「他サイトおすすめ記事」とは?
このページは、Books&Apps編集部メンバーが特にお気に入りだという記事を、ピックアップしたリンク集です。このキュレーションには3つのルールがあります。

1.個人ブログ、マイナーサイトなどからキュレーションする。大手メディアからはキュレーションしない。
2.個人が本当にオモシロイと思ったものだけを掲載する
3.記事が書かれた時代に関わりなくキュレーションする(古い記事もキュレーションする)

どうか楽しんでいただければ幸いです。
Books&Apps編集部

これは素晴らしい、やってみたい。

「単なる入力デバイス」として使うのなら、要らないと思ってたけど、こういう使い方があるなら。

Appleが自ら創ったSan Franciscoというフォントには、アップルが提供するユーザー体験の超絶なこだわりが垣間みえます。

"本来は個々の職業に上下の関係はありません。しかし、私達の日常生活の中では、意識的あるいは無意識的に、特定の職業を「立派な職業」と思ったり思わなかったりするという、イメージの格付けが存在しています。

例えば誰かが自己紹介をした時に「スーパーの店員です」と言ったのと「医者です」と言ったの とでは、どちらの方が周囲の人々に「スゴイ」とか「立派な職業に就いている」という印象を与えるでしょうか。あるいは、親が子供に将来就いてほしい職業と して尋ねた時、「スーパーの店員」と「医者」とではどちらに回答が集中するでしょうか。
多くの人が「医者」の方だと考えるでしょう。スーパーの店員も、医者も、共にそれぞれ社会に不可欠な職業であるにも関わらずです。

このように私達は主観的に何らかの物差しを使って職業に上下関係をつける(評価する)という傾向があると考えられます。職業に対する人々の このような主観的な格付けを、社会学では職業威信と呼んでいます。"

多分なんですが、「面白い記事を書く能力」って、育つと思うんですよ。

どこかから出来合いのものを見つけてきてそれをアレンジするのではなく、自分で材料を拾ってきて、自分で考えて、面白そうなものに仕上げて、人にも見える場所においておく。

それを繰り返すことで、徐々に「色んな人にとって面白い記事」を生み出せる頻度や可能性が上がっていく。

これは、あらゆる分野、あらゆる場面で有用なノウハウの塊です。civ4でいえば、それこそ「筆記」ですよね。筆記やアルファベットは、決して陳腐化しません。

ベスト1はマジで読むべきw

"例えばパチンコを趣味とする人と、現代絵画を趣味とする人とでは、それぞれに自己規定や他者からのまなざしも変わってきます。世の中には色々な考え方がありますが、一般的に多くの人にとって「パチンコ」よりも「現代絵画」の方が「高尚である」「教養がある」と見なされる可能性が高いでしょう。パチンコを趣味とする人にとって、現代絵画は「何となくよそよそしい」「学校で教えられるようなもの」として否定する対象となる可能性が高いですし、現代絵画を趣味とする人にとってパチンコは「くだらない」「だらしない」と映ったりするでしょう。

それでは、こういう本人の趣味はどうやって形成される のでしょうか。一見すると趣味は本人の自由意思によって決定されるように見えますが、実はその人がどういう趣味を持つかは、その人の出自(両親の学歴・職 業・年収・家庭環境)、その人の学歴、その人の職業などと強い関連性があることが、フランスでも日本でも各種の社会調査によって明らかになっています。特にフランスは日本と比較して、社会の上層に位置する人々と下層に位置する人々との趣味の違いが激しいことが分かっています(美術館のページ参照)。

ブルデューは、このような卓越化を”ハビトゥス”という概念を用いて説明しようとします。"

さらに、実質的には年500万円の所得があっても、300万円を経費として落とし、税務署からは年200万円の所得にしか見えないようにすることは、それほど難しくない。

だから、年500万円の所得を得ても、あまり税金を払わず、実質的に年500~700万円の生活費のそこそこ贅沢な暮らしをすることもできる。

 

重税高福祉国家になって、徴税体制がどんなに厳しくなっても、これは原理的に十分可能だ。

 

基本は、自分で法人を設立し、仕事場と自宅を一体化してしまうことだ。

 

本棚、パソコン、プリンタ、ドキュメントスキャナ、デジカメ、電話、FAX、データ通信カード、携帯電話、ソファー、家賃の一部、光熱費通信費の一部など、実にたくさんの支出項目が、生活と仕事の両用にできる。

 

それらにかなり贅沢なものを買ったとしても、それらには所得税も消費税もかからない。(払った消費税は還付される)

論説のクオリティの高さに驚くが、もっと驚きなのは、この論説が「小説家になろう」というサイトに掲載されていること。謎すぎ。

最後まで読むと必ず吹く

「事実を簡単に調べることのできる世界にいて、なお事実を知ること、覚えておくことに価値があるのだろうか?」
本書はこうした単純な疑問に答えを出そうとするものだ。

 

著者の結論を先に言ってしまえば、Yesとなる。

 

その第一のカギとなるのが、ダニング=クルーガー効果である。

 

これは簡単に言えば「無知・無能な者ほど自らの無知・無能ぐあいについて理解できない」という認知バイアスのことだ。

 

ソクラテスの無知の知が代表例だが、古来よりこの認知の歪みは多くの知識人により経験則として語られてきた。

"その大企業のCOOの観点から、ベンチャー企業の強さと、それを活かした大企業の倒し方、

つまり、他社にやられて嫌だったことを、これから話をしたいと思っております。

よろしくお願いいたします。"

http://www.logmi.jp/254868

さて本題ですがコストコといえば牛タンがうまい。覚えておいてください

"どんどん広がるデザインという言葉の概念をなんとか識別するために、英語での表記方法を変えて表現するケースが増えている。

カバーする領域とユーザー数、そしてそのインパクトのスケールに合わせて、design, Design, DESIGNとなる。"

"たぶんその根底には「持てるものは持たざるものに分け与えるべきだ」という考え方があるのだろう。"

"Appleが携帯電話市場に打って出た後、多くの人がiPhoneは成功しないだろうと予測しました。

マイクロソフト(Microsoft)の前CEO、スティーブ・バルマー(Steve Balmer)でさえも、iPhoneは市場で定着できないだろうと言っていたのです。"

"国家が上部構造である・共同幻想であるということは、卑近に言えば、国家とは宗教であるということだ。

宗教として国民を心的に束縛するなにかである。

(中略)

フランスの場合、15歳から18歳の女性が、妊娠を好まないという場合、無料でピルが入手できるし、実際上、国家がその年代の女性に、日常、ピルを服用しなさいという推奨することにもなる。

もちろん、本人が性交をしても妊娠を好まないという意志を国家が権利として支援するという意味ではある。


私の勘違いかもしれないが、その国家支援の背景には、15歳から18歳の女性の性交は、それ自体が一種の人権として認められているという考え(幻想)があることだ。"

"私は職業柄、日常生活で見かけた良いデザイン事例と悪いデザイン事例を写真に撮ってストックしているのですが、

その中には「本当にこれギャグじゃないの?」というレベルのバッドデザインがあったりするんですよね。"

こうして、出会い系サイトでの僕の戦争は続く。戦争とは正義と悪の戦いではない。正義と別の正義の戦いなのだ。業者側の正義と、僕の正義、激しく火花を散らしている。

"愛ゆえにメンヘラの元カノみたいになった僕が今から「マヂカルラブリーのどこが面白いのかを丁寧に解説する」という、芸人に一番やっちゃいけないことをします。恨むなら恵美子を恨んでください。"

趣味は人を豊かにする、というのがとても良くわかるブログだと、私は思います。

"「こいつらは結局ちゃんと働いている人が社会を回しているから、そこに寄生しているだけなんだ」という批判はある意味正しいようで、人間社会トータルに見ると間違ってるんだよね。"

「地獄への道は善意で敷き詰められている」と言われるが、

「子供を自由につくる権利が奪われる」ような全体主義的ディストピアを実現する「福祉制度」を私たちは導入すべきではない。

 

要は「全員」を想定することが問題の根本なのである。

 

その論理を迂回して福祉を充実させるには、言葉の本来の意味での「セイフティネット」を拡充することと、政府を介さない「民間の寄附」の流れを太くすることの二つが有望であろうということは前述のとおりである。

給料もらってるんですよね、やれって言うだけなら犬でもできますよ?

文章は怖い。継続的に書く文章で、普通の人が自分を偽る嘘をつくのはとても難しい。

施しよりも、ビジネスのほうが人を救う

「絶対振り飛車で勝つ」と頑固な鰻屋の親父みたいなことを言い出したのが藤井てんてーです。

そして伝説の戦法「藤井システム」が生まれます

私はこの「めちゃモテ」戦略は実は深いところで日本人の本態的メンタリティに親和するものではないかと思っている。

例えば、「九条」である。 あれは、よく考えたら、国際関係における「めちゃモテぷっくり唇」なのである。

「私はみなさんにぜえ~ったい危害を加えることはありません。うふ♡」

というあれは意思表示になっているのではないか。

"思えば、面白い授業というのは、例えば世界史であれば、年号を追うごとに世界で何が起こっていったのかを、先生の語り口で「追体験」できるものや、

数学であれば紀元前だかルネサンスだかの数学者が考えた発想を、黒板の数式を追っていく事で「追体験」できたとき、

新しいことを学んでいくワクワク感を実感していたように思います。"

"「ヤバいことをスクープして追及する機能」は「癌」なのかということ。

仮に東の言うように、政策の実現プロセスにまったく関与しない政党があったとしても、その政党がスゴいネタを国会で暴き出して追及したら、そういう仕事「だけ」する政党は存在価値が「癌」と形容されるほどマイナスなのか、ということ。

共産党はそういうのを「お家芸」にしている政党であり、そこにチェック役としての期待「だけ」をかけて「一家に1台、一院に50議席、共産党」だと思っている人はいっぱいいるだろう。"

だから、今の時代の「結婚できない男女」に足りてないのは「出会いの数」ではなくて(これはもう増やそうとちょっと思えば無尽蔵に実は増やせる)」、

「その中から個別的必然性を持って一人を選べる確信」の方なんですよ。