2月当初は「インフルエンザとたいして変わらん」とみんなが軽く見ていた新型コロナウイルスで世の中はてんやわんやである。

ニューヨーク市場のエブリデイ・サーキットブレイク、600兆円にも及ぶ量的緩和、そして世界同時鎖国、そして恐らくの東京オリンピック延期・・・

 

正直、書いてるだけで世紀末感がハンパない。

仮に第三次世界大戦がおきても、ここまで悲壮なことにはならないんじゃないだろうか。

それぐらいにはスケールが桁違いである。

 

一年前にこんなことが起きるだなんて、誰一人として考えていなかった。

ナシーム・ニコラス・タレブが言うように、まさしくブラック・スワンはあったのだ。

私達がいま、間違いなく後世に語り継がれるであろう瞬間を生きているのは間違いない。

 

正直いうと、ぼく個人としては性根では未だに新型コロナウイルスの事をそこまで恐ろしいものだと思っていない。

いないのだが、じゃあその恐ろしくないものがカタストロフと言っても差し支えない事態を引き起こしているのも、また事実である。

 

この認知の捻れが何によるものなのかをずっと考えていたのだが、これはデータと実態、マクロとミクロの認知のズレによるものなのだという事がわかったので、今日はそれについて書いてみようかと思う。

 

データのコロナ、実際のコロナ

新型コロナウイルスはミクロの目でみると80%の人には単なる風邪である。

致死率も若くて健康な人なら1%以下と、そこまで高いわけではない。

<出典 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/031200170/?SS=imgview&FD=-926911839

 

「99%大丈夫なのだから、そこまで恐れるものではない」

これがミクロな目で見たデータ上のコロナウイルスに対する認知である。

 

正直、多くの医療従業者はこの情報を聞いたときはナメていたはずだ。

「武漢、閉鎖しちゃったってよ」

「ハッハッハ、中国君はいっつも大げさだなぁ」

と他人事だったに違いない。

 

しかしひとたび新型コロナウイルスが日本で発生し、現場で対応する側に回されると、実情はデータと全く異なるものだという事を嫌というほど知らされた。

 

いま少なくとも僕が関わる現場では、発熱かつレントゲンで肺炎と思われる像を呈した患者さんがやってきたら、PPEという完全防護服を着て、隔離された場所にて診療をおこなわなくてはならない。

正直これは本当に面倒くさく、イチイチやりにくくてしょうがないのだが、医療者が二次感染してうつす側に回れるはずもなく、フル装備でやらざるを得ない。

 

こうして1周遅れぐらいで医療従業者のほぼ全員が

「ん?これなんか思ってたのより、かなり面倒くさいぞ」

となるのだが、更に面倒なのはここからだ。

 

先程もいったとおり、このウイルスは人にうつる。

どんな感染症もひどくなると当然入院しなくてはならないのだが、肺炎で入院してきた患者さんが何の原因で肺炎になったのかは来た段階ではグレーである。

 

細菌かもしれないし、インフルエンザかもしれない。

ひょっとしたら新型コロナウイルスかもしれない。

こんな感じで原因がわからないのだから、肺炎はほぼ全例新型コロナウイルス患者疑いとして扱わせざるをえない。

 

この新型コロナかもしれないグレーな患者さんを、まさか四人部屋のベッドに入れるわけにはいかない。

だから当然、個室管理となるのだが、こんな事態を多くの病院は想定していないから、個室が肺炎患者で想定以上にパンパンになってくる。

 

新型コロナ感染でないとわかれば、個室から外にでる事ができるが、それがわからない限りは個室にずっといてもらうほか無い。

いま全国の病院はいまだかつてないペースで個室がミチミチである。

 

もし仮に新型コロナウイルスが院内でアウトブレイクでもしようものなら、病棟閉鎖などなど、とんでもない事になるから戦々恐々であり、現場は普段以上に疲弊している。

 

こうしてデータの上では「99%大丈夫、たいしたことはない」と思っていたはずのものが、実態は意外とリソースを食いまくってくる事に2週遅れぐらいで気がつくのだが、この段階ですら僕はまだこれの真の問題点を見誤っていた。

 

ミクロのコロナ、マクロのコロナ

すごく大雑把にいうと、肺炎は細菌性とウイルス性の2パターンがある(他にもあるが割愛する)

細菌性はかなり急激な経過をたどる事が多いのに対して、ウイルス性のはそこまで酷くなる事は稀だ。

ごく一部の例外を除いては、人工呼吸器やECMO(人工心肺装置)なんて付ける事などはほぼない。

 

それがこの新型コロナウイルス感染は、たまにこれらの装置が必要になるレベルで悪化するのである。

そうなると個室のリソースだけではなく、人工呼吸器やECMO(人工心肺装置)のシェアが奪われてくるのだが、これも想定以上には余裕をもって設けられているものではない。

 

イタリアやアメリカで新型コロナウイルス患者がアウトブレイクし、ICUが一気に満床になり医療崩壊寸前にまでいったという話を聞いた時、ようやく新型コロナウイルスはミクロでみるのではなく、マクロの目でみなくては事の本質を見誤る事に3周遅れで僕は気がついた。

 

こいつらは個じゃなくて群で襲いかかってきた時、真にその凶悪さを発揮するのである。

先程もいったけど、新型コロナウイルスは健康な人間99%にはほとんど意味をなさない。

だから正直、経済的なコスパだけを考えれば徹底して放置するのもある意味では正しい。

 

けど、それはとても非人道的な事であるし、そんな病人や高齢者といった弱者にひどく厳しいディストピアな社会は私達には許容しがたい。

そうした集合的無意識の行き着く先が、誰も想像しなかった世界同時鎖国なのである。

 

データと実際、ミクロとマクロの目がどれだけ違うのかを僕は今回の一件で痛いほどによく理解した。

またしても「病をみて人をみず」をやってしまったなぁと反省である。

<参考 ピークカット戦略(集団免疫戦略)地獄への道は善意で舗装されている | Medium

 

ゴブリンスレイヤーで読み解く新型コロナウイルス問題

一個一個は大した事がないものでも、群れとなり軍隊を形成して襲いかかってくると、全然性質が変わってくる。

 

これは蝸牛くも先生が書かれたゴブリンスレイヤーという物語にも通じてくる話である。

この物語は、最下級モンスターとされるゴブリンのみを狩る冒険者・ゴブリンスレイヤーの活躍を描く作品である(アニメ版が非常に面白いのでオススメ)

 

ゴブリン1~2匹であれば力自慢の村人でも倒せるほど弱いが、群れをなして残忍狡猾なやり口で人間の集落や冒険者たちを陥れる存在であり、油断すれば村を滅ぼすことすらある脅威となる。

一般に弱いと認識されるゴブリンを殲滅しても名声は得られず、報酬も少ない。

そのため、多くの冒険者はゴブリンなどには見向きもせず、一見するとカッコいいドラゴン討伐などをやりたがるのだが、そのような社会において、決して油断せず様々な技巧や知識を駆使し、ただ淡々とゴブリンのみを狩る存在として、ゴブリンスレイヤーが描かれている。

 

このゴブリンスレイヤーの物語は福祉に携わる人のオマージュだと僕は理解している。
医療を含めて、福祉は正直なことをいってあまりカッコいい仕事ではない。

六本木ヒルズにある外資系企業で働くほうが社会的尊厳も圧倒的に高く、また給料もいい。

福祉は構造上、お金を稼げる仕事ではないから、一般的にはかなり低賃金労働だし、また社会的尊厳もそこまで高いとは言い難いものがある。

 

人は見た目がいいものを好む。

年収3000万円でフェラーリを乗りまわしている人になりたい人は山ほどいるだろうが、ドヤ街で恵まれない人たちの為に活動する人になりたい人は、残念ながらそう多くないだろう。

 

そういう意味では、ゴブリンという評価されない対象に対して情熱を燃やして対処するゴブリンスレイヤーの物語が流行ったことには、僕は日本の社会のある種の成熟を感じる。

みんな本当は気がついているのである。

ハリボテで塗り固められたキラキラしたものの嘘くささに。

草の根で活動する人たちの尊さに。

 

今回の新型コロナウイルス問題もそうである。

この問題を解決するのは、わかりやすいヒーローや勇者のような英雄的存在ではない。

全国の医療スタッフは当然として、わたしたちひとりひとりの草の根の民の努力が、こいつには1番効くのである。

 

ひょっとしたら気がついてないかもしれないけど、私達はみな1人のコロナウイルススレイヤーである。

しばらくは根拠のない不安に襲われるかもしれないが、世界はいままでも、そしてずっとこれからも今より良くなり続けている。

 

がんばっていきましょう。

 

 

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高須賀

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(Photo:Gauthier DELECROIX – 郭天