政府が主導したことで「働き方改革」というキーワードは、すっかり定着した感がある。

 

と言っても、真面目に取り上げられるよりは、酒の肴として話題に上るほうが多いかもしれないが、ともかく、話題にはなる。

そして、その話題の中心は殆どが「残業」だ。

 

その「働き方改革」について。

私は興味深く成り行きを注視していた。

 

なぜならば「働き方改革で、誰が得して、誰が損したのか?」を知りたかったからだ。

 

まあ、仕事遅いやつには、厳しい時代になったってこった。

ところで先日、ある大企業においてヒアリングをしていた時のこと。

数名の若手とベテランの間で、こんな会話があった。

 

「先輩、最近はうちも残業減りましたね。」

「そうだな。」

「残業減らすなんて不可能、っていろんな人が言ってましたけど、やればできる、ってことですよね。」

「そうだな。」

「なんで「できない」なんていう人が多かったんですかね。」

「わかってんだろ。w」

「あー、「できない」じゃなくて、「やりたくない」だったって話ですか?」

「そうそう。」

 

みんな頷いている。

「私、未だによくわからないんですが、「残業減らすのに反対」って、どんな思想の持ち主なんですかね。」

「いや、それもわかってんだろ。」

「残業代がほしい、ってやつですか?ウチだったら、給料それなりに貰ってるじゃないですか。ねえ。」

「まあ、それもあるだろうな。あるいは「早く帰ってもやることない」っていうやつもいるだろうし……」

「他にもあるんですか?」

「残業を減らすためには、何をしなけりゃならない?」

「えー……?仕事を早くやらないといけない、ですか?」

「うんうん。そうするとどうなる?」

「……?」

 

ベテランの社員はオフィスの方を指差す。

「ほら、Oさんの評価はどうなった?」

「あ、ああ、そういうことですか。」

「そうそう。残業多い人の評価が低くなったろう?」

「一時期、「レスポンスが悪い」って、お客さんからOさんへのクレームもやばかったですよね。」

「あの人、仕事遅いからな。残業代も稼げなくなって、クレームもらって、評価も下がって、散々だってことだよ。」

「ああ、それで残業削減に反対してたんですか。」

「まあ、仕事遅いやつには、厳しい時代になったってこった。」

 

「働き方改革」で、誰が大きく損をしたか

彼らの言うことは果たして、正しいのだろうか。

政府が「働き方改革」について掲げたのは、以下の点だ。

(出典:厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/content/000332869.pdf)

見ていただくとわかるのだが、「働き方改革」は、

1.「長時間労働の是正」

2.「同一労働同一賃金」

の2本の柱から成り立つ。

 

だから「働き方改革」の意図は非常に明確で、誰が大きく損をするかはわかりやすい。

それは、

・「残業で稼いでいた人」(残業減らせ!)

・「生産性/成果を問われない人」(時間内に結果を出せ!)

・「大企業正社員」(有期雇用者との不合理な待遇の差は解消せよ!)

である。

冒頭の会話をしていた彼らの見立ては正しい。

 

つまり、結論として「働き方改革」は

「大した成果を挙げなくても、そこそこ稼げていた、大企業の正社員の既得権」を削ぎ落とす施策なのだ。

先日、トヨタのトップが「終身雇用はムリ」と発言し話題になったが、まさにリストラ予備軍を狙い撃ちしたのが、働き方改革なのである。

 

ただ、グローバル・スタンダードからすれば、当然の結果かもしれない。

一般的に、日本の古い大企業の正社員は、恵まれた待遇の割には成果を問われない。クビになることはまずないし、社員同士の給与の差も小さい。

 

だから、彼らは生産性を気にしないほうが、むしろ得をすることも多い。

成果主義的でないので、個人の生産性を上げても、給料にほとんど響かないし、むしろ生産性を低く保ったほうが、冒頭のエピソードのように「残業代が稼げる」と思っている人がいるくらいだ。

だが「働き方改革」はそういった人々をジワジワ追い込んでいく。

 

正社員の賃金は上がらないが、非正規雇用の賃金は上がっている

では相対的に「得をした」のは誰か。

それは

・「残業が関係ない人」

・「生産性/成果を問われつづける人」

・「有期雇用、フリーランス、パートタイマーたち」

である。

 

「働き方改革」は、彼らの待遇を正社員に近づけよ、と命令する。

そして、企業の側もまんざらではない。

 

残業できず、成果を問われない正社員に仕事を頼むより、それなりのお金を払い、成果が出なければ切ることができる外注、有期雇用、フリーランス、パートタイマーに仕事をやらせるほうが良いのでは、と気づいている。

 

事実、フリーランスや個人事業主の人々は、現在たいへん潤っている。

(参考:フリーランスの経済規模が初の20兆円超え、副業経済は8兆円規模へ!報酬は昨年対比112%、業務委託ベースのパラレルワーカーが増加

 

実際、富士通総研のレポートは、正社員の賃金は上がらないが、非正規雇用の賃金は上がっていることに触れている。

『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』:書評と考察

この点、賃金に関する基本統計である「毎月勤労統計」(厚生労働省調べ)の所定内給与を見ると(【図表2】)、いまだに前年比ゼロ近傍に止まっており、これを見る限り、確かに人手不足でも賃金は上がっていない。

しかし一方で、リクルート・ジョブズ社調べの「アルバイト・パート募集時平均時給」を見ると、パートやアルバイトの時給は着実に上昇しており、足もとの前年比は2%台半ばに達している。

CPIの上昇率がほぼゼロであることを考えると、実質賃金で見ても比較的順調な上昇と言えよう。

要するに賃金の現状は

(1)パートやアルバイトの時給は人手不足を背景に着実に上昇している一方、

(2)雇用者の大部分を占める正社員の給料が上がっていないため、

全体としての賃金はあまり上がっていないということになる。

価格は需給関係で決まるところを見ると、非正規雇用の賃金上昇は加速する可能性がある。

 

「有能」ならば、古き良き正社員の道が残るのかといえば、それも怪しい

「俺は能力高いし、関係ないよ」という方もいるかも知れない。

だが「有能」ならば、正社員の道が残るのかといえば、それもどうやら怪しい。

 

これから、事業の寿命、ひいては企業の寿命が凄まじく短くなっていく世の中では、その事業の寿命とともに、余剰な従業員を「切れる」というオプションが魅力的だからだ。

 

ある事業を試して、駄目だったらその商売と人員をまるごと捨てる。

そして、別の事業の立ち上げには、人を使い回すのではなく、新しく専門家をを調達する。

そういう思考の会社も多い。

 

契約社員、フリーランス、アルバイト/パートのレベルが高く、正社員と同じ仕事ができるのであれば、「正社員」という雇用形態になんの意味があろうか。

 

また、必ずしも労働者の調達を日本に限る必要もない。

例えば、私の知るあるIT業の会社は、現地法人を作って、新卒のベトナム人を雇っている。

コンピューターサイエンスの学位を持った、極めて優秀な ベトナム人エンジニアの初任給は月5万円。

意欲もあり、文句のつけようがないそうだ。しかも、解雇規制は日本ほど厳しくない。

 

一方で、彼らからすれば普通の給料が2万円のところ、コンピューターサイエンスの学位を持っているだけで初任給が倍以上になる。

(日本で考えれば、月給20万円の普通の新卒と、月給50万円のエンジニア、というイメージだ)

 

「正社員」という働き方がなくなりつつある世の中で

では、そんな時代に、現実を直視して、個人として対応するにはどうしたら良いのか。

「正社員」という働き方がなくなりつつある世の中で、どのように働けばよいのか。

 

Sansanの調査によれば、「働き方改革」と同時に、生産性の向上が必要だと考えている人が多いそうだ。

クラウド名刺管理のSansan、 オフィスワーカーの「働き方改革に関する意識・実態調査」結果発表 〜働き方改革、成功の鍵は生産性向上〜

「生産性向上が必要」88.3%

収益確保のためには労働時間の削減とともに「生産性を上げる施策が必要」と88.3%が回答。

たしかに、生産性を向上すれば、企業の収益は上がる。

それはそれで、重要なことではある。

 

だが、労働者一人ひとりの生産性の向上は、「給料アップ」には、直接つながらない。

仮につながったとしても、残業代と相殺されて、「労働時間の減少」はえられるかも知れないが、収入の増加は得られない。

 

根本的に、これからの時代に労働者が収入を増加させるには、正社員になるにせよ、有期雇用、フリーランスになるにせよ、「成長市場」で「成果を出す」事が必要になる。

ということは。

今いる職場で、必死に「生産性向上」に取り組むのは視野が狭すぎる。

マーケットを見極めて事業を立ち上げる、もしくは適切に会社を移動するスキルが、重要なのだ。

 

成長マーケットでは成果がものすごく出しやすいから「成長マーケットと共に、自然に収入が伸びる」ようにしたほうが、遥かに効率的だと言える。

それこそが、真の「生産性向上」だ。

つまり「働き方改革」の裏側は、「成長事業の立ち上げ」および「成長マーケットへの転職のススメ」と言ってよいだろう。

 

若手には大きなチャンスだし、やる気のある中年には良い兆候だ。

が、やる気のないオッサンには、つくづくつらい世の中になったものだ、と思う。

 

 

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