端的にいうと、私は「至急」という言葉が好きではありません。

なぜ好きではないのか。

 

「催促されたくない」という意味でこの言葉が好きでない方は多いでしょう。

人に急かされることが嬉しい人なんていませんから、総じて「至急」という言葉を使うと嫌わるものです。

 

しかしそのこと以上に、私があえて「好きでない」としてこの言葉を取り上げるのは、

「自分の仕事の段取りの悪さを、強い立場を利用して他人に解決させるズルい言葉、人をダメにする言葉」

だと思うからです。

 

そもそも、なぜ「至急」などという言葉を使って、他人に指示・依頼しなければいけない状況に陥るのでしょうか。

それは主に、指示・依頼をする側に計画性がないからです。

 

起こりうる障害を予測して予防・回避する力。

時間や段取りを管理する力。

無理が生じないように交渉する力。

プロジェクト全体を想像し、悪影響が出ない最適な打ち手を考える力。

 

要するに、マネジメント能力に欠けているから、「至急」などという言葉を使って、一番手っ取り早く頼める相手を使って解決を試みる、という状況が生まれるのです。

 

こういう状況に陥ったとき、本来であれば、自らのマネジメント能力の至らなさを自覚し、「至急」という言葉を使わなくても解決できる手段を考え、選択すべきです。

しかしそれを面倒と思い、立場が上であることを利用し、立場が下の人を急がせて解決するときに使われるのが、「至急」という言葉です。

 

「至急」を乱用するような仕事の仕方をしていると、計画的に仕事をする力、交渉する力、説得する力、周囲を(自然に)動かす力、自分の頭で考える力、そのすべてが劣化していきます。

役職のような肩書き、発注者のような立場がなければ解決できない、解決策が発想できない、いわゆる「仕事ができない人」になってしまいます。

 

とはいえ、「至急」という言葉のすべてを否定はするわけではありません。

それが本当に危機的状況であるならば、「至急」という言葉を使ってチームの緊張感を高めることも、時には必要なことです。

 

セキュリティに大きな穴が発見されて、今現在も機密情報が流出するリスクにさらされている。

重篤なミスが発生し、初動を急がないとまずい状況になりそう。

SNSでの批判が拡散中で、緊急の対応が求められている。

会社が傾くほどの重大な経済的損失が発生しており、早急に手を打たないとマズイことになる。

生命の危機や健康を害するリスクが、現在進行形で進んでいる。

 

こういった危機的な状況においては、時にリーダーはその権限を最大限利用して、「至急」という言葉を使って、人や組織を強制的に動かしていく必要があります。これは「正しい至急の使われ方」だと思います。

 

しかし私が好きでないのは、そういった緊急を要する事態、大きなリスクが直面している状況ではないにも関わらず、代替案を考える余地があるだろうに、安易に乱用される「至急」です。

 

 

もう少し具体的に考えてみましょう。

ある広告代理店のディレクターは、クライアント企業の偉い人がデザインをすぐに見たがっているという理由だけで、下請けであるデザイナーに「至急」といって、当初の予定よりも提出を早めることを依頼します。

 

しかしながらこの状況においてこのディレクターがすべきは、デザイナーのスケジュールを混乱させるような手段を真っ先に選ぶことではありません。

偉い人が今すぐ見ることの必然性をしっかり確認し、きちんと説明をして、説得することです。

偉い人も納得し、プロジェクトの進行も妨げない、代替案をきちんと考えて行動することです。

 

しかしそれを面倒くさがり、あるいはクライアントは神様という思考停止によって、安易に「至急」という言葉を使い、立場が上であることを利用して、偉い人の急な要求という面倒な事態の解決を試みようとします。

偉い人のちょっとした思いつきを優先して、納品に間に合うようにデザイナーが半日かけて作ったスケジュールを壊すことは、ほとんどの場合、プロジェクトを混乱させる、愚かな行為になるでしょう。

 

しかし、「至急」を乱用するようなディレクターは、例えプロジェクトが混乱しても、それはデザイナーの対応力の問題、と判断するかもしれません。

まさに、隠れたモンスタークライアントです。

 

 

またあるシステム開発会社の課長は、クライアント企業への中間成果物の提出前日に、その課長の上司である部長に内容の確認依頼をし、その結果、部長から大量のフィードバックを受けました。

そこで、中間成果物の提出に間に合わせるために、自分より立場が弱い部下や、委託先の協力会社に、「至急」と指示を飛ばし、事に当たろうとします。

 

しかし、この問題の主な責任の所在は、提出前日に無理なフィードバックを出す部長、もしくは前日までにきちんと部長と認識合わせをしてこなかった課長にあります。

そしてその状況でまずすべきは、部長と協議し、提出の妥協ラインを引き下げること、もしくはクライアント企業に連絡をして、提出日を遅らせてもらうことです。

 

そもそも、よほどのことでもない限り、長いプロジェクトの中の中間成果物の提出が、1日を争う事態になることはほとんどないのではないでしょうか。

にも関わらず、「至急」という言葉を使って状況を安易に解決することを覚えた課長は、部長やクライアント企業との交渉を面倒くさがり、立場の弱い人を「至急」で動かすことで、解決を図ります。

 

指示を受けた部下や協力会社は、当初予定のなかった緊急対応により、残業をし、場合によっては休日対応をして、事に当たるかもしれません。

当初立てたスケジュールは崩れ、ますます場当たり的な対応になっていき、ミスも増え、プロジェクトは混乱の一途をたどる可能性があります。

 

そういうプロジェクトに関わったメンバーの精神状態は、当然疲弊していくでしょう。

そういうことが繰り返されると「会社を辞める」と言い出す社員も出てくるかもしれません。

このように「至急」という言葉を使う人を中心に、仕事環境・労働環境が悪化するわけです。

 

 

しかし、「至急」という言葉を乱用する人は基本的に視野が狭いので、そんな職場のメカニズムに気が付くことはないでしょう。

もしかしたら、自分のことは棚に上げて、「うちの会社は体制が出来ていない」「最近の若者は根性がない」「良い協力会社が全然いない」などと、まるで自分には問題がなく、今の状況は周囲が引き起こしている、その中で自分は頑張っている、と捉えて愚痴をこぼすかもしれません。

 

このように具体的な状況に置き換えて考えていくと、もしかしたら、「至急禁止ゲーム」というものを日本社会全体で行えば、日本の労働環境は改善するのでは、と思ったりもします。

 

冒頭に話したように、そしてここであげた2つの例のように、「至急」という言葉のタチが悪いところは、立場の上下を利用しているところにあります。

「至急」という言葉が、部下から上司に使われることは、あまりありません。

委託先の協力会社から発注企業に使われることも、あまりありません。

 

つまり「至急」という言葉には、「私の方が立場が上なのだから、お前は言うこと聞いて、さっさと動け」という意味合いが含まれているわけです。

 

役職や立場を全否定するつもりはありません。

それがあることで、組織やチームがうまく動くことも多いでしょう。

しかし一方で、役職や立場は、経験者が仕事の手を抜くため、管理者が考えることをせず脳を楽にさせるために与えられるものでもありません。

 

「至急」とは、役職や立場というモノに対する「勘違い」を助長しやすい言葉です。

「至急」で指示を飛ばして人を動かすことが自分の仕事である、などという勘違いをし、全体を見ずに深く考えない習慣を強化するようなキャリアの進め方をしていくと、やがて「仕事ができない上司」「自分の頭で考えられない上司」ができあがっていきます。

かなり高い可能性で、「老害」と言われてしまうでしょう。

 

そもそも、「至急」という言葉はモチベーションマネジメントの観点からいっても最悪の言葉です。

役職や立場を振り翳すようなスタンスの人に、誰が心から「急いで対応してあげたい」と思うでしょうか。

 

 

「至急」という言葉を使うとすぐに人が動くことに味をしめ、この言葉をフル活用するようになった人は、多くの場合、さらなる進化を見せます。

「至急」の上位概念である「大至急」という言葉を使い始めるのです。

「至急」があまりにも多くなりすぎたため、「至急」の中での優先度を付けるために、「大至急」という上位概念を引っ張り出してくるわけです。

 

「大至急」。なんと馬鹿馬鹿しい言葉なのでしょう。

しかしながら、「大至急」という言葉を覚えた人が本当に大至急で取り組むべきは、より強い言葉で他人に催促することではなく、自分自身の仕事の仕方と他者に対する姿勢を改めることではないでしょうか。

 

 

 

【プロフィール】

枌谷 力

株式会社ベイジ代表。

新卒でNTTデータに入社。4年の企画営業経験の後、デザイナーに転身。制作会社を2社を経て、2007年にフリーランスのデザイナーとして独立。2010年に株式会社ベイジ設立。経営全般に関わりながら、クライアント企業のBtoBマーケティングや採用戦略の整理・立案、UXリサーチ、コンテンツ企画、情報設計、UIデザイン、ライティング、自社のマーケティングや広報、SNS運用、ブログ執筆など、デザイナー、マーケター、ライターの顔を持つ経営者として活動している。

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(Photo:J Stimp