先週末、新刊を出した。
キャッチなタイトルだが、この本は「決めつけ」に関するエピソードを集めたものだ。
どういうことか。
例えば、「組織で「怠け者」と、みなされている人にこそ、改善のヒントが隠されている。」と述べたら、どう思うだろうか?
通常、「それはない」と思う方のほうが多いだろう。
「怠け者」とみなされている人物の存在は、一般的には問題であり、 「使えない」「やる気がない」などと言われてしまっていることもしばしばある。
しかしそれは「決めつけ」である。
別に彼らに気を遣っているわけではない。
本当にそうなのだ。
「怠け者」が組織改善のキーになるときもある。
*
ある会社の、営業ミーティングに出席していたときのことだ。
この日の話題は、「営業記録の精査」だった。
この会社では、営業は、日々の活動をシステムに入力しなければならない。
クライアントへ訪問したのか、電話したのか、メールを送ったのか、その内容は何だったのか、顧客から何かしらの要求はあったのか、それは、営業の大事な仕事の一つだ。
だが残念ながら、どうも入力率が良くない。
入っていなければならない場所に記録がないことも多く、このままでは引き継ぎや記録の分析時に役に立たないことが発覚した。
そこで営業部のトップは、入力を徹底させるため、営業一人ひとりの記録を精査し、原因を調べて改善を促す場を用意した。
それが、このミーティングであった。
ミーティングでは、営業一人ひとりの記録が順番に精査され、記録の不備が指摘された。
多くの場合は、
「不注意で漏れてました」
「書き方がわからなかったので、放置してました」
という程度だったので、幹部たちは改めて指示を出し、入力を徹底させた。
そして、ある一人の営業の番になった。
部長が記録を精査すると、彼女の記録にも、漏れがあった。
中でも、重要度の高い、「次回訪問予定日」と「次回までの宿題」という項目が、すっぽり抜けてしまっていた。
これは重大な抜けだ。
営業の部長は、彼女に「なぜ記入しないのか」と、訪ねた。
すると、彼女は悪びれずに答えた。
「いえ、特に理由はないんですけど……」
理由なく会社の命令を無視するとは、いい度胸だが、実際、無視というより、真面目に理由を考えていないようだ。
それでも部長は優しく言った。
「記入が面倒だから、ということでしょうか?」
「いえいえ、そういうわけではないんです。」
「では、どういう理由ですか?」
「あまり必要性を感じないんです。」
システムの必要性については、何度もミーティングで周知したはず、と思っている幹部の一人は、あきらかにイライラしているようだった。
「なぜですか?」
「え、いや、次回の宿題はわかってるし、訪問予定は手帳に書いてます。」
「いやいや、そういうことじゃなくてですね、システムの重要性について、あなたは認識してないのですか?」
「いえ、知ってます。」
幹部の顔には、「絶対お前わかってないだろう」という不信感がにじみでていた。
彼は彼女に詰め寄った。
「知っているならなぜやらないんですか。」
「もちろん、最初は記入しようとしたんですよ。けど、次回の訪問日が決められないときもあるじゃないですか。」
「どんな時ですか?」
「お客さんが「検討します」とか「上に話してみます」みたいなことを言ったときです。」
「いつ頃までに検討しますか?と、聞けばいいじゃないですか。」
「あ、そうですよね。そうなんですが。」
「なんですか?」
「聞いちゃ悪いかなー、と思うときもあって。」
「なぜですか?」
「いや、雰囲気というか。」
幹部は呆れているようだった。
「気持ちはわかりますが、それが営業の仕事ではないですか?」
「それはわかってます。」
「では、入力しないといけないこともわかりますね?」
すると、彼女は言った。
「簡単に書けばいいんですよね?」
「簡単に、というと?」
「わかる範囲で、そんな詳しく書かなくてもいいですか?」
幹部の顔に「やる気がないヤツ」に対する怒りの色が浮かんだ。
「なんのためにこの記録をつけるか、わかってますよね?」
「もちろん、わかってます。」
「じゃ。ここで一度説明してもらっていいですか?」
「えーと、記録が重要だからですよね。」
「なぜ重要なんですか?」
「記録をつけておかないと、あとで困るんですよね?」
「あなたに聞いているんです。」
「困ると思います。」
「……。」
幹部は、呆れて物が言えない、という風だった。
「もういいです。とにかく、記録をつけてください」
「はい。」
一人の幹部は私に耳打ちした。
「あの人、いつもああいう感じなんです。仕事の意味とか、成果とかを全く考えようとしないんですよね。」
「そのようですね。」
「言っちゃなんですけど、頭が悪い、ってああいう人のことを言うんじゃないかと。」
「んー……。」
これで、ミーティングは次の人に流れそうになった。
ところがその時、ずっと考え込んでいた役員の一人が、彼女に質問した。
「記録をつけなくていい、と言われたら、そのほうがいいんですよね?」
「えっと、はい。そのほうが楽です。」
「この記録をつけても、つけなくても、あなたの営業成績は変わらない?」
「あー、まあ、変わらないと思います。」
役員は、先程の幹部に話を振った。
「記録をつければ、彼女の成績は上がりますかね?」
「上がると思います。」
「なぜですか?」
「彼女が、忘れて放置していた顧客へのアプローチが増えて、機会損失が減るからです。」
役員は再び、彼女に話を振った。
「だそうです。放置している顧客はありますか?」
「んー……。わからないです。」
役員は彼女が保持している全アカウントを画面に表示してもらうよう、依頼した。
「これが、あなたの全アカウントです。上から行きましょうか。このお客さんに最後に行ったのはいつですか?……これは?……」
一つ一つを確かめていく。
結果として、全アカウントの1/3程度を、放置してしまっていることがわかった。
「1/3くらいですかね。放置されているお客さん。ここをきちんと攻めれば、売上は上がりますか?」
「んー……。上がると思います。確かに忘れてました。」
「営業の記録を都度、つければ、ご自身でこれらを記憶しておく必要がなくなりますが、いかがですか?」
「いいですね、記録、つけます。」
*
実は、この会社では、「記録を付ける意味を、きちんと営業に教えていない」ことに本当の問題があった。
幹部たちは営業に「説明した」と言っていたが、記録の入力率が悪いのは、システムの意義が浸透していない証拠だ。
「上がうるさいから、まあ適当につけておけ」という程度の意識しかないだろう。
しかし、通常は「意味がないルールだ」と現場が思っていても、上が圧力をかけてしまえば、現場は多少の無理をして、業務を遂行してしまう。
ところが、件の女性のような「怠け者」は、上から言われた仕事を素直にやらないので、ルールの弱い部分や、不合理な点を露出させる。
彼女のような「記録をつけていない営業」の存在を、「あいつは怠け者だから」と片付けるのは簡単だ。
しかし、「怠け者だから」と片付けず
「仕組みに問題があるのではないか」
「ルールの実効性が低いのではないか」という認識を持った瞬間、マネジメントが行わなければならないことは180度変わる。
「決めつけ」は視野を狭くし、仕事の実態を隠してしまう。
そんな話が、仕事には山ほどあるのだ。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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