つい先日のこと。
ベンチャーキャピタルで働く知人から、スタートアップ界隈で働く若手、とくに新卒の変化について聞いた。
すると彼は、
「最近は、高学歴の学生、例えば東大生や京大生が、旧来の日系大企業を選択せず、ベンチャーやスタートアップに行きたがる」
と言っていた。
確かに、この手の話は最近ちらほら見るようになった。
東京大学の学生たち。東大生といっても、毎年3000人も入学すればピンきりですから、グローバルな活躍が期待できるほど優秀な学生は数百人でしょう。
その数百人は、どこで働こうとしているか。
日本の大企業を挙げるのは少数派です。
とくに、天才と呼ぶべき“知的ギフテッド”な若者たちは、いまやスタートアップしか考えていません。そのほかは、ほぼ眼中にない。
自分で起業する、もしくは、設立数年のスタートアップ企業に入る。「自分の才能を確実に活かせるのはどこか?」と考えていけば、自然とそうなるはずです。(プレジデント・オンライン)
東大のエリートはなぜベンチャーを選んだのか(東大理系 / 体育会主将 / 経営企画職内定)
東大生はブランド思考がまだまだ残っているなという印象。
一方で、サークルだったり、研究だったり、部活だったり。自分の頭で考えて、先頭を走って来たようなタイプは大手企業、有名企業には行かない人が多いように思います。自分の周りを見ていてもそうなので。(エンカレッジ)
ただ、このあたりまでは、正直「まあ、よく聞く話」だ。
メディアで取り上げているくらいなのだから、当然、SNSからも、噂からもいろいろな話が、耳に入ってくる。
私は
「そうなんですね」
と、相槌を打った。
ところが。その方は続けてこう言った。
「でも、東大や京大を出て、わたざわざベンチャー、スタートアップに入ったのに「こんなはずじゃなかった」と言って、退職する人が結構多いんですよ。」
どういうことだろう。
詳しく彼の話を聞くと、以下のような話だった。
ベンチャー・スタートアップに、「大企業では実現できない、会社への期待」を強く持って入社してくる高学歴が結構多い。
そして少なくない人々が期待を裏切られ、辞めていく。
*
まず、ここで重要なのは高学歴の彼らが「ベンチャー・スタートアップ」に求めていた「期待」とは何かだ。
東大・京大卒といった、就職では最も有利な肩書を持つ彼らが、わざわざ大人気の就職口を蹴るほど、ベンチャー・スタートアップに期待しているのは一体何なのだろう。
ざっと見てみると、例えば、成功したときの「社会へのインパクト」や「報酬」という人がいる。
「大企業に入っても、ある意味学び少ない」東大生のベンチャー志望理由
タケシさんが、入社した企業に惹かれた理由は、成功すれば社会に与えるインパクトが大きい事業内容と、それによって得られる報酬の大きさだ。
あるいは「大企業には向いてない」「出世してもたいして稼げない」と思った人もいる。
「ベンチャー企業しか受けなかった」東大生の就職状況について現役学生にインタビュー
1点目はソロプレイヤーの気質が強かったことですね。
2点目は飽き性なところですね。大企業に行った人に話を聞くと特にこの2点の傾向が強い人は向かないよと言われたので大企業は選択肢からはずしました。
最後は、総合商社の年次の上の方と話をしたことがありました。実際の年収を知る事があったのですが、偉くなっても大して稼げてなかったので、年収を考えると例えばフリーランスで稼いだ方が良いなと思いました。
あるいは少し昔になるが、有名ブロガーが「大企業のほうが成長できるとか完全にウソ」といい、議論になっていた。
「成長は、大きな目標と裁量、そしてぐちゃぐちゃな環境で成果を求められることで得られる」
と、このブロガーは書いている。
そんな環境を求めてベンチャーに行く人も多いのだろう。
*
とはいえ、様々な話を総合してみると、
彼らの中で、「大企業にはなく、ベンチャーで得られるもの」は、つまり
「ショートカットして(お金、名誉、インパクトなどの面で)成り上がるチャンス」
に他ならない。
一昔前、「ショートカットして成り上がるチャンス」は、官僚と大企業の中にしか無いと見られていた。
東大生・京大生のような高学歴であるなら「出世枠」の選抜組となり、先んじて組織の頂上まで上り詰めるチャンスが豊富にあると、考えている人が多かった。
実際「ウチの会社では、東大京大は別枠だよ」
などという人も、たしかに居た。
官僚組織や大企業はルールと規則でがんじがらめで、その中で自分を殺し、理不尽に耐えて出世に邁進するのは大変だ。
それでも昔は「耐えて」いれば、報われる目もあった。
社会的な地位も手に入った。
大きな仕事もできた。
でも今は違う。
「大企業内でなくても、大きな仕事はできる。」
「現在の環境は、高学歴であっても、出世を保証されない。」
「報酬面でも「成功」とは言えない。」
そう考える、不満なエリートが増えるのは、特に不自然ではない。
そこで出てきたのが、リスクは高いが、「とんでもない成功」が得られるかもしれない、ベンチャー・スタートアップだ。
行動経済学の知見によれば、人は「何を選択してもマイナスの結果が見えている」場合には、リスク追求的になるという。
(参考:ダニエル・カーネマン ファストアンドスロー 早川書房)
どの選択肢もリスクを伴うのであれば、いっそのこと、ベンチャーやスタートアップでの大成功に賭けてみよう。
そう思った高学歴たちが増えているのだろう。
*
しかし、現実はそう甘くない。
リスクを追求すれば、失敗したときのマイナスもまた、大きい。
例えば少し前、下のような記事が、よく読まれていた。
「あのときもう少し慎重に選んでおけばよかったです」
8年ほど前に有名私立大学を卒業後、とあるITベンチャー企業のA社に新卒で入社した鈴木保さん(仮名、30歳男性)が深いため息とともに消え入るような声でそう語ってくれました。
記事を要約すると、
「社長の理念に憧れてベンチャーに入ったが、中身はとんでもないブラックで、後悔している。」
という話だ。
この話を読んで、「ブラック企業とんでもねえな」や「やりがい搾取なんてひどい」と思う人も多いだろう。
実際、そのようなコメントが記事の下に並んでいる。
「ほれ見たことか」と言わんばかりの意地悪なコメントも多い。
また、これを見て、「やっぱり、ベンチャーを安易に選んじゃいけないんだ」と思う人も多いだろう。
まあ、それは正しい。
ブラック企業は駆逐すべきだ。
だが、私がこの記事を読んで抱いた感想はもう一つある。
「そもそも、ほとんどのベンチャーは殆どの社員の期待に添えない。」
だ。
こう言うと、「GAFAやメガベンチャーは当てはまらないよ」
という人もいるかも知れない。
が、あれはベンチャーではない。
ベンチャーの「雰囲気」だけある、大企業だ。
商品も、マーケットも確立している「完成している企業」だ。
リスクを取りたくない、保障はほしい、でも「ベンチャー」の雰囲気はほしいし、旧来の日本の大企業に入るのはなんかかっこ悪い。
そういう人達がGAFAやメガベンチャーには、数多くいる。
それはそれで良い。
だが、本当のベンチャーは、
市場があるかどうかもよくわからない世界で、
見つけた市場もすぐに競合に追いつかれ、
商品のスペックも定まらない中で、
資金ショートに怯え、
実験を繰り返して可能性を試し、
人の入れ替わりも多く、
安定とは程遠い。
「でもそれがいい」。
という人が集まる会社たちのことだ。
だから、本質的に、ベンチャー・スタートアップは「普通の人」が働く先ではない。
普通の人が働いたら、多分、ノイローゼになるだろう。
だから、上の記事にあったように東大生3000人のうち、ベンチャーで通用するのはせいぜい数百人だというのは、おそらく正しい。
*
逆に、そういうぐちゃぐちゃが大好きなベンチャー志向の「最優秀」な人々は、「完成している」会社に入りたがらない。
それは、彼らが「組織の中で、コツコツと出世する」より「起業して、自分で成功をつかむ」ほうが簡単だと思っているから。
ベンチャーキャピタルの知人は、こう言っていた。
「優秀であればあるほど、「会社が何をしてくれるか」は、ほとんど気にしない。彼らは「欲しい物は自分で取ればいい」と思っているから。」
確かにそうだ。
私が見てきた「最優秀層」は、
「私がうまくいかないのは、会社のせいだ」
とは言わない。
全く逆だ。
「会社がうまくいかないのは、自分のせいだ」
というのだ。
「私がもっとうまくやれば、もっと会社が大きくなるのに……!」
と思っている。
本当に、真面目にそう思っている。
だから、会社の環境に、ケチを付けたりしない。どうしようもないときは、さっさとチャンスを求めて辞める。
もちろん、それはひどい勘違いなのだが、能力を持っている人が勘違いすると、時として恐ろしい力を発揮する。
その勘違いこそ、彼らの原動力だ。
だから、実際にベンチャー・スタートアップで働き「これこそ理想の働き方」と適応できる人は、高学歴で、多少頭が良くても、極めて少ないのが実際のところだ。
だから、周りにベンチャー・スタートアップへの入社を迷っている人が居たら、まずは安定の大企業を勧めている。
「「ベンチャーに行っても、多分期待どおりにならないよ!ベンチャーに行くな!実態はキラキラしてないよ!」
と言ってあげる。
「ベンチャーやスタートアップは勧めないの?」と思う方もいるだろう。
もちろん勧めない。
そもそも、ベンチャーで成功する人は、絶対の自信があるので、人にそんなことを相談しないし、勝手に自分で決めてしまう。
そして彼らは失敗しても後悔しない。
そう言う意味では、
「大企業とベンチャーどっちが成長できるか」という質問は愚問だ。
繰り返すが「通用する人の種類」が違うので、「どっちが合っているか」という話でしかない。
そして、大企業が合っている人のほうが、圧倒的に多い。
*
「高学歴の学生、例えば東大生や京大生が、旧来の日系大企業を選択せず、ベンチャーやスタートアップに行きたがる」
という事象は
「成り上がりショートカット」が大企業に見いだせなくなった高学歴たちの、リスク追求的な行動である。
だが「話が違う」という人が増えているということは、自分が
「大企業」か「ベンチャー」のどちらが合っている人間か、よく考えずにリスクを追求する高学歴が増えている証なのだろう。
そして、採用側も、応募者がどちら側の人間なのか、見抜けていない。
そのミスマッチが、採用技術の向上と、ベンチャーの実態の周知によって、すこしでも減るのを祈るばかりである。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【著者プロフィール】
◯Twitterアカウント▶安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者( tinect.jp)/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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<Photo:Brett Jordan>