開戦から4カ月余りが経過し、泥沼化の様相を見せているロシア・ウクライナ戦争。

ある軍事ウォッチャーが「この戦争は、歴史上のどの戦争よりも解像度が高い」と評したように、SNS上には戦場の模様を伝える生々しい映像が連日アップされ、世界中の人々の視線はそれらに釘付けとなっている。

 

ツイッターなどで関連アカウントをフォローすれば、流れてくるのは砲撃で装甲車両が吹き飛ぶさまや銃弾飛び交う市街戦の様子、ミサイルが民間施設を直撃する瞬間等々。

圧倒的インパクトを持つ映像群は、自分の暮らしと同じ時間軸で、今この瞬間も膨大な人命が失われているという厳然たる事実をわれわれに突きつける。

 

また、このたびの戦争ではドローンの活用やスターリンクによるネット網など、戦場のデジタルトランスフォーメーションと呼ぶべき事象が多々起きているのも特徴だ。

 

その実態を現地ウクライナで、言葉通り銃弾をかいくぐりながら取材した日本人がいる。

カンボジア内戦に端を発し、ミャンマー、アフガン、イラク、リビア、シリアと数々の紛争地で取材経験を持つ報道カメラマン・横田徹氏である。

 

その経歴を知りたい方は、同氏の著書『戦場中毒 撮りに行かずにいられない』(文藝春秋社)*1をお読みいただくのがてっとり早いが、この方はそのタイトルの如く、戦場に魅せられたジャーナリスト。

だが同時に、どれほど狂気渦巻く戦地であっても私情を挟まず報道に徹するプロフェッショナルであり、ついでに言えば普段は子煩悩な一児の父親だ。

 

そんな横田氏が淡々と語る戦場体験は、毎度話を聞く度に思わずのけぞってしまうほど、死と隣り合わせの危険なもの。*2

幾多の戦争を現地で見つめ、報道してきた同氏は、果たしてウクライナの最前線で何を見たのか?

ここでは主に戦場におけるデジタル技術の応用にテーマを絞り、話を聞いた。

 

戦場におけるドローン活用秘話

横田氏が日本を発ったのは2022年5月7日のこと。

ワルシャワ経由で深夜バスに17時間揺られて単身キーウ入りし、そこで事前にコンタクトを取っていたジョージア人義勇兵のグループと合流した。

横田氏いわく、コロナ禍でブランクがあったため、戦場の感覚を取り戻すのに時間がかかるのではと思っていたそうだが、現地入りするとすぐさま頭が切り替わり、気が付けば最前線での取材を志願していた。

 

「現地に到着して会ったのはマムカと名乗るジョージア人義勇兵部隊の司令官で、『前線で従軍取材をしたい』と希望を伝えると、それは危険だし機密の問題もあるから認められないと言われました。

ウクライナ側としては、まずスパイの心配があるため見知らぬ人間を部隊に同行させられないという考えがあり、また報道を通じて部隊の位置がロシア側に特定され、砲爆撃を受けるリスクもあるため、そう簡単にジャーナリストを前線に入れられない事情があったのだと思います。

それでもとにかく東に行こうと思い、コーディネーターと一緒にウクライナ中部のドニプロという都市に向かったんです。

半日くらいかけて到着すると、そこにマムカ司令官が先回りをしていて、今度はどういうわけか前線取材のOKがもらえたんですね。

あまりにもしつこく頼んだせいなのか、理由は今でも分かりませんが、紹介された部隊の元に向かうと、そこにはジョージア人義勇兵の中でも特殊部隊に当たる、最精鋭の兵士たちが待ち構えていました」

 

横田氏によるジョージア人部隊の従軍取材は日本テレビを始めとする各メディアで報じられ、現在もアーカイブで見ることができる。*3

その映像の中でとりわけ印象的なのは、ドローンを使った偵察のシーンだ。

 

「今回の戦争報道では『ドローンはゲームチェンジャー』といった論調も見られますが、そもそも2020年のナゴルノ・カラバフ紛争でトルコの軍用ドローンが大きな戦果を上げていますし、それ以前にはイスラム国も使っていました。

軍用・民生品ドローンの活用は事象としては新しいものではないのですが、ロシア・ウクライナ戦争で特筆すべきは、ウクライナ側が戦争勃発から間もなく国中のドローンをかき集め、さらにプログラムを書き換えて飛ばせるようにしたことです」

 

横田氏の説明によると、世界で最もメジャーに使われている中国企業・DJI製のドローンは、戦争後どのタイミングかは不明だが、ウクライナで飛ばせなくなったのだという。

 

「イラクのクルド人自治区でイスラム国との最前線の取材をした時も同じことが起きたのですが、紛争地域での軍事利用を防ぐ目的なのか、メーカー側が飛行禁止区域を設けることができるようです。

その国で購入したものは大丈夫で、他国から持ち込むものはダメという話もあり、自分は技術者ではないので詳しいことは分かりません。

 

また、撮影したデータは全てDJIに筒抜けになるという噂もあるようなのです。
つまり、そのままでは戦場で使えない代物だったのですが、ウクライナ側はデータの書き換えに成功し、飛ばせるようにしただけでなく、データ流出も防いだというんですね。

もともとウクライナはIT面で進んだ国で、各国の有志の人々による支援もあったのだと思いますが、これはドローンに詳しい人によれば技術的に極めて難しいことなのだそうです」

 

SNSはもうひとつの戦場

さらに横田氏が今回の従軍取材で驚かされたのは、ウクライナ軍によるSNSを使った巧みな情報戦だ。

 

「SNSの活用自体はドローン同様にこの戦争が初めてではなく、イスラム国などもプロパガンダに使っていました。
今回これほどまでにSNSが注目されたのは、過去の紛争に比べて世界の関心がケタ違いに大きく、圧倒的なボリュームで拡散されているのが大きいと感じます。

ジョージア人部隊の取材では、自分が撮った映像を提供したところその日のうちに編集され、SNSにアップされたことがあり、スピード感にまず衝撃を受けました。*4

また、編集も実に洗練されていて、戦果を伝えるため、世論に被害を訴えるためといったように、目的をしっかり狙い定めて各映像が作り込まれています。

さらに、見る者に訴えかける内容としながら、撮影した部隊の位置などを秘匿しつつ、内容が残酷過ぎて拡散されない事態を防ぐといった点もしっかり押さえられているんですね。

これまでの戦争では、情報発信はメディア頼みという部分がありましたが、ウクライナ側は独自の情報発信を積極的に行っています。

SNSこそ情報戦における戦場であるという意識が共有されており、情報管理の徹底ぶりは見事なもので、この戦いではウクライナがロシアを圧倒していると言えます」

 

そしてもう一点、横田氏が戦場で感じたウクライナ軍の強みはネットインフラにあるという。

 

「イーロン・マスクがスターリンクのネットワークをウクライナに提供したことが大きく報じられましたが、これはわれわれが考える以上に大きな意味を持っています。

と言うのも、インターネットを通じて情報にアクセスでき、家族や恋人の顔が見られることは、兵士たちにとって何よりの心の支えとなるからです。

ネット環境は食料などと同じくらい重要な、『情報面の兵站』と言っても過言ではありません」

 

デジタル技術が兵士を力づけ、ひいては戦況を動かす。

ウクライナではまさしく戦場のDXが起きている。

 

それでも撮りに行かずにいられない

ハイテクとは真っ先に軍事応用されるのが常であり、戦場が最新技術の見本市となるのはある意味、不思議なことではない。

だが、ロシア・ウクライナ戦争ではここまで挙げてきたようなデジタル技術の活用事例が多々見られる一方、戦場の実態としてはハイテク戦争、ハイブリッド戦争どころか第一次世界大戦さながらの古典的な戦闘が繰り広げられているという側面もある。

 

「現在は塹壕戦と砲兵戦で双方が消耗し合っている状態です。

だからと言って戦争が完全に先祖返りをしたわけではなく、例えばウクライナが使用しているスティンガーという携行式地対空ミサイルは、それこそソ連のアフガン侵攻時からある兵器ですが、当時に比べて性能が大きく向上しており、ロシアの航空優勢を阻む一助となっています。

その意味では、ハイテクとローテクが混在している戦争と見るべきだと考えます」

 

横田氏が語るように、われわれがネットや報道を通じて目にしているこの戦いは、全くの次世代の戦争とまでは言えないのかもしれない。

だが、兵士や市民が現場から情報を発信できるようになった今、われわれは過去のいかなる戦争よりも、現地の情報をより早く得られるようになったこともまた事実。

 

そこで、横田氏に聞いてみた。

そのような中でもプロのジャーナリストが危険を冒し、戦地に赴く意義とは何か?

 

「SNSなどに上がってくる映像が捉えているのは戦場の『瞬間』で、確かに速報性の面では価値があります。

しかし、それらの断片的な映像が、戦闘や事件の背景まで語ることはまれです。

例えば、マンションがミサイルで攻撃されたとしたら、その被害者はどのような人生を送ってきて、いかなる悲しみを抱いているのか。

また、部隊の従軍取材であれば、兵士たちは何を思って戦っているのかといったといったディティールは、SNSの投稿映像だけでは分かりません。

現実に起きている戦争の中でテーマを設定し、それに沿って細部まで深く掘り下げて取材をするのが自分の仕事であり、それにはやはり経験が必要となります。

一瞬で撮ったショートムービーや短文での投稿などでは伝えきれないものを報道することこそ、ジャーナリストが戦場で取材をする意義だと思っています」

不幸なことに、そして厳然たる事実として、戦争がこの世からなくなる気配は今のところ見られない。

現在はことあるごとに「育児が自分にとっての戦場」と語る横田氏だが、これからもきっと世界の紛争地帯を巡り、取材活動を続けていくことだろう。

報道カメラマンの仕事に終わりはない。そこに、戦場がある限りーー。

 

 

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【プロフィール】

御堂筋あかり

スポーツ新聞記者、出版社勤務を経て現在は中国にて編集・ライターおよび翻訳業を営む。趣味は中国の戦跡巡り。

Photo by George Kroeker

 

 

 

【参照・出典元】

*1
文藝春秋『戦場中毒 撮りに行かずにいられない』

*2
Fielder「タリバンの日常~世界を敵に回すテロリストは悪魔か~」

横田氏の過去の戦場取材についてはぜひこちらの記事をお読みいただきたい。同氏が戦争報道だけでなく書き手としても一流であることをご理解いただけるはずである。

*3
日テレnews「ウクライナ軍“最強”特殊部隊の精鋭たち…戦闘の最前線で見た“真実”」

*4
YouTube「Just another special operation of Georgian Legion」

横田氏が従軍したジョージア人部隊の映像。ドローンおよびスマホ映像以外は横田氏が撮影したもの。