先に言おう、この記事はある意味、逆張りの内容である。
「好きなことをするのが正義」といわれるいまの時代に、「嫌いなものを好きになる努力をしろ」と主張するのだから。
いや、正確に言うと、「嫌いな理由に向き合い、好きになれないか一度考えてみろ」か。
だって人って、すごくちっぽけな理由でなにかを嫌いになっちゃうからさ。
ちょっと気に入らないからって排除し続けて、手元にいったいなにが残るの?と思うのだ。
単位制の高校に行きたい理由は、数学が嫌いだから
わたしは中学3年生の時、A高校とB高校、どちらを受験しようか迷っていた。
どちらも公立高校で、公立高校は1校しか出願できないから。
A高校は家から近く、偏差値的にもぴったり。
B高校は家から遠いが、単位制なのが魅力。
単位制というのは大学のようなもので、必修以外の選択授業を一定数受け、試験に合格して単位をもらうと卒業になる。
わたしがなぜわざわざ遠くの単位制の高校に行きたかったかというと、とにかく数学が嫌いだったからだ。
A高校は2年生で数学Ⅱ、数学Bを履修しなければならないが、単位制のB高校は数学Ⅰ、数学Aを履修すれば、そこで数学とおさらばできる。
興味がない生物もちょっとやればそれで終わり、体操服を持ってかなきゃいけないダルい体育も選ばなきゃいいし、その代わり好きな音楽の授業をとれる。
単位制っていいよね、好きなことばっかりできるんだから。
ちょっと遠いけど、やっぱり単位制の学校のほうがいいなぁ~。イヤなことはやりたくないもん。
と思っていたが、結局わたしは、単位制ではない近所のA高校に出願することを決めた。
というのも、イヤなことから逃げるために進路を選ぶのは、なにかちがうような気がしたから。
そもそも嫌いな理由すらわかっていなかった
高校選びは、人生におけるはじめての「進路選択」である(それまで受験経験がなかったからね)。
これからどういう人生を歩むか、自ら決める第一歩。
中学生のわたしでも、高校選びがその後の大学受験に大きくかかわることを知っていたから、マジメに受験勉強をしていた。
それなのに、「数学の授業を受けたくないから」って理由で志望校を決めるのはどうなの?
ちょっとの期間数学を避けられたからって、それがなに?
そんな理由で進路を決めたら、将来後悔するんじゃないだろうか。
というわけで、無駄に遠い単位制のB高校ではなく、近所で評判のいいA高校を受験。見事合格した。
A高校に入学して2年生になったわたしの時間割にはもちろん、「数学Ⅱ」「数学B」の文字が。
く……ッ! わたし、負けない……ッ!!
やっぱり数学は苦手だったけど、「どーせやらなきゃいけないんだからがんばるか」と、一度じっくり数学を勉強する期間を設けてみた。
黄色チャートだっけ? 有名な参考書を片手に、時間を気にせず試行錯誤してみる。
わからなければイヤになる前に答えを見てちょっとヒントをもらい、また自分で考える。
すると意外や意外、結構楽しかったのだ!
数学ってパズルみたいで、絶対にムリだと思っても、1つピースがハマるだけで全部きれいにうまくいくんだよ。パチっとハマった瞬間の快感が最高でさ。
とはいえ計算は遅いし、グラフ問題とかも苦手で、試験の点数はあんまり伸びなかったんだけど。
でもまぁ、「大嫌いな数学」が「ちょっと苦手な科目」くらいの認識になった。
で、改めて考えてみたのだ。
なぜ自分が、進路に影響するレベルで数学を嫌っていたんだろう?と。
ちっぽけなことで「嫌い」だと思い込んでしまう
理由としてパッと思い浮かんだのは、中学校1年生、人生はじめての中間試験だ。
小学校では「優等生」として扱われ、「自分はデキル人間」だと思っていたわたしは、はじめての試験結果をドキドキしながら受け取った。
トップはムリだとしても、かなり上のほうだろうなー! 結構勉強したしなー!と、余裕ぶっこいて。
結果? あー、全然ダメだったよ。
文系はそこそこだったけど理数系が平均点以下で、総合順位もたしか、真ん中かそれよりちょっと下くらい。
ショックだった。めちゃくちゃショックだった。
いままで「自分より頭が悪い」と思っていたクラスメートが自分より上の順位で、「〇〇位だったわ~。そっちはどう? やっぱり30位くらいに入ってるの?」と言うのだから、いたたまれない。
初めての順位付けで自分の程度を知ってしまい、中学生という複雑なオトシゴロのわたしの自尊心はもうズタズタ。
そこでわたしの脳内に、「理数科目はよくないもの」とインプットされてしまったんだと思う。「わたしに恥をかかせた悪者」的な。
一度そう思ってしまったらもう、数学の勉強なんてしたくない。
勉強しなければ成績は伸びず、いつも数学の点数が低ければ、「数学は嫌いだ」とより強く思ってしまう。
とまぁこんな感じで、数学を毛嫌いするようになったのだろう。
……改めて考えると、とんでもなくしょーもない理由だな。
ただいい点数取れないから拗ねてただけじゃん?
そんな理由で進路を決めなくてよかったよ、本当。
嫌いなものも案外好きになれる
考えてみると、なにかを嫌いになる原因って、結構ちっぽけなことが多い気がする。
学校の話で言えば、先生がムカつくとか、元彼と席が隣で気まずいからその科目がユウウツとか、病気で休んで授業についていけなくなったとか、一度赤点を取ってしまったとか。
でも先生が変わったら楽しくなったとか、彼氏と勉強会して得意科目になったとか、模試でいい結果をとってやる気が出たとか、そういうこともあるあるだよね。
嫌いになる理由もちっぽけだけど、好きになるきっかけもまた、小さなことだったりするのだ。
人間関係でも、挨拶したのに返してくれなかったとか、LINEの返事がそっけなくて話しかけづらくなったとか、意見が対立したあとなんとなく距離ができたとか、そういう小さな理由から「嫌い」って思いはじめた人いません?
でも挨拶が相手に聞こえてなかっただけとか、相手も「嫌われたんじゃないか」って気を遣って話しかけられなくなったとか、向こうはそもそもそんなこと気にしてなかったとか……。
「あれ、別になんの問題もなかったのでは?」って拍子抜けすることも、めちゃくちゃあると思うんだよ。
仕事でも、取引相手が苦手で営業自体がイヤになったり、一度失敗して部下の前で怒られてモチベがなくなったり、同期に負けたのが悔しくてやりたくなくなったり。
でもそれはその環境のせいで「嫌い」になっただけで、別の環境であれば、心から楽しい、好きだって思える可能性がある。
それなのに、ちょっとしたきっかけで嫌いになって、「もうムリ! ヤダ!」と完全に拒絶しちゃうのって、ちょっともったいないと思うのだ。
わたし自身、モノでもヒトでも好き嫌いがものすごーく激しいから、すぐ「嫌い!」ってなっちゃうんだけど。
嫌いだと思ってた人にも積極的に挨拶したら、ちょっと雑談するくらいの仲になれたとか。
嫌いだったエリンギも、バターソテーにしたらおいしかったとか。
嫌いで避けていた電話対応も、一生懸命やれば少し慣れて抵抗感がなくなったとか。
よく考えれば、そもそもなんで嫌いだったんだ?って思うようなものもたくさんあるんだよね。
一度嫌いだと思っても、改めて向き合ったら好きになれるものだってあるし、なんで嫌いかを考えれば、対策ができたりもする。
そう思うと、最近よく聞く「イヤなことはやらなくていい」「合わない人とは関わるな」的なのは、極論すぎる気がしないだろうか。
そうやって都合の悪いものを排除し続けて、最後になにが残るの?
嫌いなものを排除し続けた世界は狭く、つまらない
合う・合わないはあるし、多大なストレスを抱えてまで好きになる努力をする必要はない。
高校では数学と同じように化学を好きになる努力もしたけど、あれだけはどうにもならなかったしね。モル計算ってなんだよあれ。
結果、ムリならムリでいいのだ。
やっぱ嫌い、やっぱムリって。それならそれでいい。
でもいま好きなものが5年後も好きとはかぎらないように、5年前嫌いだったものがいまも嫌いとはかぎらない。
だから、ちょっとしたことで「もうやだー!」とその後もずっとそれを避け続けるより、一度「なぜ嫌いなのか」に向き合うことは大事だと思う。
気に入らないものをひたすら排除し続け、好きなものだけが存在する世界は、たしかに快適かもしれない。
でもその世界は、ものすごく狭い。
「なぜ嫌いなのか」に向き合わず、好きなものだけしか視界に入れなければ、それ以上世界は広がらないから。
ほら、たまにいるじゃないですか。
年がら年中、「ここは自分のいるべき場所じゃない」「もっと自分に合う場所があるはず」「本当はこういうことがやりたい」みたいに言う人。
気に入らないから文句を言って、それを避けて、結局なにも続かずふらふらして……。
生きていれば、自分にとって都合の悪いことなんていくらでも起こる。
そのたびに「好きなことをやって生きるんだ」と拒否していたら、いつまでたっても居場所を見つけられないよ。
イヤな思いをした仕事は「もうしない」、ちょっとでも気に入らない人とは「もう関わらない」を続けて、いったい最後になにが残るんだろう?
「自由だ!」と叫びながら自分の世界をひたすら狭めていくって、滑稽じゃないだろうか。
まぁ、最終的に嫌いなら嫌いでも別にいいんだけどさ。
でもなぜ嫌いなのか、好きになる方法はないかを一度でも考えてみるだけで、世界が広がるんじゃないかなって話でした。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
ブログ:『雨宮の迷走ニュース』
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