先日、都内の雀荘で卓を囲んでいると、麻雀仲間のX氏(匿名、60代前半、男性)が、うれしそうに切り出してきた。
「昨日、〇〇(中小の消費者金融会社)から30万、引っ張ることができたよ。銀行系やサラ金(現在の消費者金融、以下サラ金と表記)を含め、9社から1000万近く引っ張っているから、もう厳しいかと思ったけど、分からないもんだね。むふふふ」
かつて多重債務に陥った私でさえ理解不能なのだが、金を借りることができた時のX氏はとても幸せそうで、何とも言えない、いい表情をする。
ギャンブル依存の人間が高配当を手にした時のように、X氏も、融資の審査が通った時、ドーパミン(快楽物質)が激しく体内を駆け巡るのだろうか……。
独身とはいえ、いまだ「飲む・打つ・買う」を地で行くX氏は、誰でも知っている某大手メーカーに40年以上も勤務(現在は定年延長中)するエリートサラリーマン。
学生時代から高田馬場の老舗学生ローンCに足を運んでいたという、高利貸しのヘビーユーザーだが、過去に延滞、債務整理などの事故情報が皆無だというのだから驚きだ。金融業者側にしてみれば、数少ない、超優良の客ということになる。
住宅ローンやマイカーローンならまだしも、サラ金など小口融資の借り入れは、家族、友人、まして仕事関係の人間には絶対に知られたくない個人情報。
かつて、複数の金融業者から金をつまみ、常に自転車操業状態だった私も、その思いは強かった。
だがX氏の場合、聞いてもいないのに、自身の過去の借金歴や現在の債務状況を進んで話したがるから不思議だ。
競馬をやる人間が、過去に取った馬券の話を、あるいは麻雀好きが会心の打ち筋を自慢げに披露するように、自身の借金歴を雄弁に語るX氏。
「昔、あるサラ金の窓口で(融資の)申し込みをしていた時、応接室みたいなところから上司が出てきたのにはびっくりしたな。それも手に帯封を二つ握ってさ。上には上がいるもんだと思ったよ。以来、その上司とは妙な連帯感のような感情が芽生えたっけ。むふふふ」
ゲーム(麻雀)中、思わず笑ってしまったが、X氏の思考回路は今もって理解不能だ。
サラ金(現在の消費者金融)が全盛だった1980年~1990年代。銀行、クレジット会社、信販会社、サラ金、街金……と、ピーク時は無担保ローンだけで、20社近くから1500万円もつまんでいたというX氏。
かつての私のように、違法な暴利金融には縁がなかったのは不幸中の幸いだが、属性(勤務先、年収、信用情報など)の良さが、借入先、債務総額の多さに反映されているのは皮肉か。
「それでも、あのころ(昭和の終わりから平成初期のバブル期)は不思議と金が回ったんだよ。サラ金のCMもテレビでバンバン流れていて、むしろ今より敷居が低かった。周りにもサラ金を使っているヤツが結構いて、危機感も薄かったんだよ。だから次から次へと、行けるとこまで借金を重ねていった。当然、(借りる)件数と額が増えるに従って審査も厳しくなるんだけど、そんな苦しい状況で審査に通った時の快感が何とも言えないんだよ」
理解不能。完全にいかれている(笑い)。
当時、「ラララ むじんくん」で知られたアコムのテレビCM「むじんくん宇宙限定モデル編」が某CMフェスティバルで受賞するなど、お茶の間でも話題を集めたサラ金のテレビCM。
このX氏も、会社の同僚の結婚式で、余興に「武富士ダンサーズ」(当時人気だった武富士のテレビCM)を大音響の中で披露し、ひんしゅくを買っている(一部で拍手喝采だったそうだが……)。何かとコンプライアンスにうるさい今の時代では、ありえない情景だろう。
話は逸れたが、私はX氏が、意外と知られていない「借金依存」だと思っている。
借金をすること、重ねること自体に快感を味わい、仮に借金を完済しても、再び「借りたい」、「審査に通りたい」という欲求に駆られる。
よく薬物やアルコールで指摘されるのが「中毒」と「依存」との違い。中毒は体から物質が抜ければ治るのに対し、依存症は体内から物質が消えても、その欲求が抑えられない状況。
つまり、中毒は身体(体)の問題、依存は精神の問題ということになる。
これに照らせば、借りること自体に快感を覚えるというX氏は、仮に多重債務の状態から脱しても、再び自ら借金を重ねてしまうのだから、借金中毒ではなく、「借金依存」ということになる。
だから、X氏の借金依存は、完治することはないと思っている。いや、そもそも治すつもりさえないのかもしれない。大きなお世話だが……。
少しは無茶をしてきた私でさえ理解不能なのだが、こんな変わった人間もいるという現実を、今の若い人たちに知ってもらえれば、それで十分だ。
余談だが、私が勤務していた新聞社でも、「アルコール依存」で手が震え、原稿用紙に文字が書けない、パソコンに文字を打てない、なんて先輩方が少なからずいた。
締め切りに追われる日々の重圧から、タバコの火が床に落ちても、床が黒焦げになっても気づかない、ということも日常茶飯事だった。
禁煙なんて発想が乏しかった時代は、絶え間ないイライラを解消させる手段の一つがタバコだった。
ニコチンが体から抜けても、再びニコチンを求める。これも中毒ではなく、一種の依存症(タバコ依存)と言えるだろう。
何かと生きづらくなったと言われる今の時代にあって、この「依存症」は特別なことではないと思う。誰でも一つや二つは依存症を抱えている、と言ってもいいのではないか。
中でも、健康を害する薬物依存、アルコール依存は特に怖い依存症だが、昔からある仕事依存、家庭依存、ギャンブル依存、買い物依存などだって、家族の円満やプライバシー、生活の平穏を脅かすレベルになれば脅威になる。
今の時代なら、SNS依存、ゲーム依存、アニメ依存、オタク依存、自分だけの時間依存といった依存もあるだろう。
もちろん、周囲に迷惑をかけずに楽しめる依存なら問題ないのだが、健康面、経済面はもちろん、他人に深刻な影響を与える依存は避けたいもの。
そんな中で、「借金依存」という、一風変わった依存症に笑顔で対峙しているX氏。
彼がいくら借金を重ねようが、誰にも迷惑をかけていない以上、他人がとやかくいう筋合いはないのだが、何とも不思議だ。
人生いろいろ、考え方もいろいろ、依存だっていろいろ、である。
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【著者プロフィール】
小鉄
某媒体で30年、社会、スポーツ、音楽、芸能、公営競技などを取材。
現在はフリーの執筆家として、全国を周遊しつつ、取材・執筆活動を行っている。
趣味は全国ぶらり旅、史跡巡り、夜の街の散策、ギャンブル。
Photo by:Nori Norisa