ピーター・ドラッカーは1989年、「知識労働者であることは、いかなる特定の雇用主にも組織にも縛られないことを意味する」と、その著書※1の中で述べました。

そして2015年の現在、副業、フリーランスの増加、頻繁な転職など、「雇用主に縛られない働き方」を体現する人は増え続けています。しかし急激な変化は歪みを生み、若者は不安に怯えています。「若者の安定志向が強くなっている」と毎年のように指摘されているのは、この状況への反動かもしれません。

 

しかし、若者をそんな社会に適応させ、彼女/彼らの新たな可能性を探るための実験的な取り組みを行っている先生がここにいます。法政大学経営学部の長岡健教授です。

長岡教授は、「パラレルキャリア」が当たり前となった現在、人々はどのように動くべきか、ご自身のゼミでの“実験”を精力的に行っています。

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−長岡さんは、どのような取り組みをなさっているのですか?

経営学ができる最も重要な社会貢献のひとつは、「最先端の知識を用いてビジネスパーソンの学習を支援すること」だと考えています。そして、現在の日本における最大の課題の1つは、日本のビジネスパーソンが「閉鎖的」であることです。

一つの会社で長く働いていると当然の現象なのですが、「オープンイノベーション」や「パラレルキャリア」に違和感を感じ、気心の通じてない人々や価値観の違う人々とのコラボレーションを苦手とする人が多い。これでは今の時代に取り残されてしまう。

でもこのような状態の一部は、大学の責任でもあるんです。

 

 

−なぜでしょう?

大学の研究室やゼミを覚えていますか? マジメに活動しているゼミによく見受けられるのが、教授が熱心に指導するあまり、学生はそれに従うだけになってしまう、という状況です。

そして、自分が所属するゼミのやり方がアタリマエになってしまい、他のゼミがどんなふうに運営されているのかを全く知らない。ゼミに時間をとられて他の活動に積極的にコミットできない。これって、その閉鎖性がいまの日本の会社の縮図だと思いませんか?

 

でも本当は、学生だってゼミとは関係ない研究も気になるし、ボランティアも、インターンシップもやりたいんです。ゼミはそのうちの1つにすぎない。そうして、複数のコミュニティを経験することで、異なる価値観や慣習への適応能力を磨くのが学生にとって大事なのです。

もちろん、熱心に学生の指導をしている先生がほとんどでしょう、でもゼミ、授業、ボランティア、インターンシップといった同時並行的に取り組まなければならない複数の活動をどうやりくりすればいいのか、誰も指導していない。

学生は「今はここに集中すべき」と活動する先々の指導者に言われるわけです。で、結局やりくりがうまくいかず、どれか1つにどっぷり浸かってしまい、他の活動とは縁が切れてしまう。これでは、パラレルキャリアなどと言われてもピンときませんね。

 

 

−どうしたら解決できるのでしょう?

そうですね、そこで私は考えました。「閉鎖的にすることはやめよう」と。まずは大学からそれを実行しなくてはならない。そのために、ゼミの中だけで完結するプロジェクトはやめてしまい、学外の様々な人々とのオープンなコラボレーションに学生を巻き込んでいこう、と思いました。

大学は実験の場です。世の中に先駆けて「パラレルキャリア」という新たなビジョン実現に取り組み、その体験の中から将来起こりうる課題や期待できるメリットをいち早く見出して、社会に還元するのが我々の役割です。

 

 

−そのための具体的対策は何でしょう?

ゼミ、大学といった“境界線”を破壊することです。思い出して下さい、みなさんは大学でゼミや研究室をいくつ経験しましたか?ほとんどの人は、1つのゼミや研究室しか経験していないのではないでしょうか。

昨年、ゼミや大学という境界線を越えていくための一つの試みとして、法政大学、慶應義塾大学、立教大学、実践女子大学、同志社女子大学の5大学の有志が集い、新しいスタイルの合同ワークショップを始めました。もちろん、このワークショップの運営は教授同士で決めているわけではありません。大学の枠を越えて主体的に集まった学生たちに任せています。

 

また、ゼミの学生がコミットするプロジェクト活動はNPOや 他大学の方々とのプロジェクトに限っています。ゼミの内部だけでやっているプロジェクトは基本的にありません。 例えば、地域の方々と協力して、問題解決のためのワークショップを行なったり、ブックカフェに協力をしたり、子ども達の支援活動をするNPOと一緒になって活動したりしています。

 

長期にわたり1つのゼミに集中して、ゼミの中で鍛えてもらう、というのがこれまでの姿でしたが、私のゼミは基本的に木曜日にだけ顔を出せばいい、ということにしています。また、宿題は出しません。その代わり、日々主体的にNPOや他大学の方々とのプロジェクトに取り組み、ゼミの時間にはそれら「ゼミ以外の活動」について、振り返りの対話をしたり、情報交換をすることにしています。

 

そうなると、ゼミを行なう場所は学外でもどこでもよくて、「カフェゼミ」といって、街中のカフェでゼミをすることもあります。他の大学の学生や、社会人なども参加してまして、参加者のうち半数くらいはウチのゼミ生ではなかったりもするんですよ。そうやって、“境界線”を越えたオープンな学びの場をつくっています。

 

 

−なるほど、型破りですね!いいことずくめにも聞こえますが…課題もあるのでしょうか?

問題点ももちろん数多くあります。現在わかっているだけでも、大きく分けて2つです。

まず、正直言いますと、教員のメンタリティを保つのが難しいかもしれません(笑)。“境界線”を越えたオープンな学びを推し進めていくと、ゼミにだけ学生を引きつけてはおけない。ゼミ以外の活動に徐々に引きつけられていく学生を見ると、ゼミの指導教員としてはやっぱり一抹の寂しさを感じるものです。

 

例えば私は在学中の留学を積極的に奨励していまして、留学生が毎年出ています。そうするとご想像の通り、留学先で始めた活動が面白くなって、ゼミ活動のテーマからどんどん離れていってしまう学生もいます。まあ、オープンな学びの推進者としては、もちろん喜ばしいことではあるのですが…。

 

これは、会社においても同じように「上司の寂しさ」となるのではないでしょうか。社員にMBAとらせたら、そのまま辞められてしまった会社の気持ちが少しわかりました。

ただ、いくら寂しいからといって、他の活動に対する教員の嫉妬心で学生のイノベーティブなマインドを押さえつけるのは愚の骨頂ですからね。学生を鍛えあげるのはゼミ以外の場における学生自身の頑張りに委ね、学生にとって「疲れが癒されるカフェ」のようなゼミでありたいと思っています。

言い換えると、私のゼミは知識・スキル習得のための「ブートキャンプ」というより、大学という“境界線”を飛び越え、オープンなコラボレーションの中で自分自身を鍛え上げている学生たちが立ち寄る「対話の場」だと言えます。

 

 

−2つ目の課題は何でしょう? 

学生も、インターンに行く期間が長くなると、だんだん居心地が良くなって、他の活動から遠ざかるようになってきます。これでは大学の中に籠って活動しているのとあまり変わらない。

一方、インターン先の組織の方も、学生にはできるだけ長期間コミットして欲しいと思うものです。でも、このような状況は本来我々が意図したこととはズレがあります。「オープンイノベーション」や「即興的なコラボレーション」を苦手としない。つまり、変化する多様な環境に軽やかに適応できる学生を育てるのが、目的ですからね。

 

ですから、1つの場に長期間留まっている学生を、そこから速やかに引っぺがす必要があります。「古株になると居心地はいいけど、居心地良くなったら抜けなきゃ。」って、アドバイスするんです。

高校までは、いくつもの活動にあれこれと関わろうとする学生よりも、1つの活動に集中している学生の方が評価されることが多いため、1つのプロジェクトや組織に専念することで、安心感を得ようとする学生も少なくありません。そういった学生へのケアは大切ですね。

 

 

−少し思ったのですが、「すぐに転職する人」が増えると、企業は人材育成を怠るようになるのでは?

そうですね。もちろん企業は人材育成を怠ってはいけないと思いますが、キャリア開発など、今企業がやっている人材育成の一部は、本来企業がもつべき責任の範囲を越えているのではないかと思います。「そんなことまで企業が手を差し伸べるの?」ということまでやっている。

 

 

−誰がやるべきでしょう?

もちろん、働く人自身です。企業の支援を受けて学ぶのではなく、個人が自らの意志と時間とリソースを使い、主体的に学んでいくんです。私は「自腹モデル」と呼んでいます。

もちろん、企業が支援すべき部分もありますが、本来個人に委ねるべきところまで、企業が手を差し伸べているのではないでしょうか。企業が「人材育成」として執り仕切る学習活動と、ビジネスパーソン個人が「自腹」で取り組む学習活動のバランスがちょっと悪い気がします。学習という活動について、今は圧倒的に個人が組織に隷属するような立場になっています。 「パラレルキャリア」の時代、ビジネスパーソン一人ひとりが「本来自腹で学ぶべきことは何か」を自らに問いかけることが必要です。

 

 

−このようなテーマに興味を持たれたきっかけは何だったのでしょう? 

私は企業の人材育成を中心に研究をしてきました。主要なテーマは「イノベーティブな人材は育てられるか?」です。この研究分野ではエキスパートや熟達者の育成に関する研究は進んできたのですが、イノベーティブな人材が育てられるのかは謎でした。

以前は、アクティブラーニングを中心としたゼミを運営し、イノベーターの育成を目指していましたが、いろいろとやり方を模索しているうちに、ゼミ内部で完結する包括的なトレーニング・プログラムをつくろうとする姿勢自体に問題があると感じました。

 

 

−なぜでしょうか?

1つ、思い出に残る話があります。

あるとき、まちづくり関連の団体から「学生さんにイベント運営の協力をお願いしたい」と打診がありました。そこで、何人かのゼミ生に協力してもらったのですが、ゼミの研究プロジェクトには嫌々ながら取り組んでいた学生が、その場で出会った見知らず人々とものすごく楽しそうに対話しながら、本当にイキイキと活動していた。これは私にとってショックでした。

その当時、まずはゼミの中で鍛えあげ、基本が身につくまでは、教員の目の届かないところでの活動はすべきでないと思っていましたからね。

でも、私の目の前にいる学生は、ゼミの研究プロジェクトでは冴えないパフォーマンスしか見せないのに「見知らぬ人と話すのは楽しい」と言いながら、はじめて参加したまちづくりイベントのスタッフとして素晴らしいパフォーマンスを見せていました。これこそが今の若い人たちの持つ可能性だと思ったのです。

 

長い時間をかけて「阿吽の呼吸」で動く組織をつくることに長けた従来型の日本人は、気心の通じてない人や価値観の異なる人と即興的にコラボレーションするのがどうも苦手でしょう。

でも、今求められている「オープンイノベーション」につながるのは、異なるタイプの人々が即興的に集い、あたかも「10年同じ釜の飯を食ってきた仲間同士」であるかのように、創造的なコラボレーションをさらりとやってみせるような振舞いです。

初めて出向いた場所で、初めて会った人々との即興的な活動に躊躇なく飛び込み、楽しみながらイキイキと行動する若者の中に、私は新たな可能性をはっきりと見ました。

それからです、「ゼミに籠らず、外に出よう」と言うようになったのは。

 

 

−若手の方々にメッセージがあればお願いします。

新しい時代に何が「正解」かは誰にもわからない。だから、まずは直感と好奇心でやってみることが大事だと思います。

そして、大学は「何が正解かを誰も知らない問題」にチャレンジする場所です。「すぐに役立たないことをやっている」という批判を受けることもありますが、むしろそこが魅力。目の前の動きに惑わされず、しっかりと未来を見据えつつ、試行錯誤にチャレンジする。

だからこそ、大学は「失敗もできる場所」なのではないでしょうか。

 

 

−長岡先生、ありがとうございました。活動にご興味のある方は以下のリンクからコンタクトをお取り下さい。

長岡研究室 http://www.tnlab.net/

Facebookページ https://www.facebook.com/nagaoka.lab

 

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(2024/1/22更新)

 

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