年が明けたらまたひとつ歳を取る。

最近、寒暖の差が激しくて自律神経が崩壊しているわたしにはかなり厳しい。秋なんてなかった。

 

精神疾患を持っている人なら共感してくれると思うのだが、9月あたりから、睡眠はめちゃくちゃ。めまいが止まらない。金縛りレベルで起き上がれない日がある。

最近のわたしは病気をけっこうコントロールできているので、気候の変化に対しては比較的そういう「体の症状」で済むことが多いのだけど、さすがに今年はメンタルにも響いた。辛かったことだけ思い出して、悪夢に悶え、鬱々としたゾーンに精神を引き込まれそうになりながらなんとか耐えてる、みたいな。

 

でもあるとき、いや、わたしは立派な夢をひとつ叶えている!そして毎日それに触れている!なんだ、いいじゃないか。もう何事も後悔するな。と思ったのである。

 

満月はガチでやめてほしい

今年の夏から冬への変わりようは、おそらくこういった病気がなくてもいろんな人が「ついていけない」と思ったんじゃなかろうか。

中には体調を崩した人もいるだろう。

自律神経が弱いわたしたち精神疾患者の場合、寒暖差とか気圧、季節の変わり目とかの辛さを、普通の人より100倍くらい強く感じていると思ってもらっていい。

 

そしてこれは個人差はあるだろうが、わたしにはもうひとつ苦手なものがある。

「満月」だ。「今週末はなんとかムーン!」と話題になると、「あー嫌な週末がくるなあ」と思ってしまう。中秋の名月なんて最悪だ。

 

人間が満月に体調を左右されるのは、なにもおかしなことではないと思う。

というのも月は、地球の水を引っ張り上げるほどの引力を持っているのである。満潮とか干潮とかあるように。そして人間の体はほとんどが水でできている。調子が狂ってもおかしくない。

気圧の変化だけで説明がつかない不調がやってくる人は、満月を疑ってみるといいだろう。

それで満月がやってくるのを止めることはできないが、スケジュール調整くらいには役に立つだろう。

 

頑張ってはいけない、と言われて

で、時々悪夢にうなされながら最悪の気分で目を覚ましたり、横になっているしかできないような日もわりと多くあったわけだが、いろいろぼんやりと考えていた。

「なんでわたしの人生こうなっちまったんだよー!」

とかは思ってない。今更それを言っても何も始まらない。なったもんはなったんや。あがいても治らんのや。

 

今は今でいろいろな人に助けられてそれなりに楽しい生活を(鬱ゾーンに入ると昨日まで楽しかったことに心が動かなくなってしまうことはあるが)送れている。いいよね、ちゃんと仕事もあって趣味もあって。

だけど常に残っているのは、病気を抱えることになって、イマイチ何もかもが中途半端だという感触。

 

双極性障害の治療方針は「低め安定を維持すること」である。

というのは、うつ病がゼロからマイナスに変化する病気と考えれば、双極はプラス(躁もしくは軽躁)からドカン、とマイナスに落ちるので、落差が大きいわけだ。双極性障害の自殺率が高いと言われるのにはここに理由がある。

 

あと、躁と鬱はときに混同する。

体は躁、こころは鬱。鬱の感情を抱えたまま、しかし体は元気に動いてしまう。すると何が起きるか?

悪しき方向に行動力を発揮してしまうのだ。だから、躁になるきっかけも鬱になるきっかけも作らないように「低め安定淡々と」となる。すると、個人的にはモヤモヤする。没頭したいことがあっても「頑張っちゃいけない」からだ。

 

何者にもならなかった自分

しかし皮肉なことに、子供の頃からの夢だとかいうものは、そのレールに乗れなかった場合でも、ある程度の年齢になってから環境が揃い、飛び込むみたいな形がある。

わたしの場合、20代後半から30代がまさに暗黒時代だっただけに、環境を揃えるもクソもない。本来なら気力も体力も旺盛だっただろうに。

 

音楽に再会したのが一筋の光ではあったが、それも「頑張っちゃいけない」。よくよく振り返ってみれば、京都大学に行ったのも半分以上は家庭の事情だ。「国公立に行けないなら浪人のほうが安くつく」という理屈だし、とにかくいい大学へ行け、という教えでもある。何も疑問を感じなかった。

 

テレビ局に入社したのも、バイトが楽しくて流されて決めたようなもので、給料が良いというのが最大の魅力という程度。同期が持っている「バックパッカーでいろいろな世界の問題に出会った」とか「政治に興味がある」だとかいうのは全くなかった。

どっちかというとその場の興味が向かう方へ、でやってきていた。だから、自分の「夢」ってなんだったんだろう?最近はそんなことすら思うくらいだ。

 

「何かを極めたい」っていうのがあってないようなものだけど、「何者かになりたかった」。そう思う人も世の中には一定の割合でいることだろう。

わたしの場合、その気になれば何者かになれるバックグラウンドはじゅうぶんあったはずなのだが、行く方向がふらふらしてるものは仕方ないし、今更気づいてもこの体じゃきつい。「フリーライターなんてカッコいいですね!」とかよく言われるのだけど、

 

会社を辞めざるを得なくなった私にとって、たまたまそれが特技だっただけだ。

そんな特技がある段階で恵まれてる!なんてこともよく言われるが、本人はそこまでとは思ってない。もちろん、お金をいただけていることには感謝しているけれど。

 

叶えた夢は身近すぎるところにあった

まあそうやって、ずっと自分のことを「中途半端な器用貧乏」と日々蔑んでいるのだが、ある時いいことに気づいた。

引っ越し前後くらいだろうか。わたしには学生の時「これはぜったいやりたい!」という夢があった。テレビ局に就職したい、と思う以上の夢である。バイト先のテレビ局の社員さんを見て「レポーターとかかっこいいなあ」とか以上に憧れたものだ。

 

それは、ある社員さんが「ダブルベッドでひとりで寝ている」ことだった。

なぜかそのことは強烈に残っていて、広い部屋に越す時、今がチャンスとばかりにダブルベッドをしっかりと見て回ってボーナスで手に入れた。大塚家具まで行って。けっこういいお値段のやつだ。

 

いろいろ辛いことあったし今も楽ではないけど、いや、わたし立派に夢叶えたやん。大事なこと忘れてたわ。青春そっちのけで激しすぎる受験勉強を必死に突破して、就職してからも思いがけない病気に足を突っ込んで今でも体は不自由で。

だけど、ひとつでっかい夢叶えてるやん、何を文句たれとんねん。

 

頑張ったやん。報われたやん。すると、毎日そこに横たわることが嬉しさに変わるのである。

 

 

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【プロフィール】

著者:清水 沙矢香

北九州市出身。京都大学理学部卒業後、TBSでおもに報道記者として社会部・経済部で勤務、その後フリー。
かたわらでサックスプレイヤー。バンドや自ら率いるユニット、ソロなどで活動。ほかには酒と横浜DeNAベイスターズが好き。

Twitter:@M6Sayaka

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Photo:Johnny Kaufman