「学歴で人を判断するのはよくない」と言えば、おそらく多くの人が同意をしてくれるのではないだろうか。
もっとも、良い大学に行き良い会社に入れば一生安泰などと言うのは遠い昔の話なので、もはやそれどころの話ではないのだが。
しかしここで、一つの数字を見てほしい。
適当にまとめたものなので間違いはあるかも知れないが、中央省庁の事務次官もしくは相当職にある幹部の、出身大学別の人数だ。
言うまでもなく事務次官とは、日本の政策を意志決定する事実上の最高責任者である。
2021年8月現在、東大出身者がほとんどとなっている。
東京大学 ・・・13人
京都大学 ・・・1人
一橋大学 ・・・1人
慶応大学 ・・・1人
さらに言えば、13人のうち11人が東大法学部の出身だ。おそらく過去に遡っても、この傾向は間違いなく同じだろう。
むしろ、慶応とはいえ私学出身者がいることに、「時代は変わったなー」と思えるほどだ。
とはいえこれは、学歴で人を判断したわけではなく、優秀な人を選んだらたまたま東大法学部出身だっただけかも知れない。
そもそも、国家公務員のキャリア試験合格者が東大出身者ばかりなので、そうならざるを得ないということもありそうだ。
いずれにせよ、日本という国は一つの大学、一つの学部出身者に偏って国家としての意思決定がなされていることだけは、間違いなさそうだ。
多くの人が「学歴で人を判断するのはよくない」という価値観を共有しているであろうにも関わらずだ。
しかしその上で、「だから間違っている」などというつもりは、実は全く無い。
むしろ、これはある意味で素晴らしい結果であり、学歴主義とは素晴らしい考え方なのではないか、という話をしてみたい。
それはどういうことか。
会社はなぜ儲からなくなるのか
話は変わるが、私はかつてある中堅メーカーの経営再建に携わったことがある。
創業社長が30年で育てた会社で、従業員数も1000名近くまで成長させるなど、業界では知られた会社だった。
しかし事業の拡大に伴い経営管理が行き届かなくなり、やがて売上は伸びるのにそれ以上の赤字を垂れ流す危機的な状況に陥る。
さらに何が原因で経営が悪化するのか、何をすれば状況が改善するのかを把握できずに混乱しているような状態だった。
このような状況で経営企画の責任者に就くと、私が最初に取り組んだのは業務を数字で可視化することであり、可視化するための業務フローの整理だった。
この過程では多くの発見があったが、一番驚いたのは工場の給与総額だっただろうか。
過去の推移を日別で集計しグラフ化してみると、売上にも生産量にも連動していないのである。
それどころか、生産量の少ない暇な日にパート・アルバイトへの支払いが増加し、月末の多忙な日に減る傾向があった。
そしてその多忙な日に社員の残業手当が増加し、減ったパート・アルバイトの穴埋めをしているであろうことを数字は示していた。
数字から見て、シフト管理が目的的になされていないことは明らかだ。
そのためさっそく工場長のもとに行きこの状況を説明すると、意外な回答が返ってきた。
「数字は正しいと思います。パートやアルバイトは本人の希望を聞いた上で、入れる日に入ってもらうシフトを組んでいます。特段の工夫はしていません」
「ありがとうございます。しかしそれでは楽な日に人が集中し、忙しい時を皆が敬遠して、パートさんに働いてもらう目的が薄れてしまいます。いかがでしょうか」
「その通りです。しかし忙しい日も暇な日も同じ給料では、パートさんに頼みづらいのが正直なところなんです。さらに言えば、こうして数字を見るまで、ここまでの問題だと正直思っていませんでした」
「・・・なるほど、よくわかります」
工場長は、問題があることもこのままではいけないことも、長年の現場感で概ね正確に理解していた。
しかし頑張ってくれる人もそうでない人も同じ給料なら、「忙しい日にこそ入ってほしい」とは言い辛かったのだろう。
さらに言えば、正確な数字がわからないのであれば工場を安定的に稼働させるバッファを多く取ることだけ考え、人を配置していたことも理解できることだ。
これは現場の責任よりも、漫然と人を採用するばかりで、状況を数字で可視化していなかった役員の怠慢こそ問題にすべきだろう。
このような問題は他でも見られ、月次棚卸しが為されていない工場の在庫は、パート・アルバイトが持ち帰り放題になっていた。
さらに開封済みの同じ原材料がいくつもあり、また発注が重ねられているなど無駄に無駄が積み上がっている状態だった。
これでは、いくら優良なビジネスモデルを展開しても穴の空いたバケツで、儲かるものも儲かるわけがない。
状況を把握すると私はさっそく、各現場の責任者と一緒になって「当たり前のこと」をルール化することに着手した。
・多忙な日の出勤には時給を上積みし、負荷によって給与に差をつけること。
・在庫棚卸しを実施して備品の持ち帰りを禁止し、発注ルールを取り決めること。
・ずるい人が得をするあらゆる仕組みを許さないこと。
など、誰もが当然と思っていたのに、やろうとしなかったことばかりである。
すると3ヶ月もすると目に見えて効果が現れ、給与総額は生産量に連動するようになり、大幅な圧縮を達成することになる。
さらに、あらゆる数字を可視化することで様々なコストが勝手に下がり、キャッシュの流出が止まり、1年後には黒字化を達成するまでに状況が改善した。
この時、工場に足を運び「工場長!すごいじゃないですか!」と声を掛けた時の、少し赤らんだ誇らしい笑顔は忘れようがない。
ほんの少し習慣を変えるだけで成果は大きく変わり、心が動き出して、良い方向にものごとが進むことを実感した瞬間だった。
そんなことを肌感覚で体験できた、本当に印象深い出来事になっている。
多少乱暴に話を省略しているが、この時に私がしたことは、本質的にはこの程度である。
誰もが問題意識を持っていたのに、「まあいいか」と漫然と流されていた課題を机に上げ、可視化しただけのことだ。
そしてただそれだけのことで数字が改善し、まるで私の手柄であるかのように株主からは評価され、驚かれた。
飛躍するようなことを言うようだが、日産自動車を立て直したカルロス・ゴーンなど経営の「立て直し屋」と呼ばれる人たちも、大したことをしているわけではない。
組織とは、長年に渡り変化に晒されないままだと「社内既得権益」が生まれてしまうものだ。
そして、責任を取らないのに決裁権を持つ上司、無駄で無意味な社内ルールとその責任者、何の役にも立たない報告書の作成担当といった「仕事をしているフリで給料をもらえる人たち」が積み重なり、利益を食い潰す。
それらをぶち壊し、誰もが当たり前と感じるルールに整理し直すだけで、多くの組織ではびっくりするくらい利益が生まれ、優良企業になれる可能性を秘めている。
しかしそのようなぶち壊し役は、生え抜きの人間には難しい。
組織文化に染まり会社のやり方が当たり前になると、非常識なことに慣れ、常識に鈍感になってしまうからだ。
だからこそ、組織というものは常に多様なものの見方をする「壊し屋」に仕事をさせ続ける必要がある。
そして意図的に組織を流動化させ、特に役員などのエラい人たちに緊張感を強制しなければならない。
このような「創造的破壊」を機能として持ち合わせていない会社や組織は、時間の経過とともに必ず硬直化してしまう。
そうなると、環境に適応できず淘汰されることは、多くの歴史が証明している通りだ。
結局学歴主義は素晴らしいのか
話は冒頭の、「学歴主義って素晴らしい」という話についてだ。
確かに、日本で最高の意思決定を担う中央省庁の事務次官は、東大出身者ばかりだろう。
逆に言えば、東大を出ているかも知れないが、大富豪の家系であったり、旧華族の出身であったりなど、「特別ななにか」を持ち合わせているわけではない人たちばかりとも言える。
シンプルに言えば、勉強を頑張り、東大に入り、仕事を頑張れば国の中枢を任される人にもなれるということだ。
この仕組みは元々、明治新政府が誕生した際に、深刻な人材難を背景に生まれた制度だった。
新しい国を作り新しい組織を作ろうとしているのに、全くそれを担う人材がいない。
であれば、武士階級だろうが農民出身であろうが、優秀な人間を次々に取り立てて、仕事を任せるしか無かった。
武士階級でなければ指導者になれないなどと、そんな無意味な社会の硬直化を徳川幕府から継承する余裕など無かったということである。
そしてこの際、「優秀な人間」の尺度になったのが学歴、すなわち「学習した知識の再現性が高い人」だった。
そして、年齢や身分の垣根を超えて多様な人材が次々に流入する国の中枢は絶えず「創造的破壊」を強制され、緊張を強いられ、既得権益にしがみつく人に安住を許さなかった。
結果として組織は強さを積み重ねていき、日本が急速な近代化を遂げる大きな原動力となっていく。
翻って今、学歴主義はこのように機能しているだろうか。
学歴・学閥が社会の既得権益として機能し、「学習した知識の再現性が高い人」だけが求められる価値観ではない今、既に最初の目的を失っているのではないだろうか。
まして、親の年収が子の学歴に影響を与えるような情勢であれば、むしろ「社会の硬直化」を助長する仕組みにすらなっていると言えないだろうか。
学歴主義が本来持っていた目的を考えると、もはやその役割は確実に終わっている。
そしてその目的とは、能力主義であり、多様な価値観やものの見方が流入し続ける仕組みであり、組織に継続的な創造的破壊をもたらすことであったはずだ。
そのような原点に立ち返り、諸々のエラい人たちにはぜひ、組織運営にあたって欲しいと願っている。
あ、学生にとって勉強は何よりも大事なことなので誤解なきよう、念のために。
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【プロフィール】
桃野泰徳
大学卒業後、大和證券に勤務。中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。
先日、18年間家族でいてくれたウチのワンコが旅立ちました。
早朝にふと目がさめ様子を見に行くと、微かに頭を上げて尻尾を振り、そのまま呼吸が止まりました。
最後のお別れのために、頑張って待ってくれていたのだと思います。
本当にありがとう。。
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photo by : Richard, enjoy my life!