数ヶ月ほど前のこと。

スタートアップ界隈の寄り合いで、こんな話を聞いた。

「優秀な人が日本の大企業に行くのは、才能の無駄遣いだよね。」

「なぜですか?」

「仕組みで回るから。今の日本の大企業なんて、優秀な人はほんの僅かでいいんだよ。平凡な人で回せるから、大企業なの。」

「なるほど。」

「真に優秀なら、フツーの人にそのポストを譲ってあげて、起業するかスタートアップで働くか、厳しく成果が問われる外資系で働くのがいいと思う。そのほうが、本人の将来のためにも絶対いいよ。」

 

その時は、ほほう、そんなものか、と思った。

だが、それは真理かもしれない。

 

 

この前、話題になっていた、NTT研究所からの退職エントリを、遅ればせながら拝見した。

できるエンジニアが、給与と社内環境への不満から、転職を決意する、というものだ。

6年勤めたNTTを退職しました

NTTを辞めた2つの理由

そんな恵まれた環境からなぜ僕が辞めるかというと

1. 給料の伸びが厳しい(中略)

2. 社内環境への絶望

この文章が面白いのは、NTTの人材がGAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)に引き抜かれている事をNTT側は苦く思っているらしい、と著者がいいつつ、オチが「Googleへの転職」であった点だ。

 

市場原理からすれば、労働者に最も高い価格をつけた企業へ労働者が流出するのは当然だ。

例えば、先代の井上社長の頃のYahoo! Japanもエンジニアを冷遇したため、リクルートの草刈場になっていたとつい先日、エージェントの知人から聞いた。

調べてみると、実際にそうだったらしい。

 

しかし、である。

常識的には、修士卒7年目の、それなりのエンジニアを年収650万程度で囲えるとは到底思えないが、実際に残っている人たちが大量にいる。

それは、「安定」というものが、素晴らしく魅力的だからだ。

以下の文章にそれが吐露されている。

5年強勤めたNTTを退職する気はありません(無能編)

なんで自分は当面しがみつく気でいるんだっけ、と考え直すきっかけになったので

自分向けの整理を兼ねて、このぬるま湯を飛び出す気なんてない無能側からの視点で書かせていただこうと思います。

さらに、このエントリを受けて書かれた、元マイクロソフトの中島聡さんのブログにも、「社員は将来の年金のために働いている」と書かれている。

NTTの株価総額が世界一だった時に、Microsoftに転職した理由

その後しばらくして、上司の上司に「自分は間違ったところに来たのかも知れない」と正直な気持ちを伝えました。

すると「一度NTTに入った限り、途中で辞めるのは損だ。僕らが安月給で働いているのは、20年働いた後に一生もらうことの出来る年金のためなんだ。

つまり、最初の20年は、毎年、会社に貸しを作っていることになる。途中で辞めるという事は、その貸しを捨ててしまうことに相当するんだ」と言うのです。

繰り返し語られるように、日本企業は、素晴らしい能力を持っている人に対しても、高度成長期の金科玉条である「安定雇用」をタテに、月並みな給与しか支払わない。

日本企業の給料が低いのは、社員を解雇できないから。「雇用」より「人」を守れ。

フェイスブックがたまたま儲かっているから給料が高い、というのであれば特殊な事例ということで何の参考にもならない。

しかし、日本はデフレが続き給料は長期間にわたって下がり続けていた。名目所得が過去20年でアメリカは7割、欧州でも4割上がっているが、日本は1割も下がっている(日本総研 政策観測No.33 2012/02/27)。

 

日本の給料が下がる一方で他の先進諸国の給料が上がっているのなら構造的な問題がそこにあると言える。

その最大の原因は強い解雇規制にある。

例えば日本国内にある企業であっても、外資系企業の給与水準はあきらかに日本企業より高い。

 

自分はFPとして多数の顧客にアドバイスをしているが、外資系企業に勤務している人ならば30代で年収1000万円超は当たり前といった水準だ。

これも解雇を前提とした給与体系になっている事が大きな理由だ。

今の働きに今の給料で応える、逆に言えば業績が悪化すれば大幅に給料を減らしたり解雇をする前提なので給与アップが将来のコストアップ要因とはならない。

転職先のGoogleはNTTと異なり、「人をクビにしない会社」ではない。

Googleの人事は、それをはっきりと書いている。

ここまで手を尽くしてもまだ底辺にくすぶっている社員は、退社していく場合もあれば、解雇せざるをえない場合もある。(中略)

私は以前、部下を解雇しなければならないことがあった。彼は退職の際に「私にはあなたのような仕事はできません」と言った。

私はこう返した。「君ならできる。求めるものがここと違う会社なら大丈夫」。

当然、平均年収2600万のFacebookもフツーに人をクビにするし、高額給与で知られるNetflixなども同様である。

 

要するに、意図してかどうかは知らないが、思い切って「安定」を捨てたからこそ、若くして高給がもらえるのである。

逆に言えば、年俸3000万円をもらえる、ということは、極端な話、何を考えているかよくわからない上司が、いつ何時、自分を勝手な理由でクビにするかもしれない、というリスクを背負っているからこそ得られるものなのだ。

 

 

また、さらによく考えてみると、「できる人」たちが、大企業の安定した雇用を抱えて離さないのは、大変もったいないようにも感じる。

 

「できる人」なら、どうせ待遇がたいして変わらない日本の大企業で飼い殺しにされ、それを愚痴るより、スタートアップや企業でそれを証明してみればよいのに、と思うのが普通だろう。

能力が高いのならば、次の就職先もたやすく見つかるはずである。

 

優秀層には、ぜひ、そうしてほしい。

そうすれば、世の中全体にとっても2つ、いいことがある。

 

一つは、「能力が高い人」のインパクトは、小さい企業でこそ生かされること。

起業やスタートアップでは、ひとりひとりの能力が極めて大きな意味を持つ。「できる人」であれば「会社への貢献」強く感じることができるだろう。

 

そして、二つ目は「大企業」の安定した雇用が、現在中小企業やブラック企業で働いている「フツーの人」に回ること。

現在、大企業の安定していて、それなりに高給の美味しいポジションは「能力が高く」「学歴などの見栄えが良い」など、大企業が採用している人々で占めれている。

これはいかにも才能の無駄遣いであり、「格差の源泉」である。

 

一人ひとりの能力を活かし、格差を解消するには、「フツーの人」にこそ、安定したそこそこ高い給与を与え、「できる人」こそ、自らの能力で、自由に未来を切り開いてもらうほうが良い。

 

大企業は積極的に「フツーの人」を採用するべきだ。

そして、応募する側も、「わたしはできる人」と自認するなら、大企業の席を譲ること。

それが現在の知的に優れた人々の「noblesse oblige」というものだろう。

 

そうすれば、この停滞した日本の雰囲気も変わるというものだ。

 

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(2024/3/26更新)

 

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