皆さんこんにちは、しんざきです。
美術といえば、お絵描き伝言ゲームとでもいうべき「テレストレーション」というゲームがありまして、あるワードを表現した絵を描いては隣の人にまわしていって、最初のワードを当てれば勝ちという協力ゲームなんですが、私がそれに参加すると「お前が絵を描くと時空がゆがむ」とか「しんざきが参加するだけでゲームの難易度が50レベルくらい跳ね上がる」とか「お前の絵で地球がヤバい」とか、大抵非難ごうごうになるのが悩みです。何故なんでしょうね。絵を描くこと自体は実は割と好きなんですけどね、私。まあ美術の成績は散々でしたが。
今日は皆さんに、「ギャラリーフェイク」23巻がいかに面白いのか、更にその中でも「もう一つの鳥獣戯画」のエピソードがいかに最高なのかということ、ただそれだけを、情けも容赦も手加減もなく全力でお話したいと思います。よろしくお願いします。
未読の方は、取り急ぎ23巻だけでもさくっと買って帰ってください。損はさせませんし、他の巻を読まないでこの巻だけ読んでも特に支障はありません。勿論23巻以外のギャラリーフェイクも超面白いので、気に入ったら全巻まとめ買うといいと思います。
皆さん、ギャラリーフェイク、ご存じですか?読んだことありますか?超面白いですよね、ギャラリーフェイク。
一応ご存じない方にご説明しますと、漫画「ギャラリーフェイク」は老練の大御所・細野不二彦先生の代表作の一つでして、「贋作専門のアートギャラリー」であるギャラリーフェイクを営んでいる藤田玲司(以下フジタ)を主人公に、美術の世界で虚々実々の人間ドラマが繰り広げられる群像劇です。
レギュラーの連載は2005年に一度終了したのですが、2017年から「ビッグコミック増刊号」で再開しておりまして、単行本は現在34巻まで刊行されています。
「ギャラリーフェイク」は、「美術版ブラック・ジャック」と言われることもある、言ってみればダークヒーローもの漫画です。
フジタは「贋作」という裏の世界に棲みながら、時には詐欺一歩手前の闇の商売に手を染め、時には超一流の審美眼・絵画修復の腕を持った美の使徒として鮮やかにトラブルを解決します。
ダークヒーローであるフジタ、その助手でありヒロインでもあるアラブの王族サラ、フジタのライバルのようでもあり恋人未満のようでもある三田村館長など、様々なキャラクターの魅力がギャラリーフェイクの重要な味わいの一つであることは議論を俟たないでしょう。
細野不二彦先生の作風は、一言でいうと「緻密極まる展開配置」ではないかと思っています。
とにかく芸が細かく、書き洩らしというものがない。お話に必要な全ての要素が、きっちりと洗濯物を折りたたむように、多すぎず、少なすぎず、最後まで必要十分読者の前に提示される。
しかもそれが、多くて2〜3回という非常に短いストーリーの中で完璧に描き出されるわけで、言ってみれば「過不足のなさ」「情報量の絶妙なコントロール」こそが、細野先生の真骨頂なのではないかと私は考えるわけです。
で、何故23巻なのか?という話なのですが、この巻には「ギャラリーフェイクのエッセンス」とでもいうべきものがこれでもかというくらい凝縮されており、この巻一冊読むだけで、「ギャラリーフェイクは何故面白いのか?」ということが八割方は理解できるから、ということをまずは申し上げたいと思います。
私が考える限り、ギャラリーフェイクの面白さは、次のような要素でまとめることが出来ます。
・実際に存在する美術史の史実・あるいは実在する謎や未解明の問題を下敷きにした、リアリティと奥行きのあるストーリー
・ダークヒーローであるフジタの活躍と、それを味わうことによる「流石(さすが)」という感情のカタルシス
・一癖も二癖もあるキャラクター同士の人間関係、対立、信頼などの人間ドラマ
・フジタの活躍によって、時には喜び、時には救われ、時には悪だくみを阻止される周囲の人間たちの群像劇
・サラが可愛い
・サラが可愛い
これらの諸要素が、勿論ギャラリーフェイクの各巻には綺羅星のようにちりばめられている訳なのですが、特に23巻、その中でも「もう一つの鳥獣戯画」の回には、もうこれでもかというくらい面白エッセンスが詰まっている、詰まりまくって目詰まりまで起こしている訳なのです。
この「もう一つの鳥獣戯画」の回の話を中心に、「ギャラリーフェイク」23巻の魅力について解説させていただきます。
解説の都合上、お話のネタバレが含まれることは勘弁してください。気になる人は事前に読みましょう。ぜひ。
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まず最初に、皆さんに「菱沼棋一郎」というキャラクターについて説明しておかなくてはいけません。
菱沼は悪徳画商であり、フジタの日本画修復と裏の商売の師匠でもあり、袂を別った現在はフジタの商売敵でもあり、作中何度もフジタと対立することになる、微妙な立ち位置のキャラクターです。
フジタに煮え湯を飲ませることも、逆にフジタによってやり込められることもあり、まあ大筋悪役・敵役として振舞うキャラクターであることは間違いないでしょう。
ダリをモチーフにしたその造形も相まって、作中でも人気キャラクターの一角を占めます。
「もう一つの鳥獣戯画」は、ギャラリーフェイクのフジタの元に、菱沼からの依頼の手紙が届くところから始まります。
菱沼は入院中で、フジタは菱沼の病室まで呼び出されます。病室で聞いた依頼の内容は、「鳥獣戯画の断簡を正当な持ち主の元に取り戻す」こと。
鳥獣戯画、正式には鳥獣人物戯画は、皆さんご存知の通り、ウサギやカエルを擬人化して描いた、「日本最古の漫画」とも言われる絵巻物です。
作中では、その鳥獣戯画の一部を記した「失われた断簡」が、さる地方の名家である南雲家に秘蔵されていたことが語られます。
ちなみに、鳥獣戯画が甲乙丙丁の四巻に分かれていること、その内甲巻の一部が失われていることは、実際に知られている事実です。
高山寺を代表する宝物である。現状は甲乙丙丁4巻からなる。甲巻は擬人化された動物を描き、乙巻は実在・空想上を合わせた動物図譜となっている。
丙巻は前半が人間風俗画、後半が動物戯画、丁巻は勝負事を中心に人物を描く。
甲巻が白眉とされ、動物たちの遊戯を躍動感あふれる筆致で描く。甲乙巻が平安時代後期の成立、丙丁巻は鎌倉時代の制作と考えられる。
鳥羽僧正覚猷(かくゆう、1053〜1140)の筆と伝えるが、他にも絵仏師定智、義清阿闍梨などの名前が指摘されている。いずれも確証はなく、作者未詳である。天台僧の「をこ絵」(即興的な戯画)の伝統に連なるものであろうと考えられている。
こうした史実が巧みに作中に取り入れられていることが、ギャラリーフェイクの重要な面白さのエッセンス。
菱沼は、自分と断簡についての取引の約束をしていた南雲家の当主が死去し、本来断簡を継ぐべき南雲家の跡取り息子から、その叔父が断簡を横取りして金に換えようとしていることをフジタに語ります。
そして、その叔父から、跡取り息子の手に断簡を取り戻して欲しい、と頭を下げて依頼するのです。
報酬金を「一千万円」とふっかけつつもその依頼を引き受けたフジタは、菱沼に「退院はいつになるのか」と尋ねます。
それに対して菱沼は、冗談めかして「余命一カ月だから退院はない」と答えます。当然、これから断簡で商売しようという菱沼が余命一カ月な訳はありません。お互いにニヤリとした二人はそこで別れます。
跡取り息子の南雲圭介に接触し、更に絵画修復の達人技を披露して叔父の信頼を得たフジタは、巧みな策略を弄して叔父から断簡を取り戻します。
ところが、その過程でフジタは、作中の人物についての「ある可能性」に気付きます。
その可能性について菱沼に問いただそうとしたフジタは、菱沼が本当に余命一カ月で依頼遂行の知らせを聞く前に死去していたこと、フジタに依頼した直後に「既に事成れり」と信じた菱沼が自分に一千万円の謝礼の小切手を送っていたことを知るのです。
いやもーーーー。もーーー。私の拙い説明では作品の味わいの1%も説明出来ていないことは確実なので、皆さん是非実際に読んでみて頂きたいのですが、この話本当に素晴らしいんですよ。
・「もしかしたら実際にこういうことがあるのかも知れない」と思わせる、美術史上の実話を背景にしたストーリーのリアリティ
・フジタが断簡を取り戻す為の策略の巧みさ
・フジタの活躍によってもたらされる結末の爽やかな読後感
・フジタと仇敵同士になっていた菱沼の、仇敵だからこそのフジタに対する無言の信頼感
・サラが可愛い
こういった、言ってみれば「ギャラリーフェイクの面白さの精髄」とでも言うべき要素が、この一回、たった一回のストーリーに全て漏れなく詰め込まれているんです。
特に私、昔から「仇敵同士の無言の信頼」という展開が大好きなので、敵同士だったからこそ誰よりもフジタの手腕を理解していた菱沼の、「既に事成れり」という一言にはじーんとしてしまいまして。
それまでのギャラリーフェイクを読んでいて、菱沼とフジタの様々なやり合いを見ていればより一層この味わいは増幅される訳なんですが、それを抜きにしても、手紙の最後に記されていた菱沼の辞世、そして悄然としたラストのコマには、経緯を知らない方でもきっと感じるものがあるに違いないと考える次第なのです。
本当にこの回、読後感が物凄いです。未読の方は是非。
ちなみに、この23巻をお勧めする理由は勿論この「もう一つの鳥獣戯画」だけが理由ではなく、他にもギャラリーフェイクの魅力を詰め込んだストーリーが盛りだくさんです。
時に人情あり、時に失敗あり、時に悲劇あり、ただ常に美術に対する情熱と崇敬を背景にしたフジタとサラの物語が、どの回にも目いっぱい詰め込まれています。
個人的には、「落人たちの宿」でフジタの冗談にムキになって「んじゃ、混浴するぞっ!」と男湯に押し入ろうとするサラが非常に可愛いと思いますので、その点でも皆さまにおススメです。サラ可愛い。
また、私は「漫画の面白さには、重要な二つのエッセンスがある」と考えており、それが「まさか」と「流石」の二要素だと、以前からちょくちょく書いています。
「まさか」というのは意外性の面白さ、ピンチからの逆転、舐められていたキャラクターが周囲の評価をひっくり返すの面白さ。「流石」というのは期待が裏書きされる嬉しさ、頼もしさ。
実力があるキャラが実力通りの活躍をする面白さですね。
ギャラリーフェイクは、元より天才的な絵画修復の腕前と美術についての知識を備えているフジタが活躍する漫画ですので、大筋「流石」に傾斜したカタルシスが読者に提供されることが多いです。
ただそんな中にも、例えばサラが意外な活躍をする「まさか」の気持ち良さや、思わぬピンチに陥ったフジタの、あるいはフジタ以外のキャラクターの逆転劇(ただし逆転出来ないこともある)なんかも頻繁にあったりしますので、そういう点でもおススメ出来る次第です。
23巻で言うと、「古裂の華」なんかは「まさか」寄りの話ですよね。
ギャラリーフェイクは、特に23巻は超面白いので皆読もうぜ!という、ただそれだけの記事でした。
今日書きたいことはそれくらいです。
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(2024/12/6更新)
【プロフィール】
著者名:しんざき
SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。
レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。
ブログ:不倒城
(Photo:Thomas Hawk)