初めてインターネットに触れたとき胸がパチパチした。

インターネットの爆発的普及は人類に大きな変革をもたらした。産業革命並みの大きな変化が起こり、人類の在り様を変えたと言っても過言ではないだろう。

現在、我々の身の回りにはインターネットとそれに類する技術が文字通り掃いて捨てるほど存在する。

 

そこで一つ思い返してみて欲しい。このインターネットが世間に出始めた時、ここまでの状況になると予想できた人はどれだけいただろうか。

よく勘違いされがちだが、あらゆる変化はその最中にはそうであることを実感できない。変化や変革は究極の結果論なのである。

変化が終わり、結果が出たのち振り返ってみて「あの時がまさに変革期だったね」となるのである。

今が変革期、今こそ大きな変化、今まさに変化中といったリアルタイムな変革を予感させる言葉はまやかしであるか期待であるか、あるいは洗脳でしかありえないのだ。

 

だから、当時の僕たちがインターネットで変革を迎えていると実感していたとしてもそれは勘違い以上のものではなかったはずなのだ。

ただ、そういった事情を考慮しても、インターネットには本当に胸がパチパチする、変革中であることを実感させる「何か」があった。当時の僕はその得体のしれない何かに胸を躍らせていたのだ。

(Keenan Pepper)

今思い返すと、初期のインターネットは「モーゼスの橋」だったように思う。

モーゼスの橋とは人工物の政治性を語る際によく使われるエピソードだ。橋のマスターとまで言われた都市計画家だったモーゼスはニューヨークのロングアイランドの公園道路にかかる陸橋を作った。しかしながらその陸橋は一般的なものより橋桁が低かった。

モーゼスはわざとそういった低い橋を作ることで陸橋の下側の道路を大型バスが通行できないようにしたのだ。

 

当時はこれらの大型バスは黒人や貧困層が主に用いる交通手段だったため、橋脚を低く作ることでそれらのバスを通れなくし、その先の街へ貧困層が立ち入れないようにしたのだ。彼はこうやって理想の街を実現したのである。

貧困層立ち入り禁止と表立ってやると大問題だが、こうして橋を低くするだけで自分の意図を実現できる政治性があるのだ。

 

もちろん、誰かが意図してそうしたわけではなく、完全に結果論なので本来の意味での政治性とは言えないが、初期のインターネットはまさしくモーゼスの橋であった。

インターネットへの道は極めて低い橋脚そのもので、軽い気持ちの人間、熱意のない人間をシャットアウトする圧倒的な政治性が存在したのだ。

 

 

前の世紀が終わる頃のお話だ。田舎町には似つかわしくない大型の本屋が郊外の国道沿いにできた。

僕はそこで何の気なしにパソコンの本を立ち読みした。Windows95だとかインターネットだとかが騒がれて少しずつパソコン関連のコーナーが充実し、目立つ場所に移動してきた頃だった。

 

正面入口からほど近い場所にそれはあった。たしか、その雑誌はいわゆるパソコンマニアのお兄さんが読むような類のもので、読んでみても専門用語が飛び交っていてチンプンカンプンな内容だった。

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ただ、息抜きのページみたいな場所に掲載されていたコラムの一文が目に留まった。

「インターネットで無修正画像を手に入れて……」

そんなことが書かれていたと思う。

僕には文章中のその部分だけ太字で20ptくらいのフォントで、相撲取りみたいなフォントで書かれているかのように見えた。それくらい衝撃だったし、雑誌という公の場で「無修正画像」と言ってしまうコラム主の正気を疑った。

 

その日から僕の心の中では完全に「インターネット=無修正のエロ画像」となった。雨の日も、風の日も、進路希望調査があった日も、ずっと無修正画像のことばかり考えていた。

どうやったら無修正画像を手に入れられるか。とにかく無修正画像を手に入れたい。

でも僕の周りにはどこにもインターネットは存在しない。早くこの学校にもインターネットを導入して欲しい。誰か、僕にインターネットを与えてくれないか。すぐにその思いは受動的なものから能動的なものに変わった。

 

「待っていたって無修正画像が向こうからやってくるわけではない。欲しいなら自分で掴み取らなければならない」

その決意は本物だった。インターネットに繋ぐ、そして無修正画像を手に入れる、勝ち取るんだ、そう決意した。

すぐに本屋に行って「今すぐできるWindows95インターネット」という書籍を購入し、これでもう無修正画像を手に入れたようなものだと確信して力強くレシートを握りつぶした。あの時の僕は本当に頼もしかった。

 

その次の日のことだったと思う。

僕は意気揚々とその本を片手に学校のパソコン室に忍び込んだのだ。確か5台くらいのパソコンが並んでいるチープな部屋だったのだけど、そのうちの一つを起動させてみた。ブイーンとか物々しい起動音が部屋中に響き、画面が表示された。

(Yamanaka Tamaki)

「さっそく本に書いてある手順でインターネットを」

そう思ったけど、本に掲載されている画面の写真と実際の画面が全然違う。本に指示された項目とかも一切存在しない。完全にパニックになった。

なにこれ? ペテン? そう思った。ここは一旦あきらめて電源を落とそうと思ったのだけど、それすら本に書いてある項目と全然違っていた。もう何が何だかわからなくて完全に泣きそうだった。

 

それもそのはずで、当時はとにかくパニックになったけど、今思うと当たり前で、なぜか当時、僕が通っていた学校のパソコン室は全部Macintoshのマシンでperformerとかそんなものが威風堂々と聳え立っていた。

Win95の解説本片手にMacを起動しているのだからパニックにもなる。スマホ世代にも分かりやすく言うとandroidの解説本を片手にiPhoneを設定する行為に近い。

 

こうして初めてのインターネットとの邂逅は未遂に終わった。

そこで僕は大きな反省をしたのだ。とにもかくにも手ぶらで無修正画像を手に入れようという考えが悪かったのだ。世の中にはそんな上手い話はない。日本中どこを訪ねたって手土産は必要だ。

それはインターネットでも変わりないのではないだろうか。こちらからも手土産として何かを準備してアプローチしなければならないのではないか。

 

全くの役立たずと化した件の本を読むと、インターネットへの接続には「モデム」と呼ばれる神器が必要と書いてあった。

パソコンから出る信号を電話回線に乗る信号に変換してくれる機械で、逆に電話回線からきた信号もパソコン用に変換してくれる機械だ。まあ通訳みたいなものだ。どうやらこれがないと話が始まらないらしい。これを手土産にインターネットに殴りこむべき、そう思った。

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少し大きめの電気屋に行って調べてみると、モデムとはなかなか高価な品物らしい。1万円以上はしたと思う。

お金が足りなかったので何か月か小遣いを貯めて買った。半分くらいは弟の貯金箱から盗んだ。弟だって無修正画像を見たら喜ぶはず、そう言い聞かせて涙ながらに盗賊行為に手を染めた。

すべては無修正画像のためだ。このためだったらなんだってできる。その思いが自分を奮い立たせた。

 

あまり記憶が定かではないけど確か28.8kbpsのモデムを購入したと思う。他にももっと安いものがあったけど、良いモデムじゃないと無修正画像のクオリティが落ちるかもしれない、そんな思いから一番高価なやつを購入した。

頼もしい白いボディが「どんな信号でも変換するぜ、無修正画像もな」と言っているようでとても頼もしかったのを今でも覚えている。

 

次はパソコンを何とかしなければならない。モデムだけあってもどうしようもない。どうやってパソコンを手に入れるか悩んだ。まさか買うわけにもいかない。いくらなんでも弟の貯金がもたない。

でも、これは案外簡単に解決した。友人の山本が「親父がパソコンを買ったけど全然使っていない」と言っていたのを思い出したからだ。

山本の家に行けばパソコンがある。ついでに電話回線もある。希望の光のようなものが眼前に差し込んだ。

 

早速、山本にアプローチする。

「インターネットってやつで無修正画像が手に入るらしい」

 

そう告げると、山本は身を乗り出してきた。

「うちのパソコンを使いたいってわけだな」

頭の回転が速い奴だ。ここまで山本のことを頼もしく思えたのは初めてだ。

「そう」

 

山本はおぬしもわるよのうと今にも言いそうな顔でニヤリと笑った。

「確かにうちには使わなくなった親父のパソコンがある。でもな、モデムってやつがついていないからインターネットできないって言ってたぞ」

山本の言葉に今度は僕がニヤリと笑って答えた。

「大丈夫、モデムだけは俺が持っている」

 

僕が親指を立ててそう答えると、山本は心底不思議そうな顔をした。

「なんでモデムだけ持っているのか意味わからん」

そう言っていた。僕もまあまあ意味が分からないが持っているのだ。

 

早速、山本の家に行くと、リビングに威風堂々とパソコンが鎮座しておられた。もう使われていないというのにレース風の布がかけてあって大切にしている感じだった。

さすがに家族団欒が繰り広げられるであろうリビングで無修正画像はまずいと思ったが、ここにしか電話回線がきていないようなのでここでやることにした。タイムリミットは山本のお母さんが帰ってくるまでの2時間余り。いくしかない。

 

あまり詳細なことは覚えていないのだけど、パソコンの裏側に回り込んでモデムを接続したり、電話線を接続したり、あの役立たずのWindowsの本に付録としてついていた「CD-ROMで簡単接続ソフト」みたいなものをインストールしたと思う。

そこにはポストペットとか色々なプロバイダーの接続ソフトが入っていた。

 

インターネットへの接続はまるで幾重にも張り巡らされた巨大な迷路の中心に身を置かれた状況に近い。通路を歩いていたってゴールには辿り着くのに時間がかかる。壁を乗り越える必要があるのだ。

けれども、一つの壁を乗り越えてもまた次の壁が現れてくる。次々と壁が行く手を阻んでくる。モデムを手に入れ、パソコンを手に入れ、接続もこなした、それでいよいよインターネットという大海原に漕ぎ出せると確信していたのに、プロバイダー契約、という巨大な壁が立ちはだかった。

(Christiaan Colen)

どの会社を使ってインターネットに繋ぐとしても、お金を払わないといけないのだ。

当時は従量制のネット接続がほとんどで、使った分だけ料金を払う必要があった。それには色々な方法があるようだったけど、どうやらクレジットカードが必要だった。

「クレジットカード、あるか」

「ねえよ」

そんな会話をしてパソコンの電源を落とした。

僕らの挑戦はここまでだ。お互いにクレジットカードがない状況ではこれより先に進めない。僕らは失意のどん底にいた。悔しくて悲しくて、その夜は眠れなかったことを昨日のことのように思い出す。インターネットとはかくも巨大な試練だったのだ。

 

次の日、学校に行くと山本が話しかけてきた。

「親のカード盗んだから、今日、おれんちで」

僕はこの時ほど山本が頼もしく見えたことはなかったし、一皮むけた大人なようにみえた。こいつ、へー、こんなに良い表情できるんだって思った。村を出た勇者がサクッと魔王を倒してきたみたいな頼もしさがあった。

 

早速、山本の家に行き、リビングでパソコンを立ち上げる。

盗んだカードの番号を入力し、色々とごたごちゃやった後、ついに接続ソフトの「インターネット接続」のボタンを押した。

僕が買ってきた高級なモデムからピーガーピーガーという雑な音が聞こえてくる。すぐに僕が買ってきた高級なモデムはピーヒョロロロとかいいだして、そのまま僕が買ってきた高級なモデムは静かになった。

「つながったぞ!」

確かプロバイダーのスタートページみたいなものが表示されていたと思う。Netscapeというソフトの画面が妙にかっこよかった。Nのロゴの周りを彗星みたいのがガンガン周るんだ。

(Christian Keller)

「いくぞ」

山本が雑誌を見ながら米国プレイボーイのURLを打ち込む。

この頃のインターネットニューカマーは最初に首相官邸のページに繋ぐと相場が決まっていたが、そんなのすっとばしていきなり米プレイボーイである。

何度かの打ち間違いを経てゼーゼー言いながらURLを打ち込み、エンターキーを押した。ムリムリと画面が表示されていく。はたして待ちに待った約束の地がそこにはあった。

「無修正だな」

「ああ」

金髪のお姉ちゃんがベッドの上で全裸になり女豹みたいなポーズをしていた。僕も山本も言葉が出なかった。それは無修正画像を見たというエロスな気持ちではない。決してそんなよこしまな気持ちではない。なんだか世界が変わったような、その新しい世界を自分の力で鷲掴みにしたような、そんな気持ちがしたのだ。

これからの新しい世界に向けて胸がパチパチし、良い時代に生まれてきた、本当にそう思ったものだった。

 

 

それから数日して、また山本が話しかけてきた。僕が買ってきた高級なモデムは使う予定がないので山本にレンタルしていた。山本は夜な夜な親御さんの目を盗んでインターネットに接続し、電子の海へとダイブしていたようだった。

「本に載ってたさあ、メール友達を募集するホームページで募集したらさ、近所に住むOLがメール友達になってくれてさ」

 

山本の進歩はすさまじい。早くもインターネットの申し子みたいになっていた。まさか数日でメール友達を作るとは。

「ダメもとでパンティくれって頼んだら、くれるって返事がきてさ」

何をどうやってどういう経緯を経たらメル友にパンティを貰えることになるのか皆目見当がつかないけど、山本は確かにそう言った。どういう話の切り出し方したらそんなことになるんだ。どういう種類のダメもとなんだ、それは。

 

「一人で行くのは不安だからついてきてくれ」

パンティの約束を取り付けられる男にしてはやけに臆病だ。

「やだよ」

ネットの世界の住人とは現実世界の人とは違ってカオスが具現化した存在みたいに考えていたので怖かった。何だか怪しげな感じがする。できればエンカウントしたくない存在だった。ここは毅然と断るべきである。

 

「パンティ2枚貰えるように頼んでやるからさ。山分けな」

「いつ約束しているんだ? どこでなんだい?」

こうして僕と山本は、パンティを貰う旅に出ることになった。知らないOLの女性のパンティを貰える。インターネットすげえ。完全に新時代の到来だと胸がパチパチした。

 

当時は今のように誰もがインターネットという時代ではなかった。

おまけにかなりの田舎だったので利用者の人口密度はかなり低かったと思う。故に山本が見つけてきたメル友も、近所と言っているがなかなか遠く、原付バイクで2時間半くらいかかる場所だった。それでも僕らは行くことを決意した。パンティを貰うために。

(Sharon)

約束の日、雨だった。

それでも僕らは原付バイクで2時間半かけて約束の地へと向かった。着ていたカッパがぐちょぐちょになったのでかなり激しい雨だったように思う。

道中、ずっと考えていた。貰えるパンティが黒のセクシーなヤツと白の清楚なヤツだった場合、どちらを貰いうけるのが正解なのか。基本的に黒の方が興奮するが、やはり特別な日に装備する下着と考えると、「そのOLの所有物」という概念が薄れるのではないか。

それなら清楚なヤツの方が日常使用があり得る分、「そのOLの所有物」である。そんなことは分かり切っているが、それでも黒が欲しい。きっと山本も同じ考えだろう。絶対にやつも黒を狙ってくる。ヤツの考えを曲げさせるしかない。

 

「やっぱ白と黒だったら白だよな、断然白」

「なんで?」

休憩中にこんな訳の分からない会話を交わし、途中3回くらい給油してついに約束の地へと辿り着いた。知らない街、見たこともない地名の看板の前に佇んでいた。

「やっぱ白だろ」

「なんで」

またもや意味不明の会話を交わした。胸が高鳴ってきた。ドキドキしてきた。

インターネットをしていなかったらこんな場所に来ることもなかった。山本2時間半も小旅行してくることもなかった。もう時代と世界は変わるのだ。インターネットという新世界を僕らは泳いでいくのだ。また胸がパチパチした。

 

そんな僕らの前に1台の軽自動車が停まった。全ての窓が真っ黒で車内を窺い知ることはできないが、ついにOLが、パンティがやってきた。

僕らの胸がさらに高らかに甲高い音を鳴らした。ゆっくりと助手席側の窓が開く。

歯のないオッサンがニッカリと笑っていた。

 

「パンティ、4000円な、二つだったな。8000円」

何が起きたのかよく分からなかったけど、一つだけ理解できたことがあった。歯のないオッサンが持っていたクシャクシャのパンティ、黒と白だった。時が止まったかのように感じた。

 

「いりません。無料じゃなかったんすか。OLじゃなかったんすか」

山本が切り込む。頼りになるやつだ。山本はこういった言い難いこともズバズバと言ってのける男だ。

ただ、足元を見ると山本は震えていた。僕だって震えていた。カタギの人間ではないという禍々しきオーラがオッサンから漏れ出していたからだ。

 

「OLのだよ。OLがはいてた。さっきまで。その証拠に暖かい」

オッサンはなぜか片言だ。どう見ても車内にOLはおらず、温かいレベルなら間違いなく歯のないオッサンがはいていたんだろう、というところまで理解できた。

 

「とにかくいりませんから!」

山本は大きな声で毅然と断った。頼りになるやつだ。

「そういってもおじさんもガソリン使ってここまできてるしね、一人当たり2000円はキャンセル料もらわないと」

歯のないオッサンはさらにニタリと笑った。絶対に僕たちのほうが多くのガソリンを使ってここまできている。こっちがキャンセル料欲しいくらいだ。

 

「とにかく払えませんから!」

山本はそう宣言し、目線で僕に合図を送った。原付バイクと僕の顔を交互に見ていた。逃げるぞ、ということらしい。

「逃げろ!」

山本が叫んで原付バイクに向かって走り出す。僕も同じように走った。

 

「あ、逃げやがった」

そんな言葉が背中越しに聞こえた。

バイクにまたがりエンジンをかけて走り出す。前を走る山本のテールランプを追いかけた。

「お前らー! ナンバーは控えたからなー!」

どれだけ逃げてもオッサンの怒号が背中に突き刺さる。怖くてバックミラーをみることができないが、どうやら車で追いかけてきているらしい。

 

直線では絶対に車には勝てず、すぐに追い付かれてしまうので路地に入りながら逃げまくった。それでもオッサンは追いかけてくる。

「あそこ抜けるぞ!」

このままでは埒が明かないと思ったのか、山本は前方の橋を指さした。

橋の土台の部分には天井が低くなっているトンネルがあった。たぶん、歩行者と自転車とバイク用のトンネルだろう。どうやっても車は通れないようになっていた。オッサンの追跡を振り切るにはそれしかない。

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ギリギリの大きさのトンネルを駆け抜ける。

「ぐおおおおおおおお、こえええええ」

とか叫びながら通過し、なんとかオッサンを振り切った。死ぬかと思った。

「騙されたな。帰るか」

「ああ」

道路の傍らに置かれていた地蔵の前でそんな会話を交わした。僕たちは失意のまま2時間半かけて帰ることにした。

 

ただ、幹線道路や大きな道路を通るとオッサンに見つかる可能性があるということから、細い路地や林道みたいな場所を通って帰ったので3時間半かかった。途中でガス欠になって原付バイクを押しながら帰った。

「詐欺だったのかな」

「じゃない? インターネットにも詐欺ってあるんだな」

「すげえな、あんなオッサンなのにインターネット導入して詐欺に使うって。すごい熱意だ」

「俺たちだて熱意では負けてないだろ」

そんな会話をしたのを覚えている。

往復で6時間無駄にし、ガソリンも消費し、パンティも手に入れられなかった。自分の人生の中でもこれだけ不毛なことってなかなかないと思うけど、それでも僕と山本は満面の笑みだった。

 

それはきっと、どこかでインターネットの持つ胸がパチパチする可能性を感じていたからだと思う。インターネットってやけにワクワクしたんだ。

90年代後半、インターネットは熱意の向こう側にあった。ただ熱意だけで振り分けられるモーゼスの橋がそこに架かっていたのだ。

 

それから約20年、インターネットは普及し、モーゼスの橋は撤去された。いまや誰もが簡単にインターネットを使えようになった世界が訪れた。

あの時、胸がパチパチしたような新しいインターネット世界は到来しただろうか。残念ながら、新世界はやってこなかった。モーゼス橋が崩壊したインターネットは日常そのものになってしまった。

拡大された日常は、もちろん素晴らしく便利なものを多数生み出した、けれどもあのワクワクはもうここにはない。

 

インターネットでは、毎日にように誰かが炎上し、誰かが炎上させている。誰かが誰かを袋叩きにし、誰かの揚げ足を取るのに躍起になっている。

悪質なデマが蔓延し、常に誰かが誰かを傷つけている。これがあの時、胸をパチパチさせてくれたインターネットなのだろうか。

 

バカであってもいい、不毛であってもいい、ただあの日の帰り道に山本と笑い合ったような、そんなインターネットがきてくれたらな、そんな夢を僕はいまだに見るのだ。

できることなら誰かの胸をパチパチさせたい。僕はずっとそんなインターネットの夢を見ているのだ。

 

 

 

 

著者名:pato

テキストサイト管理人。WinMXで流行った「お礼は三行以上」という文化と稲村亜美さんが好きなオッサン。

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(Photo:niko si 