有楽町にくると、カレーが食べたくなる。といっても、どこのカレーでもいいというわけではない。

とある地下街の一件のカレー屋に行きたくなるのだ。

店は狭く、せいぜいカウンターが10席、机が一つだけあるだけの、とても小さな店だ。

 

そのカレー屋で出すカレーは、チェーン店のカレー屋にありがちな、サラサラのルーに、揚げ物のトッピングでお腹をいっぱいにするといったカレーではない。

また、蕎麦屋で出るような魚の風味のする出汁のきいた、小麦粉くさいカレーでもない。

かと言って、インド人が作っているようなスパイシーな、赤や緑や黄色の、バターの滲み出るナンにタップリとつけて頬張るような、あのカレーでもない。

 

そのカレー屋で出るカレーは、いわば、「家のカレー」なのだ。

ドロッとした黄土色の、粘度の高いあのカレー、皿の半分がご飯、皿の半分がカレールーで埋められた、あの家のカレーである。

だが、ゴロゴロした野菜は入っていない。おそらく何時間も煮こむことで、野菜類は跡形もなくなってしまったのであろう。野菜はいわばカレーの風味をつける、ダシとしての役割しか果たしていない。代わりにルーに埋もれているのは、とろとろになるまで煮こまれた豚肉である。

元々は結構な大きさがあった豚の塊肉だったのだろうが、無駄な部分はすべて省かれ、口に入れるとアメのようにとろける脂身が半分、すね肉のように繊維にそってほろほろとほどける肉の部分が半分、それがルーと渾然一体となって、得も言われぬ味となっている。

このカレーを食べるときは、この半々肉がどれくらい入っているのか、探しながら食べるのも一興なのだ。

 

さて、店に入るといつもの店主が迎えてくれる。歳は50代だろうか、私はこの店主が笑ったところをほとんど見たことがない。だが、決して無愛想なわけではない。高名な伝統工芸士が、にこりとも笑わないのになぜか優しい雰囲気を周りに与える、ちょうどそれに似た印象だ。

清潔な店内ではあるが、店の外観、内部とも昭和を感じさせるレトロな雰囲気で、「さあ、これからカレーを喰うのだ!」と言う気合を入れさせるのにちょうどよい。

 

私はいつもどおり、店主に「インドカレー」と生卵を注文する。家のカレーのようなインドカレー、名前の由来はまったくの謎である。

カレーが出てくるのはとても早い。注文をして1分後にはもうカレーにありつける。

運ばれてきたインドカレーにはアツアツ山盛りのご飯、たっぷりのカレールー、そしてリンゴ酢のかかった山盛りのキャベツがのっている。「カレーにキャベツ?」と思う方もいるだろうが、この店のカレーの中毒性を高めるのはこの「カレーにキャベツ」である。

私は運ばれてきたカレーの中央にスプーンで穴を開け、そこに生卵を流しこむ。ゆでたまごを注文することもできるのだが、この店のカレーは、カレーと生卵をかき混ぜてて食べるのが正しい食べ方であろう。

そして、生卵とカレーの混ざった中央をスプーンでひとすくいし、口へ運ぶ。

「ああ、これだよ。」

と思わずつぶやいてしまう。

前の職場はこの店から目と鼻の先だったのだが、激しいミーティングの後は会社をコッソリ抜けだして、このカレー屋で一人でカレーを食っていた。贅沢な時間、1人でカレーを黙々と食べるのは至福である。

思えば、勤め人だった頃は、昼食もゆっくりとっていられなかった。

「昼休みや、休憩時間は部下と出来るだけ食事をし、コミュニケーションをとる」

というのが、上司の一つの役割でもあったからだ。

 

次は福神漬とカレーを一緒に食べる。そして、カレーで火照った口にキャベツを頬張る。リンゴ酢のさわやかな香りが口の中をリセットし、またカレーを食べたくなる。まるで永久機関だ。

結構辛いカレーだとは思うが、キャベツのお陰で水にはまったく手を付けずに済む。カレー、生卵、ごはん、カレー、キャベツ、福神漬、カレー、生卵と、リズミカルに口に運べば、5分程度で皿は空になる。

 

「ごちそうさまでした」

私は850円を、狭い店内に4人もいる店員さんの1人に支払い、店を出る。

ああ、やっぱり一人でカレーを喰うのは幸せだ。歩きながら、人間は、ほんのちょっとした事で十分幸せになれるのだ、としみじみ思う。

 

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(2024/3/26更新)

 

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