識学の井上剛と申します。

タイトルにありますが、皆様は「スポーツマーケティング」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。

早稲田大学の松岡宏高教授によれば、この言葉には2種類の言葉があります。
(参考文献:http://www.yhmf.jp/pdf/activity/adstudies/vol_67_01_03.pdf

 

一つは「スポーツを利用したマーケティング」。

すなわち一般企業がスポーツのポジティブなイメージを利用し、自社商品のプロモーションを行う活動です。

 

そしてもう一つが「スポーツマネジメント」という学問分野の一部です。

これは「スポーツそのものをプロダクトとするスポーツ組織(チームなど)」が、観客や視聴者などを増やし、収入アップを目的とする活動です。

 

チーム運営にとっては非常に重要な活動であり、実際、オリンピックの組織委員会もその重要性を認めています。

マーケティングの役割

東京2020が管理する大会運営に関連する費用及びJOC・JPCが管理する選手強化の費用は、主に、スポンサーシップ、ライセンシング、チケッティングなど、東京2020が実施するマーケティングプログラムによって得られる収入が、基盤となっています。なかでも、東京2020スポンサーシッププログラムにより想定している収入の割合は最も高く、大会の安定的な運営及び日本代表選手の活躍のために、非常に重要な役割を占めています。

私は後者の「チームを盛り上げる」活動、具体的には

「ファンクラブの運営」や

「イベント開催による観客動員」

など、数々のスポーツマーケティングの実務を、2006年から2018年までプロサッカークラブ「川崎フロンターレ」で行ってきました。

 

例えば少女マンガ雑誌「なかよし」とのコラボです。

http://www.frontale.co.jp/diary/2017/0819.html?fbclid=IwAR2DzzgNdHs-jHa6kf-Xa6zlU1jQfP17kNrkF1YnHh4k19jgvyeuRvkTWCo

 

あるいは雑誌「フライデー」とのコラボレーションイベントなどは大きくバズり、ファンの形成に大きく貢献しました。

http://www.frontale.co.jp/diary/2018/0312.html?fbclid=IwAR33bO6HJlwktiBLqzqpu7pvc14Xk1FbrxrocHY08Hb6lIS6gn4ph9FMNkc

 

こうした数々のチーム一丸となったの取り組み結果、川崎フロンターレのファンクラブの会員は2006年から、当初の1.2万人から現在の5万人へと躍進し、チームを支える原動力の一つとなっています。

 

しかし、このようなことを申し上げると

「自由で、型破りな働き方をしてきたのではないか」

と想像なさる方もいるかも知れません。

 

しかし、実態は全く逆でした。

これは「チームの仕組み」によるものであり、意図的に設計されたものです。

 

そしてこの「仕組みづくり」の立役者は、当時の上司で、現在は東京オリンピック組織委員会のイノベーション推進室で活躍する、天野春果さんでした。

天野春香

1971年生まれ。東京都出身。1993年からワシントン州立大学でスポーツマネジメントを学び、1996年のアトランタ五輪にボランティア参加。同年秋に帰国。翌年、富士通川崎フットボール(現川崎フロンターレ)に採用され、ホームタウン推進室でクラブの地域密着を推進。2001年、日韓W杯運営に出向。2002年、W杯後に復職。現在は川崎フロンターレのプロモーション部部長として、市民から愛されるクラブづくりに貢献。2017年より東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会に4年間の出向が予定されている

(出典:Amazon著者紹介)

天野さんは対外的には恐ろしく人当たりがよく、フットワークの軽い方として知られています。

(NHKにも取り上げられています https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/01/0108.html

 

しかし社内的には

「役割の定義」

「スケジューリングのルール」

「企画書のルール」

などを部下たちに厳格に適用する、怜悧なマネジャーでもありました。

そしてこの厳格さが、大きな成果を生み出したことは、疑いようもないほどの事実です。

 

とかく現在は

「自由な働き方」

「ルールは決めない」

「フラットな組織」

といったマネジメントのあり方がもてはやされていますが、

私は少なくとも、現場では全く逆のことが起きていたと感じます。

 

そこで、本稿ではこうした知見が組織運営にお困りの方の役に立つかもしれないと思い、「川崎フロンターレのマーケティング・プロモーションにおけるマネジメント」の詳細をここで述べたいと思います。

 

川崎フロンターレのプロモーション活動における厳密な「ルール」

前述したとおり、天野春果さんは、マーケティング・プロモーションのルールをメンバーに厳密に守らせました。

例えば、リーダーとメンバーの役割のちがいは厳密に決まっています。

 

【役割定義】

・リーダーは、少なくとも毎年「全く新しい企画」を最低2件つくる

・メンバーは、「与えられた企画」の中で、新しい試みを行う

 

これは極めて厳格なルールでした。

リーダーはゼロから企画を生み出すことが求められましたが、メンバーにはそれが許されていなかったのです。

 

新しい企画を天野さんに進言したメンバーもいましたが、天野さんは殆どの場合

「それは君の役割ではない」ときっぱり言い切りました。

 

なぜ天野さんはメンバーにそれを許さなかったのでしょう。

 

それは、天野さんが「実行すること」を極めて重視していたからです。

どんなに良い企画であっても、いや、良い企画であるほど、数々の困難が実行に伴います。

 

それを「アイデアが出たから」といって、いちいち取り合っていては、手が止まってしまう。

「絶対にやりきること」を重んじたからこそ、天野さんはルールを厳しく適用していたのです。(逆に、天野さんが実行できると判断した場合は、許可が出るときもありました。)

あるいは、仕事のスケジューリングも厳密に決まっています。

 

天野さんは「スケジュールを作れない人は、仕事ができない」と常々言っており、

企画はシーズンが始まる前までに「関係者の承認を取り付けておく」ことが必須とされていました。

 

【スケジューリングのルール】

・メイン企画は実施の1年前までに提出する

・シーズンが終わる12月第一週に、翌年のプロモーション案のコンペを行う。その時すでに関係者の承認を取り付けている状態にしておく。

・新シーズンが始まる2月の第一週までに、デッドラインを引いたスケジュールを作成し、関係者の承認を取り付けておく。

・全プロモーション実施の2ヶ月前に、プレスリリース完成版を関係者/リーダーから承認を取る。

 

ご覧いただくとわかりますが、少なくとも前のシーズンの終わりまでには次のシーズンで何をするかを決め、関係者の承認までを得るという、「相当の前倒し」で動くルールと体制も「実行力」の源泉でした。

 

また「企画」の内容に関するルールも厳密です。

企画は少なくとも、つぎの5つのルールを満たすものであることが必須でした。

 

【企画のルール】

・地域性がある

・社会性がある

・話題性がある

・低予算である

・ダジャレが効いている

 

これらのルールは天野さんの著書「スタジアムの宙にしあわせの歌が響く街(小学館)」にも書いてあるので、ご興味のある方は手にとっていただきたいと思います。

地域性、社会性は「川崎フロンターレ」というサッカークラブのミッションに合致するように。話題性はより多く集客のために。

そして特徴的なのは「低予算」です。

 

「プロサッカーチームのプロモーションなんて、さぞかし派手な世界で、大きな広告費を動かしてきたのではないか」

と思われるかも知れませんが、川崎フロンターレのイベント企画の予算と成果は、50万円以内で3000名〜4000名を集めることとされており、かなり厳しい条件となっています。

 

しかもそれらの成果は、イベントで配布される整理券や、ワークショップの席数、出店で売られた食数などから厳密に測定されます。

 

「コストに厳しかったのでしょうか?」と聞かれる方もいらっしゃいますが、そうではありません。

「低予算」の縛りは、メンバーに「多くの関係者を巻き込んだイベントを企画しなさい」というメッセージです。

 

確かに、お金を払えば「販促」は可能ですし、それなりの成果も出るでしょう。

しかし、真の意味で「チームを取り巻く人のネットワークづくり」を推進するならば、むしろお金は邪魔になってしまうのです。

 

そして最後。

企画には「ダジャレが効いている」(ユーモアがある)ことが必須でした。

 

これには一つ、個人的な思い出があります

私は過去、クリスマスイブに行われる試合、天皇杯の広告ビジュアルとキャチコピーを任されたことがありました。

ただ、恥ずかしながら企画に十分な時間をかけず、天野さんに(うろ覚えですが)

「クリスマス頂上決戦」といった、平凡なキャッチコピーの広告案を提出してしまったのです。

 

もちろん天野さんは、一瞥して

「つまんないね」

と言いました。

 

当然の結果なのですが、差し戻された私は、それから昼夜を徹して考えました。

「ダジャレか……ダジャレ、ダジャレ……。」

 

そして、風呂のあと洗面所で鏡にふと、クリスマスに引っ掛けて

「聖なる戦い」

と書いた時、天啓がありました。

 

川崎フロンターレも、対戦相手のFC東京もユニフォームが青い……

 

私は天野さんに「聖なる夜の青なる戦い」というキャッチコピーの広告を提出しました。

今度は天野さんからOKが出て、その広告が採用されたのです。

 

しかし私は「こんなんでいいのか……?」と思ってもいました。

青なる、って……単なるダジャレじゃん!(笑)とも思っていたのです。

 

ところがある日。

高校生ぐらいの女の子たちが、そのポスターを見て話しているのを偶然耳にしたのです。

 

「何このダジャレ! みんなで行ってみる?」と。

 

ダジャレすげえ……

 

わかりやすいユーモア、ダジャレは、人の心をつかむのだ、とこの時ほんとうの意味で、天野さんのルールが腹落ちしたのです。

(ダジャレにはもう一つルールの意味があり、企画の拡大性なのですが、このことは天野さんの本でご確認頂ければ幸いです。)

 

天野さんのルールは一見、ガチガチに決まっており、メンバーの自由を奪っているようにも見えます。

しかし、数々の実績が証明する通り、そのルールは天野さんが実務の中で得てきた、極めて高いパフォーマンスを誰でも出せるようにする、極めてよく練られたルールでした。

 

結局これを守らせることが、全員のパフォーマンスの向上、ひいては社員のスキルアップや仕事への満足度の向上につながっていたのです。

 

天才の技を、チームの仕組みにする技術を普及させる

私は学生時代、渡米して「スポーツマネジメント」を学びました。

それは、「スポーツを通じて、地域振興に貢献する」という、Jリーグの理念に共感するところが大きかったからです。

だから、究極的には、お客さんに「試合に負けたとしても」、楽しかったと言ってもらえるようなチームにしたい。

それが私がプロモーション領域で仕事をするようになった動機です。

 

ところがその技術的な要素は、多くの場合「再現性に乏しい」ノウハウしか公開されていません。

いわゆる、「天才たちの経験と勘」です。

クリエイティブ、ひらめき、着想、アイデア、そういったことが重視され、事例や参考文献などを漁っても、理論が乏しい状態でした。

 

しかし、私は上のように、川崎フロンターレで天野さんに学び

「ルールでクリエイティブさを創出する」現場を体感することができました。

 

天野さんも昔は「天才型」のマネジャーであったと聞きます。

しかし、それを「天才の芸」にとどまらせず、一つ一つのルールに落とし込み「チームの仕組み」に昇華させた手腕は、学ぶべきところが数多くありました。

 

今後も、川崎フロンターレの経験を活かし、コンサルティング活動やセミナーを通じて、「仕組み化する技術」の普及に取り組んでいきたいと考えています。

(著者:井上 剛)

 

 

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(2024/1/22更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

株式会社識学

人間の意識構造に着目した独自の組織マネジメント理論「識学」を活用した組織コンサルティング会社。同社が運営するメディアでは、マネジメント、リーダーシップをはじめ、組織運営に関する様々なコラムをお届けしています。

webサイト:識学総研

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