久しぶりに、ドラマ『半沢直樹』を観た。
「倍返しだ!」でおなじみの当作品、2013年放送なので、なんと放送からすでに10年も経っている。
しかし、さすがは最終話の視聴率42.2%、平成の民放テレビドラマの第1位をかっさらった人気作。10年経っていてもめちゃくちゃおもしろい。
『半沢直樹』がウケた理由は、不正をしているウザい上司や職権乱用する上層部をとっちめる勧善懲悪ものだから、とよく言われる。
……でも本当に、半沢直樹は「勧善懲悪」だからウケたのだろうか?
放送から10年経った2023年に改めて見てみると、どうも、そうじゃない気がする。
『半沢直樹』人気の理由は、「戦うお父さんの物語」だったからじゃないか?
私服シーンなし!スーツという戦闘服を脱がない男たち
わたしが気になったのは、『半沢直樹』の男性メインキャストが、一度も私服にならないことだ。
高級料亭で会食するときも、同期で集まって居酒屋で雑談するときも、半沢たちはずっとスーツを着ている。敵対する岸川部長の家に乗り込むときだってスーツだったし、出迎えた岸川部長もスーツ。
半沢がスーツを脱ぐのは剣道をするときくらいだが、そのときも胴着を着ていて、私服にはならない。
しいて言うなら、半沢の同期の近藤(メンタルが弱い人)が、出向先の制服として作業着を着ているくらいだ。
いくら「サラリーマンの物語」とはいっても、家でスウェット姿でくつろぐこともなければ、深夜や休日に出勤する際もばっちりスーツというのは、ちょっとヘンな気がする。
でもこれは、『半沢直樹』において、きっととても大切なことだったのだ。
なぜならお父さんにとって、スーツは「戦闘服」だから。
不正をする悪党は、家に帰れば「お父さん」
そういう視点で改めて見てみると、半沢の銀行内の敵が、総じて「お父さん」であることに気付く。
たとえば、最初の敵、浅野支店長。
5000万円の裏金を受け取り、不正融資の責任を半沢に押し付けたクズ。
そんな浅野は、自身の父親が銀行員で引越しが多く友だちができなかったことから、自分は子どものために単身赴任をしている。
浅野の妻曰く「いい父親」であり、小学生の娘がテレビ電話で「パパお仕事がんばって!」と言うほど家庭円満。浅野支店長自身も、娘の写真を肌身離さず持っている。
そう、「不正をするクズ」は、家族を大切にする「お父さん」でもあったのだ。
中ボスである岸川部長もそう。
岸川部長の娘は、近々こっそり結婚する予定。お相手はなんと、検査官として銀行を調査しに来た金融庁の人間。
「検査官が身内」というのはとんでもないスキャンダルで、岸川部長は半沢に「銀行やマスコミにリークするぞ」と脅され、「関係のない娘だけは!」と即座に泣きつく。
そしてラスボス、大和田常務。別名、土下座させられた人。
出世街道まっしぐら、次期頭取も夢ではないエリートバンカー。
しかし残念ながら妻が無能で、起業するも経営センス皆無で街金で借金、そのくせ「来週ミラノに買い付けに行くから100万円ちょうだい♪」なんていうアバズレである。
窮した大和田常務は迂回融資に手を出し、それを半沢によって明らかにされ、土下座させられた。
そう、1期における最初のボス、中ボス、ラスボス、みんな「家族のために戦うお父さん」だったのだ。戦い方が不正なのが問題だけど……。
『半沢直樹』は「家族」を軸に物語が広がっていく
「家族のために戦うお父さん」は、ほかにも多く登場している。
たとえば、半沢と同期で親友の近藤。
パワハラを受け統合失調症で休職、それが理由で出向させられてる。
銀行に戻ってキャリアを築くことはもうムリだろう……そう諦めていたころ、大和田常務に「不正の証拠を握りつぶせ。そうすれば出向先から銀行に戻してやる」と言われ、妻と子どものためにそれを受け入れる。
小物すぎてだれも覚えてない気もするが、法務部部長の大田もそうだ。
半沢たちが東田(トンズラした社長)の別荘差し押さえに動いているなか、国税庁の黒崎に「あなたの息子が経営する飲食店に申告漏れの噂がある」と脅され、あっさり屈した。
そして「土下座ァァァアアアアア!!!!!」と絶叫する半沢直樹もまた、「家族のために働くお父さん」のひとりである。
敵には容赦ない半沢は、浅野支店長に対して、「甘えたこと言ってんじゃねぇぞ」「徹底的に追い詰める」「刑事告発する」とまで言い放つ。
証拠を突きつけ、浅野支店長の完全敗北が決定したまさにその瞬間。
浅野支店長の妻が、ふらりと支店に挨拶にやってくるのだ。
支店長室で相対する2人のあいだのただならぬ雰囲気を察したのか、浅野支店長の妻は半沢の手を握り、「どうかこの人を、どうかよろしくお願いします」と必死に訴える。
その結果、半沢は自身と部下の希望ポジションを手配すれば刑事告発はしない、と浅野支店長に手心を加えてやるのだ。
ちなみに金融庁のエリートと結婚予定の娘をもつ岸川部長も、娘の結婚を破談にしないために半沢の味方をしたので、半沢も結婚をリークすることはなかった。
そう、『半沢直樹』は「不正を暴く勧善懲悪もの」に思えるが、その実、「家族のためにがんばるお父さんたちが戦う物語」なのである。
原作の妻は悪妻!?ドラマ版の花はなぜ良妻になったのか
この印象をさらに強めたのは、半沢の妻である花の存在だ。
夫に「なんで直樹が責任取らされるの!?」「え~また出向~?」なんて言いながらも、「銀行員の妻なめんなよ!」と啖呵を切ったり、「ぜってぇ負けんじゃねぇぞ」と発破をかけたりする。
花は戦場から帰ってきた夫を労う癒しであり、背中を守ってくれる心強い味方でもある。いわば、戦うお父さんにとっての理想の妻なのだ。
しかし、原作はそうではない。
かつて大学の後輩だったときにはしおらしかったのに、いつのまにか偉そうになり、いまや子供を人質にして、半沢のことより、自分たちの都合を優先させる女である。半沢が出世して高給を維持し、「あなたのご主人すごいわね」といわれればそれで満足という、浅い考えも透けて見えるから腹が立つ。
出典:『半沢直樹1 オレたちバブル入行組』
驚くことに、半沢夫婦の仲は冷え切っていて、背中を守ってくれるどころか背後から刺してきそうな女なのである。
では、なぜドラマでは良妻になったのか?
それは「家族のために戦う男たち」と「それを支える妻」という構図を明確にしたかったからじゃないか、と思う。
ちなみに花は、奥様会のつながりで大事な情報を仕入れて半沢に伝えたり、半沢宅に隠した秘密書類を「邪魔だから」と実家に送ったことで、結果的に銀行を救ったりしている。
男たちの戦いの勝敗を決したのが花のアシストというのは、内助の功という意味で、「戦うお父さん」の物語に必要なことだったのかもしれない。
2期で消え去った「家族のために戦うお父さんたち」
しかし2020年に放送された2期では、「戦うお父さん」の描写は、きれいさっぱりなくなっている。
会議室という密室でオジサンたちが争っていた1期とはちがい、2期では業種や立場を問わず女性たちもその争いに加わり、ともに戦うのだ。
2期のラスボスである箕部に挑む報告会はマスコミによって中継され、半沢が不正を暴くその瞬間を、花や元銀行員の小料理屋の女将がリアルタイムで見て応援。
別銀行の女性部長と衝突しつつも協力関係になったり、敵対する女性国交大臣が最終的な勝敗を決めたり……。
個人的な感想だが、正直いうと、2期はあまりおもしろくなかった。
つまらないわけではない。派閥争いや権力闘争、それにまつわるヒューマンドラマ、という点ではとてもよくできていると思う。
でも「不正を告発」という勧善懲悪ものなら、半沢直樹じゃなくたっていい。巨悪に立ち向かう社会ドラマならたくさんある。
やっぱり半沢直樹は、「銀行という世界で戦うお父さんたちがボロボロになりながらも必死に働く」からこそ、おもしろかったんじゃないだろうか。
『半沢直樹』は、戦うお父さん最後の物語
『半沢直樹』1期が放送された2013年ごろにはもう、夫婦共働きが当たり前になっていた。
専業主婦なんて古いし、家長制度なんて鼻で笑われる。
それでも昭和の企業戦士として働き始めた世代は、「父親が一家の大黒柱」という価値観で育ち、「家族のために働くお父さん」として、現在進行形で毎日スーツを着て出社している。
放送当時五十路すぎだった証券マンのわたしの父が、まさにそうだ。
父はつねづね、「家族がいたからどんなにつらい仕事もがんばれた」と言っていた。
郊外に一軒家をもち、妻はパート勤務、子どもを塾に通わせいい大学に……。
すべての経済的負担は、「お父さん」にのしかかる。
その重圧につぶされそうになっても、逃げられない。自分が逃げたら、家族が路頭に迷う。
自分は夫だから。父親だから。家族をなんとしてでも守らなければ。
たとえ価値観が変わったからといって、「一家を養うお父さん」が、この世から消えたわけではない。
『半沢直樹』がウケた理由はきっと、「勧善懲悪」という単純なものではなかった。
歯を食いしばって理不尽に耐え、プライドを捨ててまでも頭を下げ……
泥水をすすってでも家族のために働く「戦うお父さん」の本気と覚悟に、多くのお父さんたちが共感したからだったんじゃないだろうか。
しかし、時代は変わった。
1期の『半沢直樹』のようなドラマは、今後生まれることはないだろう。
上層部が全員男性なんてナンセンスだし、夜中までチームみんなで働くシーンはブラック企業擁護と批判されるし、専業主婦たちが奥様会でマウントなんて古臭い。
男性の生涯未婚率はすでに3割近くまで増えており、生涯子なし女性も3割に届く勢いだ。
「家族のために戦うお父さん」と「それを支える妻」を描いたところで、もう以前ほどの共感は得られない。
だから1期『半沢直樹』はきっと、「戦うお父さん最後の物語」なのだ。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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