いま、「副業」が、けっこう話題になっていますよね。

 

給料はなかなか上がらないし、いつまで働けるかもわからない。

少しでも稼げるときに稼いでおきたい、と、あんまりキツイことしたくないな、ラクに生きたいな、がせめぎ合いながら、僕も日々を過ごしています。

そんななかで、『「複業」で成功する』(元榮太一郎著/新潮新書)を手に取りました。

 

著者の元榮太一郎(もとえ・たいちろう) さんは、1975年生まれ。

旧司法試験に合格後、大手法律事務所に 勤務したものの起業を目指して三年で独立し、弁護士ドットコムを創業して、上場企業に育てた方です。現在は、参議院議員も務めておられます。

 

世の中には、すごい人もいるなあ、としか言いようのないところもありますし、読むと、「複業」というか、「弁護士ドットコム」の起業物語ではないか、という気もするのです。

 

「弁護士」は、みんなが憧れる職業であり、多忙でもあるはずで、そのなかで、新しいことをしようとする人は、ほとんどいなかったそうです。

「副業」としての、「本業」の宣伝にもなるテレビ・ラジオ出演や本の出版ならともかく、本格的な「起業」となればなおさら。

長く”複業という生き方”を実践してきたので、メリットの大きさを実感しています。弁護士の顔がなければ経営する会社は立ち行かず、会社が成功しなければ参議院議員になることもなかった。

現役の経営者と弁護士という生の経験が参議院議員としての政策や活動に活きてくる。その事実は間違いありません。

私のようなケースに限らず、誰でもその人なりの複業のあり方を考えられる時代です。むしろ、考えなければならない。

サラリーマンをしながらコンビニでアルバイトをする人もいれば、週末起業から会社を興して成功した人もいます。試行錯誤しながらでも、自分なりの道をみつけていくべきです。

著者は、2019年5月に、中西宏明経団連会長が「終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることには限界がきています」と発言したことを紹介し、「終身雇用、年功序列、企業別組合」が三種の神器だった日本型雇用システムが限界にきていることを指摘しています。

これはもう、いまの20代、30代くらいの人にとっては、「当たり前のこと」のはずです。

 

会社や組織が自分を守ってくれるわけではない時代を生きるには「自衛」するしかない。

「複業」にも、「収入を増やして生活をラクにするためのダブルワーク」もあれば、「本業」を活かしたり、相乗効果が期待できたりするものもある。

私がやろうとしていたサービスについては「絶対にムリだ!」という言葉をずいぶん聞かされました。

当時の弁護士は、どちらかというと依頼者と仕事を選べる立場にあったといえます。いわゆる「一見さんお断り」の世界でした。

そのため弁護士ドットコムのようなサービスに登録して選ぶ立場ではなく選ばれる立場になることを受け入れる弁護士は現れるはずがないと考えられていました。

常識に反すると見られていたわけです。

ところが、2000年頃からの司法制度改革で、2004年には法科大学院がつくられ、2007年からロースクール1期生が弁護士市場に参入してきたことによって、弁護士人口は右肩上がりに増えていくのです。

これまでは「弁護士がお客さんを選ぶ」のが当たり前だったのが、競争の激化により「仕事がなくなった弁護士」も生まれてきます。

顧客のほうも、より手軽に弁護士にアプローチする方法として、ネットを利用するようになりました。

 

著者は、まさにその「常識が転換するタイミング」で、「弁護士ドットコム」を創業したのです。

 

もしあと何年か遅かったら、同じことを考えて起業する人やネットサービスが現れていた可能性が高かったと思われます。

他人が「そんなのムリだよ」とか「弁護士だけで食べていけるのに、そんなリスクを冒さなくても……」というタイミングだったからこそ、成功できたのです。

 

今から考えると、「なぜ、あのとき他の人は、こういうサービスを思いつかなかったのだろう?」と疑問になるくらいなのですけどね。

その「弁護士ドットコム」も、創業からしばらく赤字が続いて、生活のためのお金にも困った時期があった、と著者は述懐しています。

弁護士ドットコムは8年間、実質的な赤字が続きました。

弁護士と利用者をつないだときに紹介手数料を取れば弁護士法に抵触するので、そこでは手数料を発生させていません。つまり私たちのビジネスモデルでは、サービスの核となる部分を収益につなげられなかったということです。

 

広告収入しかない時期が長く続きました。それもわずかな額です。最初はサイトに張りつけたグーグルのネット広告だけだったので、月に5万円程度でした。それが弁護士ドットコムに入ってくる収益のすべてだったのです。

500万円の創業資金が毎月減っていくだけだったのは当然です。

そんな状況が続いて事業をあきらめようかと悩んだことがあるかといえば、一度もありません。収益はなくても利用者が徐々に増えていったからです。(中略)

 

起業段階で200万円の貯金しかなく、毎月、諸経費が出ていく一方になっていれば、会社を存続させるのは不可能です。どうして8年間も耐えられたのかといえば、法律事務所オーセンスの存在に助けられました。

独立1年目は法律事務所のほうは開店休業になっていたのに、資金が切れかかってきたとき、「自分は弁護士だった、やるしかない!」と一念発起したのです。

 

最初は私1人でしたが、そのうち所属弁護士が増えていき、法律事務所オーセンスと名前を変えました。

弁護士ドットコムの赤字が続いていた8年間は、こちらの業務が本業に近い役割を果たしてくれたのです。

 

こうしたところに複業の強みがあります。独立後の私はまさしく複業状態にあり、弁護士としても仕事をしていたので助かったということです。

弁護士としての顔まで捨てて起業家の顔だけでやっていく完全なハードランディングにしていたら、赤字の8年を乗り切る体力はなかったでしょう。こうした経験からいっても、私自身、複業の強みをよく実感しています。

「副業」というと、「足りない収入を補填する」というイメージがあるのですが、著者のように「自分がやりたいことを実現する(あまりお金にならない)活動を続けるために、生活を支える仕事をする」という「複業」もあるのです。

せっかく弁護士という強い資格を得たのだから、と考えてしまうのだけれど、強くて稼げる資格があったからこそ、赤字続きだった「弁護士ドットコム」の創業期を支えることができた。

 

著者は、「弁護士ドットコム」の初期には、知り合いの弁護士に頼んで登録してもらったそうです。

面識のない、他業種の人に「うちに登録してください」と頼まれても警戒する人が多かったでしょうから、著者が「弁護士」としてつくってきた人脈が大きかったのです。

 

「弁護士ドットコム」がうまくいかなかったら、全盛期の『新日本プロレス』での稼ぎを自らの事業「アントン・ハイセル」につぎこんで会社を傾けてしまったアントニオ猪木みたいになりかねない話でもあるのですが。

 

「弁護士ドットコム」には、創業時のスタッフは残っていないそうなのですけど(IT企業にはよくある話です)、結果的に大成功をおさめたから良かったものの、著者の複業の損失補填に利益を使われていた弁護士事務所のほうにも、いろんな思いはあったのかもしれません。

 

こういうのは、著者のような「大きな起業」だけではなくて、会社を辞めてフリーランスで働くことを目指す、という場合でも、「いきなり辞めるのではなくて、まず仕事を続けながら副業を試してみる」という応用のしかたもあるはずです(というか、起業よりも、そちらのほうが事例としては多いでしょう)。

経済的に苦しくなると、選択肢が限られてしまったり、お金のためにやりたくないことをやって、自分の価値を下げてしまうという悪循環に陥りがちですし。

 

「そんないい仕事(いい会社)なら、副業(複業)なんてしなくて良いんじゃない?」って言われるような立場にある人だからこそ可能な「複業戦略」もある。

 

著者は稀有な成功例であり、ここまでやれる人は少ないと思います。

とはいえ、どんな会社も組織も「終身雇用」が難しい時代だからこそ、こういう戦略も知っておいて損はないはずです。

この本のなかには、法的に「副業(複業)」が問題になる場合や、そうならない場合なども紹介されていて、「複業をやってみたい」という人にとっては、知っておいたほうが良い知識も散りばめられています。

 

「やりたいことをやる」と「生活を破綻させない」は、うまくやれば、両立できるのです。

さすがに、「起業のための生活の基盤として弁護士になる」というのは、あまりにハードルが高くて、できる人は限られているだろうけど。

 

医者の場合でも、「やりたいことをやるために医師免許を取って、健診とか当直のアルバイトで稼ぎながら起業する」というのも可能だとは思います。

僕だったら、起業するより、それでラクに、自由な時間をたくさん持って暮らせればいいか、と考えてしまうのですが。

 

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(2024/3/26更新)

 

 

【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

(Photo:Guido van Nispen