袴(はかま)は、すばらしい

幼少の頃から、合気道の稽古を続けている。

受験生の頃、社会人になった頃、子どもが生まれた頃など、いわゆるライフステージが変わるタイミングで何度か中断しているが、50歳になろうとしている今まで、それなりに続いている。

多くの合気道の道場では、初段以上になると袴を履く(はじめから履くところもあるらしい)。

 

袴を履いて稽古をすると、明らかに動きが美しくなる。

合気道は円の動きが多いのだが、体をくるっと転換(回転すること)した時に、袴がふわっと膨らんでから、下半身の動きに追いついてくる。

あ、きれいに回れたな、という確認にもなるし、単純にテンションが上がる。

 

あるいは受け身を取って、うまく音を立てずに着地できたとき、ファサ…っと時間差で、袴が畳に着く音がわずかに聞こえる。

これも、気持ちいい。

 

見た目だけではない。

合気道には正座や膝を立てた状態から変化していく「座技」も多いのだが、袴を履いていると、膝の滑り出しが良くなる。

現代社会ではあまり正座をしないので、けっこう座技に慣れるのが大変だ。

 

何年も稽古をして、ようやく慣れてきた頃に袴を履くようになる。

すると、「あれ、袴だとこんなに楽なんだ」と思う。

また、道着の上からしっかりと腰を締めることができるので、実は腰痛対策にもなる。

 

もちろん、夏場は暑かったり、気を抜くと裾を踏んづけてコケそうになったりするので、めちゃくちゃ機能的、というわけではないけれど、それも含めて、袴はすばらしいと思う。

 

日常でも、袴を履きたい

最近は、普段の暮らしの中でも袴を履けたらいいのにな、と思っている。

しかしまあ、なかなかハードルは高い。

 

また、仮に袴を履いたとして、上の服はどうするのか。

稽古中ではないから、道着を着るわけにもいかない。

となると着物になるのだろうが、基本的にとても高価で、手入れも大変だ。

ぼくのようなズボラな人間には向いていない。

 

また、現代の日本では、着物には「正装」などの意味があり、社会的なプロトコルに組みこまれがちだ。

それも、なんだか面倒だ。

 

であれば…というわけで、洋服で、何か近いものを探してみる。

洋服で袴に近いものといえば、ガウチョパンツのように、裾に向かって全体が大きく広がっているタイプのものがある。

女性が履いていることが多いが、最近は若い男性もけっこう履いている(おっさんでは、ほとんどいないが)。

 

ただ、袴のような折り目がついていないのが惜しい。

袴の折り目はすばらしい。

この折り目があるからこそ、じっとしているときの静かな佇まいと、歩き出すときの躍動感、「静と動」がどちらも表現できるのである。

ワイドパンツやガウチョパンツだと、はじめから全体が広がっているので、その緩急がいまいち出ない気がする。

 

あとは、文字通り「はかまパンツ」とも呼ばれるタイプのパンツもあるようだ。

ネットで調べる限りは、いわゆる「モード系」のアイテムとして販売されているらしい。

うーん、「モード系」かあ…。

 

なんだよ「モード系」って…という感じだが、要は、若くて、スタイルがよくて、都会的な人たちが身に着けるものである。

「はかまパンツ」はその中で、若い人ならではの「くびれ」を生かした、三角形と逆三角形をくっつけた砂時計みたいなコーディネートを実現するためのアイテムとして生かされているようだ。

…50歳のおっさんには無縁のものである。…というか、もっと自然に、日常の中で、袴を履く楽しさを味わえないのだろうか…。

 

ちょうどいいものが見つかった

…そんなこんなで、あれこれと探していたら、ありました。

無印良品の「はかまパンツ」。

ぱっと見た感じはワイドパンツなのだが、ちゃんと折り目が入っていて、歩くと広がる。

また、帯のようなヒモを中心で結ぶことで、さまになる。

 

…さすが無印良品である。

さっそく買った。めちゃくちゃ、いい。

 

今の季節なら、七分丈のややワイドなカットソーや、少し大きめの長袖のシャツを上に着るだけで、いい感じ。

カジュアルなジャケットにも合う。

こういうのを探していたのである。

 

…とはいえ、「はかまパンツ」を履いて外出するのにはちょっと勇気が要った。

1つの理由は、実はこの「はかまパンツ」、婦人ものなのである。

 

紳士ものの「はかまパンツ」もあるのだが、こちらは深いタックが入った普通のワイドパンツ、という感じで、そもそもほしいものではなかった。

ぼくは、これまで、婦人もののパンツを履いたことがない。

自分で見る限りは、紳士ものとか婦人ものとかは関係のないデザインなのだが、明確に「婦人」と商品タグに記載があるものを身に着けるのは、やっぱり抵抗感がある。

 

もう1つの理由は、当然ながら、そのものではないにしても、「はかま」を履いて外出することにある。

合気道の道場で履いて稽古するのとは、かなり状況が違う。

この現代社会の、それなりに都会の中を、いい年をしたおっさんが「はかま」を履いて歩くと思うと、けっこう緊張する。

ヤバイやつと思われるんじゃないだろうか。

 

…とはいえ、せっかく買ったからには履いてみたい。

「はかまパンツ」の上にはオーバーサイズのTシャツ、そして同じくオーバーサイズの薄手のジャケットを羽織ってみた。

問題ない気がする。…が、それは思い込みかもしれない。

ビクビクしながら、家を出た。

 

思ったよりも、快適だった

実際に履いて外出すると、とにかく動きやすい。

また、まだ日中は少し暑さも残っているこの季節、足もとから風が入ってきて涼しい。

そして、合気道の稽古中のように「よし、やるぞ」と、謎のテンションが上がってくるのである。

 

その日は、京都で打ち合わせをする予定があったので、阪急電車を乗り継いでいく。

特にじろじろと見られている様子もない。

というか、車内の乗客はみんなスマホに夢中なので、他人の服装なんて気にもならないのかもしれないが。

 

そして京都・河原町に着く。

河原町まで行くと、もはや「はかまパンツ」を履いたおっさんなんて、まったく目立たない。

いろんな国の観光客がたくさんいるし、着物を着ている人もちらほらいる。

日本人の中にも和装の人が時々いる。むしろ「はかまパンツ」は京都の街並みになじんでいるとさえ思える。

 

約束していた方とお会いしたら「かっこいいですね!」と言ってくださった。

…と言われるということは、やはり、明らかに普通の恰好ではないようだ。

 

そのあと、何人かの方をご紹介いただき、色々と打ち合わせをしたのだが、その際は何も言われなかった。

言われなかっただけで、何か思われた可能性はあるが、おそらく「この人は、そういう人だ」と認識されたのだろう。

あと、そこはベンチャー企業の人たちが集まるような場所だったので、この程度の服装ではそこまで注目されなかったのかもしれない。

スーツの人ばかりが働いているオフィスビルだったら、また状況は違ったのだろう。

 

いいと思えるものを、もっと自由に

さて、そんなわけで、「はかまパンツ」を履いての外出を無事に終えて感じるのは、一定の安堵と、素朴な違和感である。

 

…なぜスーツを着ていれば安心できて、「はかまパンツ」はヒヤヒヤしながら履かなければいけないのか。

なぜ商品タグに「紳士」と書いていれば気にならないのに、「婦人」と書いていれば不安になるのか。

なぜ京都の街を歩いているときと、オフィスビルに入るときとで、違う格好をしないといけないのか。

 

まあとにかく、袴のように「いいもの」はもっと使われていくといいなと思うし、どれだけフォーマルだったり、正しかったりするものでも、「しっくりこないもの」を無理に使っていくのはどうなのかな、と思ったりするわけである。

まあ、だんだん、そのあたり、かなり自由になりつつあるとは感じるけれども。

 

 

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【著者プロフィール】

著者:いぬじん

ブロガー/エッセイスト。
広告会社でコピーライターの仕事をしていたが、態度が悪すぎて左遷されたのをきっかけに、2012年からブログを書きはじめる。人生についてあれこれ悩み続けるのが趣味。WEBメディアや書籍への寄稿も行っている。その後も、態度は特に良くなっていない。

ブログ:犬だって言いたいことがあるのだ。

書籍:『明日のパン』(ノオトBOOKS)

Photo by:Alireza heidarpour