「社長に向いていない人は社長をやるべきじゃない。社長に向いているかいないかなんて、やる前から大体わかるだろう」

と主張する人がいた。

「社長に向いていない人が経営をすると、お客さんにも社員にも協力業者にも迷惑をかける。社長になることで周りを不幸にするならば、平社員でいいからその人にあった仕事をするべきだ。」

彼がそこまで主張する背景には理由があった。

 

これまでに複数の会社を渡り歩き、大・中・小さまざまな規模の社長のもとで働いてきた。中には随分ワンマンな社長もおり、相当な苦労を経験したらしい。

 

経営コンサルタント時代、私も何百人と社長に会ってきたが、実に色々なタイプの社長がいた。

公私混同して会社のお金で高級車を購入する社長や、社員をモノのように扱い次々と解雇する社長もいた。とてもこの人のもとで働きたいと思えるような経営者ではない。

 

生まれつき社長の人なんているのか

だから、彼が「社長に向いていない人は社長をやるべきじゃない」と主張したい気持ちはよくわかる。世の中には社長に向いていないと思わざるをえないような人がいることも事実だ。

 

しかし、最初から「社長に向いている人」なんてどれほど存在するのだろうか。

 

これは何も社長という役職に限ったことではない。もし「この職種に向いていないからやるべきでない」と事前に言い切ってしまえば、人事ローテーション制度は意味がなく、キャリアチェンジなんて有り得ないということにならないだろうか。

 

それとも社長は「特別な役職」だから、他の職種と同じように考えてはいけないのか。もしそうならば、起業したいと考える人は起業する前に社長の資質が問われ、もし「不適合」となれば起業すらしてはいけないのだろうか

 

社長の椅子はゴールでなくスタート

神戸大学大学院経営学研究科の教授で、日本におけるキャリア研究の第一人者である金井壽宏氏は、企業幹部へのインタビューをまとめた『仕事で「一皮むける」』(光文社新書)でこのように言及している。

経営幹部や社長になる人々にその器が最初から備わっていたのかというと、ほとんどの場合はそうではない。(中略)副社長のときに社長の仕事はできない。結局、社長になってから社長の学習をするしかないし、社長になったその節目にさらに一皮むけるどうかが問われる

金井氏の指摘は、実感値として説得力がある。

実際これまでお会いした多くの社長が「社長になって初めてわかったことが沢山ある」と言う。

 

どんなに素晴らしい功績を残した人でも、昔から社長の素質を備えていたとは限らない。社長の椅子はゴールではなく、座った時点から「本物の社長」になるための学びが始まるのである

 

同時に、社長にふさわしい人物になれるかどうかの別れ道に立つことにもなる。

 

社長の器になれるかは、一皮むける経験ができるかどうか

金井氏は、社長の器になれるかは「社長になったその節目にさらに一皮むけるどうか」にかかっていると言っている。

確かに社長の中には、率先して自らを変革し人間の器を広げていく人と、残念ながら社長の椅子に安住してしまい、成長が止まってしまった(と感じさせる)人がいる。

 

ある知人は、社長として幾つかの会社を経営していた。一時は社員数が200名を超えることもあったらしい。しかし、経営する中で様々な困難に直面し、最終的には人間不信に陥ってしまった。そして彼は社長を辞めた。

 

彼は元来「人」が好きで、社員をとても大切にしていた。しかし、人を好きすぎるゆえ、社員から裏切られることを非常に恐れる。期待をすればするほど裏切られた時の傷が深くなるので、もう従業員は雇いたくないという。

 

そう話す表情から、とてつもない寂しさが伝わってくる。きっと彼は悔しいんだと思う。他の誰に対してでもなく、社長として一皮むけきれなかった自分に対して、悔しさがこみ上げてくるのだろう。

 

向いているかどうか決めつける前に、まず挑戦してみる

お気づきの通り、これは社長に限った話ではない。課長・部長など管理職に昇格したタイミングや、職種が変わったり、転職したと同時に停滞してしまう人がいる。

 

単純に年齢が節目となり、成長が止まったと感じる人もいるだろう。 もちろん人によって向き不向きがあることは事実だし、弱みを変えるよりも強みを伸ばす適材適所の経営には大賛成だ。

 

しかし、その仕事を実際に経験する前から「この人は向いていないだろうからやるべきでない」と決めつけてしまったら、その時点で可能性の芽が摘まれてしまう

 

起業をしたいと思うなら、迷わず挑戦したら良いと思う。

壁にぶつかり、何度も失敗し、多いにもがく。それでも立ち上がり挑戦する姿に人は心うたれ、応援したくなるものだ。周りに迷惑をかけながらも、一皮むける経験がきっとできるだろう。

 

どんな仕事が向いているか。それは他の誰かが評価することではなく、私たち自身が自分の手で築いていくものではないだろうか。

 

 

 

 

−筆者−

大島里絵(Rie Oshima):経営コンサルティング会社へ新卒で入社。その後シンガポールの渡星し、現地で採用業務に携わる。日本人の海外就職斡旋や、アジアの若者の日本就職支援に携わったのち独立。現在は「日本と世界の若者をつなげる」ことを目標に、フリーランスとして活動中。