子どもには「ギリシア人の家庭教師」をつけてやりたい。
かのアレクサンダー大王には、大哲学者のアリストテレスが家庭教師に就いたという。
また、古代ローマではギリシア人の家庭教師を招いて、子弟の教育にあたらせたともいう。
こうした「ギリシア人の家庭教師」が、アレクサンダー大王やローマ人子弟に教育効果をもたらしたのは間違いなかろう。
また、日本でも戦前には「書生」という風習があって、インテリな学生を家事手伝いとして自宅に住まわせる風習があった。
「書生」の存在は、その家の子どもに少なからぬ影響を与えたことだろう。
昨今は、「文化資本」という言葉が語られることが多い。
文化資本とは、語彙力や言葉遣い、学力や教養や美的センスといった、個人的リソースのことを指す。
文化資本は直接的にはお金にならないかもしれないが、地位や人間関係へのアクセスを左右し、巡り巡って経済資本をも左右するという点において、やはり資本である。
「ギリシア人の家庭教師」は、まさにこの文化資本を子どもにもたらす存在だ。
2018年現在、ギリシア人の家庭教師を雇ったり、それか、東大生や京大生を書生として住まわせたりする風習は見受けられない。
が、潜在的にはニーズがあるんじゃないだろうか。座学を授けるばかりの家庭教師や塾講師ではなく、子どもの遊び相手として、あるいは生活空間を共有する者として、一緒に時間を過ごすうちに文化資本をプリインストールしていく存在としての「ギリシア人の家庭教師」。
もし、そういう人材の供給があって、金銭的にも雇えるようだったら、私は「ギリシア人の家庭教師」を雇ってみたいと思う。
まあ、こういう人材がサービスとして提供されるのは東京からで、地方の郊外に住んでいる私には望むべくもないのだけれど。
父親は「ギリシア人の家庭教師」たり得るか
地方の郊外で暮らしながら「ギリシア人の家庭教師」を雇うのは不可能である。
だったら、どうやって子どもに文化資本をプリインストールしていけばいいのか?
子どもが生まれた頃から、私はずっとそのことを考え続けてきた。
で、私は自分自身が「ギリシア人の家庭教師」になれないか、やってみることにした。
逆に言うと、家庭にいつでも父親がいて、子どもにとって「ギリシア人の家庭教師」の劣化コピーができたらすごくいいんじゃないかなと思っているし、そのための布石は惜しまないよう心がけている。常日頃から、父親がダイレクトな文化資本になれば、そうでないよりは子どものためになるはずだ。
— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) 2018年9月7日
「子どもがかわいい」という近現代の感性と「ギリシア人の教育係が文化資本を授けたほうがいい」と「我が家はギリシア人の教育係を雇えない」の折衷案は、「父親が子どもと遊ぶ状況をできるだけ常態化し、ギリシア人の教育係に相当する役割を引き受けること」だと思う。やっていきましょう。
— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) 2018年9月7日
父親として、できるだけ家庭で子どもとコミュニケーションすること。
21世紀に「ギリシア人の家庭教師」がいたらきっとそうするように、一緒にピクニックに出かけて、昆虫の名前を教えたり、キノコの写真を集めたりする。
夜は星座を指差し、星を数え、天の川を追う。
オンライン対戦ゲームで技量を磨くことの楽しさを共有し、ソーシャルゲームで世界の英雄について語り合う。
父親がどれほど文化資本を持っていても、子どもがそれを本棚から抜き出して勝手にインストールしてくれるとは期待できない。
原則、親の文化資本は、子どもと一緒に過ごさなければ伝わりにくいものと想定しておくべきだろう。
私自身の文化資本は、しょせん、私が年を取れば失われてしまうものでしかない。
それでもベーシックな部分に関しては、遊びをとおして子どもに継承されて、やがて、子ども自身が自前の文化資本を形作る材料にはなるはずだ。
いまどきは、父親が子どもと一緒に過ごすのはなかなかに難しい。以前、こちらでも書いたように、父親が子どもと過せる時間はまだまだ希少で、贅沢品のままである。
父親と母親が子どもと過ごす時間を比較したグラフ。特に平日、父親が子どもと過ごす時間は圧倒的に短い。
このグラフを眺める人は、まず「母親に子育ての負担が集中している」ことを問題視するかもしれない。もちろん問題だ。だがそれだけではない。
父親が子育てをとおして何かを学び、子育てをとおして子どもに育てられる余地が乏しくなっている、という意味でもこのグラフは問題である。
父親が子どもと一緒に過ごせない現代日本のありようは、文化資本の継承という視点でみれば非効率といわざるを得ない。
管理職や研究者といった、いかにも文化資本に恵まれていそうな男性ほど、えてして子どもと過ごす時間が制限されて、その豊かな文化資本を子どもに継承する機会に恵まれない。
これは、大変もったいないことではないだろうか。
だから私は、少なくとも子どもが一定の年齢に達するまでは、あらゆる手段を講じて子どもと過ごす時間を取りにいくつもりでいる。
そして「ギリシア人の家庭教師」に近い役割を、できる限り果たすのだ。
だけど父親は兄貴にはなれない
ところが、どんなに「ギリシア人の家庭教師」をやってのけようとしても、父親ではやってのけられない部分があることに、途中で気づくことになった。
というのも、親は親という立場を逃れられないからだ。
子どもから見た父親は、母親につぐ最初期の他者である。
幼い時期の子どもは、父親と母親をとおして社会のルールやテンプレートを身に付けていく。精神分析的な表現を許していただけるなら、核家族というシステムのなかで子どもの”超自我”を司るのは、専ら父親と母親なのである。
親とは、子どもの友達や兄貴/姉貴にはなりきれない存在とも言い換えられる。
親の側が、どんなに対等に子どもに接しているつもりでも、子どもからみた親は、社会のルールやテンプレートの元型(アーキタイプ)としての側面を免れない。
同じ”アドバイス”でも、親に言われるのと友達に言われるのでは子どもにとっての意味が全然変わってくるのも、子どもからみた親が”超自我”の座を司っているからに他ならない。
親には親にしか伝えられないことがあると同時に、親には決して伝えられないことも、またあるのである。
対して、「ギリシア人の家庭教師」には、そのような制約は無い。
「ギリシア人の家庭教師」は、兄貴や姉貴的な存在であり、幼なじみ的な存在でもある。
親代わりにはなれないが、親には決して伝えられないことを伝えられるのが「ギリシア人の家庭教師」という立場だ。
もし、現代社会で「ギリシア人の家庭教師」的なものを子どもに提供するとしたら、兄貴的存在や姉貴的存在とのご縁が必要だ。親は、兄貴や姉貴のかわりにはなれない。
私は、兄貴や姉貴的な存在は、子育てにとって意外に重要ではないかと思っている。
兄貴や姉貴の存在は、親という「”超自我”の権化」からの抑圧を緩和してくれるし、親離れ・子離れの助けにもなろう。
ところが現代社会において、兄貴や姉貴と巡り合って、縁を深めるチャンスはなかなか見つからない。
また、世間一般として、兄貴-舎弟のような人間関係が良いものとみなされている風にもみえない。
だから思春期以降はともかく、思春期以前に兄貴や姉貴と呼べるような存在に巡り合い、「ギリシア人の家庭教師」的な人間関係を見いだせた人はものすごく幸運である。
1人の親としては、そのようなご縁を招くためのマッチングアプリのようなものがあったらなぁ……などと思わずにはいられないが、現段階では、親が兄貴や姉貴的な存在を子どもに授けるのは難しい。
と同時に、子ども自らが、年上を兄貴や姉貴と慕って師弟のごとき交わりを作っていくのも難しかろう。
意識の高い子育てを目指している方々には、是非、この「父親はギリシア人の家庭教師にはなれない」という問題を論議していただきたいと思う。
案外、そういう存在の需要は少なくないような気がするからだ。
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梅田 悟司(うめだ・さとし)
コピーライター/ワークワンダース株式会社 取締役CPO(Chief Prompt Officer)/武蔵野大学アントレプレナーシップ学部 教授
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【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』
(Photo:Matt Madd)