2103年、AIが社会の隅々に入り込み、人は労働する必要がなくなっていた。政治は高度なAIに取って代わられ、大半の資源はAIによる最適配分がなされていた。

 

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かつて「議会」は何に優先的に資源を使うか、全く決めることができなかった。少数だが声の大きい団体が政治をかき乱し、多様な既得権の利害関係者が停滞を望むなど、マヒ状態に陥っていたからだ。

そのような状態の時には、早急な問題解決を求めた民衆はしばしば独裁者を誕生させ、戦争が起きた。

 

 

人は戦争と政治に疲れていた。

そんな中、一つの企業が「AIによる、議会における意思決定の補助」を申し出た。世界平和のために計算資源とデータベースを無料で開放しよう、という試みだった。

 

歴史的に人類の行ったあらゆる意思決定をディープラーニングによって学習させ、都度「最適」となるような意思決定を常に補助する、という触れ込みであった。

「データに基づく政治を」というスローガンが設定され、政治家や官僚が作成する法案の効果、支持率などがAIにより予め計算された。

 

初期の頃は効果に懐疑的な政治家も多かったが、経済分野で次々と優れた意思決定を行い、スピードを早めるAIの提案する「法案」は、徐々に人々の信用を勝ち得ることに成功し、警察、司法、教育、福祉分野に進出、ついにはあらゆる分野にAIの補助が適用されるようになった。

 

 

そして2089年、ついに代議制を廃止する国が出現した。政治の腐敗と権力闘争に呆れた民衆は、「決めてくれる機械」が公平に世の中を動かしてくれるなら、とAIによる全面的な法案決定を受け入れたのだった。

 

もともと政治家に複雑な法案を作成する能力はほとんど無く、官僚も複雑化する一方の法律にAIなしに対応することは難しくなっていたため、彼らは最後の砦であった「最終的には人間が法律を決める」という作業を放棄し、「機械が法律を決める」ことに合意した。

そして、それを皮切りに、遂には主要国のほとんどはAIによる法律作成を全面的に受け入れるようになった。

 

と言っても、人類は全てをAIに委ねたのではない。人類はAIと共存する道を選んだ。

年に数回、個人別に作成された100問程度のアンケートに人々が回答し、結果ををAIが分析して最適な法案と資源配分案を作成をする、という直接民主制に変わったのだった。

 

代議制は廃止され、民衆は直接自分の意志が反映されるようにアンケートに回答する。アンケートへの回答権は6歳になるとと同時に与えられ、これらは「ビッグデータ直接民主制」と呼ばれた。

 

 

 

 

AIにより解析されたビッグデータは、新法案の作成、現法案の幾つかの修正と、資源配分案の編成を行い、各種省庁に通達される。

各種省庁には個別のAIが設置されており、その法案と資源配分案の通過をうけ適切な行動計画を設定する。

 

その一部は機械化された工場で生産がおこなわれ、その一部は研究施設に回され、あるいはその一部は新たな施設の建設に割り当てられる。ここに通貨は介在しない。

通貨はあくまで私有財産と市場経済を円滑にするためのツールであったため、私有財産が意味を失い、市場経済が消えた今は無用の長物となり、通貨の流通は終わりを迎えた。また市場経済の終焉とともに「企業」も消えた。

 

 

企業のかわりに立ち上がったのがAIによる「プロジェクト」だ。

有権者のアンケートから「ニーズ」を発掘したAIは、解決の優先事項が高いと見るとそこに、各種自然資源、計算資源一時的に大量に投入する。これが「プロジェクト」である。

 

この制度が整備されたおかげで、世の中から「ムダな物」がほぼなくなった。あらゆるサービス、物品はAIが正確な需要予測を行うため、適切なタイミングで入手できるようになったからだ。

あらゆる物品は作りすぎず、少なすぎず、そして寿命を迎えればすみやかに生産が止められ、プロジェクトも終了した。

 

 

資源の最適配分が成されるため、食料の廃棄や資源の無駄遣いが極限まで抑えられている。そのため、石油をはじめとする世界の天然資源の利用量はピーク時の100分の1程度と激減した。

したがって、殆どの人は支給される資源だけで一生を何一つ不自由なく暮らすことができる。一部AIの恩恵を受けていない地域に貧困が残っているものの、地球上の殆どの地域から貧困とスラムが消えた。

マルクスが生きていれば「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」を現実にしたことに驚くかもしれない。しかし、彼の描いた革命を経たわけではなく、それを創りだしたのはAIであった。

 

 

意外にも「労働」は消えなかった。ただし、労働の目的は生活の資を得るためではなく、その殆どが「ムダ」を楽しもうという、一部の人間の嗜好によるものだった。

それはかつて「趣味」と言われた領域だ。

どんな場所にも「ムダがないことに耐えられない」という種類の人間がいる。彼らは主に創作活動と、研究活動に時間を投じた。

 

AIがそのようなムダを許さなかったか、といえば、そうではない。

また、AIも一定量の「無秩序」「ランダム性」を生み出すために彼らを利用していた。AIの学習によれば、計算不可能なパターンがしばしば、大きなイノベーションを生み出すことがある。

 

したがって「一定量の無秩序」を持続的に生み出すために、一定数の「ムダを生み出す人々」のためにAIは資源を割いた。

そこには特に成果設定もなければ、期限もない。ただし「生きている間に偉業を成し遂げたい」という人間は一定数おり、AIにとってデータの蓄積がない「知識」の周辺における創作活動と研究については、人間の輝く余地が残されていた。

そして、しばしば彼らの中にはAIの豊富な計算資源を活用し、科学技術や芸術、文学、音楽などにおいてAIとのコラボレーションによって大きな業績を上げる人物が出現した。

 

 

 

 

また、政治が消え、企業が消える世界ではあらゆる種類の「娯楽」が次々に提供された。

各人に配布されたAI端末は、個人の嗜好を知り尽くしており、フィードバックを送れば、常により魅力的な新しい物語がAIより提供された。

中には人間が創りだした娯楽を敢えて好む懐古主義者もいたが、一人の人間が持つ有限の知識に比べ、AIの持つ知識はほぼ無限と言っても良いものであり、多くの場合はAIの創りだした物語が好んで消費された。

 

 

だが、もっとも活発になったのは「宗教」という名の娯楽である。

世の中が最適化されればされるほど、労働が無くなれば無くなるほど、宗教こそが「生きる意味」を最も分かりやすい形で提供する。

面白いことに、ほとんどのマスメディアは「宗教化」した。あるゆるメディアが生きる意味について連日報道するのだから、ある意味これは当たり前の話であった。

 

「私はなんのために生きるのですか」に対する回答は宗教化したメディアが与えてくれた。

 

 

こうして、人類は政治と経済を失い、労働は趣味に、メディアは宗教に変わった。AIの出現は、人間の価値観を根本から変容させたのであった。

 

 

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(2024/4/21更新)

 

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