ここ数十年で、働き方は大きく変わった。

 

最近還暦を迎えた父が新入社員としてあくせく働いていたころ、日本はバブルに沸き、「24時間戦えますか」状態だったらしい。

男性はまじめに働いていれば順当に出世し、女性は社内恋愛や上司の紹介などで結婚し寿退社。将来は退職金と年金でのんびり余生を送る。そんな人生設計だったはずだ。

 

でもいま、そんな「恵まれた人生」は、夢のまた夢。

将来どうなるかわからない状況で、ひとつの企業に依存するキャリアはもはやリスクとなり、企業に依存しないキャリア形成が大切だと言われるようになった。

 

いわゆる、キャリア自律というやつだ。

現在ドイツでフリーライターとして働いているわたしとしても、自分でキャリアを選択していく姿勢はとても大事だと思う。

 

のだが。

最近ちょっと、「キャリア自律大事論」に、違和感をもつようになった。

なんだか、「労働者の自主性を重視」という建て前で、企業が従業員を見放そうとしているように思えるから。

 

副業解禁はスキルアップや満足度アップのため……ではない!

まずみなさんに、この質問をしたい。

「副業オッケーの企業は、なぜ副業解禁に踏み切ったのだと思う?」

 

2018年、厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を発表し、国を挙げて副業・兼業を推し進める方針を打ち出した。

そこから副業従事者は少しずつ増加し、現在約10%、10人に1人が副業をしているらしい(正社員で副業をしているのは5.9%)。*1

 

厚生労働省の副業ガイドラインによると、労働者側のメリットの1番目は「労働者が主体的にキャリアを形成することができる」。

企業側のメリットは、1番目が「労働者が社内では得られない知識・スキルを獲得する」で、2番目に「労働者の自律性・自主性を促す」。

 

キーワードはやはり、「主体的」や「自主性」らしい。

柔軟な働き方を通じて人生の選択肢が増えるのは、たしかにいいことだ。

 

と、思っていたのだが。

企業が副業を解禁した理由は、どうやら厚生労働省が挙げている「社内では得られない知識やスキルの獲得」でも、「労働者のキャリア自律支援」でもないらしい。

 

ではいったい、なぜ副業を解禁したのか。

それは、「カネ」である。

 

副業・兼業を導入した理由の統計では、なんと「社員の収入を補填できる」がトップの37.6%になっているのだ。*2

え、ちょっと信じられないんだけど。

 

補填が必要なレベルの収入しか払えないのなら、従業員により多く還元するために企業が試行錯誤すべきであって、「じゃあヨソで稼いでね」ってなんだよそれ。無責任すぎないか?

しかも副業解禁の理由第2位が、「社員のモチベーションを維持できる」の37.1%って。

 

なんで副業オッケーならモチベが維持できるんだ。

副業したい人が副業禁止でがっかりすることはあるだろうけど、「やったー! 我が社は副業できるぞ! あしたから仕事がんばろー!」なんて人、いるの?

全然想像できない。まったく意味がわからない。

 

キャリア自律の実態は「企業が従業員を見放した」だけじゃないか?

終身雇用の崩壊で、転職は当たり前。

フリーランスや副業・複業など、働き方は多種多様。

どこに住んでいても働ける。

ワークライフバランスが一番大事。

好きなことを仕事にして自己実現。

 

このように、「ひとつの企業に依存せず自分のちからでキャリアを切り拓こう」というキャリア自律論を、最近よく見かける。

企業に所属する・しないに関わらず、自分に合った働き方を選べるのは、たしかにいいことだ。

でも副業を「収入補填」のために解禁する企業が多いのを知って、なんだかちょっとショックだった。

 

もちろん、副業解禁の理由はそれだけじゃないだろうし、実際副業で豊かになった人もいるから、副業解禁が悪いわけじゃないんだけど。

 

「キャリア自律」だのと言っておいて、実際は、「カネに困ったら副業してね」と従業員たちを見放してるだけじゃないか、と思ったのだ。

しかもそれを、「キャリア自律の一環として労働者のために」って建て前にするのは、ちょっとずるくないか?

 

労働者はカネのために働き、安定した生活を求めている

さて、収入補填のために企業が副業解禁する一方、肝心の労働者はどう思っているのか。

ここで、いくつか数字を紹介したい。

 

まず、「働くうえで幸福だと感じるもの」というアンケート。

堂々の第1位は、「給与面に納得している」の37.1%だ。*3

 

若者の意識調査でも、仕事をする目的は「収入を得るため」の84.6%がダントツで、2番目の「仕事を通して達成感や生きがいを得るため」の15.8%を大きく引き離している。*4

まぁそうだよな、たいていの人はカネのために働いているもんな。

 

さてさて、2015年の古いデータではあるが、「終身雇用」の支持率はどうだろう。

さすがに時代遅れだから、多くの人がアンチ・終身雇用なんだろうなぁ。

なんて思っていたのだが、終身雇用をポジティブに受け止めている人は、1999年の72.3%に比べ、2015年になると87.9%にまで増えている。*5

 

「終身雇用は古い! 終わった!」なんて声をいたるところで聞いていたから、この結果にめちゃくちゃ驚いた。

本当なんだろうか……?と思いつつ改めて若者の意識調査を見てみると、「仕事を選択する際に重要視する観点」のなかで「とても重要」のトップになっているのは、「安定して長く続けられること」の50%で、「収入が多いこと」の46%を超えている。*4

 

2022年卒の大学生への意識調査における「企業選びのポイント」というアンケートでも、1位は、「安定している会社」の42.8%だ。*6

つまり、自己実現だのなんだと言っても、働くのは結局カネのためであり、求めるのは安定した生活。

それに対し、企業は「収入補填のために副業解禁」というのだから、なんだかなぁ。

 

安定を求める人にキャリア自律をうながす意味とは?

「カネのために働くから安定した生活がほしい」という思いは、「企業に頼らず自己実現を目指して仕事をしよう」というキャリア論と、あんまり相性がよくない。

両立しないわけではないけど、「安定した生活の保障」と「積極的にキャリアを切り拓く」は、ちょっとベクトルがちがう気がする。

 

そうなると、「じゃあ巷にあふれかえるキャリア自律論ってなんのためにあるの?」と疑問に思わないだろうか。

わたしは思ったよ、「安定を求める人が多いのにキャリア自律ってなんやねん」と。

その答えを考えると、わたしにはどうにも、「企業や経営者にとって都合がいいからなんじゃないか」と思えてしまうのだ。

 

いやだってさ、日本ってOJTがメインじゃん。

人事異動や転勤で、本人の希望とはちがうところで働くことだってあるし。

スキルアップしたからって給料交渉して給料が上がるわけでもないし。

社会人になってから学びなおすのもかんたんじゃないし。

資格を取得したくとも、残業ばかりで時間がないし。

 

そんななかで、「企業に依存しない自主的な働き方をしよう!」って、結構しんどくない?

いままでひとつの企業に依存してた状態からの脱却を目指すなら、放り投げになっちゃダメでしょう、って思うんだよ。

 

「キャリア自律が大事だから自分でスキルアップしてこい、でも給料は初任給固定の年功序列が基本、必ずしも希望の部署で働けるわけではないよ」なんて、最悪じゃん。

 

環境が整わないまま終身雇用からキャリア自律への移行は酷

いやね、いろんな企業が、キャリア自律のために試行錯誤してるのは耳にしてるよ。スキルがあれば新卒でも好待遇とか、パラレルキャリアの支援とかさ。

転職であれば募集した部署に配属されるだろうし、男性の育休取得支援やリモートワーク、フレックスタイム導入など、ワークライフバランスも重視され始めている。

 

でもなんだか、キャリア自律が、結局のところ経営者視点・もしくは強者理論になってるんじゃないかなぁという印象を受けてしまうのだ。

 

だって、「給料が低いなら副業すればいいじゃん」と過剰労働を押し付けたり、「待遇がいい企業に転職するスキルがない自分が悪いだけ」と自己責任論に結び付けたりする人が、絶対に現れるでしょ?

それこそ、氷河期世代のような不遇の世代が次に現れたとき、「ちゃんとスキルを身に着けていれば就職できた」とか言われそうだよね。

 

それはもはや、「労働者の自主性」っていう建て前の搾取じゃないかなぁと。

そもそもキャリア自律は、社外でスキルを身に着けるのが当たり前、給料交渉は当然の権利、職務記述書で自分の仕事がハッキリしているジョブ型の働き方と相性がいいわけで。

OJTメインで給料は年功序列が基本、職務内容があいまいな日本では、あんまり機能しないような気がするんだよね。

 

「死ぬまで企業が面倒見るよ!」って言ってたのに、ジョブ型の環境が整わないなかで「企業に依存するな!」って、なんだか急に見放された感じがしない?

 

キャリア自律は本人が望むものであって、搾取になってはいけない

そんなこと言うと、「そういう考えの人は置いていかれるだけ(キリッ」とか言われそうだけどさ。

 

以前のように、ひとつの企業で働き続ける時代じゃないのはわかる。

企業に依存ができないのだから、当然、「自分の足で立て」となるのもわかる。

 

自分らしく働くために、自分自身の選択でキャリア形成していくのは大切だ。

ひとつの企業で従属的に働くより、積極的に行動してスキルを身に着けたほうが、つぶしがきくだろう。

 

努力する人としない人で差がつくのも、当然っちゃ当然。

価値観が大きく変わっている過渡期に、「すべての環境が完璧に整わなきゃダメ!」というのも非現実的。

 

それは、わかる。

でも、だからって「企業が社員たちの生活を保障しなくていい」にはならないと思うんだよ。

 

いくらキャリア自律だのと言われても、労働者として、企業に「十分な給料をよこせ」「スキルアップの機会を設けろ」のように要求する権利はバンバン使っていいと思うんだよね。

労働者の権利として企業に要求することを、「企業への依存」や「それなら転職すればいい」「自分が能力不足なだけ」と片づける風潮になるのはちょっとイヤだなぁ、と。それって結局、搾取の容認になっちゃうから。

 

選択肢が広がるという意味でのキャリア自律は大歓迎だけど、自己責任論と結び付いて搾取につながるキャリア自律には、今後気をつけたいねって話でした。

 

 

*1 厚生労働省「副業・兼業に係る実態把握の内容等について」p7

*2 マイナビ「中途採用実態調査2022年版」

*3 SOMPOホールディングス「仕事に対する価値観の変容に関する意識調査」p6

*4 内閣府「就労等に関する若者の意識」

*5 労働政策研究・研修機構「第 7 回勤労生活に関する調査」

*6 マイナビ「2022年卒大学生就職意識調査」

 

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

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