権力の犬、組織の犬、犬死や負け犬といった言葉もあれば、韓国語には「ケーセッキ」(犬野郎)という罵り文句も存在するように、何かとネガティブな文脈で使われがちな「犬」ということば。
他者に対して発する機会は、普通はないはずだ。
が、一方で、ヒトは社会で生きていく中で「犬」をやらなければならない環境に置かれることが割とある。
具体的に言えば、会社などに所属していて、その組織が犬、つまり忠実な者を求めている場合だ。
ワンマン社長のご機嫌伺いだったり、続々と意味不明な指示を乱発する上役の尻拭いだったり。
そんな時、やってられるかと思えるのは正常な証拠だが、誰もが「では辞めます」と簡単に職場を去れるわけではないし、次の職場でまた「君、犬やって」となるケースも否定できない。
正しさやプライドを取るか、それらを捨ててでも組織に従うか。
真面目な方や優秀な人、マトモな神経の持ち主ほど悩んでしまうだろう。
本稿で筆者が提案するのはその中間、「犬のフリ」という面従腹背の戦法だ。
相手がそれほど望むなら、バカ役員の前でドギースタイル、「ワン!」のひと吠えくらい、やってやればいいのだ。
ただし、根っからのお犬様と化してしまう恐れもあるので、大事なのは、従っているフリをいかにうまく演出するか、そしてその中で変わらず気骨を保つかにある。
後ろ向きだけれど、現実的。
そんな会社組織での立ち回り方の話だ。
ワン! ワンワンワン!
まず、言うまでもなく、犬、イエスマンを求めたり肯定的に評価したりする組織、リーダーに未来はない。
また組織人は、嫌われたり、立場が危うくなったりすることを恐れず、間違っていることは間違っていると直言すべきだし、上役はそれを受け止める器量をもつべきだ。
だが、それは理想論に過ぎない。
『論語』の一節に、「信ぜられて而して後に諌む。未だ信ぜられざれば則ち以て己をそしると為すなり」という有名な言葉がある。
要は君主との信頼関係を築いてから諌めましょう、そうでないと意見を聞き入れてもらえませんよということだ。
もっとも、ワンマン経営者や暴君的役員の中には、誰がどう考えてもまっとうな指摘に逆上したり、そもそも人の話を全く聞かなかったりする者が普通にいる。
たとえ組織をよくするため、業績を上げるための意見具申であっても、相手が聞く耳を持たない上役であれば、その諫言はむしろあなたの立場を悪くし、下手すると問題社員扱いされかねない。
大体、本気で会社に意見しようと思えば、ダメな組織ほど言うべき内容が果てしなくあり、それをぶちまけるほどに敵が増えていく。
「酒とゴルフ以外頭にないあの役員、要らないですよね」
「ご子息を次期社長に据えたい気持ちは分かりますが、あなたの息子さん、とんでもない馬鹿野郎ですよ」
なんてことを思うがままに直言していたら、それこそ身が持たない。
そこまで極端な話でなくても、理不尽な指示や無意味な内規などに意見したら
「文句を言うな」
「黙って従え」
という反応が帰ってくることは、会社勤めをしていれば普通にある。
そのように考えると、「犬をやってるフリ」というスキルは、一つの処世術だろう、というのが今回のテーマだ……
というか、踏み込んで言うならば、自分はこれを処世術どころか、(悲しいことだが)仕事を進める上で割と重要なスキルだと思っている。
例えば筆者の場合、前職は雑誌編集者で、部門を統括する立場にあった。
仕事の目的は建前としては、雑誌を売って利益を上げ、会社に貢献すること。
だが、実際には自分が手がけた本、伝えたい情報を世に出すというのが真の狙いというか、仕事上の楽しみなのだった。
これを実現するには、企画を通すにしろ予算を会社から引っ張るにしろ、社内で権限を握っている人間を利用する必要がある。
それがたとえ1ミリも尊敬できないオーナー社長であっても、自分がやりたいことをやろうとするなら、トップに対するケアは欠かせないわけだ。
そもそも自分の先輩には人として立派で、編集者としても圧倒的に実力のある方々が大勢いたが、彼らは正しさを追い求めるがゆえに、時に経営陣に苦言を呈し、ある者はうとまれ、またある者は会社を追われる羽目になった。
要は犬をやることを拒んだわけで、そこで比較的従順に見える自分に白羽の矢が立ち、編集長を任されることになったのだ。
演じるうちに本物の「犬」になるなかれ
犬には犬の苦労がある。
当時、マトモな感覚を持った先輩からは
「あんな社長にペコペコして、よくやれるね」
などと半分嫌味で言われたものだが、そりゃあ大変に決まってる。
何しろ自分が仕えたオーナー社長は万事気分で物事を決めるお方であり、自分で言ったことを忘れて真逆の指示を出すことなど日常茶飯事だった。
具体的に言うと、編集部で皆がデスクワークをしていると、
「編集は足でネタを探すのが仕事、なんですか、オフィスで馬鹿面揃えて座って。だから本が売れないんでしょう」
などと怒る。
そこで全員が一斉に著者やデザイナーとの打ち合わせに出ると、今度は
「誰も会社に来ていない、こんな不真面目な態度で本が売れますか!」
とカミナリを落とす始末。
この手の人間にどれだけ正論をぶつけても、意味なんてあるわけない。
それでもこのオーナーが企画、予算、人事等々、ありとあらゆる決定権を持っている以上、求められたら犬を演じることは無駄ではないと自分は割り切った。
その経験から言うと、己の精神のバランスを崩さず、なおかつ上手に犬をやっているように見せるには幾つかのポイントがある。
第一に挙げられるのは、目的意識をしっかり持つこと。
仕事の中でやりたいことをやる、そのための必要な労力であると納得できないまま惰性で忠犬をやっていると、いつしか単なるいいなり社員に堕ちてしまう。
また、目的にしても出世や保身といったものだと、結局は独裁者が上にいる間ずっと犬社員を演じることとなり、いつしか演技ではなくモノホンになりがちだ。
会社組織で一定の職権を与えられると、個人では成し遂げられない規模の仕事ができる。
雑誌制作というのはまさにその典型例で、組織に属する醍醐味はそこにあると自分は思う。
大きな目的のためであればこそ、プライドや尊厳をあえて損なうことも許容可能なのだ。
そう考えることができれば、多少のバカ上司のご機嫌伺いなど屁でもない……と言うほど楽ではないが、ぐっと踏みとどまることはできる。
第二に、犬演技を苦痛と捉えず、その中にある種の楽しみを見い出せるとよい。
そもそも下々に従属を強いる上役などというものは裸の王様、サル山の大将以外の何者でもなく、自分に頭を下げている人間が心の中で何を考えているかに思いが及ばない残念な方々である。
真の敬意は役職で得られるものではなく、まして金で買えるものでもない(買えてしまう場合もあるが)。
そういうことを理解できないかわいそうな人への慈善事業と思って、あくまで出し物としてワンちゃんショーをやってやる。
相手にウケたら「役者よのう……」と自分で自分を褒めればいい、それだけのことと考えれば忠実なフリをすることなどわけもない。
そして第三に、上に従うことはあくまで個人の選択であり、同僚や部下に同じく振る舞うよう強要するのはアウトと肝に銘じたい。
中間管理職を務めていると、時には部下に骨のある若者や直言居士タイプの新人が配属されることがある。
そういう有望な若手が上に何かを言うと、大概は監督責任者である管理職が「指導がなってない」などとお怒りを受けるハメになる。
そんな時、義士と言うべき若者に対し、「YOUも犬、やっちゃいなよ」と勧めていては、忠犬を求める上役たちと大して変わらない。
組織の犬はあくまで「演じる」ものであって、何もかも上が言う通り行動することを意味しない。
というか、これは部員の指導だけでなく万事に言えることだが、間違った指示に対しては、
「分かりました!」
「申し訳ありません、すぐ対処します!」
と言っておいて、放置すればいいんである。
実力主義や成果主義で人を評価せずにイエスマンを好むえらいさんが求めるものとは、往々にして姿勢であり、結果ではない。
自分の部署の業務、己がやりたいことにプラスにならないと思ったら、「かしこまりまして候」としおらしく返事をし、できるだけバレないようにサボタージュすればいい。
そこに誠実さはまるでないが、狂った指令をバカ正直に履行するより、よっぽどマシだ。
……と、ここまで犬を演じる心得を長々と語ってきたわけだが、一番いいのは言いたいことをはっきり言えて、間違いは間違いと指摘できる職場環境であることは言をまたない。
しかし、企業に限らずあらゆる人間の集団に言えることだが、上に立つ者に聞く耳があるケースは必ずしも多くない。
そんな中で何かを成し遂げようと思った時、たとえ正しくなくても従順な者を演じるスキルというのは、役に立ってしまうものである。
ただし、重ねて言うと、こういうことを下の人間に求める輩には絶対なるまいという心を忘れてはならない。
ひたすら自分を押し殺して、言いたいことを我慢した末に自分がそれなりの立場に立てた時、「犬募集」となってしまっては、なんのためにこれまで演じてきたのかという話になる。
大事なのは、こういう悪習は自分の代で終わらせる、そのために今は従順に耐え忍ぶという強い意志。
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御堂筋あかり
スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。
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