先日、宮古島の食肉センターにて、重要なポジションを任されていた社員が待遇の改悪を示され、契約関係破棄したニュースを目にした。
宮古島で牛、馬の食肉処理できず センター職員が契約切れ 大型連休に間に合わない可能性も(琉球新報) – Yahoo!ニュース
なんでも宮古食肉センターでは大型の家畜の解体作業をできる職員が”1人”しかおらず、そのキーマンがいなくなったら全工程が進まないような状態にあったのだという。
どう考えても全体の生産性を考えれば…この職員には居てもらわなくては困る。
そう考えると…待遇を上げるならまだしも、待遇を下げるだなんて処遇は気が狂っているとしか思えない。
しかしこれは人間の集団心理から紐解けば、実は不思議な行動ではない。
今日はこの件を題材に、なぜ貴方の給料が全く上がらないのかを示唆する情報を書いていこうかと思う。
人は誰しも自分の事を褒めてもらいたがっている
極論をいうと、人間の行動心理は全てが愉悦感を感じる為にある。
「そんな事はない。自分は誰にも褒められなくても別に構わない」
そう思った人も多いかもしれないが、それならこの逆…自分に対する非難や批判が轟々に降り注ぐ自体を考えてみてほしい。
「お前、人間として終わってるよ」
「君の価値はミジンコ以下だね」
「なんていうか…臭いよ、君」
なんていうか、めちゃくちゃイライラするんじゃないだろうか。少なくともウキウキするような人間など一人もいまい。
集団内での立ち位置というのは、褒め言葉でしか客観視できない
人間は社会的動物なので、集団内での立ち位置を物凄く気にする。
この集団内での立ち位置というのは、そのまま自分自身がどういう風に周りから思われているのかという事と直結する。
もし仮に貴方が仲間から
「君がいてくれて本当に良かった」
「すごい仕事が出来るね!」
「君がいると、社内の雰囲気がよくなるよ」
とか言われたら、悪い気分がしないという以上に、なんていうか”安心”しないだろうか。
この”安心”というのが一つのキーだ。私たちは古来から群れて生きてきた。なぜなら個人としての人間は生きていけないから。
村八分の恐ろしさはDNAレベルに染み込んだもので、仲間外れにされるという事は、それイコールそのまま”死”を意味する。
私たちはサルだった頃に、集団からパージされた人間が惨たらしく死ぬ姿を見まくってきた。
故に私たちは集団内での立ち位置を必然的に意識させられてしまう。自分が集団内でヴァリューを出せているか、集団から嫌われていないかというフィードバックを得て、それが”安全サイン”を出せていないと、物凄く不安になってしまう。
この安全サインというのが、実は褒め言葉なのだ。
私たちは何もチヤホヤして欲しいのではない。仲間外れから自分が遠い位置に存在しているのだという事をキチンと自認したいが故に、褒め言葉を心のどこかで求めてしまうのだ。
誰に褒めてもらいたがっているのかを可視化してみよう
この事実をベースに冒頭の事例を改めて考えてみよう。
なぜ宮古島の食肉センターの上司は、どう考えても現場がたちいかなくなると知りつつも末端職員を厚遇しなかったのか?
それは上司の上位層…つまり経営者がそれを”褒めない”からである。
現場レベルでモノを考えれば…どう考えても多少厚遇してでも、重要なポジションに位置している職員に残ってもらって、仕事を回す事が最適解であろう。
しかし視点をちょっと上に移すと、実はこれは最適解でもなんでもない。
なぜなら上司が気にしているのは現場ではなく、経営者からどう褒めてもらえるかだから。
上司は経営者に褒められるしかないし、経営者は消費者に褒められるしかない
もし仮に…上司が現場に軸足を置いて現場の利益を最大化させるような行為を取ったとしよう。
これは経営者にとっては全く嬉しいことではない。だって全体のコストが跳ね上がるのだから。
なぜ経営者は全体のコストが引き上がる事を嫌がるのか。
それは経営者の上位構造である消費者…つまり我々が安くて高品質なモノしか買わないからだ。
経営者は極論をいえば、消費者が心の底から喜ぶ事をやって、それで褒めてもらいたいという生き物である。
「安くて美味しい品物を降ろしてくれてありがとう」と言ってもらって、そのエビデンスとして売り上げがキチンと成り立っていたら…天にも昇る心地になるのが経営者という生き物である。
こうして末端労働者と上司、経営者、消費者による本能と本能のせめぎ合いは綱引きのようにギュッギュと引っ張り合いを繰り広げているのである。
誰もがみな、自分自身だけは泥をかぶりたくない
冒頭の食肉センターでは、大型家畜を解体できる技術を持つ職員を厚遇できなかったが為に…結果的には高いツケを支払わされる事になった。
この構図をみて「誰がどう考えてもこうなるに決まっているのに馬鹿なんじゃないか」と思う人も多いかもしれないが、これもマクロにみればこの追加コストは決して高くはない。
なぜなら誰のメンツも潰していないから。
人間というのは殊のほかメンツを気にする生き物である。
前にチンピラが威張り散らしているのをみて、なんで彼はそんなにも刺々しいのだろうかと疑問に思った事があったのだが、彼は彼で自分自身がナメられない為に必死だったのだろうと今ではわかる。
ナメられるというのは、集団内での立ち位置が危うくなるという事と同義である。村八分にはされないにしろ、ナメられている個体に良いポジションは絶対に与えられない。
つまり…当落線に乗っかっているギリギリの個体にとっては、ナメられるか否かというのはパシリをやらされるかの瀬戸際のラインであり、文字通り死活問題なのである。
非合理な事でも、結果が納得できるのなら三方よしなのだ
この観点から眺めれば、この食肉センターで起きた事例はスルッと理解ができる。
まず労働者は上司にナメられないように退職を選んだ。
もし仮にここで待遇の改悪を受け入れたら…このあとも無限に待遇は悪くなる一方だろう。
上司も上司で労働者にナメられないように、労働者の意見を突っぱねた。
もし仮にここで労働者の意見を飲んでしまったら…経営者の意向に逆らう事になるからだ。
経営者は経営者で、誰からもナメられない為に、この意見を受け入れた。
結果的に卸す肉が高く付く事になったとしても、それは「最後まで必死に経営者としての責務を果たしたが、いろいろな意味で限界だった」という姿勢を示せる事につながるからだ。
もし仮にこれでもって肉の価格高騰が生じて、それを消費者が「仕方がない」と受け入れてくれたら…消費者がコストを引き上げてもヨシと太鼓判を推してくれたのだから、安心して今後の糧にできる事だろう。
消費者は消費者で特にメンツを潰される事なく価格高騰を受け入れやすくなり、これでもうなんてうか三方よしなのだ。
これは全方向の誰もが泥をかぶらずに事態を好転させる為に必要な儀式なのである。
隠された動機を考えて、本音と建前を使い分けよう
こうやってみてみると、現場が崩壊するような事態というのは、みんなが納得して世の中を改善させる為に必要な儀式だとも言える。
もちろん大崩壊した現場は鉄火場のようにアチアチになる。その結果、一時的に皆がやらなくてもいいような苦労をやるハメになる。
なんでこんなバカバカしい事をやらねばならないのかという人の気持は本当によくわかる。
自分自身、上層部が「現場のことなんて全然わかっていない」と以前はブチギレまくっていた。
しかし今では「自分が現場を壊さずに維持してしまっているのが一番悪い」という風に認識を変えた。
良くも悪くも…現場というのは回り続けるまで回ってしまうものだ。それがどれほど歪んだものであっても、車輪が回る限り人は必死になって回してしまう。
本音を話しても、意味がない
みなが「顧客の為に」だとか「世の中の為に」というように、綺麗事を述べてイビツな車輪を回したがる。
本音では全然別の事を考えていたとしても…皆が建前をいう限り自分が本音でもって話すメリットは無い。
だから誰もがフワフワとした建前でカッコつけて、そのメンツを維持する為に回りにくい車輪を必死になって回す。
そういう建前で車輪を回している人に、本音で話しかけても笑われてしまうだけだ。
「こんな歪んだ車輪なんて回したくありません」と言っても「何をワガママ言っているんだお前は」と怒られるだけである。
だから皆が本音で話していない職場にいるのなら、自分自身を守るためにも自分も建前を使って奥ゆかしさを出すのが道理なのである。
「家庭の事情で…」「体調が悪くて…」みたいな無難な建前を用意して、歪んだ車輪を回す責務からソッと離れよう。
そうやって、誰のメンツも潰さずに歪んだ現場から立ち去り続ける事しか、本当の意味で現場をよくする事はできない。
結局、私たちはメンツを守る為に馬鹿をやる以外にない
結局、私たちは自分と誰かのメンツを守る為にも、馬鹿をやる以外にない存在なのである
どんなにそれが非生産的で、物凄くバカバカしくて、無駄であったとしても、誰かのプライドは地球よりも重苦しい。
誰一人として軽くは扱って欲しくないのだから、結果的にプライドを守るためのコストは天井知らずにぶち上がり続けるしかない。
ぶち上ってぶち上がってぶち上がって…誰もがもう「護れねぇ…」と諦めるまで、歪んだ車輪は回り続ける。
それを戯曲のように楽しみ、そして崩壊する過程を愉悦とする以外、特にやる事はないのである。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
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noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo by :Wilhelm Gunkel