要です。」

安達 「どんなものを選り分けるのですか?」

安岡 「ひげ根や、成り口という芋の両端、あとは色の黒ずんだものとか、そういったものですね」 

安達 「このスピードで選別できるのは、職人芸ですね。」

安岡 「はい、「ここで終わり」というのがない仕事なので、突き詰める甲斐があります。中には15年、18年やっておられるベテランの方もいるので、私もまだまだ、と思います。」

 

広末 「ウチは工場のラインも手作りなんですよ。設計、配管も自前ですし、コンベアーやけんぴを揚げる油槽なんかも、全て裏の鉄工所で作っています。」

安達 「鉄工所を自社所有しているんですか。」

広末 「そうです。見に行きましょう。」

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広末 「こんにちは〜」

鉄工所の人 「おう!何だ?」

 

広末 「鉄工所を見せてもらおうと思いまして……」

鉄工所の人 「なんだか照れるなオイ。」

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広末 「うちの会社の男性は、社長も含めて、皆溶接できます。女性でも免許持っている人いますよ。」

安達 「工場まで、自作なんですね。」

 

広末 「生菓子を扱うパティシエの方もいますよ。向かいの店舗にいます。例の観光農園の跡地なんですが、行ってみましょう。」

安達 「はい。」

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広末 「ここです。中で生菓子なども販売してます」

安達 「キレイですね。かつてパイナップルが栽培されていた場所とは思えないですね。」

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広末 「裏に回って、上に上がりましょう」

広末 「パティシエの丹栞さんです。」

 

安達 「こんにちは。」

丹 「こんにちは。」

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丹栞さん

入社8年目、生菓子などをパティシエとして担当。趣味はパン屋巡り。

安達 「たん、しおりさん、というんですね。」

丹 「そうです。」

安達 「どんな仕事をなさっているのですか?」

丹 「下の店舗で扱うお菓子を作っています。大体、1日に数百個はつくります。他に、新しいレシピを考えたり、改良したり。」

安達 「こんなことを聴くのはなんですが、やっぱり、ケーキやお菓子が好きで、パティシエになったのですか?」

丹 「もちろんケーキも好きなんですが、私どちらかと言えばケーキよりパンが大好きなんです。」

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広末 「……。ええと。」

安達 「……で、では、高知でお薦めのパン屋さんを教えていただけませんか?」

丹 「まず「スリール」はクロワッサンとバゲットがおいしいです。それから、パウンドケーキがおいしい「はるの」。あとは亀の形をしたメロンパン「カメロン」がある「チムニー」もいいですね。

あとは……そういえばケーキがおいしいのは「モンゴモンゴ」です。タルトもいいですよ!あとは……DONQ出身の方がやっている「ファンベック」も捨てがたいです……。」

 

安達 「丹さん、ありがとうございました。」

広末 「では、工場に戻りましょう」

安達 「パンの話が一番楽しそうでしたね。」

 

安達 「工場の運営で気をつけてマネジメントされていることなど、あるのですか?」

工場長 「そうですね、やはり従業員一人一人の話をよく聴く、ということはかなり意識しています。」

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安達 「話を聴く、ですか。」

工場長 「課長以上になると、結局スキルや知識などの能力的な部分よりも、人としての魅力がないとダメだと思うんです。なので工場長就任以来、年二回、工場で働いている60人全員から、キチンと話を聴くことにしています。

 

安達 「それにしても、60人全員とはすごいですね。」

工場長 「初めて面談をした時、中には「2年近く、言いたいことが言えずにずっと我慢してました」って、涙ながらに話す方もいて、「ああ、きちんと聞かなきゃダメだな」って思ったんです。もう一つはすべての仕事の基本として挨拶を大事にしています。

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工場長 「この看板にも書いてますが、挨拶は報告や、職場の雰囲気、モチベーションなどに大きな影響があります。でも恥ずかしながら、私が工場に来た頃、あいさつしない人がたくさんいたんですよ。

もちろんあいさつは強制ではないです。個性や生まれ育った環境がありますから。でもせめて全体の7割の人には受け入れてもらいたいと思いました。」

安達 「7割、というのは面白いですね。」

工場長 「いろいろな人がいるので、全員は無理です。でも半分では少し寂しい。全体に無理なく行き渡るのは7割位だと思います。」

安達 「具体的にどんなことをされたのですか?」

工場長 「こういうのは、強制してもダメなんです。率先垂範です。だから私は毎朝最初に来て、入り口のところにずっと立って、全員にあいさつしました。

安達 「毎朝ですか?」

工場長 「毎朝です。そうしたら、殆どの人は返してくれるようになりました。一人の人が変わるのに、4、5年はかかることもありますね。強制したくないので、本当に辛抱強くやらなくてはいけないと思います。」

安達 「「強制しないマネジメント」は、本当に大変なんですね。」

工場長 「近道はないですから。」

 

 

 

今回、芋屋金次郎を訪ねてわかったのは、「芋けんぴ」というシンプルなお菓子の背後に、様々な方の思いが動いている、ということだ。

創業者のクルマ一台からの起業と多角化の失敗、そして直販へのシフト、日本橋店舗での店舗スペースを削って専用機械を入れること、「率先垂範のマネジメント」など、学ぶことが数多くあった。

高知県から、全国、そして世界へ。芋屋金次郎の挑戦は続く。

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芋舗 芋屋金次郎

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芋屋金次郎は、日本一の芋けんぴ生産量を誇る
澁谷食品から生まれた芋菓子専門店。
昭和27年創業以来、創業者の澁谷金次郎がこだわり続けた
芋けんぴへの思い、その夢をかたちにしたお店です。

芋舖「芋屋金次郎」の母体は、高知県高岡郡日高村にある老舗芋菓子メーカー「澁谷食品株式会社」。昭和27年の創業以来、芋けんぴ一筋に生きて来ました。

現在、澁谷食品を含むシブヤグループが年間に使用している芋の量は約12,000トンで、全国のスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで販売されている芋けんぴの約半分近くがシブヤの商品です。

芋屋金次郎は、日本一の芋けんぴ生産量を誇る澁谷食品から、ワンランク上のフレッシュな芋けんぴを提案する専門店として平成17年にオープンしました。

芋屋金次郎オンラインショップ

日本橋 芋屋金次郎

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上司が必死に教えるのに、部下が学ばないのはなぜか?

先日、ある経営者との話だ。

最近採用したマネジャーが、「人事育成」について独特の見解を持っているという。

「具体的に、どんなことを言っていたのですか?」

「「人が学ぶこと」と「人に教えること」とは、全く異なる、と言っています。」

 

何やら難しい話である。

「それはつまり、もうすこしわかりやすく言うとどういうことでしょう?」

「例えばですね……。昔から我が社の大きな課題の1つは、「人材育成」でした。」

「はい。」

その経営者は昨年の目標を見せてくれた。

「我々は毎年「人材育成計画」を作っていたのですが、その計画の中心は「研修のカリキュラム」と「OJT」となっています。要するに「何を社員に教えるか」の計画です。」

「普通だとおもいますが……?」

「そう、普通だと思っていたのですが、そのマネジャーは「間違っている」と言うんですよ。」

「面白いですね。なぜそう言っているんでしょう?研修が嫌いとか?」

「いえ、そういう事ではないようです。彼が言っていたのは「教えることは、育成に必須ではない」です。」

「教えることは、育成上、やらなくても良いと?」

「そうです」

 

わかるような、わからないような、といったところだろうか。

「どのような意図なのでしょう?」

 

「つまり、教えないと、相手が学ばない、という前提が間違っているということです。例えば赤ん坊は、日本語を教えなくても、勝手に学びますよね。」

「まあ、そりゃそうです。」

「マーケティングと一緒です。自分たちではなく相手から考える。「教える」ではなく「学ぶ」を中心に置くことで、育成が可能になるということです。」

「ほうほう」

何やら面白くなってきた。

 

「つまり、大事なのは、「どうしたら相手は学ぶか?」です。「どうやって教えようか?」ではないということです。」

「それは、大きくちがうのでしょうか?」

「そこなんですよ。例えば社員に「ロジカルシンキング」を身に付けてもらいたい、と考える時、普通の発想なら「研修」とか「本を読め」とか、そんな感じではないですか?」

「よく聞きます。」

「でもね、実際にはそんなことをしても、ロジカルシンキングはなかなか身につかない。教えただけで学ばないから。」

「ありがちですね。」

 

経営者は頷いた。

「そうではなく、例えばディベートをすることができる環境を用意するのはとても良いです。相手に勝とうとしますからね。彼らはそこで初めて「ロジカルシンキング」を学ぶことの必要性を感じるかもしれません。」

「なるほど。」

「他にも、上司への話の通し方を学ぶことで、ロジカルシンキングを学ぶ人がいたり、提案書を書くことを通じて学ぶ人もいるわけです。」

「仕事の中で学ぶ、ということでしょうか。」

「というより本質は、「相手がどこで学ぶのか、こちらでコントロールができない」ということかもしれません。確かに研修のアンケートを取ってみても、全く同じ講義を聞いても学んでいることは個人によって全く異なる。」

「なるほど」

「とすると一体「教える」とは何なのか、ということが議論になるわけです。」

「ふーむ。」

「これを見てください。弊社の人材育成の基本方針です。」

 

——————————-

1.教えたことを学ぶわけではない。こちらが「提案型営業」を教えたつもりでも、部下は「ゴリ押し営業」と認識しているかもしれない。

2.教えることは誰でも簡単にできるが、教えても、相手が学びたくなければ、何も起きない。「相手が学びたくなる」状況を作ることが育成のカギである。

3.育成の効果はランダムで、予想がつかない。教える側は相手に「学ぶチャンス」を提供し続けること。

——————————-

 

その時、脳科学者の池谷裕二氏の著作※1を思い出した。

そこで紹介されていたことの一つに、「記憶はあいまいで、脳は物事をゆっくり学習する」というものがある。

ある体験をしたとしても、それにもとづいてどのような記憶や学習がもたらされるかは予測できない。人は、教えてもらったことをそのまま記憶するのではなく「解釈して」「曖昧にして」記憶する。

※1

 

上司はよく

「教えたのに、なぜ出来ないんだ」

「教えてもできないのは、やる気が無いからだ」

といった愚痴をこぼす。

気持ちはわかるのだが、上の話からすると、これは上司に非がある。なぜなら「教えても、何を学ぶかはその相手にすらわからない」からだ。教えた相手は、それをそのまま受け取らず、「解釈」して受け取るからだ。

 

 

遠藤周作の著作に、イエス・キリストについてかかれた著作※2がある。

この著作のテーマは「なぜ卑怯者だった弟子たちが、イエスの死をきっかけに、迫害にもくじけない、信じられないほどの勇気を発揮する人々となったのか?」だ。

 

生前、イエスは弟子たちに必死に教えを説くのだが、弟子たちはイエスの真意を一向に理解できない。

イエスは「なぜ彼らはわかってくれないのか」と嘆く。

そして、結果として弟子たちはイエスを裏切り、彼を敵に差し出した。弟子たちは皆、奇跡ばかりを期待し、権力に容易に屈する、卑屈で利己的な「普通の人」であったのだ。結果、イエスは処刑され、死んだ。

 

だがイエスの死こそ、弟子たちを変える真のきっかけであった。

「教えられても」決してイエスの言うことを理解できなかった者たちは、この一時で、イエスが生前語っていたことの全てを「解釈し学んだ」

 

つまり、かつてイエスを裏切った弟子たちは、「教え」ではなく「イエスが死んだこと」で逆にイエスの教えを真に体現し、厳しい迫害に耐える程の勇気を身につけたと、遠藤周作は分析している。

※2

 

 

おそらく、人材育成のウマい上司は「どのような環境を与えれば相手が学ぶか」を経験的に体得している人なのだろう。つまり「教えず、学ばせる」ことに長けている人だ。

裏を返せば、相手が学ぶ環境を読み、それをつくること、これが育成にほかならない。

 

 

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(amanda tipton)

素直に自分をさらけ出し、謝れる人と一緒に働きたい。

仕事上の取引、あるいは個人的な付き合い、モノの売買など、最終的に決め手となるものは何か。 条件や金額が大きく違うなら話は別ですが、たいていの場合、それは「人」なんじゃないかと思います。

 

先日、こんなことがありました。それはお互いに初対面でありながら、昨日まで一緒にいたかのような感覚を感じる、不思議な出会いでした。

 

相手は、某ホテルの営業マン。その日は、本校が主催するイベントの打ち合わせで会うことになっていました。約束の午後3時。雨が降る中、彼は部屋にやってきました。

お決まりの名刺交換と簡単なあいさつの後、テーブルに対面して座り、おもむろに話を始めようとしたところ、何やら目の前でカバンをゴソゴソする彼・・・

「どうされましたか?」と私が尋ねると、

すかさず、「すいませ~ん」

そのあまりにも軽いトーンに唖然としているところに、さらにたたみかけるように軽い調子で、

「今日の資料を入れたファイル、一式忘れてきてしまいました!」

「えっ? いま、なんて言いました??」

困惑している私の表情に驚いたのでしょうか。彼は、しばらくこちらの顔色を見て、何か思案しているような様子でしたが、次に出た言葉がさらに驚きです。

「これから取りに帰っていいですか?」

 

驚きました。

「今日は何のために来たのですか?」

「あなたが戻ってくるまで、私に待てというのですか?」

普通ならそう言うでしょう。

 

ですがどういうわけか、その時の私は違っていました。

「これから取りに帰るって?」(この雨のなか、無理しないで!)

「このあと、他のお客さんとの予定は入ってないのですか?」(イベントはまだ先だし、今日でなくてもかまわないよ!)

曖昧な返事をしつつ、気がつけば二人で大笑い。本来の仕事とは違った次元で、一気にお互いの距離感が縮まったのです。どうしてそんなことになったのでしょう。

 

 

その後、彼と話した中では、特に裏の意図などはなく、単純にその場の雰囲気が、素直に自分の失態を暴露でき、謝ることができた(彼曰く「自分をさらすことができた」)から、ということでした。

私自身、彼のとった対応がすごく自然で、心地よかったのは間違いありません。だから、失敗を責めるどころか、むしろ彼のことを思わず好きになってしまったのです。

 

結局、その日は、資料がないままイベントの打ち合わせをしたものの、それはあくまでもご挨拶程度。話のメインは、ふだんの仕事のことや、営業という立場で人とどう関わるかといったようなことばかりでした。

おまけに、途中でお互いがMacユーザーだということがわかり、いきなりのパソコン談義。果ては、仕事でこんなふうにMacを使っているけど・・・みたいな話になり、「パソコンの営業に転身なさった方がいいんじゃない?」と大笑いする始末。

オジサン二人が部屋の外にも聞こえようかという大声で、無邪気に、お互いの日常生活にも踏み込んだ話をしていたのですから、おかしなもんです。

 

何がどう作用し、私と彼のどちらがどうだったのかわかりませんが、意気投合したという言葉で語るにはちょっと違うような感覚。仕事や周囲の人に対するスタンス、大げさに言えば「生き方のスタイル」が同じような安心感を、お互いに感じ取っていたのかもしれません。

よく、「一緒に働きたい人」ってどんな人?って聞かれますが、たぶんこんな人のことを言うのでしょう。

 

 

さて、肝心の打ち合わせの件は、その後どうなったのか。彼は翌日、今度はしっかり資料を揃えて出直してきてくれました。

私の満足度を最大限高めようとするのが彼の仕事です。ですが、私にとって何よりも大切にしなければならないのはゲストの満足感であり、彼もそこにフォーカスして欲しいと考えていました。

私はゲストこそがイベントの主人公であり、彼は招く側として「私と協働関係」にある。それを改めて尋ねました。

彼の回答は

「もちろん、承知しております。いつも、そのつもりで仕事に臨んでいます」

でした。

何を大切にすべきか、何のために仕事をするのかがわかっている人と働きたいと、改めて思いました。

 

 

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安居長敏(Nagatoshi Yasui)
 
私立中高校長。
高校教師として20年勤めた後、転身。コミュニティFMを2局運営、PCオンサイトサポート起業。
再び教育現場に戻り、学校改革を推進。4年前から現職。
 
・校長Blog → http://shigagaku.com/blog/
 
———-

「引きこもり」と「社内の働かないオジサン」は似ているのかも、という話。

最近、専門家の方から

「実は、昔に比べて若年層の引きこもりはかなり減っているんですよ。」

という話をお聞きした。

個人的には引きこもりが増えている印象があったのだが、昔に比べ、若年層の引きこもりはかなり減少しているとのこと。現在、最も引きこもりが多いのは30代、40代だ。

「なぜですかね?」と尋ねると、

「若年層は親の経済状態がに相対的に厳しいので、引きこもりを許容できないからだと思います。おそらく子供の方も「引きこもっている場合じゃない、働かないとマズい」と思っているのでしょう。」とその方は言った。

 

40代の引きこもりは、親が高度成長期の恩恵を受け取っており、家庭が裕福だったので、引きこもることができたとも言える。裏を返せば、外部からの強制力、経済的圧力でがある程度働くと、引きこもりは減る、ということだ。

面白い事実である。

 

——————————

 

この「引きこもり」の方々が置かれた状態はなにかに似ている。そう思っていた所、ある方が「社内失業」と似ているのでは、と指摘されていた。

社内失業者とは、要するに余剰人員のことだが「働かないオジサン」と言っても良いかもしれない。一節には数百万人という規模で存在すると言われる彼らはいわば、家庭ではなく、会社における引きこもりなのだ。

 

会社のスネをかじって、社内で悶々とする日々。

成果を問われず「なんとなく居るだけで食べさせてもらえる」状態。

 

確かに、これらは引きこもりと多くの共通点を持っているようにも見える。

 

「共通点、ありますかね。」と言うと、その方は

「そっくりです」と言った。

そう考えると、これらの「働かないオジサン」を何とかできるのは、上司や同僚の説得ではない。引きこもりが親の説得にほとんど耳をかさないのと同じである。

 

彼らは経済的な危機を感じないかぎり、自分から積極的に動こうとはしない。しかも、解雇規制が「外へ出て自立しろ」という説得を阻むので、余計に自立の機会を失っている。

極端な話、勤めている会社が貧しくなってリストラを始めたり、最悪会社が倒産したりするまで、「自立」を本気で考えないという状態にもなりかねない。

 

——————————

 

仮に上が事実だとすれば、「解雇規制の撤廃」は大企業の、しかも比較的給与の高い中高年から始めるべきかもしれない。

大企業に就職できた、ということはもともと能力は高いと思われる人達である。市場経済に晒されれば、きちんと働き出す人も数多くいるだろう。

 

実際、リストラされたことをきっかけに「人生を取り戻した」と言う方もいる。

ある製造業に勤務していたエンジニアの彼は、突然「早期退職者候補リスト」に入っていることを知らされた。

「あなたのいる場所は、もうこの会社にはありません」

と言われたのだ。

彼は「ショックではありました。でも逆に「つまらない毎日が、ようやく終わったとホッとした」のも事実です。」と言う。

 

その後、彼は粘り強く転職活動を続け、一つの中小企業に職を見つけた。もちろん給料も以前の職場に比べれば安い。しかし、彼はこう言った。

「いままで、直接お客さんと討論したり、営業と協力して受注を勝ち取ったりする経験が少なかったので、今は逆に毎日新鮮で楽しいです。」

その会社の経営者も

「非常に優秀な人が来てくれて、ウチとしてはすごく助かってます。若いエンジニアの刺激にもなって、業績にも良い影響がありました」と言う。

 

彼は例外的な存在なのだろうか?

私にはそうは思えない。むしろこれからのキャリアは会社にこもらず、既得権の上にとどまることなしに節目節目で自分の市場価値と真剣に向き合うことが必要なはずだ。

それが、資本主義社会の根本的なルールであり、「真摯に努力する、正直者が馬鹿を見ない」社会だ。

 

「一億総活躍社会」を本気で考えるのであれば、すでに働き過ぎている若手や女性などの活用を云々をする前に、「会社の引きこもり」を先に何とかするほうが、ずっと良い。

本当は彼らとて、活躍の場を望んでいるのだ。

 

 

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(Jeroen Moes)

日本橋のビル内に丸ごと「工場」を持ち込んでしまった、ある会社の話。【芋屋金次郎・前編】

先日、高知県在住の知人から「面白い企業がある」という紹介を受け、取材を通じてその経営とマネジメント、そして製造工程について話を伺った。

お菓子の製造を行う企業なので、本来であればお菓子について詳しく書くべきなのだろうが、「会社や仕事のことを書いてくれればOKですよ」というありがたい申し出をいただくことができた。

そこで本PR記事では、高知県の日高村にある「芋屋金次郎」についてご紹介する。創業60年余、芋けんぴ製造でNo.1の企業だ。

 

まず「芋けんぴ」とは何か。

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芋けんぴとは

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芋けんぴはさつま芋が主原料の揚げ菓子です。だからこそ、芋がものいう。芋屋金次郎はその芋のうまさと品種、栽培方法にこだわります。

(引用:「芋屋金次郎オンラインショップ」)

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取材に応じて頂いたのは、担当者の広末さん。

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広末敦士さん

澁谷食品に新卒で入社し、現在7年目、直営ブランド「芋屋金次郎」の店舗管理マネジャー。広末涼子さんの従兄弟らしい

 

広末 「安達さんは「揚げたての芋けんぴ」を食べたことありますか?」

安達 「いえ、ないです。」

広末 「日本橋に店舗があるので、一緒に行きましょう。」

 

高知県の会社だが、まずは日本橋、コレド室町の「芋屋金次郎」の店舗に訪問した。

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カウンターに「揚げたて芋けんぴ」とある。

広末 「お店の人に「あたたかいのを出してください」というと少し待てば出してくれます。」

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ここでは揚げたての芋けんぴを供するため、一日に七十回、揚げる時もある。

奥には芋けんぴを調理する厨房。

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広末 「中に入ってみますか?」

安達 「いいんですか?」

 

裏に回り、厨房の中に入れていただいた。

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安達 「何ですか?これ、……工場?」

広末 「乾燥機です。芋けんぴの。」

安達 「店舗のスペースより厨房のほうが大きくないですか。」

広末 「全スペースの2/3以上は厨房に充てられています。品質を求めると、どうしても専用の機械が必要でして……。」

安達 「日本橋の商業施設内とは思えないですね。」

広末 「そうです。貸主さんにかなり無理を言って、いれてもらいました。」

安達 「これは……原料でしょうか。」

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広末 「素揚げされた芋です。芋は収穫時期が8月終わりから11月なので、傷まないうちに鹿児島と高知でカットし、素揚げして保管します。それを、こちらに持ってきます。」

安達 「某ハンバーガーチェーンで見たような見た目ですね」

広末 「ま、根本的にはフライドポテトですから。じゃ、揚げていきます」

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安達 「良い香りですね。」

広末 「オリーブオイルの香りです。日本橋の店舗では限定でオリーブオイルとなたね油のブレンドした油が使われています。中を見てみますか?」

安達 「お願いします。」

広末 「こんな感じです。」

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広末 「あ!」

 

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安達 「……芋が溢れましたね」

広末 「……。」

 

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広末 「……。ま、とにかく、揚がったものを食べて見ます?これが、3度揚げされた状態です。」

安達 「あ、ありがとうございます。」

 

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安達 「熱っち!」

広末 「すごく熱いので気をつけて下さい」

安達 「……。いただきます。おお…これは塩かマヨネーズで食べたい。でも、予想と違って全く甘くないですね。さつまいもなのに。

 広末 「旨いですよね。シンプルに揚げたら芋は旨いです。材料の「黄金千貫」という品種は、甘さよりもホクホク感の強いさつまいもなんですよ。で、これに味付けするため、寸胴に入れた蜜をつけます。」

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安達 「スゴい勢いで蜜を切るんですね。あ、女性が見てますね。気になるんでしょうか。」

広末 「気になりますね。」

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広末 「これで、揚げ芋に蜜がついた状態になりました。」

安達 「いい色です。」

広末 「このままでもいけますが、時間が経つとベシャベシャになってしまうので、ここから乾燥機に入れて、乾燥させます。」

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安達 「さっきの巨大な機械ですね。」

広末 「そうです、実は殆どのスペースが乾燥機に占められてしまってるんですよ。乾燥機に入れて、大体30分程度乾燥させます」

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広末 「これで出来上がりです。このまま店舗に運んで、販売してます。」

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安達 「それにしてもいい香りですね。」

広末 「1ついかがですか?」

安達 「ありがとうございます。」

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安達 「外側がバリッとして硬いですが、中はホクホクしていて、かなり香ばしいですね。糸井重里さんが絶賛するだけあります。」

広末 「そうですね、店舗での販売は揚げたてを提供できるので、一番美味しい状態だと思います。ウチは「芋の風味を活かした芋けんぴ」というのが売りなので、かなり甘さは抑えめにしています。」

(PR:揚げたてが食べられる店舗は日本橋のココです)

安達 「確かに芋の香りが強くて、思ったよりも甘くないですね。こういう芋けんぴは初めてです。」

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広末 「実は、全国のコンビニやスーパーで売られている芋けんぴも、大体半分はウチが作っているものです。高知と鹿児島に工場があるのですが、一度見に来ませんか?」

安達 「ぜひおねがいします」

 

(次回、高知本社の工場訪問レポート。【7割を女性が占める会社で、どうすれば「強制しないマネジメント」を実現できるのか。】に続く)

 

 

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芋舗 芋屋金次郎

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芋屋金次郎は、日本一の芋けんぴ生産量を誇る
澁谷食品から生まれた芋菓子専門店。
昭和27年創業以来、創業者の澁谷金次郎がこだわり続けた
芋けんぴへの思い、その夢をかたちにしたお店です。

創業以来、芋けんぴ一筋。
 

 芋舖「芋屋金次郎」の母体は、高知県高岡郡日高村にある老舗芋菓子メーカー「澁谷食品株式会社」。昭和27年の創業以来、芋けんぴ一筋に生きて来ました。

 現在、澁谷食品を含むシブヤグループが年間に使用している芋の量は約12,000トンで、全国のスーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで販売されている芋けんぴの約半分近くがシブヤの商品です。

 芋屋金次郎は、日本一の芋けんぴ生産量を誇る澁谷食品から、ワンランク上のフレッシュな芋けんぴを提案する専門店として平成17年にオープンしました。

芋屋金次郎オンラインショップ

日本橋芋屋金次郎 店舗ページ

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あなたが会社員に向いているかどうかは、もうとっくに分かっているのでは。

先日、タイで働いていた友人と久しぶりに再会した。

「今何してるの?」と聞くと「住所不定無職だよ」と答えが返ってきた。

住所不定無職。本来なら焦りと絶望でいっぱいになりそうな状況だが、彼の笑顔はここ数年間で最も清々しかった。

 

会社員が向いていないと気づくのに、10年かかった

友人は有名な私大を卒業後、大手保険会社に入社した。明晰で行動力もある彼は、先輩からもお客様からも可愛がられた。

地道な努力を重ね、30歳では年収1000万円を稼ぐほどになっていた彼は、誰もが羨むザ・エリートだった。

 

ところがある日、彼は突然会社を辞めてしまう。そして、縁もゆかりもないタイという土地で働き始めた。これまでとは全く畑違いの業界に転職した。

現地採用(※駐在とは異なり、現地の雇用基準で働く)という立場で入社し、年収は3分の1以下に減った。

だが、彼は持ち前のコミュニケーション力を発揮し、タイでも十分に活躍した。次々と人脈を作り、仕事は順調に進んでいた。

 

しかし2年が過ぎたある日、会社を辞めることにした。そして日本に帰国し、住所不定無職になった。

「日本で8年、タイで2年。結局10年間会社員をやってわかったことがある。

「何?」

俺、やっぱり会社員向いてないんだよ。

「…え、今更(苦笑)?でも10年間は会社員やってきたんでしょ?向いていないなら、そんなに長く続かないんじゃない?」

「うん、確かに10年間、会社員だった。でもやっぱり向いていないんだよ。向いているからできたんじゃなくて、向かないことを受け入れるのに、10年必要だったという感じかな。」

 

昔から集団行動ができないのは知っていた

友人の言葉は、スッと心の中に入ってきた。私もそうだったからだ。

彼との共通点は、「会社員は向いていないのは薄々知っていたけど、やっぱり向いていないな」と受け入れるまで、一応会社員を頑張り、数年かかったことである。

 

私の場合、会社員、、、というより組織人として向いていないのは今に始まった事ではない。思えば小さい頃から、権力に盲従することができない子供だった。

「何で先生は、先生という肩書きだけでそんなに偉そうなんですか?学校という閉ざされた社会を出ても、人間として本当に尊敬できる人なんですか?」

と真正面から先生に質問し、呼び出しをくらったこともある。

そんな調子だから、体育会系の部活に入った時も先輩から目をつけられたし、クラスを仕切っていた女子からも嫌われていた。ただ、不思議なことに友達が少ないわけではなかった。こうした私の世間とは少しズレた(?)部分を好きだと言ってくれる友人もいたし、なぜか高く評価してくれる先生もいた。

 

大人になってちょっとだけうまく立ち振舞えるようになったけど…

それでも大人になって、いよいよ周囲の同調圧力に負けてなんとなく就職してしまった時、始めて組織人としてそれなりの人生を歩み始めることとなった。

正直、最初は会社の理不尽さに相変わらず疑問を感じることもあった。しかし学校にいた時よりも、納得しながら日々を過ごせていた。なぜなら、会社の上司や先輩に恵まれていたからだ。

(一部を除いて)「いいからやれ」「気合と根性だ」という理不尽マネジメントをする上司は少なかった。

 

「大島さん、疑問を持つことは素晴らしい。けど仕事は人と一緒に進めるものだから、無駄に波風を立てる必要はないんだよ。」

こんな風に、私の疑問に対し、多くの先輩が自分の経験を踏まえ、自分の言葉で説明してくれた。そういう人たちと一緒に居られる間は、実際に楽しく組織人として働くことができた。

 

ただ業績がよろしくなくなると、「いいからやれ」「気合と根性が足りない」派の勢力が増していった。尊敬できる先輩は次々に辞めていき、やがて人も仕事もつまらなくなった。

そしてその後2回の転職を繰り返したが、結局学校のような組織に逆戻りしてしまった。

皆が素直に「そうだね」と従えることも、私はつい「なぜですか?」と言ってしまう。すると、先生っぽい上司に呼び出しをくらい、元学級員っぽい感じのお局先輩に目をつけられる羽目になる。

 

こんな風に同じような失敗を何回も繰り返し、「私はとことん組織人に向いていないな」と再認識するに至った。ここまで来るのに、友人は10年、私は5年必要だった。

でも本当の事を言うと、組織人が向いていないだろうということは、とっくの昔から気づいていたのだ。

 

「やっぱり」というサインを無視しないほうがいい

もしあなたが「”やっぱり”会社員は向いていないかも」と思うのであれば、かなり高い確率で向いていないんじゃないかと思う。「やっぱり」と思うということは、自分が会社員に向いていないと、内心気付いているということだ。

なのに、なぜかそんな素直な感情を、自分で認めることが憚られる。

なぜなら、あまりに周りの人が普通に会社員をやっている(ように見える)からだ。むしろ優等生だったあなたは、ついつい自分もできて当たり前、何なら人並み以上にできて当たり前と思っているのではないだろうか。そんな人に限って実際器用に仕事も出来て、会社でうまく立ち回ることもできたりする。

 

だけど、自分に嘘をつき続けるのは結構辛いものだ。嘘をつき続けると、感情が鈍くなる。自分が本当は何がしたいのかよくわからなくなってしまう。だから、もし一瞬でも「あ、会社員向いていないかも」と思う時があったら、ぜひそのふと湧いた感情を大切にしてみてほしい。

 

 

−筆者−

大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールに渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。

個人ブログ:U to GO

新しい技能の習得にはどのような環境が必要なのか。

技能、またはスキルと呼んでも良いが、あるワザを身につけるためにはそれなりの努力が必要だ。しかも、困ったことに努力したからといって必ず身につくものでもない。

語学やプログラミング、彫刻、演奏など数多のスキルを身につけたいと願う人は多いが、殆どの場合、目指す領域にたどり着ける人は非常に少ないのは、そのためだ。

 

実際、スキルの習得は、かなり注意深く行わなければ、無駄となってしまう。さらに、数多くのスキルを要求される「仕事」の領域においては、技能の習得のスピードが、仕事の成否を分けることもある。

したがって技能そのものの習得以前に、「どのように技能を習得するか」を学ぶこともまた重要である。

 

ではその方法とは何か。これについては以前、様々なハイスキルの保持者にインタビューをした時の資料が役に立つかもしれない。

実は、多くのハイスキルの保持者は、かなり共通の体験をしている。

例えばあるプログラマーが技能の習得を実現した時のことと、あるスポーツ選手が技能を習得した時の環境は酷似していた。そして、その環境とは以下のものだった。

 

1、良き指導者がいる

断っておくが、独学が悪いわけではない。独学でスキルを身につける方法も存在する。なぜなら、練習方法は調べればすぐにわかるからだ。webにはそういったものがいくらでも存在している。

だが問題は「その中で自分に適した練習方法がどれなのか」「今の状況に適した練習方法が何か」がわからないことだ。独学が難しいのは、そのためである。

例えば「腹筋」「トレーニング」で検索してみると良い。すぐに無数の腹筋のやり方が見つかるだろう。だが、自分に合っているトレーニングの方法がどれであるか分かる人は殆どいないはずだ。

従って、良い指導者の真のメリットは「自分にとって適切な練習方法を教えてもらえる」ことにある。逆に画一的な練習の指導であれば教えてもらう価値は半減してしまう。

 

2、アウトプットの場所がある

習得した技能は、何らかのアウトプットを伴わなければ良いフィードバックを受けることができない

裏を返せば、自分の技能に対しての何らかの指摘がない状態では、到底上達は見込めない、ということでもある。

語学であれば実際にネイティブスピーカーと話したり、試験を受けたりすること、プログラミングであればソフトウェアを制作し、ソースコードをレビューされたり、販売したりすること、スポーツであれば試合をすることなどだ。

なお、練習を中心に据えてはいけない。練習はあくまでもある特定の課題に対して集中して改善に取り組むためのものだ。技能全般の向上のカギは実践である。

 

3、明確な目標を設定する

明確で、達成可能だと思える目標を持つことはモチベーションに大きく貢献する。

もちろん試合で勝つなど、アウトプットが評価されることも重要なのだが、日々の鍛錬の中でモチベーションにもっとも重要なのは、上達した実感である。そして、上達した実感は、目標の達成により得られるものだ。

実際、技能の習得に至る道筋がしっかりと決まっていれば、努力はそれほど難しくない。教え子に対して上達のステップを細分化し、達成感を得る頻度をふやすことは、有能なコーチであれば誰しもがやっていることだ。

 

4、鍛錬の時間を確保する

米国の著名なコラムニスト、マルコム・グラッドウェル氏は著書※1の中で、技術者、スポーツ選手、芸術家などにインタビューを行い、達人になるには「1万時間必要」という説を発表した。

1万時間という単位に根拠があるかどうかは議論の余地があるが「鍛錬の時間が必要」という部分において異論のある方はほとんどいないだろう。単純に言えば、毎日目の前に流れてくるものをこなしているだけでは技能を習得することはできない。

「鍛錬を行うのに必要な時間を確保する」という能動的な行動が必要だ。

余談だが、知人で「社会人になってから、日本にいながら英語を習得した」人物は、ほぼ例外なく毎日1時間程度の鍛錬を数年間、繰り返している。

 

5、競争する

誰を、何を競争相手とするかによって、技能の方向性は大きく変わってくる。逆に言えば、一定のレベルに達したら、競争する相手により技能の特化の方向が見える。これが「強みを見つける」という行為だ。

したがって趣味程度なら競争は不要だが、「使える技能」となると、競争に晒されなければならない。

技能はアップデートが必要とされる。そして、最新の技能は定式化されていないことがほとんどであり、アップデートをするには他者との競争を通じて行う他はない。

 

 

 

 

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(Jennifer Williams)

Airbnbゲストが家に辿りつくまで近隣の人に助けられていた→つまり迷惑かけているのである

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今週は2組同時に来ました。左は見ての通り日本人のヨーコさん、右はオーストラリアから来た男2人組です。

ヨーコさんは北海道小樽在住で、六本木で整体師の研修があり、近くにAirbnbないか探していたら偶然私の家を見つけたとのことでした。

前回はシェアハウスに泊まったそうですが、結局「裸のガイジン(西洋系の男にとって裸は透明なTシャツのようなもの→Airbnb日記 vol.7 〜フランス人が裸でいる〜)」がいたりして、落ち着かないし、だったらAirbnbで人の家に泊まったほうがまだマシのではないかと思ったそうです。

ビンゴ!

人の家に泊まるというのは、実はいろいろ安全です。理由は簡単です。その人が住んでるからです。

自宅でホストをしている人は、そこが自分の生活拠点なので、トイレ&バスがあって、キッチンがあって、エアコンがあって…本人が住んでいるので当然ですね。あとは友達を呼ぶ時に掃除しますよね。そんな感じでゲストを受け入れます。

まあ、結局はその受け入れるホストの人格によると言われればそれまでなのですが、自分にそんな人格があるとは言わないですが、ホストをやるものとして最低限守るべきマナーがあって、それは現段階では自分で自分を律して、自分で線引きを決めるしかないです。それができない人は現在ホストやる資格ないと思います。

現在多くの人は、ゲストの視点から「民泊」を語ろうとするので、「民泊危ない」とか簡単に言いますけど、私は、自分自身で安全な「民泊」をつくることにしています。そうすれば、少なくとも日本に1つ安全な「民泊」ができますよね。

 

 

と、かっこよく言ったみたもののオーストラリアから来た2人組は、ちょっとしたトラブルがありました。

Airbnbでは予約が決まった人のみ、ホストの自宅の地図が公開される仕組みになっています。ゲストはサイトにアクセスすれば必ず見ることができるようになっています。

が、これがあまり使えないのはよく知られていることで、私もそれはアテにしてません。それをAirbnbのせいにするつもりもありません。Airbnbは法律の守れる範囲内でかつユーザーの安全面を考慮しないといけないので、現在その地図はそこそこのものにしかなっていません。

で、Airbnbホストはどうしているのかというと、サービスで足りない部分は自分で何とかするのです。例えば、駅に迎えに行ったり、さらに詳細な地図を作って事前に送ったりとかです。

私の場合は、当初はよく駅に迎えに行ってましたが、ゲストのフライト到着時刻もまちまちなので、ある時から迎えにいくことはやめて、そのかわり詳細な地図を事前に送るようにしました。

Google Mapで経路図をつくるのはもちろん、さらにそれをキャプチャで画像データにして、目印になる場所の写真を撮ってそれらと合わせてGoogle Photosにしてそのアドレスを送り、さらにそれをFacebook、LINE、WeChatのいづれかに送るようにしています。

それで、ほとんどのゲストは自力で自宅へ辿り着くことがでくるのですが、それでも迷う人は迷うのです。なぜか?

特にヨーロッパから来るゲストに多いのですが、彼ら彼女らは、ケータイの契約をしないで来る人が多く、一応Wifiスポット(空港、駅やセブンイレブン等)があるので、そこで確認はしてくるのですが、今の自宅は、自宅に近づくに連れ道が複雑でわかりにくくなるのです。

そしてGoogle Mapの地図だけで無理なことに気づくのです。そこでようやく写真を送っていた意味に気づくのですが、その時はもちろんケータイは繋がらないので、その写真にアクセスできません。

当然、私に直接連絡もできません。さて、どうするか?

2つ考えられます。

①手当たり次第にそれらしい家をピンポン

②道行く人に場所を聞きまくる

彼らは異国の地にきて、泊まる場所探しているので必死です。

①は禁じ手で、散々注意してますが、ケータイないとそうせざるを得ないこともあります。しかし大体が②道行く人に聞くことになります。

今回のオーストラリアからの2人組も、御多分に漏れず(西欧系はいつもそう)ケータイの契約しておらず自宅直前でやはり迷い、近隣の方に道を聞いたようで、その方のケータイから直接連絡をくれました。私はそうしてすぐそばにいたゲストと無事会うことができたのですが、その方から衝撃の告白をされました「最近この界隈に外国人がうろついていて、周辺の人が不安がってるよ」。

自分、認識甘かったです。

今まで、ほとんどのゲストが私の家に自力でたどり着いていると思っていました。確かに何度か近隣の方に助けられたこともありましたし、近くに来ていることに自分が気付いて迎えに行ったこともありました。しかし、難なくやって来ていたように見えたゲストでも私の知らないところで近隣の人に道を聞いたりして迷惑かけてたんじゃないか?

この界隈は大使館や外資系企業の駐在員が住む高級マンション多く、大袈裟じゃなく道行く人の半分は外国人のような場所なので、外国人に偏見はないだろうとタカをくくっていたのですが、それとこれは別物です。

やはり、その場所にはその場所なりのコミュニティがあり、そこに長く住んでいる人がいて、秩序を守って生活しているわけです。そこに新参者の私が住むだけで違和感があるのに、さらに「民泊」(本当は民泊ではなくAirbnbと言いたいところだが)というものをやってるらしい、と。

これはマズいことマズいまま放置していたと思いました。自分にとってAirbnbがどんなに安全に行われてようとも、近隣の方に不安を与えてしまうのは本意ではないです。

それに今は「民泊」というものが誰もが知るところとなり、よくわからないものであるが故に漠然と「不安」なものになっていて、その言葉を聞くだけで、拒否反応を示す人も少なくないということは十分に考えられます。わかります。自分だって、はじめる時はそう思っていたので。ヤ◯中のヤツとか来たらどうしよう、って本気で思っていたので。(Airbnb日記 vol.3 〜香港人が家にくるpart1〜

というわけで、この方の一言により猛反省したのです。そしてこれは早急に近隣の方に理解をしてもらわなければということで、遂に向こう三軒両隣(そこは引越してすぐ挨拶をしていた)だけでなく、この周辺のコミュニティ全体への挨拶まわりをすることを決意したのでした。

 

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彼らと最初の歓談。最初が肝心で必ず一緒にお茶を飲みながら話をすることにしています。どちらもイケメンなのですが、右側の彼はオタクっぽいTシャツ着ています。どうやらそういうのに興味があるようです。真ん中にカップ麺とチョコと水がありますが、これは先ほど彼らを助けてくれた近隣の方からの差し入れです。何と心優しい方なのだろうか。

 

次回、近隣に挨拶まわりをした話をしたいと思います。

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“Airbnbゲストに完璧な地図を渡してると思ったら家に辿りつくまで多くが近隣の人に助けられていたらしい Airbnb日記Vol.186” おわり

Vol.187へつづく過去のAirbnb日記一覧

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日本の会社はなぜ、生産性が低いのか?

日本人の一人あたりGDPの低さが目立ってくると、当然のことながら「生産性」が注目される。だが、日本企業の生産性は先進国の中では圧倒的に低い。

なぜ日本企業は生産性が低いのか?私も疑問に思うことが多々あった。

 

 

だが、一つのヒントが下の話にあるかもしれない。先日訪問した、あるソフトウェア開発会社での話だ。

 

営業の方たち数名と話していたのだが、その中の1名が

「日本の生産性の低さの原因がわかりましたよ」

と言っていた。

 

興味を惹かれたので、「何が原因なんですか?」と私は聞いた。

「いま、お客さんから連絡があって、1週間前に契約が決まった仕事について、もっと情報がほしい」っていうんです。

「うん。それで?」

「それなんですけど、向こうの人が「見積もりの妥当性を知りたいから、見積の根拠を示した資料を作って欲しい」って言われました。」

 

相手の会社は、超大手企業で、契約金額もそれなりに大きい。だが、契約が決まった後に

「根拠が知りたい」

とは、一体何を要求しているのだろう。

「あれ、見積書は出したんじゃないんですか?」と私は聞いた。

「そうなんですけど、見積り書の項目が粗すぎるらしいんです。なんか購買の方から茶々が入って、項目を細分化して、もっと一つ一つの項目に妥当性を持たせなきゃダメだ、と言われたそうです。」

「……それは、契約が決まった後、値引きしてほしい、という交渉があったということですか?」

「まあ、そうかもしれません。」

「ふーむ。」

 

その営業の方は「慣れっこですけどね。」といい、

「でもですよ、もう一度すべてを見なおして、項目を細分化するのに、少なくとも3日、4日はかかります。多分提出は来週です。

まあ、ほとんど値引きできる余地はないので、値引いてもせいぜい数十万、というところです。そして、今はもう既に初めて見積もりを出してから3週間以上経ってるんです。」

「そうなんですね。」

「そうです。で、ここからが肝心なんですが……」

「何?」

向こうの担当者は4、5名いるんですが、ここ3週間位、一体何をやってたんですかね。多分、値引き交渉数十万のために、仕事が止まってるわけですよ。それって、すごい時間の無駄じゃないですか?

「……」

彼らは圧倒的に仕事が遅いんです。アホか、というくらいに。

例えば、大企業ですから、1週間分の4、5名の人件費は少なくとも100万以上にはなりますよね。値引き交渉で時間を無駄に使うくらいなら、早く始めたほうが遥かに良いじゃないですか。無駄な値引き交渉なんかせずに、さっさと仕事しろって感じですよね。

しかも見積もり項目の細分化なんて、本来のプロジェクトの目的からすればどうでも良いはずなんですがね。

ま、大企業の人たちってヒマなんですかね。それで、ひょっとして生産性の低い原因は、これじゃないかと思ったんですよ。やたら細かい仕事と、瑣末なことにこだわる文化、そして、時間意識の希薄さ。」

「なるほど。」

「でしょう。そんなことやってて、納期前には「残業だ」なんて、呆れますよね。私、絶対に日本の生産性の低い原因は、大企業の時間コスト意識の無さだと思いますよ。多分時間より僅かな現金のほうが大事なんですよ。ま、完全に私の思い込みですけど。スイマセンね。」

もちろん全てではないが、私も幾つかの企業で

「スピード感も時間コスト意識も皆無だな……」と感じたことが何度かある。

 

今回取引をした大企業は中小企業の取引先全てに、いちいち細かい価格交渉をしているのだろうか。たしかにそんなことをしているヒマがあったら、さっさと仕事を終わらせて、成果を出したほうが良いのでは、と思う部分もある。

 

その営業は言った。

「うちも、大企業との取引は結構ありますが、動きの遅い会社は徐々に取引をやめたいです。今回みたいなことが続いたら、仕事はこっちから願い下げですよ。我々だって、生産性の高い会社と付き合いたいですからね。

そんな会社は、信用を失って当然だと思いません?」

 

なるほど、と思った。

 

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(Joel Dueck)

「あの人はダメな上司なのかな?」と思った時に一度読んで確認してください

会社で働いていると一度は思う「なんで上司はあんなこと言うのだろう?あの人はダメな上司なのかな?」それで悩み、心の中でイラつき、場合によっては鬱になってしまうこともある。

しかし、上司は上司なりの考えがあって指示を出していることも多い。往々にして自分の考えが至らなかっただけということはよくある。そんな経験を積み上げながら社会人としての実力を上げていく。

上司は本当は何を考えてるのか?を理解するためのヒントを与える5つのコラムを紹介。

 

ただ「急かす」だけの上司と、部下の仕事をスピードアップさせる上司のちがいは、2つの質問にある。

もちろん、「早く仕事をしろ」と言う上司の気持ちもわかる。また、「ひょっとして部下が怠けているのでは」と疑心暗鬼になる上司もたくさんいよう。しかし、上司に急かされても、実際仕事は全く早くならないばかりか、かえって部下が上司への対応策を見つけるために余計な時間を使うハメになる。

「また無茶苦茶な目標押し付けやがって」心の中でそう思って仕事を続ける。本当にその成果を出そうとしている上司、あなた自身にその目標をどうしても達成してほしい上司は、その一見無茶な目標に対して、具体的で建設的な質問をしている。

 

上司が部下を守らなければならない時とは。

一般的に上司は部下を管理する、という役割があるが、その一方で、上司は部下を守る、という役割もある。いざというときに上司が部下を守らなければ、部下は会社を信頼することはできず、ロイヤリティを保つことはできない。

もちろん部下を甘やかす必要はない。上司は部下に厳しく成果を求めるのが当然である。だが、卑怯であるという認識を部下に持たれるのは致命的だ。

人望がない人間は、仕事ができない。

上司が部下を守らなければいけない時を7つの状況に分けて解説。あなたの上司はこの状況でどう行動しているだろうか?あなたは守られて然るべき時に、守ってもらえているだろうか

 

「部下に負けてあげる上司」は良い上司。 

ある商社の部長は人を育てることがめっぽう上手であった。議論においても、企画立案においても、提案書の作成においても、その上司は有能であったため、社内では一目置かれていた。

だが、しばしば彼は部下に成功体験を与えるため、意図的に議論に負け、部下に花を持たせていた。彼の育成の秘訣は「部下に負けてあげること」だったのだ。

会議での議論、企画書のアイデア、プレゼンのうまさ、あなたの方が優れていると感じているかもしれない、いや実際に本当に優れているかもしれない。しかしチーム全体の成果を考えた時、必ずしも上司があなたより優れている必要はない。

 

部下に「何回も同じことを言わせるな」と叱責する上司は無能ですよ。

「何回も同じことを言わせるな」は、出来の悪い部下への定番のセリフである。あれほど注意したのに、あれほど念押ししたのに、同じようなミスを繰り返す部下は、上司の悩みの種だ。

「何回も同じことを言わせるな」。そう叱責された部下の多くは「本当に申し訳ない気持ちになる」。しかし、その気持ちに甘えて、それを全てを部下のせいにするのは「良い上司」とは言えない。

 

「叱る名人」が実践している秘訣とは。

多くの人々にとって、部下や子供を「叱る」のは、それなりにハードルが高い。感情的なしこりを残したり、言いたいことを聞いてもらうことが出来なかったり、叱り方によっては全く効果がなく、悪影響だけが残ったりする。

それを回避するため、「感情的になるな」や「人前で叱るな」など、テクニック的なものが数多く紹介されているが、私はそれに対して懐疑的であった。

「叱る」ことが不得意な上司もいる。「叱る」ことをしないと決めた上司もいる。はたまた「叱る」ことしかできない上司もいる。しかし、叱りたいと思って「叱る」人は稀であって、上司にとって「叱る」ことは頭の痛い難しい行動の一つである。もしあなたの上司が「叱る名人」だったら、例えばあなたはこんな風に叱られている。

 

上司の新たな一面に気づくことができただろうか。それともやっぱりあなたの上司は「ダメな上司」だっただろうか。それはもう仕方ない。とりあえず反面教師としよう。ずっと「良い上司」に恵まれることの方が稀なのだから。

そして「良い上司」が本当にどこにもいなければ、その会社は危ない。さっさと辞めよう。

さいごに、おそらくこれを読んでいる多くは実は「現在」上司の方なのではないかと思います。実践的な話を詰め込みましたで、ぜひご参考にして頂ければ幸いです。

 

今までのまとめ記事

「仕事できないやつかもしれない」と自分を疑った時に読んでみてください。コラム5選

はじめて出世して、背伸びしたいと思った時に読むべき7つのコラム

「あ、ヤバイ。入る会社間違えたかも」ってなった時に役立つかもしれない記事5選

評価の軸を変えて、私は楽になった。

誰もが知っている大企業に勤めて出世する。それはわかりやすい“成功”例だ。

だが一方で、「そんな安定した敷かれたレールの上を歩くような人生なんてつまらない」といった声も聞く。

もちろん本人が幸せであれば、どんな人生だって良い。他人がとやかく言うことではない。ただ、評価されないよりはされた方が嬉しい人が多いだろうし、“負ける”よりは“勝つ”方が嬉しい人が多いだろう。

だから、「何を評価の軸にするか」によってとるべき行動は変わる。

現状の評価軸で全力を尽くしても「評価されていない」と感じているなら、これ以上無理をして力を振り絞るより、評価の軸を変える方が結果的に人生の満足度は高くなるのではないかと思うのだ。

 

☆★☆★☆

 

有名大学を卒業し、卒業後はベンチャー企業でバリバリに働き、起業して社長となった彼はこのように言う。

「起業したいなら、なぜ起業したいのか、自分の根本にあるものと向き合った方が良いよ。やりたいことがあるのか、目立ちたいだけなのか、お金持ちになりたいのか。それによって、どの程度の規模を目標に、どの事業領域で起業するのか、方針が変わってくるからね」

 

彼は、私が自分と向き合うために、自分の人生を例にあげてくれた。

「例えば僕は、世間的には良い大学に入ったと思う。でも入学してしまえば周りにはいろんな分野で輝いている人がたくさんいて、自分は勉強以外何もできず、劣等感でいっぱいになった。」

「そうなんですか。私も同じです」

「優秀な同期たちのほとんどは、有名な企業に入って、出世コースを歩んでいく。」

「はい」

「でも僕はコースを外れてベンチャー企業に入った。おもしろいことに、周りからは『なんだかよくわからないけど、すごそう』と言われたよ。」

「そうなんですね」

「そう。でも当然そこでも出世競争がある。僕はがんばって順調に出世できた」

「順風満帆ですね」

「だけど、その後僕はまたコースを外れて起業した。ここでもおもしろいことに、周りは『起業したなんて、すごいな』と僕に言ったんだ」

「たしかに、起業するのはすごいというイメージがあります」

「そう?でも実は、年収で比較したら、僕の方が断然に低いんだよ。人はいろいろ言うけどね。」

 

彼は現状に満足していた。

彼は、意図的にコースを外れたのか、結果的にコースを外れただけなのか、どちらの意味で話してくれたのかはわからない。でも、起業という道を選ぶことで、彼の評価の軸が変わったいうことは事実だ。

もちろん、起業にはより激しい競争がある。彼も年収という評価軸も全く意識していないわけではない。

ただ、それ以前の段階での軸が大きく変わっている。有名な企業ほど良い、大きな企業ほど良い。社内で出世するほど良い。そんな評価の軸から彼は外れたのだ。

 

☆★☆★☆

 

私の兄は、芸能人のマネージャーをしている。

もともとは、一般的に安定しているとされる会社に勤めていたが、兄は芸能人のマネージャーとなる道を選んだ。だが、「不安定」で「リスキー」であるという理由から、マネージャーになることを反対する人もいた。

おそらく「安定」を軸に評価している人からは「間違った選択」だと思われているだろう。また、仕事内容を評価軸にしている人の中には、「マネージャーの仕事って、雑用ばかりでしょ」と言う人もいる。

 

でも、別の評価軸の人からは「○○さんのマネージャーなんて、すごいな」と評価する人もいる。

「ものすごく多忙な世界だよね。そんな中で頑張るなんてすごいね」と大変さを評価する人もいる。単純に、芸能界自体を華やかなイメージで捉え、すごいと言う人もいる。

兄には兄の夢があり、それを叶えるためにマネージャーになることを選んだ。

事実はただそれだけだが、人によって評価軸が様々であるため、様々な評価をされている。

 

私も一般的に「不安定」だと思われるベンチャー企業を選択した。

大企業志向の人からは「なぜそんな選択をしたのか」と思われていることを知っている。でも、私自身はなんとも思っていない。私は自分が『面白い』と感じる企業に行きたかった。

今の会社は『面白い』と感じたから入ったし、実際に毎日『面白い』発見がある。(そしてその発見の一部をこのメディアBooks&Appsで書いている。)

 

正直に言うと、ベンチャー企業に行くと決めたとき、少し気持ちがラクになったことを覚えている。

それは就職先を決めたからという理由だけではない。表には出てこないけれど、暗黙のうちに内定先や勤め先の企業の大きさやブランド力で格付けし合っているような空間から抜け出したことへの、ある種の安心感だ。

今の会社に行くと決めた瞬間は、自分の中で軸を変えることができた瞬間だったと思っている。

 

☆★☆★☆

 

今の私は、何を軸にしたいのだろう……。すぐに結論は出ないが、これからも考え続けたい。

 

ではまた!

次も読んでね!

 

【著者プロフィール】

名前: きゅうり(矢野 友理)

2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。

著書「数学嫌いの東大生が実践していた『読むだけ数学勉強法』」(マイナビ、2015)

Twitter:@Xkyuuri

ブログ:http://kyuuchan.hatenablog.com/「微男微女」

実績を見ても、その人の実力はあまりわからない。

様々な会社で採用の仕事をしていると「わかりやすい実績のある人」に出会う。例えば、こんな具合である。

 

・(大手企業)でNo.1営業マンだった。

・(大きなwebサービス)のマーケティングをやっていた

・(有名スタートアップ)のコアメンバーだった

 

だが、本当に彼らは「実力者」なのだろうか。即採用すべき人物なのだろうか。

 

認知心理学者であり、ノーベル賞受賞したことでで知られるダニエル・カーネマンは著書※1の中で、

多くの人は信じたくないかもしれないが、統計的には「成果が出るかどうかは、実力よりも運の要素が遥かに大きい」

と述べている。

一般的に、成功者の言う「こうして成功した」は再現性がなく、それほどアテににならない。

※1

 

また、こんな研究もある。

カリフォルニア大学デイビス校の心理学者、ディーン・サイモントンは彼は「ある科学者が成功した論文を発表した後、論文の質は上がっているのか?」を検証した。※2

つまり「一度成功すると、その後成功しやすくなるのか」を確かめたのだ。

 

結果、科学者が画期的な論文を書く時期はまちまちで規則性がなく、キャリア全体にわたっていたのだ。ただ、画期的な論文が生まれる確率は、数多くの論文を執筆しているときに最も高くなる。

つまり、つまり「イノベイティブな成功」はノウハウとして蓄積されるような性質のものではなく、「精力的に働く時」に偶発的に出現するものなのだ。

 

成功体験は、その後の成功の確率を上げるわけではない。むしろ「成功事例の上にあぐらをかいて働かなくなった」経営者、マネジャーは数多い。

つまり「実績」はそれほど正しく実力を反映しない。その人がたまたま成果を出せてしまった、ということのほうが、可能性としては高い。

 

 

 

では「実力」をどのように見抜けばよいのか。

 

上の2つの研究結果を見ると「本当の実力」とは恐ろしく単純だ。それは

1.生産性が高い、つまり多産であること

2.継続すること、つまり粘り強いこと

この2つを可能にする能力が、実力である。モーツァルトも、ダーウィンも、エジソンも、皆この能力を保持していた。

したがって「仕事が遅い」のは致命的である。さっさと取り掛かり、改めるべきところは素早く改める。そして「継続」する。クオリティの高い仕事を継続することで「偶発的な幸運」が舞い込む可能性を上げる。

これが「実力者」の仕事ぶりだ。

 

ある会社の採用担当者は、

「実績なんていくらでも盛れるし、たまたまうまく行っただけかもしれない。そんなことよりも「どれだけ生産的に働いたか」を聞くほうが遥かに有意義です。」

また別の経営者は

「採用してわかったのですが、過去に高い実績があった人でも、次の会社でも成果を出せる人って、すごく少ないですね。むしろ、実績があっても過去の成功にとらわれて柔軟性を欠くケースも少なくありません。」

 

という。

 

「本当の実力」とは、そんなものである。実績ではなく働きぶりを見よう。

 

 

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(emilot)

Airbnbやってると東京で消耗どころか充電されてる

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5月のはじめ頃から10日間スペインのマドリッド(当然レアルのファン)からのカップルが滞在していました。最近、自分の本業の方が忙しく一緒に出歩くことがめっきり減って、それはゲストに対して申し訳ない気がしまてす。そんな気持ちにさせるAirbnbって凄いなとも思いますが…

で、最近はもっぱらゲストにこれを教えてあげてます。

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ご存知「食べログ」です。英語、中国語、韓国語に対応していることに最近気づきました。翻訳が機械翻訳なので、正確な記述ではないのですが、それでも飲食店が網羅的に出てくるのはとても便利いいです。ゲストは探す楽しみもあります。いくつかオススメも準備しているので、それらははじめにさっと教えてあげてます。

麻布十番でオススメの店

①焼き鳥「あべちゃん」。麻布十番のシンボルと言えるくらい有名な焼き鳥屋。何十年と継ぎ足しているタレのツボがあるらしい…

 

②焼き魚が異常においしい「たき下」。定食ランチで気軽に入るとその質の高さにビビる。正直外国人にはもったいないくらい。これが普通だと思われると困る。だってスーパーに並んでる魚は同じ種類のものでもこんなんじゃない…

 

③いかにも麻布っぽい雰囲気のお酒と食事がおいしい蕎麦屋「川上庵」。なんと夜中4時半まで開いている。小綺麗なおっちゃんと若い女性の二人連れ目立つ。つまり…

googleマップで表示して、共有リンクを送ってあげれば、場所だけでなく写真やレビューも同時に送れます。本当に本当に今はほぼ全員がスマホを持っていて、ホント便利の良い世の中になりましたよね。

 

さて、ここからが本題です。ここ麻布十番は確かにいいところですが、別に麻布十番でなくても、東京にはいろいろな場所にこういうスポットがありますね。

渋谷、新宿は言わずもがな、銀座や新橋のような大人な飲み屋がたくさんある場所もあるし、吉祥寺や自由が丘などの女子が好きそうな場所もあるし、下北沢とか中目黒とか若者が好きそうな場所もあります。

でも、本当に凄いと思うのは、そういう有名なエリアじゃなくても、東京にはありとあらゆるところに飲食店がたくさんあることです。

そして、まさにそれこそが「TOKYO」のポテンシャルです。東京に住んでいるだけで、例えば「食べログ」のアドレスを渡すだけで、「何でもあるでしょ」とゲストにドヤれるわけです。

飲食店だけでなく、ショッピングをするにしても日本のブランドだけでなく世界中のほぼすべての有名ブランドが東京には集まっています。そして街は圧倒的に綺麗で安全、そして気候も温暖。

「TOKYO」は世界でもおそらく5本の指に入るであろうスゴい都市なのです。そんな都市が日本にはあるんですよ。

日本にいると、日本で一番大きな都市が東京っていう認識はあると思いますが、それが世界に誇る大都市ってことは意外に気付かないんじゃないかなって思います。Airbnbやっていると嫌でも気づきます。多くのゲストが東京にかなりの憧れを持ってきていることに気づくからです。私たちが、ニューヨークやパリに一度は行ってみたいと思うのと同じあの気持ちです。

人が多いとか、家賃等高いとか、食べ物おいしくない(←お金と情報ないと本当においしいものにありつけないという意味です)とか、田舎者の私は以前は東京にいろいろな文句垂れてましたが、こうやって、Airbnbでその恩恵を直接的に享受すると、東京、そしてそれを創った先人たちおよび今働いている方々に感謝の念を禁じ得ません。だから税金は文句言わずちゃんと払いたいと思いますwそのかわりちゃんと使ってください、M添さん。

東京に住んでいる人は、ぜひAirbnbホストになってみてはどうでしょうか。東京自体が最強のコンテンツになっているわけですから、ゲストには安全で清潔な場所を準備してあげるだけでいいわけです。あとは何もしなくても、「TOKYO」がゲストの面倒みてくれます。そして幾ばくかの収入になるのです。東京に住むと消耗すると言ってる人いましたが、むしろ充電されると思いますね。

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スペインのカップルのチェックアウトは夜の9時でした。自宅でホスティングをする場合は、基本的にはゲストは1組しかいないわけですので、相手に合わせて柔軟に対応してしてあげることもできます。そういう融通の利くところもAirbnbのいいところです。

 

“Airbnbやってると東京で消耗どころか充電されてる Airbnb日記Vol.185” おわり

(Vol.186へつづく)過去のAirbnb日記一覧

 

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いまの新卒は「年功序列」と「終身雇用」を選ばないほうが良い、という話。

いわゆる「日本型経営システム」とは、年功序列と終身雇用を同時に実現するシステムのことだ。

具体的に言えば、従業員は会社に正社員として入ることで生活を保証してもらい、引き換えに会社に尽くす。それはまるで鎌倉時代の「御恩と奉公」さながらである。

その中においては、「職務」や「成果」に応じて賃金が決定されるのではなく、「在籍期間」によって給与が決定されるという仕組みになっている。

 

だが、最近ではいわゆる「日本型経営システム」の破綻が各所で見られる。

例えば、定期昇給を廃止する会社、あるいは定期昇給が形骸化している会社が数多く出現している。あるいは業績が良くてもリストラに踏み切る会社も増えている。

いずれも日本型経営システムの綻びである。「約束がちがう」と怒る人もいるだろうが、それが現実だ。

 

なぜ、こんなことが起きているのだろうか。それは、年功序列賃金の限界に日本企業が直面しているからである。

例えば、経済学者の野口悠紀雄氏は、著書※1の中で次のことを紹介している。

日本型経営システムにおいては、年功序列賃金と終身雇用を同時に実行しなければならない。

年功序列賃金というのは、(最初に低い賃金で我慢して、後でそれを取り戻すという意味で)ネズミ講と同じ原理なので、これを継続するには、中高年労働者と若年労働者の比率を一定に維持しなければならない。

そのためには、企業は常に成長していなければならない。こうして、日本型経営の企業は、成長を余儀なくされる

逆に言えば「成長していない」という状況は、日本型経営システムにおいては致命的だ。

※1

 

余談であるが、ネズミ講(無限連鎖講)が違法なのは「無限に会員が増える事は絶対にない」からだ。無限に会員が増えることを前提に「儲かる」と持ちかけるのは100%ウソである。

だが同じように企業も無限に成長することは絶対にない。だから「年功序列賃金」は必ず破綻する。

「無限に成長しなくても、自分が働いている間くらいなら」という逃げ切りを画策する人もいるだろうが、10年、20年であっても成長し続けられる会社など存在しない。これからは5年ですら怪しい。

野口氏の言うように「年功序列賃金はネズミ講」というのは、正しい指摘である。

 

しかも、現在の日本企業は

・少子化による若年労働者の減少、それに伴う中高年労働者と若年労働者の比率の逆転

・新興国の勃興による国際競争力の低下

という状態に置かれている。いずれも「年功序列」と「終身雇用」を脅かす。

 

したがって、これから就職する新卒は特に「年功序列」や「終身雇用」を約束する会社に入ってはいけない。それは組織上部の既得権益者が搾取するためだけの構造だ。

 

————————–

 

半年ほど前、就活生がアドバイザーへ相談をしていたのを見た。

その就活生は、給料が安定した終身雇用の会社と、成果主義の会社と、どちらを選ぶべきか、という相談をしていた。

するとアドバイザーはこう言った。

「終身雇用の会社が安定しているとなぜ思うのですか?」

学生は言った。

「自分に成果が出せるかどうかわからないからです。」

 

アドバイザーはしばらく考えた後、言った。

「まず、これから終身雇用の会社はなくなります。残ったとしても僅かでしょう。しかも今から終身雇用の会社に入るのは、かなりのリスクですよ。なにせ会社が傾いても、社外で生きる術がないかもしれない。」

「そうですか……。」

「そして、これからの時代、給与は「会社にあげてもらうもの」ではありません。」

「では、どう考えれば良いのでしょう?」

「給与は、自分と会社の取引の結果です。力をつけた人が高い給与を得る。単にそれだけの話です。」

「では、どんな会社に就職したら良いですか?」

「単純です。旧来の安定した会社ではなく、「成果」できちんと支払いを受けることができること、生産性の高い会社で働くこと、そしてなによりチャンスがたくさんある成長産業で働くことです。」

 

 

もちろんどういった会社で働くか、価値観は自由だ。

だが、30年前に比べ、「どこで働くか」を選ぶことは遥かに難しくなったのは間違いない。

 

 

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(Leo U)

予備知識ゼロからわかる!最先端の経済学とそこから導き出される最良の生存戦略

経済学に興味はあるけど、イマイチよく理解できないという人は結構いると思う。

今回は最先端の経済学と、その知見からどういう事が分析できるのかについて書いていく。これを読めばマルクス経済学、21世紀の資本、現代ポートフォリオ理論といった経済学の理論と、それから導き出される21世紀に生きる私達の最適戦略が理解できるはずだ。

 

 

資本主義を最もよく分析した書物 資本論

マルクス経済学というとカビが生えた古臭い学説だと思う人は多いかもしれないけど、キチンと読み込めば資本主義をこれ以上なく上手に分析したものだという事がよくわかる。

全ての内容をここで紹介するには紙面が足りないので、ここでは序章でマルクスが定義した資本家と労働者の関係についてのみ記す事にする。

 

マルクスはその著書の中で、資本主義の世の中においては資本家と労働者という2つの人種がいると述べている。話をわかりやすくするために、とりあえず資本家≒お金持ちぐらいのイメージを持ってもらえればここでは十分だ。

一方の労働者は資本家と対極の存在であり、簡単にいえばあまりお金持ちとはいえない存在だ。

 

労働者は生活費を稼がなくてはいけないので、そのために自身の『労働力』を資本家に売る。資本家は労働者から得た『労働力』を使って事業を起こし、労働者から買った『労働力』以上の資本を生み出す。

まあ簡単に言えば社長が従業員を雇って売り上げを叩き出し、得られた総売り上げの一部を給与として従業員に支払うって事である。

資本主義の社会では、資本家は自分の総資本を増やす事が目的化されるので、資本家は労働者にあまり給料を渡したがらない。もし売り上げが100万円あったとして、従業員に10万円の給料しか払わなかったら、資本家は10万円という元資本で90万円の新たな資本を生み出す事ができる。

 

資本主義の社会では雇用側である資本家が、雇用される側である労働者よりも立場が強く、結果として資本家が労働者を搾取する事になりがちである。そうして資本家と労働者の間で格差が拡大していき、やがてしいたげられた労働者が資本家に革命を起こす。これがマルクス理論の骨子であり、資本主義の問題点とされている。

ただこれはあくまでマルクスの頭の中で考え出された理論であり、一見正しそうに見えるものの、科学的な裏付けがなされたものではなかった(資本論は1867年初版)まあそう言われてみるとそうかもしれないけど、実際にこれが本当なのかは誰にもわからなかったのだ。

しかし最近になって、それが本当だという事が証明されてしまったのである。

 

 

2015年最大のホットワードr>gとは何か

『21世紀の資本』は2013年にフランスの経済学者トマ・ピケティ教授が書いた本で、彼はその著書の中でr(資本収益率)>g(経済成長率)という図式が成立している事を実証した。

この理論は『配当金や利息といった資本家が投資して得られる収益の方が、労働者が働いて得られる収入よりも常に多い』という事を言っている。まあこれだけだとよくわからない人も多いと思うので、もう少し具体的に記述していく事にしよう。

 

まず大前提として、世界経済は一貫して成長を続けている。縄文時代よりも鎌倉時代の方が、鎌倉時代よりも江戸時代の方が、江戸時代よりも現代の方が、人類は圧倒的に豊かである。

そうして市場の富の絶対量が増えていく事を経済成長といい、経済が成長しつづける事により同時にお金も人々の元により多く入っていく。例えば戦後の新卒の初任給は1万円程度だったけど、現代の新卒の初任給は20万もある。

なんと経済成長に伴い、労働を通じて得られるお金は20にもなったのである。もちろん物価が違うので一概にどうとは言いにくいけども、基本的には経済成長と共に労働者の給与は上がり続けていく。

 

少し復習すると、マルクス経済学の説明でみたように、労働者は労働を通じてしかお金を手にすることができない。一方、資本家は手元の資本を元にして労働者から労働力を買い、新たな資本を作り上げる事ができる。

じゃあちょっと考えてみてほしい、戦後の労働者の給与はおよそ1万円から20万円と20倍になった。じゃあ資本家ってどれぐらい儲かるようになったのだろうか?この事を理解するのに一番簡単なのは、資本家が持つ株という投機対象を手掛かりにする事だろう。

 

さて問題です。日経平均株価はここ数十年間でどれぐらい値上がりしたでしょうか?答えはなんと200である。日経平均株価は、1949年から2016年までの77年間で、なんと200にもなったのである。給与の成長率との差は、およそ100である。

マルクスが資本論を書いたのは1867年だったけど、およそ100年ちょっとたった現代でその見識の正しさは証明されてしまったのである。

 

ただマルクスは資本主義の問題点の分析には優れていたけど、その代替案として導き出した共産主義という理想は大失敗であった。結局、中央政府が市場を統制した共産主義では資本主義を打ち負かすことはできなかった。

世の識者はこれを市場原理の勝利として説明する。筆者も基本的にはこれに同意だが、もう一つ大切な視点が抜けていると思う。それは労働者も容易に資本家になれるようになったという視点である。

 

 

社会が豊かになる事で選択肢が大幅に増えた

社会が豊かになる事により、仕事がどんどん細分化されていく事となる。縄文時代はみんなで頑張って農耕しなくては食べ物が作れなかったけども、現代人のほとんどは食物なんて育てていない。

無人島のような経済が未発達な地では、人は自給自足しなくては生きていけない。だけど経済が成長し人口も増えるに従って、だんだんと仕事が細分化されていく。ある人は農作物を育て、ある人は家を建てる。またある人は商業を営む。そしてどんどんと専門的な職業が生まれ、社会はより豊かに複雑になっていく。

 

このような世の中の流れが加速するに従い、世の中に株式会社という全く新しい形態のものがうまれた。

これは資本家が株式というものを発行し、それを売ることで小口の資本(資金)を社会全体から広汎に集めることが可能にしたという驚異のシステムで、これにより資本家はより多くの資本を集める事が可能となり、それにより集められた資本を元に、より巨大な資本を生み出すことを可能とした。

株式会社というシステムが生まれたことで、資本主義の世の中に

 

株主(資本家)経営者(資本家)社員(労働者)

 

という図式が生まれた。株式会社というシステムが作られた当初は、様々な規制により株主になれる人はごく限られた少数の人々でしかなかったのだけど、より豊かになった現代では規制も随分と取り払われ、ほとんど全ての人が株式市場に参入可能になり、また非常に少ない金額から投資を行う事が可能になった。

今ではその辺の庶民でもネット証券に申し込めば、すぐにでも株式を買う事ができる。

 

これってちょっと考えてみれば凄い事なのである。つまりr>gよろしく、確かに世の中は資本家が労働者よりも多く稼げるようなシステムにはなっている。だけどその辺の労働者も、経済が高度に発展した現代では誰もが資本家にもなれるのだ。

これが現代の資本主義が1ミリも揺るぎなくその地位を確立している理由である。労働者すらも資本家になれるのが現代社会の優れたシステムであり、生まれた場所で多少の違いはあるけども、現代は有史以来もっとも格差を覆しやすい社会なのである。

 

 

最適な投資戦略とは?

ここまでの文章で、労働者である僕たちは労働を通じて得られた資本を元に投資を行う事が、経済的には最適解であるという事がわかってもらえたと思う。じゃあ問題はどういう風に投資すればいいのかって事だ。実はこれは数学的に証明されている。

もともと株式の世界では、一つの株に集中して投資するのではなく、複数にわけて投資しろと言われてきた。例えばトヨタの株式を100万円分買ったとしよう。トヨタ株が2倍になれば資本も2倍になるけど、1/2になれば資本は1/2になる。これはハイリスク・ハイリターンな投資である。

 

一方、10万円ずつ10個の株式を買ったとしよう。トヨタ、ソニー、任天堂などなど。こうすれば、例えばトヨタ株が不調だとしても任天堂株が好調だったりして、リスクを分散する事ができる。

これは株の世界では『卵は一つのカゴに盛るな』という格言で説明されていた。卵を1つのカゴに盛るとそのカゴを落としたときに全部割れてしまうかもしれないから、複数の籠に盛っておこうね、という事である。 

 

この理論の正しさは1952年にハリー・マーコウィッツにより数学的に証明されており、ハリー・マーコウィッツはその業績によりノーベル経済学賞を受賞している。この理論に則った投資方法は現代ポートフォリオ理論と呼ばれており、現代ポートフォリオ理論によれば、最も正しい投資方法は全世界の株式市場に少量ずつ投資するのが正解となる。

この理論を簡単に言えば、とある会社の株だけを持っていると、そこがつぶれたときに全ての財産はなくなるけど、世界経済がつぶれる事は理論上ありえないため、株を最もリスク無しに買う方法は、丸ごと世界経済に投資するのが正解だという事である(現代では証券も随分進歩したので、世界の株式をちょっとずつ買えるという我儘な商品を買う事も可能だ)

 

そして先の繰り返しになるけども、市場はどんどん成長していく。日経平均株価は1949年から1989年末までの40年間で約200倍にもなった。現代ポートフォリオ理論にのっとって、限りなくリスクを分散して世界市場の株式を持てば、長期的にみれば世界経済は必ず成長するのだから、投資した資本は必ず増大するのである。

じゃあ結局、私達労働者は労働を通じて得られた賃金を、少量ずつでもかまわないから株式等に投資するのが正解という事になる。そしてその投資する元手は多ければ多いほどよいに越したことはない。じゃあ労働を通じて得られる資本を最大化する為に、私たちは何をすればいいのだろうか?もっと具体的にいえば、どの職業を選ぶのが正解なんだろう?

 

 

あなたの給料が決まる仕組み

サラリーマンである労働者の給料は、究極的にはその労働市場が稼ぎ出した金額を、人数で割ったものになる。外資系投資銀行の社員の収入が高いのは、彼らが優秀だからなのではなく、投資銀行全体が生み出している市場がめちゃくちゃデカイからだ。

労働者である僕たちがお金を手にする方法は、労働を通じてしかない。手っ取り早く資本家になって勝ち馬に乗る為には、給料は高ければ高いほどいい。職業選択がものすごく大切だという事はいうまでもないだろう。

 

ただ残念な事に職業選択はものすごく難しい。『東大生が就活で選んだ企業は、その時が最盛期で後は落ち目だ』なんて言葉もあるぐらいで、頭のいい人間ですら就活で容易に失敗してしまう。そうして就活で失敗して落ち目の企業を選んでしまったら、あなたがいかに優秀だろうがよい給料は手にすることができない。

さっきもいったけど、あなたの給料はあなたの所属する労働市場が稼ぎ出した金額を人数で割ったものである。その業界自体の規模が小さいのなら、どこをどうやってもお金は転がってこないのである。

 

じゃあどうすればいいのだろう。新卒で入った業界で博打するしかないのだろうか?いやいやいや。そんなハイリスク戦略をとってはいけない。さっきもいったけど、世界経済自体は必ず成長するし、どこかの業界が落ち目でも、どこかの業界は好調だったりするのである。『卵を一つのカゴに盛る』から危ないのならば『卵を一つのカゴに盛らなければいい』

 

 

生産者のススメ

様々な技術が高度に発展した現代では、個人が生み出す労働の生産量も、科学技術の発達に伴って増大傾向にある。

昔だったら農家は農作物を作り出すので精一杯だったかもしれないけど、今では機械を使って少ない時間で容易に大量生産が可能だ。そして空いた時間で別の生産活動もする事ができる。

例えばだけど、農家が機械に農作業をやってもらっている最中にパソコンで小説を書けば、農家でありかつ小説家にもなれる。

 

科学技術とインターネットが高度に発達した現代では、誰でも簡単に何かを生み出して人々に発表する事が可能になった。この記事だって、僕は病院で働いた後で書いている。

昔だったらキーボードが無かったから、こんな長文を原稿用紙に書こうとしたらとてつもない時間がかかっていたし、またインターネットがなかったら人々の前に発表する事もできなかった。

 

かつてはコンテンツを作っても、ほとんどの人は日の目をみることができなかった。小説家になるにはどこかの出版社で賞を取るしかなかったし、コントで売りに出したかったら、お笑いの事務所に所属して仕事を獲得しなくちゃいけなかった。

 

それが現代ではどうだろう。パソコンとインターネット環境さえありさえすれば、素人だってブログに簡単に文章をのっける事が可能だし、パソコンとカメラさえあれば、素人だって簡単にYou tuberになれる。もちろんそんな簡単に大金が転がってくるほど甘くはないけども、現代は昔と比べて非常に少ない時間で良質のコンテンツを生み出すことができる環境があるのは間違いない。

 

そしてこれらの作業は基本的に非常に低リスクだ。ブログを書くのに会社をやめる必要はないし、YouTubeになるのも会社をやめる必要はない。素人がコンテンツを作って、おまけに広告を張るなりして収入を得る手立てがあるという現在の環境は、実は想像以上にとてつもない事だ。

 

高度に科学技術が発達した現代では、ポートフォリオ理論は株式のみならず働き方にすら応用がきくようになっているのである。インターネットの発達により、私たちは会社に所属することなしに簡単にコンテンツ制作者として労働市場に参入できるようになったのだ。

人は基本的には暇に耐えられない生き物であり、暇つぶしとしての娯楽に飢える生き物である。電車にのればスマホゲームに興じている人を常にみかけるように、良質な娯楽としてのコンテンツの需要は常にあり、その市場は衰退する事をしらない。

なんでもいいから何かを生み出すようにしよう。絵を書くのでもいい。文章を書くのでもいい。ゲームの実況中継をするのでもいい。

 

あなたがコンテンツ製作者として成功するかどうかは誰にもわからない。けど間違いなく言い切れる事が一つだけある。何もやらなければ、可能性は永遠にゼロだ。

様々な手段を通じてコンテンツを生産する方法を身につけ、そして常に良質なコンテンツを生み出せるようになろう。そうすれば自然とあなたのインターネット上での評判は高まっていき、お金も転がり込んでくるようになる(筆者もブログを更新し続けたことでBooks&Appさんから原稿の依頼がくるようになった。まったくもってインターネットには感謝しかない)

 

 

21世紀現在における最先端の経済学から導き出される私達の最適戦略

ようやく結論になるのだけど、21世紀現在における最先端の経済学から導き出される私達の最適戦略は、固い定職+インターネット上でのコンテンツ製作者という二足の草鞋を履く事であり、そうして得られた収入で世界経済株式に投資していく事になる。

これが科学的に導き出された、最もリスクなく、リターンが高い勝ち馬にのる方法である。この知見を取り入れるか否かは、あなた次第だ。

 

生存戦略、しましょうか。

 

 

プロフィール

名称未設定1

高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます→ https://note.mu/takasuka_toki

インターン採用に見る、社会の2極化のきざし

新卒採用においての、インターンからの直接採用が盛り上がりを見せている。

時に「青田買い」と批判されるインターンからの採用だが、なぜこれほどの盛り上がりを見せているのだろうか。少し前に、ある採用担当者とのミーティングにおいて、直接話を聴く機会があった。

 

「来年は出来る限り全員、インターンから採用したいですね」とその担当者は言う。

「ほう。そうですか。」

「ええ、インターンからの採用ではハズレを引くことが無くなりましたから。」

「詳しく聞かせてください。」

「ウチは中途が中心ですが、新卒採用も年間に数人、やってきました。その時は採用の成功率はまあ、五分五分ってとこでした。」

「そんなもんですかね。」

「やっぱり、面接や筆記だけではわからない部分があるわけですよ。でも、インターンは違います。ある程度長期間仕事をすれば、その人のポテンシャルと言うか、能力はかなりはっきり分かる。で、いい人だけ採用すれば良い。」

「そういうことですか。」

「今は学生さんもインターンに積極的ですし、理系の子も結構参加してくれるようになりました。すると「働きぶり」を見て採用する事ができるわけです。これはかなりメリットが大きいですね。アルバイトからの登用で新卒を確保する、っていう会社がありましたが、合理的と思います。」

「なるほど」

 

担当者は、あたりを見回して言った。新卒が働いている。

「面接であれこれ聞くよりも、実際に働いてもらうのが、一番良いですね。で、学生であってもいい人には裁量を与えて、きっちりお金を払う。学生さんも、下手に就職活動をして時間を使うよりも、実入りはいいわけです。」

「中にはあまり仕事のできない学生さんもいるんですか?」

「それなんですが、結構二極化している感じがします。うちには有名大学の子が結構来てくれるんですが、同じ学校でも上と下の能力差は圧倒的ですね。「この子は、他でも欲しがらないだろうな」って言う子は、結構います。」

「厳しいですね。」

「そうなんです。逆に、できる子は際限なくできますね。中途よりもできるくらいです。そういう子は、年収を高めに提示します。まあ、大したコストじゃないですからね。」

「本当ですか?思い切ったことをしますね。」

「そうですか?欧米ではインターンからの採用が普通っていうじゃないですか。流動性が高い業界では、これが当たり前になっていくと思いますけどね。我々も新卒が「化ける」のを待っていられません。」

「そうかもしれません。」

「逆に、中にはオファーを断る子もいるんですけどね。」

「どういうことですか?」

「まあ、もっといい会社で稼げる、と思っているのかもしれません。あとはもっと大きい会社に行きたい、という人もいました。まあ、それならそれでも良いんですけどね。ウチは安定志向の人は多分あわないと思いますし。でも「いつでもこっちにおいで」って言ってあるんで、大企業に飽きたら来てくれるんじゃないですか。」

 

 

インターンから採用された新人たちにも話を聴くと、確かに有能な人物がそろっていた。「成功」と言わしめるだけはある。

 

一人の新人に「なぜこの会社に決めたの?」と聞くと、

「面白い仕事がしたかったんです。自分を試したくて」

と彼は言った。

 

別の新人は

「大企業で下から徐々に上がっていく、というのはちょっとあり得ないですね。今は会社も守ってくれないみたいですし、安定を求めると逆にリスクが高いですから」

といった。なかなかクールに世の中を見ている。

聞けば、彼らの中でも特に優秀な学生は就職活動が始まる前に既にいくつも内定を獲得しているという。

 

しかし、一方ではインターンで採用されず、別の会社を探すように言われた学生もいる。

「自分の力の無さを痛感しました。正直、同じ歳でここまで違いがあるなんてショックです。」

と、彼は言った。

 

「新卒一括採用」は、終身雇用と年功序列という制度のおかげで、社会の2極化を防ぐことに一定の効果があっただろう。

だが、それは「インターン採用」の盛り上がりと共に、静かに崩れ始めているのかもしれない。すでに多くの知識集約型企業は「ポテンシャル」という曖昧なものから「実力」で新卒を評価したいと考え始めている。

 

 

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(Joel Dinda)

意見の異なる上司を動かす、5つの手順

今までに「上司の説得をしなければならない事態」に直面したことがあるだろうか。新人のうちは少ないかもしれない。「言われたことをする」のが最優先だからだ。

だが、ある程度仕事ができるようになるにつれ、「上司の説得」が1つの大きな仕事となる。営業の施策、人事評価の決定、新技術の導入、大きな費用を伴う決裁など、上司を動かさなければ何もできない仕事が増えてくる。

 

その際に「上司を動かせる」人は、間違いなく仕事ができる人だ。

考えてみれば、当たり前かもしれない。最も身近で働いている人の一人である上司一人説得できずに、あなたの試みが成果を出せるはずがないのだ。

従って「上司はわかっていない」という言葉は最悪の逃げ口上である。「まずは上司にわかってもらう」のが部下にとって最初の仕事なのだ。

 

だが「上司の説得」が上手な人はそれほど多くない。多くの会社で説得術を教えないということもあるが、上司が「自分を説得する技」など教えるはずもないからだ。

だが、実は「上司説得の基本形」はどの会社でもそれほど変わららない。もし上司と衝突ばかりして仕事が進まないのであれば、以下の手順を試していただくことをおすすめする。

もちろん、万能の処方箋はない。相手は人間であるから、時々の反応を見て手を変えるべきだ。それでも「基本」を知っておくことは、何らかの役に立つはずだ。

 

 

1.1対1で話す機会を作る

上司の心理を理解すれば、説得の際には必ず1対1で話すべきだ。他の人が聞こえる場所で説得を試みてはならない。

理由は2つある。

まず、あなたの話を特別に聞きいれた、と他の部下に思われたくないからだ。これは公平感のためである。そして2つ目は、あなたに説得された、と周囲に思われたくないからだ。これは上司の見栄のためである。

何はともあれ、まずは上司が素直に聞けるムード作りから入るべきなのだ。

 

 

2.説得ではなく「上司の見解の確認」から入る

さて、ようやく1対1で話ができるムードができたとしよう。ようやくあなたの熱い思いをぶつけることができる……は、絶対にやってはいけない。

実際、熱い思いをぶつけるのは、愚の骨頂だ。上司に限らないが、人は熱い思いをぶつけれられると内容の確認以前に、戸惑ってしまったり、恐怖を感じたりする。

熱い思いが功を奏するのはドラマや映画の中だけだ。

では、話をどのように切り出すか。最も優れているのは「意見がほしいのですが、きいていただけないでしょうか」である。つまりあなたのスタンスは説得ではなく、アドバイスを貰いたい、である。これが最高の話の切り出し方だ。

すると上司の態度は軟化する。人は説得されたくない生き物であり、相談されたい生き物だ。

 

 

3.「意見の相違点」から入らない。「意見を等しくする点」から話を深める

あなたは上司の見解を確認した。その中で意見を等しくする点と、意見の相違がある点がわかるだろう。

あなたはすぐさま意見の相違を解消しようと、上司に自分の意見をぶつける……のは、これもまた愚かな行為である。説得の際には、意見の相違から話を始めてはいけない。余計に溝を深くするだけである。

真に必要なのは「意見の一致を見るところ」から話を始めることだ。

 

例えば、営業成績が振るわない部署が新しく始める施策として、あなたは「既存顧客の深耕」を掲げたとしよう。しかし上司の見解を確認した所、上司は「新規顧客の開拓」を挙げたとする。

その際に、上司の「新規顧客の開拓」を否定し、「既存顧客の深耕のほうが優れている理由」を挙げるのは、それがいかに客観的データにもとづいていようが、現場感覚として正しかろうが、やってはいけない。

話を始めるべきは「新しい施策が必要だ」という見解の一致している部分からなのだ。

 

「部長、新しい営業の施策なのですが、既存顧客の深耕を考えていたのですが、部長の意見をお聞きしたく。」

「私は新規顧客開拓を最優先にすべきだと思っている。」

「なるほど、……部長も新しいことを始めることが必要だと考えておられたのですね。私もそうです。」

「それはそうだ、今のままという訳にはいかないだろう。」

 

話は共感から始めなければならない。出発点が異なる場合は話し合いにならない。データでねじ伏せようとしても嫌われるだけである。

 

 

4.先に上司の意見を受け入れる

説得に際し、もっとも重要なのは雄弁さではない。なぜなら、相手はあなたが主張すればするほど、自分の意見に固執するからだ。

説得は一種の取引であるから、Win-Winとなるために、一度あなたは上司の意見を受け止めなければならない。

つまり、以下のようにする。

 

「部長は、なぜ新規顧客開拓が最優先だと考えているのですか?理由が知りたいのですが……」

「既存顧客から更に受注をもらうのは、うちのお客さんの懐具合からして、難しいだろう。」

「なるほど」

「既存顧客を回る時間はない。新規顧客開拓を最優先にして、全力を尽くしてほしい。」

「なるほど、新規最優先は必ずやります。」

 

よほど器の大きい人物でない限り、説得は味方からしか受け付けてもらえない。一旦上司の案を受け入れることで、あなたを上司の敵ではなく、味方とするのだ。

 

 

5.上司に案を出してもらう

ここが最後の踏ん張りどころだ。やるべきは、上司の案を受け入れつつ、自分の案を通すやり方を上司に考えてもらうことである

 

「そうすると、1つご相談があるのですが、よろしいですか?」

「なんだ」

「既存顧客をずっとケアしたいと考えていたのですが、なにかよい案はないでしょうか?もちろん、新規顧客開拓を行った上で、という話ですが。」

「うーむ。そうだな、新規顧客開拓を行ったアポのついでに、その近くの既存顧客へ顔出しくらいはできるだろう。それなら一石二鳥だ。」

「あ、なるほど!」

「そうだな、それなら部署全体でもできそうだ。なかなかいい意見をくれて助かるよ。」

 

説得はあなたが行うのではなく、上司が自分自身で行う。

これが上司を説得する手順の本質だ。

 

 

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(Sztanko Demeter)

部下のことを顧みない管理職の話

昔、非常に腕利きの管理職がいた。実際、彼がトップに就任してから、その部署は数年で過去最高の業績を出し、それを更新し続けた。

 

彼のマネジメントは特徴的だった。

彼は、部下のことを全く顧みなかったのだ。彼が興味があるのは、徹底して部署の業績のみ。彼は自分が部下にどう思われているかも全く意に介さなかったし、部下の話を聞きもしなかった。

 

だが、彼は部署の有能な人々からは恐ろしく信頼されていた。彼は嘘をつかず、徹底して合理的であり、成果を追求し、そして結果を出したからだ。

逆に無能な人々からは嫌われた。

彼は仕事をとりあえず与える。そして彼らの活動を見る。彼は手抜きや、約束を破るもの、言い訳をするものを決して許さなかった。そして、そのようなことをした人間にはロクな仕事を与えなかった。

「怠けたい奴らは、適当に仕事をあてがっておけばいい。こっちの邪魔さえしなければいいんだ。」

要するに、その管理職は無能な人間がいないがごとく振る舞った。

 

もちろん、中には態度を改める人物もいた。

彼は成果が出ずとも改善を続ける人物には何回かのチャンスを与えた。彼は努力する限りは、彼らを「戦力」とみなした。

が、変わることのできない人物、無能な人物は、何年かするうちに、やめていった。

 

彼はまた「成果に応じた処遇」を徹底した。結果が出れば、報酬を弾み、結果がでなければ、給与を減らした。そこには感情的なものはなかった。

ただあるのは。公正な処遇だけということだけであり、彼の厳しさは他のマネジャーの中でも際立っていた。

 

—————————

 

ある時、彼は新人に仕事を与えた、

「この仕事、どれくらいでできる」

「一週間でなんとか。」

「本当に一週間でできるのか。これは約束だぞ」

「はい。」

だが、その仕事は新人が想像するよりも困難な仕事であり、結果は出なかった。期限を迎えた日、新人はその管理職に「無理でした」と報告した。

その管理職は静かに言った。

「なぜやりきらなかった。」

「申し訳ございません、見積もりが甘かったです」

「違う、俺が聞いているのは、なぜ結果が出るまで、限界までやらなかったのかと聞いている。お前は俺が「できませんでした」で許すとでも思ったのか?」

新人は管理職の厳しい言葉に凍りついた。

「す、すみませんもう一度やらせてください。」

管理職は「ダメだ。これは、お前には無理な仕事だ。オマエには頼まない。」といって、新人からその仕事を取り上げた。

新人は落ち込んでいた。

 

1週間後、管理職はまた別の仕事をその新人に振った。

その新人の仕事への真剣さは、以前とは天と地ほどの差があった。その新人は「真剣にやるとはどういうことか」を学んだのだった。

そして、仕事は無事終わった。管理職は「よくやった」とだけ言ったのだが、新人は、心底嬉しそうだった。

 

—————————

 

また、3年目の若手社員がその管理職のもとに配属になった事もあった。

実は、その若手は他の部署で鼻つまみ者だった。なぜなら、自分の実力をあまりにも過信していたからだ。鼻持ちならないその態度は、社内でよくトラブルを引き起こしていた。

そこで上層部が「彼ならなんとかするのでは」と配置転換したのだった。

 

管理職は異動してきた若手にこう言った。

「オマエはトラブルを良く起こすらしいな。」

「私が悪いわけではないですよ。相手が勝手に怒っているだけです。」

「そうか。では仕事をしてもらう。」

その管理職はその若手に早速仕事を与えた。

「どれくらいでできる。うちの連中は3日あれば十分だが。」

「私も3日もあれば大丈夫です。」

「わかった。」

 

そして3日後、若手は成果品を持ってきた。

「できました。」

管理職はそれをしばらく眺めて言った。

「20点だ。赤点だな。」

若手は憤慨した。「いや、これだけやったんだから、20点はあり得ません。」

管理職は若手を睨みつけた。

「このクオリティで、良くプロが名乗れたものだな。こんな仕事で満足しているならオマエこの仕事向いてないよ。もっとぬるい仕事をやるんだな。」

 

若手はあまりの怒りと、恥ずかしさで何も言えなかった。今まで誰からもここまで言われたことはなかったのだ。

管理職は「もういいよ、オマエは役に立たないから、そのへんで雑用でもやっててくれ」と言った。

 

若手はとにかくこの管理職を憎んだ。「こんなに自分に恥をかかせたやつを見返してやる」と、猛烈に勉強をし、仕事をこなした。

だが、数年後に彼が一人前になった頃、彼はその管理職に感謝するようになっていた。

 

—————————

 

上の新人も若手も、この管理職に対する評価はぴったり一致している。

「好きではないが、感謝はしている。」

それは、管理職に対する最高の賛辞なのだ。

 

 

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(Kushal Das)

「給料を上げる方法」について

最近お会いした若手の会社員の方から「給料を上げるにはどうしたら良いですか?」という質問を頂いた。「今いる会社で、給与の増加を期待できないから」という理由だった。

同様の悩みを抱える方も数多くいらっしゃるのだろうと察する。

 

一般的には「頑張って出世しなさい」か「もっと給与の良い会社に転職しなさい」というアドバイスが与えられるだろう。だが実際にはそれだけでは不十分である。

実は、やらなければならないのは「マーケティング」だ。

 

「マーケティング」というと、ものを売るための技術と捉えている人も多いだろう。給与を上げることと何の関係があるのか、と思うかもしれない。

だが、広義ではマーケティングとは自分を必要としてくれている市場、会社に自分を移動させる最適化のことと言っても良い。要するに「あれこれ努力する前に、儲かる場所に行きなさい」という、至極当たり前の話だ。

 

終身雇用が大勢を占めていた時代、個人は社内だけを見てマーケティングすればよかった。「自分を高く買ってくれる上司や部署」にアプローチすればよかったのだ。

だが今後は「人材市場全体を見る人間」が、高い給与を得ることができる。どんなにスキルがあり、高い知能を持っていてもマーケティングができない人物は高い報酬を得ることはできない。

では、どのように「マーケティング」するのか。

 

 

まずは、儲かっている業界を探すこと。業界全体が成長している場所では、給料も上がりやすい。逆に業界が衰退している場合は、力がある人しか給料があがらない。必然である。業界全体の売上高や利益率は本でも買って調べること。

マイナーな会社に就職しても、業界が良ければそれだけ給与が上る可能性が高い。逆に有名な会社であっても業界を間違えると悲惨だ。

 

例えば原価が高くつく商売は儲からない。正確に言えば、オーナーしか儲からない。外食産業など原価が高く、かつ在庫が劣化しやすい産業に従業員として在籍していると、給料は上がりにくいと覚悟すること。

また、労働集約的ではない業界を選ぶことも重要だ。運輸、介護、建設、受託開発ITなど、労働集約的な仕事は、人を増やさないと売上が伸びないため、給与が上がりにくい。人を増やさなくても売上を伸ばせる業界に在籍すること。

 

また寡占状態の業界に在籍するのも、給料という観点からは合理的だ。いくら業界全体が成長しているからといって、新規参入が激しい業界にいては企業が疲弊する。

できるだけ寡占状態の業界に在籍すること。製薬業界などは在籍するのに良い業界であり、しかも世界規模では毎年10%程度の成長を遂げている。(出典:厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/shinkou/dl/vision_2013b.pdf

 

つぎに、業界の中で儲かっている会社を知ること。給与がどこから出ているかを考えれば、必然的にもっとも重要なのは「儲かっている会社にいるか」である。

儲かっていない会社の定義は様々だが、少なくとも経常利益率が10%以上、欲を言えば30%以上の会社に在籍したい。(日本の会社の平均は1%〜5%程度 出典:財務省https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2015_12.pdf

儲かっている会社に人が移動することは、世の中全体の労働力の最適化という面からも望ましい。

そのために、出来るだけストックビジネスを行っている会社を探すこと。ストックビジネス、すなわち「定期的に収入がある会員ビジネス」は、強靭である。例えば携帯電話キャリアであり、保険会社である。彼らは景気の変動に非常に強い。

よく見ると、大小様々な会員ビジネスが数多く世の中には存在しているので、マイナーな会社でも良い会社はたくさんある。

 

 

もし、あなたが「給与が上がらない」と悩んでいるであれば、それはあなたのスキルが低いのではなく、あなたが頑張っていないのでもない。単純に言えば「儲からない会社と業界」にいる可能性が最も高い。

同じくらいのスキルや能力であっても、業界が違えば給与が倍程度違う、ということは普通だ。

 

要するに「個人の力」は給与に与える影響は小さいのだ。いくら頑張っても、自分が在籍している業界がダメであれば、給与は増えない。

マーケティングの常識「顧客がいない所でいくらがんばって商売をしても売上が伸びない」ということである。つまり給料をふやすには、「業界の目利き」「会社の目利き」が重要なのだ。

 

それを知って初めて「良い業界で働くためスキル」が必要になってくる。

だから「スキルを身につける」というのは漫然とやるのではなく、「儲かっている業界が欲しがるスキル」を持たなければダメなのである。英語を学んでも、給与が上がらないのは、そのためだ。

 

だから、最も簡単に給与を上げる方法は知り合いに頼んで「儲かっている業界」の転職先を紹介してもらうことだ。

そして、一通り仕事してそこでスキルと経験を身につける。スキルが身につけば、後は儲かっている業界で給与の比較的良い会社を渡り歩くだけだ。

 

1つ最後に注意点がある。

そこには「やりたい仕事」という価値観はみじんもない。「やりたい」という価値観は、「これを売りたい」という経営者と同じでマーケティングの発想が抜け落ちている。

「やりたい」ではなく「やると儲かる」を志向しなければ、給与は安いままだ。

 

私の中高生の時の同級生で金融機関に就職した人間がいる。新卒時代に、なぜ金融機関に?と彼に聞いたら、彼は一言

「給料が良いから」

と答えた。彼はマーケティングを理解していた。

 

だが「好きなことをしたいんです」という人を止めるつもりはない。何を取るか、それはその人の考え方次第である。

 

 

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(Vaishali Ahuja)

「仕事できないやつかもしれない」と自分を疑った時に読んでみてください。コラム5選

会社で怖いことのひとつは「できないやつ」というレッテルを貼られること。そう思われたくないからこそ、頑張れる部分もあるし、逆にそれは脅迫観念になりストレスともなることも。

では、あなたは本当に「仕事できるやつ」なのか?

そんな時に自分を客観視するための、おそらく多くの人にとって耳の痛いかもしれないコラム5選。

これらを読んで、あなたに元気がでるかどうかは、私は知らない…

 

仕事のできる人は「褒められたい」と思わない。

彼らは「誰がどう言っている」や「誰がカネを持っている」にはほとんど興味が無い。むしろすぐにカネの話をする人間を軽蔑している。

あなたは「褒められること」に過剰に反応してないだろうか?当然だが「仕事のできる人」は褒められるために仕事をしているわけではない。彼らの興味はたった1つの価値観に集約される。あなたはその価値観を持って仕事に真摯に向き合っているだろうか?

 

あるところで有能な人が、別の場所では無能になる。

さて、「過去に有能だった人が、新しい環境でパフォーマンスを発揮できていない状態」のときの扱いはかなり難しい。本人には高いプライドがあるし、他の人の期待値も高いからだ。

他者の評価は期待値が高い分、辛口になり、本人はパフォーマンス低下を環境のせいにしてますます意固地になる。

「能力は高いが、職場を乱す人」は、こうして出来上がる。

もしかしたら、あなたは「無能」になる場所に自ら身を投じているにも関わらず、何の対処もしないままに周囲に「無能」と思われていないか?本人の立場と職場側の立場からこの状況を冷静に分析。新しい職場で「◯◯◯◯◯◯」はお互いに求めてはいけない。

 

なぜ、あの人は失敗を恐れないのか

彼らは無謀なのだろうか、それとも何も考えていないだけなのだろうか。

そして、私はつづけて彼らに「なぜ恐怖に勝ったのか」を聞く。

すると、面白いことに彼らは皆似た回答をする。皆それなりの根拠を持って、「恐怖は克服できる」と確信をしているのである。

もしあなたが失敗をしたことがないのであれば、それはチャレンジしていないだけの可能性がある。チャレンジしている人の心持ち6例。あなたはいくつあてはまるだろうか?

 

「実力はないのに、自信だけはある人」をどう扱うか

「本当に謙虚な人々」(要するに実績があり、努力もし、真の自信のある人々)は、根拠のない「自信過剰」を責めてはいけない。自信過剰はその人の精一杯の自己防衛であり、拠り所なのだ。否定すればするほど、対立は深まる。

もしあなたが「自信だけある人」であったらどうしようか?根拠のない自信はどこから来るのか?なぜそれが生まれてしまうのか鋭い分析。ここでは逆にそういう人に出会った場合にどう対処するかがが書かれている。逆の立ち場から考えてみて自分を客観視してみたらどうだろうか?

 

なぜ、あなたは正しいのに皆に聞いてもらえない?

ある若手の課長が頑張っていた。その方は低迷する業績に一石を投じるべく、綿密に用意してきたプランを発表し、なんとか部署の業績を好転させようと一人気を吐いていいた。

マンガや物語であれば、「皆、そのプランに感動し、部署は一丸となって…」となるのかもしれないが、現実は厳しい。その課長のプランには懐疑的な意見が噴出し、会議は迷走した。

あなたたは、まだ「正しいこと」が絶対的な正解だと思ってないだろうか?議論は相手に勝たないと意味がないと思ってないだろうか?いや、人間は、人間としての合理性を持って様々な場面、状況の中で判断をし行動している。あなたは、その自分の「正しさ」の外にあるものが見えているだろうか?

 

どうだろうか。「仕事できないやつかもしれない」と自分で自分を疑ったあなたは、少なくとも「そうならない素養がある」。と言えば慰めになるだろうか。いや、そう言われたところで、それは慰めでしかないですね。元気だせ。でも、自分を「仕事できるやつ」と思って仕事するのはそもそも幻想で、そうなりたいと自ら求めて仕事をすることが、「仕事ができるやつ」への最短の道なんだと思う。

「キャリアの作り方」を教わった時の話。

以前、ある経営者に「キャリアの作り方」を聞いた。そして、彼が話してくれたことは、とても貴重なノウハウの一つとなった。

 

「キャリアの作り方、知ってるかい?」と、彼は私に聞いた。

その経営者は

「年寄りの言うことだけど、キャリアの作り方を年寄りから聞くのも、良いもんだよ」

と言った。

 

当時、私はひたすら出世を目指しがむしゃらに働いていた。だから、キャリアの作り方など、考えたこともなかった。こういう状態を、視野狭窄というのだろう。

そこで彼にこう答えた。

「考えたこともありません。」

彼は「知りたいかい?」と聞く。私は頷いた。

 

「仕事には、幾つかの節目がある。その節目は、おおまかに言うと28歳、34歳、そして40歳と50歳だ」

と彼は言った。

「そして、キャリアを考えることは、その年齢までに何をするのか、ということとほとんど同じなんだ。」

自分が歳をとることにたいして無頓着だった私は、

「年齢が大事なんですか?」

と彼に聞き返した。

 

「もちろん、年齢はあくまでも目安だよ。でもね「キャリアを作る」のには時間がかかる。自分がいつか、歳をとって無理ができなくなり、精神的に老けこんでしまうまでに、そんなに時間は長く残されていない。「いつまでも若くいられる」なんて、思わないほうがいい。」

「年齢」に注意を向けさせた人物は初めてだったので、私は強くこの話に興味を持った。

 

「そうかもしれません。だとすると、いつまでに何をすればいいのでしょう?」

「それがさきほど言った、28歳、34歳、そして40歳と50歳だよ。」

「詳しく教えて下さい。」

「そうだな、まず22歳で就職して、28歳までは6年ある、この間にやらなければいけないのは何か。」

「……仕事を覚えることですか?」

「違うな。仕事を覚えるなんて、最初の1年で十分だ。6年あったら、もっとできる。」

「むむむむ……。スキルをつける……?」

「スキル?6年程度で身につくスキルなんぞ、長期的には役に立たないよ。考えてみて欲しい、君は一体、上司から何を求められていると思う?」

「結果を出すことですか?」

「そう。そうだ。」

「28歳までに結果を出すことが大事、ということですか?」

「少し違うな。結果が出ることはさほど重要ではない。重要なのは「結果を残すために全力を尽くしたという経験」だよ。結果を出すためにあらゆる手段をこころみる、努力する。要するに28歳までに必要なのは仕事に対する姿勢を磨くことだ。」

「姿勢……ですか。」

「そうだ、斜に構えたり、ヘンに世の中をわかったように振る舞うのはまだ早い。28までに死力を尽くした経験を持つ人間と、そうでない人間では、仕事に対する態度が全くことなってくる。前者には輝かしいキャリアがまっている。だが後者には人に使われる人生が待つだけだ。」

「……お言葉ですが、精神論にも聞こえます。」

「精神論ではない、これは統計だよ。20代に頑張った人間は、成功する可能性が高い。もちろん働くだけが人生ではないから嫌なら別に無理しなくていいんだ。しかし、人よりも成功したいなら話は別だ。」

 

私は続きが聞きたくなった。

「34歳までは、どうすればいいのでしょう。」

「34歳は、28から更に6年後、ここまでに身につけるべきは「人と仕事する」という技術だ。」

「すいません、よくわかりません。」

「結果を出すだけなら、一人で頑張れば良い。ただ、世の中に大してインパクトのある仕事をしたいなら、人の力を借りなければ不可能だ。それくらいはわかるだろう。」

「はい。それはなんとなく。」

「では「どうしたら人に協力してもらえるか?」について、君はどの程度知っている?」

「……。正直さっぱりです。」

「そうだ、人について知らない人は、人と一緒に働けない。34までに「人とはどういう存在か。どのような価値観を持っているのか」そして「人の多様性」について学ぶことだ。できるだけ会社の外に出て、人と会って、一緒に働いてみなさい。どうしたら人がうごくか、自分がこの人と働きたいと思うか、それを知ることがあなたの人間性を深めることにつながるんだ。」

「なるほど……。」

「マネジメントというのは、その延長にあるに過ぎない。人について知らない人がいくらマネジメントのテクニックを学んでも、部下から軽蔑されるだけだよ。」

「そうかもしれません。」

 

思ったより時間はないようだ。自分に果たしてできるのだろうか。

「それでは40歳には?」

「34歳から6年でやるのは、「自分の再発見」だ。」

「……再発見?」

「私はいつも言っている。34歳までは、仕事を選り好みするな。選り好みする奴は奴はバカだ。逆に、34歳を過ぎたら、仕事を選り好みしない奴がバカだ。いつまでも弱点を克服できると思うな。もうお前はそう変われない。」

「……。」

「40歳までに、自分の活躍できる分野を見極めなさい。それができなければ、人生の後半を無駄に過ごすことになる。得意で、楽に成果が出せることに注力するんだ。そして、その分野で第一人者を目指す。」

 

人生を無駄にはしたくない。

「では、40歳を過ぎたら……?」

「40歳を過ぎたら、50歳までの10年間。これが最も楽しい時間だ。ここまで積み上げてきたのなら、君には専門分野も、人脈もあるだろう。好きなことをすれば良い。体力、気力、知力、経験ともに最も充実しているのが、40歳から50歳だ。」

「40歳からですか……。」

「もちろん、40というのは単なる目安にすぎない。35だろうが、25だろうが積み上げてきた人間は、人生を楽しむことができる。逆に、30、40でようやく気づく人もいる。でも、それでいて遅すぎる、ということにはならない。そこから積み上げればいいんだよ。」

「それは、少し勇気づけられます。」

「そうだな。それを先に言うべきだったかな。」

 

「50歳を超えたら…?」

「50歳からやるべきことは……」

「何でしょう?」

「多分君は、ビジネスに少し飽きているだろう。好きなら続ければいいが、もういい加減、少し疲れているはずだ。」

「そうかもしれませんね……。」

「50歳にもなると、「新しいこと」に対する感受性が低くなってくる。だから学び直さなきゃいけない。次の30年のために。」

「学び直す?」

「そう、学ぶことで人は穏やかに歳を重ねることができる。過去の成功や経験にとらわれて、若さにしがみつくこともなくなるだろう。実は50歳は新しいことを始めるのにすごく良い年齢だ。

働き始めて30年、でも50歳から余命も30年ある。もう一度何かできるんだ。そう考えるとちょっとワクワクしないかい?」

 

40を過ぎ、振り返るとその方の言ったことは、大体当たっていた。そして今、50歳が少し楽しみになってきている。

 

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「身内の半分は敵と思って仕事をしろ」と言われた思い出。

以前、とあるメーカーで営業をしていたときに、先輩からこんなことを言われました。

「敵の半分は身内にいると思って仕事をしろ」

正直、この人は何を言っているんだろうか、ちょっと距離を置いたほうがいいのではないか、そんな風に思ったものです。しかし、ほどなくしてその意味を理解するときが来ました。

 

営業職においては取引先との商談こそが命です。取引先には担当者がいて、話の合う人、合わない人、優しい人、厳しい人、いろんなタイプの方がいます。

当然ながら、話の合わない人や厳しい人との商談は辛く、しんどいものです。とは言え、数字を上げるためにはその担当者とも上手く付き合っていく必要があるわけで、そこは営業の腕の見せ所でもあります。

当然ながら、やりにくい担当者と契約が成立した際には喜びも大きく、帰り道にニヤけてガッツポーズなんてことも本当にあるくらいです。

 

ただ、そこに落とし穴があります。

やりにくい担当者と仲良くなるためには、当然ながら良い製品を納め、お互いに利益を出しながら関係を築くことしかありません。

商談は待った無しです。多少の無理(価格や納期)を言われても、即答できないと競合他社に持っていかれることもあるわけで、少し犠牲を払ってでも、ここで貸しをつくっておこうとか、いろいろ打算するわけです。

しかし、これらの苦労を全く知らず、理解すらしない上司や製造現場の人間がいるのです。

「利益は下げられない。」

「納期は早められない。」

通り一遍の決まりきった返事しかできない人間が。

 

ちょっと待ってくれ。一体これまでの苦労は何だったんだ。俺は嫌われているのだろうか。こんなことなら、やりやすい取引先とだけ商談していれば良かったと心が折れそうになりますし、いじけて地面の蟻と遊んでしまいそうになります。

長い長い商談の末、やっと担当者がこちらを見てくれたというのに、あんたはどこを見てるんだと。自分の保身のみを考えていないかと。

これか、これが敵の半分は身内にいるってやつか!?

 

ただ、少し時間が経って冷静になると、いろいろ見えてきます。そもそも無理を言っているのは取引先の担当者であって、身内に落ち度はない。

あらかじめ上司や製造現場に根回しすることができたのではないか。その場しのぎで答えてしまった自分が悪いのではないか。

 

こう考えることで、今度は上司や製造現場に下手(したて)で交渉できるようになります。まるで上司がやりにくい担当者になったつもりで交渉するのです。

「実は、どうしてもあの取引先と関係を築きたい」

「あらかじめお話を通していなかった私が全て悪いです」

「やっと先方がこちらを向いてくれました。なんとか応えたいのです」

すると、敵だと思っていた身内が、

「そうか、お前も苦労しているんだな」

と、一転して強力な味方になってくれます。

 

これが、「敵の半分は身内にいると思って仕事をしろ」の真意だったのです。

外側にも内側にも交渉上手でなければいけない。私が営業職の醍醐味を理解した瞬間でした。

 

 

【著者プロフィール】

名前: ゆうせい 企画、執筆、編集、モデルを提供する「カンパニオ」代表。

ぱくたそでフリー素材モデルとして不倫素材や、記者風素材を提供している。映画大好きの愛妻家を自負しているが、恋愛映画や恋愛系コラムは苦手。とにかく水曜どうでしょうが大好きでしかたがない。

Twitter:@wm_yousay ブログ:http://huniki.hatenablog.com/「雰囲気で話す」

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