最近、日本で「ひきこもり」の話題を見かけることがめっきり少なくなりました。

精神科医の斎藤環さんが『社会的ひきこもり──終わらない思春期』を出版した90年代後半から、「ひきこもり」はいまどきの青少年の社会問題としてクローズアップされてきました。

しかし、2010年代になってから精神医学の方面で目にするのは、青少年の社会問題としての「ひきこもり」ではなく、高齢化する「ひきこもり」の話題です。

 

私自身の臨床感覚としても、”青少年が新たに「ひきこもり」になった”という相談を受ける頻度はめっきり少なくなったという印象です。

00年代の精神科では珍しくもない存在だった「十代や二十代のひきこもり」が、現在は少なくなっていることを裏付ける統計的資料を探してはいるのですが、「高齢化するひきこもり」についての資料はザクザク見つかる一方で、「若いのひきこもりの発生率は低下している」ことを裏付ける資料はまだ見つけられていません。

 

ところで、数年前の学会で「外国のひきこもり」について講演を聞いた際に、びっくりしたことがあります。

なんと、「フランスのひきこもりはデートする」というのです!

日本で生まれた「ひきこもり」概念は、外国でも「hikikomori」として受け入れられ、フランスやイタリアには「ひきこもり」がそれなり存在しているそうです。

ちなみに北米では、親が成人になった子どもをひきこもらせないので、「引きこもり」に相当する人は即ホームレスなのだとか。そういう意味で、ラテン文化圏はまだしも日本に近いのでしょう。

 

話を戻します。

とにかく、「フランスのひきこもりはデートする」という話を聞いた時、私は「それって本当に『ひきこもり』なの?」と疑問に思いました。

そして「フランスのひきこもりは羨ましいなぁ」とも思いました。なぜなら日本の場合、ひきこもっていなくてもデートしていない人・したことのない人がたくさんいるからです。

 

「デートできる」じゃなくて「デートしなければならない」では?

けれども現在の私は、フランスのひきこもりが羨ましいとは思いません。

なぜなら、フランスでひきこもりがデートしているということは、ひきこもりをしている人ですらデートをしなければならない、ということと表裏一体だと思われるからです。

 

精神科の外来には、ソーシャルスキルトレーニング(Social Skill Training;SST)というものがあります。主に精神障害のある人に社会適応のための基礎的なTPOを提供することを主眼にしたトレーニングです。

このSST、外国でつくられたテキストブックには必ずと言って良いほど「デート」や「セックス」の単元があって、デートやセックスについてのTPOがたくさん書かれています。

日本のSSTの現状に比べてオープンな印象を受けますが、海の向こうではそれがデフォルトで、デートやセックスがソーシャルスキルの基礎として必須なのでしょう。

 

そういった温度差と照らし合わせて考えると、欧米社会では、デートやセックスは「できる」ものである以前に「できなければならない」もののように思われてならないのです。

昨今のインターネット、特にtwitterあたりでは、男女関係やジェンダーについての激論が繰り広げられています。

その際に、欧米社会のテンプレートを引用しつつ、「日本は遅れている」「欧米を見習え」といったオピニオンを見かけることがあります。

それらの幾つかには同意したくなる一方で、そもそも欧米社会と日本社会では、男女やデートやセックスに関して、根本的な前提や文脈が異なっているのではないかと、疑問を感じることもあります。

 

たとえば欧米では男性らしさ・女性らしさに関して日本よりも考えが進んでいるという意見をよくみかけます。

それは、そのとおりなのでしょう。しかるに、渡航して欧米人の振る舞いやファッションを見れば見るほど、「なあ……日本のほうが『よほど男性らしさ・女性らしさ』がユルいんじゃないか?」と私は思わずにいられません。

欧米でジェンダーの議論があれほど発達し、現在も進み続けているのは、欧米社会のジェンダーコードがあまりにも強力で、それに逆らって生きるのが大変だからではないでしょうか。

 

デートやセックスについても同様で、あちらの文化圏では、カップルで行動するということへの規範意識、いや、ひょっとしたら強迫性が、日本より強いのではないかとしばしば感じます。

だからこそ、フランスではひきこもりといえどもデートするし、デートしなければならないのではないでしょうか。

また、そういった文化圏において、同性愛のカップルがカップルとして行動することの是非が論じられるのは道理に適ったことだとも思います。

カップルで行動することへの規範意識の強い社会では、同性愛の人でもカップルになれるように議論が進まないと、同性愛の人はいよいよ困ってしまうでしょう。

 

対照的に、今日の日本社会では、男女の振る舞いやファッション、デートやセックスについての決まり事がユルユルです。

や、ユルユルといって語弊があるなら、「戦前までのジェンダーコードが破壊されて、かといって欧米と同じジェンダーコードになりきったわけでもない」とでも言い換えるべきでしょうか。

 

日本男性、とりわけ若い男性には、ユニセックスな恰好が許されていて、そのことに疑問を持つ人もあまりいません。

「イケメン」の代表格である若手タレントが中性的であることが示しているように、女性側が期待する男性像も、あまり男男していないのです。

韓国や中国の若者と比較しても、日本男性は「男らしさ」がちょっと足りないので、「モンゴロイドだから」という理由では片づけられないように思われます。

 

デートやカップルについても同様で、日本では「おひとりさま」がかなり許容されるというか、「おひとりさま」がおかしいと思われる度合いがあまり高くありません。

『孤独のグルメ』のTV版は、七期まで放送されるほどの大ヒット番組になりましたが、これもまた、日本社会がそれだけ「おひとりさま」が許容される文化圏であることの証左ではないでしょうか。

 

『孤独のグルメ』が『月刊PANJA』の誌面上で連載されたのは1994年~1996年で、当時の日本にはバブル期の残り香が漂っていました。

現在に比べると「男と女はカップルになるべき」「彼氏や彼女をつくるべき」といった規範意識や強迫性が高まっていて、クリスマスはカップルで過ごすべきという煽りがまかり通っていた時代です。

 

他方、『孤独のグルメ』が社会現象になっていったのは、21世紀になってからのこと。

日本人の恋愛離れが進み、「おひとりさま」が珍しくなくなってからのことでした。この点において日本は欧米社会のテンプレートから遠のいたというより、異なったゾーンに突入した、と言いたくなります。

 

あなたなら、どちらを選びたいですか

こうやって考えるにつけても、はたして、日本は欧米に比べて「いろいろ遅れている」と言ってしまって構わないのか、私はわからなくなってしまいます。

現在の私は、ひきこもりでもデートできるし、デートしなければならない文化に憧れますかと言われたら、はっきりとNoと答えます。

 

もちろん、日本文化圏にも住みにくいところや面倒くさいところが沢山あり、欧米文化圏で育まれたジェンダーに関する議論から学べる余地がたくさんあるのは明らかです。

だとしても、日本文化圏には日本文化圏なりの良さや住みやすさがあり、連綿と受け継がれてきた文脈があるわけですから、そこのところを度外視したまま、海の向こう側をやたらとありがたがってみせるのは、なんだか違うように思っています。

 

この話はいろいろと議論の余地はあるはずです。たとえばあなたは、「ひきこもりでもデートしなければならない」文化圏で暮らしたいですか?

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma   ブログ:『シロクマの屑籠』

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(Photo:Gaku0318)