昨今、企業に頼らず、個人が自らキャリアを構築していくことが求められるようになった。だが、キャリアの方向性や「やりたいこと」がわからない人も多い。

そうしたなか、経産省は2017年に「社会人基礎力」をアップデートした。社会とかかわりながらライフステージの各段階で活躍するためのOS(基盤)を「人生100年時代の社会人基礎力」と位置付けた。

仕事人としてのOSを培い、アップデートし続けるために何が必要なのか。成長への意欲や気づきをどうつくっていけばいいのか――。

 

キャリア教育研究家で、人事院人材局企画課課長補佐の橋本賢⼆氏に、グロービス経営大学院教員の金子浩明が聞いた。

 

「社会⼈基礎⼒」の正しい捉え方

金子:橋本さんは、⼈事院から2015年に経済産業省に出向し、「人生100年時代の社会⼈基礎⼒」※の策定プロジェクトに従事されました。じつは私も民間企業で2006年版の策定にかかわっていた経緯があります。見直しに至った問題意識がどこにあったのか、ぜひお聞かせください。

 

※人生100年時代の社会⼈基礎⼒:「社会人基礎力」は、職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要とされる基礎的な力。「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」の3つの能力と、それに紐づく12の能力要素から成り立つ。

「人生100年時代の社会人基礎力」は、社会人基礎力をベースとして「リフレクション」を中心に据え、①どう活躍するか(目的)、②どのように学ぶか(統合)、③何を学ぶか(学び)の3つの視点を加え、ライフステージの各段階で活躍し続けるために求められる力とされる。

 

橋本: プロジェクトは、2006年に提唱された社会人基礎力(下図)をアップデートする取り組みでした。もともと社会人基礎力のコンセプトは非常に優れたものです。

特に大事にしたいのは「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」という定義の部分。年代を問わず、誰にでもあてはまる普遍的概念といえます。ただ、「社会人基礎力」という名称のせいか、誤解されている部分がありました。

1つは“スキル”として捉えられてしまったこと。「なにをすれば修得できるのか」といった単純な捉え方が広がってしまいました。ですが、社会人基礎力の本質は、スキルではなく“コンピテンシー”※です。自分の力を社会に活かすための行動特性です。

コンピテンシー:高いレベルの業務成果を生み出す、特徴的な行動特性。あくまで成果につながる行動であり、単なる知識や、思考力、資格や偏差値は含まれない。

もう1つは、“大学生向け”と認識されていたことです。本来の対象は子どもからシニアまでの幅広い世代であり、どの段階でも伸ばし続けられる力のはず。そこでプロジェクトでは、スキルからコンピテンシーへ、学生向けから全世代向けへと位置づけの明確化を図りました。

 

金子:社会人基礎力というと、初歩の学習と勘違いされがちな気もします。初歩ではなく基礎、いってみれば建物の基礎工事のようなものと考えればいいでしょうか。だとすればここでいうコンピテンシーは、デキるビジネスパーソンのものではなく、あらゆる社会人に求められる基礎的なコンピテンシーを指しているのですね。気が利くとか、空気が読めるとか、主体的に提案できるマインドとか、失敗から学べる学習能力とか。

 

橋本:おっしゃるとおりです。経済産業省の「我が国産業における人材力強化に向けた研究会」では社会人基礎力を、個別の専門スキルを使いこなすうえで欠かせないOS(基盤)と位置付けています。

 

「社会人基礎力」に3つの視点を加えてアップデート

金子:OSであれば、アップデートしなければなりませんね。ただ、スキルはなんらかの手法によって習得できますが、コンピテンシーはどうやって身につければいいのでしょう。

個人的な体験ですが、若いころ上司に提案書を出して、何度もやり直しをさせられて、気づいたら明け方だったことがあります。今は許されませんが。上司は、怒るわけでも詰めるわけでもなく、私の完成度が高まるのをただ待っていてくれたわけです。

怖い上司でしたが、自分の頭でゼロから考える、主体的に考えるといったまさにOSを教わりました。ですが、ここまで体を張って教えてくれる人に出会わないと、自分に何が足りないのか、気づくのは難しいのでは。

 

橋本:たしかに自分で気づくのは難しいですよね。社会人が成長を続けるうえで不可欠だと据えたのが、「リフレクション(内省)」※です。実際に経験したことをもとに行動を振り返ることを指しますが、この過程で自分に足りないものに気づくことができます。

※リフレクション(内省):組織行動学者、デービット・コルブが提唱した経験学習のプロセスの1つ。

とはいえ、いきなりリフレクションしてくださいと言われても難しい。

そこで、「人生100年時代の社会人基礎力」では、「どう活躍するか」「どのように学ぶか」「何を学ぶか」という3つの視点を掲げました。この3つのうちのどれか1つから考えていきませんか、という提案です。例えば、「どう活躍するか」を考えることで、おぼろげでも、なりたい姿が見え、これを学ばなければならないと気づくと、必要な行動を起こすことにつながります。

3つの視点をきっかけとしてバランスをとりながら内省して自分に向き合うことが、行動変容につながるとしました。

ただ、リフレクションはあくまでこれまでの経験をベースに、自分の価値観やできること、やりたいことを見ていくもの。そして、リフレクションの気づきを成長という未来につなげるには、やはり実践の場をつくるしかない。

今、大学教育ではPBL(Project Based Learning:問題解決型学習)などの実践型教育が浸透して、効果が出ています。価値をつくり、結果を期待される実践の場面をつくり、主体的な行動を促すことがPBLです。極端な話、大人であれば実践の場はPTAとかマンションの管理組合でもいいんです。実際に行動してみれば、新たな気づきから学びや行動変容も生まれます。

ただし、目的意識がないと、いくら学びを頑張っても意味がありません。例えば、出川哲朗さんは、英文法は不正確かもしれないですが、海外でコミュニケーションがとれていますよね。TOEICは高得点だけど会話できない人より、出川さんの英語のほうが伝わるかもしれない。大切なのは熱意、目的意識です。

 

十分な「外部刺激」があれば、人の行動は変わる?

金子:自分で目的をもって行動を振り返るというのは主体性や目的意識があるということですよね。そうすると、OSとしてのコンピテンシーを高める大前提に、主体的にキャリアをつくる意識がある。

キャリアの初期から目的意識を持って動ける人もいる一方、そうでない人もいます。目的意識はいわば成長の土台といえるでしょう。土台がない人の背中をどうやって押してあげればいいと思いますか。

 

橋本:目的意識がある人は、「なりたい姿」がある人です。そういう人は、モチベーション高く行動し、どんどん成長していきます。

一方で、なりたい姿がない人は、行動する意欲がないため成長もせず、両者の差がどんどん開いていく。今、「モチベーション格差」とか「行動格差」とか言われて問題になっています。

では、「なりたい姿」がない人に、どう働きかけたらいいのか。私も様々な文献を読んでいるのですが、明確なスイッチはわかりません。ただ、外部刺激が内発的な変化のきっかけになることはわかっています。刺激を受けているうちに目的がみつかり、それがモチベーション向上につながり、行動に至ります。

 

金子:モチベーションが高くない人ほど、行動した方がいいということですね。それでも、学生のうちは、小学校から中学校、中学校から高校、それから大学や専門学校、そこから社会人と強制的に環境が変わるので、自ら望まなくても強い刺激を受けます。

しかし、社会人になるとそうした刺激は新入社員の頃だけです。昇進や異動は、学校のクラス替えや部活で役職に就いた程度の刺激でしょう。

そのため、社会人になってからはちょっとした外部刺激を生かしやすい人とそうでない人でかなり差がつくように思いますが、両者は何が違うのでしょうか。

 

橋本: 刺激があっても、行動につながらないなら、その人にとっては刺激の質・量が足りていないということでしょう。

また、学生と社会人の違いをもう一つあげると、社会人は、すでに経験を積み、自分のルーティンや信念が出来上がっています。過去の経験に基づく信念が強いと、外部刺激がきても跳ね返してしまいます。外部刺激を生かしてもらうには、まずはそこを壊さないといけない。それが北海道大学大学院の松尾睦教授のいう「アンラーニング」です。

アンラーニングが起きるきっかけは「状況変化」「他者の行動」「研修」「書籍」などがあるそうですが、何が個人の背中を押すきっかけになるかはわかりません。例えば、同じ「昇進」という外部刺激でも人によって受け止め方が異なるので、背中を押すとは限りません。そこで、なるべくいろいろな刺激を受けられる状況をつくり、その中から反応できるものを拾ってもらうしかないとも考えています

 

「行動」につながる自己効力感を得るには、「行動」せよ?

金子:受け止め方を変えるにはマインドセットも大切ですね。スタンフォード大学のキャロル・ドゥエック教授は、「自らのスキルを自発的に高めるグロースマインドセット※を持て」と唱えています。

実際、マイクロソフトのCEO、サティア・ナデラといったシリコンバレーの経営者たちは、社員に求めるマインドセットとしてグロースマインドセット(自分の能力は成長可能と捉える考え方)を挙げています。

※グロースマインドセット:能力やスキルは成長可能だとする考え方。反対は、フィックスマインドセットで、努力しても能力やスキルは向上しないとする考え方。

ただし、グロースマインドセットを獲得するには、失敗しても「自分なら乗り越えられる」と思える自己効力感が必要です。そのためには成功体験の積み重ねが不可欠。ということは、そもそも成功していなければならないのですが…。

鶏と卵のような問題になってしまいますが、最初の卵、つまり成功体験がない人はどうやって自己効力感を得ればいいのでしょう。

橋本大きな成功を狙うのでなく、スモールステップでいいんじゃないかと思います。皆さん、チャレンジが大きすぎるんですよ。自転車だってまずはローギアでスタートするじゃないですか。

「小さいチャレンジで恥ずかしい」なんて思わなくていい。むしろ、必要なら初歩に戻って学ぶ勇気が必要です。

リクルートのインターネット予備校スタディサプリも、つまずいているところがあったら下の学年の単元からやり直させます。社会人の勉強も同じです。わかっていないのに「今さら高校の数学なんて」と避けていたら、永遠にデータサイエンスなんてムリですよ。

 

「期待せず、小さな一歩を見守る」

橋本:周囲は「一歩踏み出せた、それでもうオッケー」と温かく受け止めてあげてはどうでしょう。

マスコミに登場するような華々しい人の活躍ではなく、普通の人の小さな挑戦に注目してほしい。例えば、社内報で取り上げるのも一策ですよね。成果ではなく、学びを実践したときの本人の気持ちにライトを当て、「素敵な変化ですね」「こういう挑戦って有意義ですよね」と会社がメッセージを発信する。身近な人が評価されると周りも刺激を受けやすくなります。

 

金子:小さな変化をいかに支えるかは、企業が工夫すべきテーマかもしれません。「さあ、学びましょう」と大上段に呼び掛けても、なかなかスイッチが入らない。社員の変化を支えるために、会社はどうすればいいと思いますか。

 

橋本:一言で言うと、お互い期待し過ぎないことだと思います。例えば、ある個人が学んだり、資格を取ったからといって給与や昇進に直結するわけものでもありません。

過大な旨味は期待しないほうがいいです。自分がコントロールできる範囲で物事を変えたり、提案の質を高めたり、組織を刺激したり、組織の評価を過剰に期待せず、持てる力を発揮し続ける。

組織も同じで、「研修を一発やったら変わるだろう」なんて考えてはいけない。「学びましょう」「自律人材になりましょう」といくら言い続けたところで、個人はそう易々と変わってくれません。

ただ、言い続けないとカルチャーは変化しません。言い続け、工夫し続ければ、だんだん雰囲気が変わってきて、「学ばないと」「自律的にならないと」とみんな思い始めるのでは。刺激し続ける一方で、即効性を求めずおおらかに構えることじゃないかと思います。

 

成長につながる良いフィードバックとは

金子:職場の上司や仲間のフィードバックも、自己効力感に影響しますよね。

東京大学名誉教授で教育心理学者の市川伸一さんは、努力したかどうかよりも「学習方略」を振り返ることが重要だと言っています。方略とはストラテジーです。

出典:ワイナーの原因帰属理論

 

失敗した際に「能力が足りなかった」と結論付けると、努力しても意味が無くなります。「運が悪かったのだ」というのも、同じです。自分を責めることはしませんが、努力もしなくなります。

では「努力が足りなかった」と考えればいいかと言うと、そうではありません。何度も失敗すると、結局「自分には能力がないのだ」という結論に至るからです。

残るのが「課題の難易度」です。課題の難易度を落とせばいいのですが、資格試験のようにそれが難しい場合もあります。そこで市川伸一さんは、学習者の自己効力感を下げないために「学習方略」に原因を帰属させることが重要だと言いました。

例えば、部下が何度も仕事でミスをしたとしましょう。これを部下の能力や努力の問題よりも、「やり方」や「アプローチ」の方に原因があると捉えることで、前向きに改善することができます。逆に言えば、周囲のフィードバック次第では、成長できることもできなくなってしまう。

 

橋本:おっしゃる通り、やり方やアプローチに注目したフィードバックは重要ですが、何がフックになるかは人によるところにフィードバックの難しさがありますよね。

とにかくいろいろやるしかない。言い方を変えてみたり、違う仕事を投げてみたり。でも強制したらダメ。「せっかく俺が投げたのになんで打たないんだよ」と責めたらパワハラになってしまいます。

さきほどの繰り返しになりますが、職場はナッジ(行動を促すアプローチ)を含めていろいろな仕掛けを用意し、刺激する。そして内発的動機が生まれてくるのを待つしかないのだと思います。

 

(執筆:橋本賢二、金子浩明)

 

 

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Photo by Liane Metzler