「恩師」の意味を「人生全体に渡って、大きく影響を及ぼす程の薫陶を受けた人」と定義した場合、私には恩師と言って良さそうな人が二人います。

一人は、小学校の3年から4年の時に担任をもってもらったH先生。

もう一人は大学の専門課程、国語学研究室でお世話になったS先生。

 

H先生については、人生の選択に関わる重要な示唆を色々と頂いたなーと思っていて、例えば昔この記事で書いたんですが、

忍者ハットリくんが、私の人生を大きく変えた、という話。

 

「ファミコンの忍者ハットリくんに巻物が出てきてかっこいいから、本物の巻物にも触ってみたい」

と素っ頓狂なことを言い出した私に、

「巻物は大学行かないと触れないよ」と答えて、さり気なく「大学=巻物」という刷り込みを行ったのがH先生です。

多分私、この教えがなかったら大学行ってませんでした。

 

上記の記事でも書いた通り、私は大学での専攻として、「巻物に触りたいから」という理由だけで「国語学」を選ぶわけなんですが、その国語学、正式には日本語日本文学(国語学)専修過程にて大変お世話になったのがS先生です。

小学校の時と同様ちゃらんぽらんだった私は、このS先生から随分と色んなことを教わりました。

 

今回は、そのS先生に教わった色々の中でも、特に印象に残っている言葉について一つご紹介しようと思います。

 

多分まだ専門課程が始まって数週間しか経っていなかった頃だったと思うんですが、私はレポートの題材になっていたとある書物(確か「類聚国史」のどれかだったと思います)についてS先生に質問に行きました。

 

そもそも国語学って何かっていうと、「言語としての日本語」について研究する学問でして、私がやっていたのは歴史的な文献から日本語の成り立ちについて考察するアプローチでした。

なのでとにかく古い書物については触りまくりました。

まあ、実際には巻物よりも、折本とか列帖装、袋綴じの資料読むことの方が多かったんですけど。

 

当時の私は当然ながら研究者としては駆け出しどころか受精前の卵子のようなもので、研究の手法から論点の整理まで

「なにが分からないのか自体さっぱり分からん」

というべき段階にありました。

 

当然色々とご指導いただいてはいるものの、そんなもんが最初から身についていれば苦労はしません。

ただ、幸い神経だけはずぶとかったので、割と素直に「何一つわかりません」と先生に言いにいきました。

 

S先生は別に怒りもせず、むしろ私の面の皮の厚さは気に入ってくれたようで、

「「分からない」と言えることはとてもいい。プライドが高くて「分からない」ということが開示出来ない間にずるずる時間だけ食ってしまうのよりずっとマシ。本学の学生(東大でした)も結構プライド高いから、そういう学生はちょこちょこいる」

と褒めてくれました。

 

「けど、アカデミズムの技法を学ぶ上では、質問の仕方は覚えておいた方がいい」

そういう前置きの上で教えてくれたのが、

「質問は、二台目の掃除機を買いにいくつもりでしろ」

という言葉でした。

 

この時の会話は、さすがに細部までとはいかないんですが、そこそこ明確に覚えています。大体こんな感じでした。

 

「つまりだな、掃除機を買いにいくとするだろう。電気屋の店員さんに、ただ「掃除機欲しいんですけど」と言ったらどんな掃除機が出てくる?」

「え。えーと。セール中の掃除機とかでしょうか」

 

「まあ近い。答えは、「相手が売りたい掃除機」が出てくる。当たり前だけど、ただ「掃除機」とだけ言うと、相手に判断基準を全部丸投げにしているわけだから。ただの店の都合で、全然吸い込めない上にすぐ充電が切れて、電源を切ったとたんに吸い込んだものがぽろぽろ落ちてくる、愚にもつかないコードレス掃除機とか買わされるわけだ」

「コードレス掃除機になにか恨みでもあるんですか」

 

「けれど、ここで自分の中に「一台目の掃除機」という基準があったらどうなるか。その掃除機を使って感じた経緯、不満点、改善したい部分とか当然あるだろう。吸引力が弱いのか?重いのか?音がうるさいのか?紙パックが高いのか?「ここは良かったから二台目でも継続させたい」ってところもあるかも知れない。吸引力には不満はないんだけどちょっと高くてもいいからもうちょっと軽いのはないか、とか。そうすれば、電気屋の店員さんも、ちゃんとこっちのニーズに合わせて真剣に答えてくれるだろう?」

「……なるほど」

 

ちょっと話が見えてきました。

 

「まあ、電気屋だったら、親切な店員ならそういう一台目の不満点をインタビューしてくれるかも知れないが、研究者はそんなことは聞かない。「一台目」の情報がなければ、この相手に答える意味はないと考えるか、あるいは自分が話したいことだけ話す。だから絶対に、「自分は一台目の掃除機で何を試みて、何が出来て、何が出来なかったのか」を相手に伝えないといけない」

 

つまり、S先生の表現する「一台目の掃除機」というのは、自分の思考過程、「自分はその問題に対して何を試みて、それがどのように失敗したのか」でした。

あるいは、「どこまでは試みが成功したのか」でした。

質問する時はそれを必ずセットでもってこい、というのがS先生の言いたいことだったわけです。

 

それはイコール、「何が分からないのか」の言語化を試みる、ということでもありました。

何もわからないなら何もわからないなりに、あてずっぽうでもいいから何らかのアプローチをして、それを失敗させなくてはいけない。

そうすれば、そこには「何故失敗したのか」「そのアプローチは正しかったのか」というとっかかりが出来る。

 

その「とっかかり」があるかないかで、質問の価値、質問によって問題を解決出来る可能性というものは根本的に変わります。

 

「分からない」を解決する、というのは、一種の宝探しのようなものでして、「どこに理解を妨げている要因があるのか」というものをどうにかして探り当てなくてはいけません。

それは単純に知識不足なのかも知れないですし、アプローチの方向性が間違っているのか、何か理解を妨げる勘違いをしているのか、あるいは内容について読めていない部分があるのかも知れません。

「一台目の掃除機」がないということは、それを全部一からマインスイーパーしろということであって、相手に負荷をかけることにもなりますし、有限の時間を無暗に浪費することでもあります。

 

「宝探しのフラグを作れ」。全然宝の場所と離れていてもいいから、どこかにとっかかりを作って問題を相対化しろ。

それが、S先生の教えてくれたことでした。

 

これが、私にとって、「質問の仕方」を教わった瞬間でした。

その後、大学を卒業して社会人になってからもずっと、自分が「分からない」側に立った時は、私は「一台目の掃除機」を用意してから質問しにいくことを心がけています。

 

この掃除機のたとえがS先生のオリジナルなのかどうかは知りません。

もしかすると何かの本に書いてあったのかも知れませんし、あるいはS先生自身誰かから教わったのかも知れません。

ただ、私にはプライドがないので、自分が質問に答える側になった今も、時々S先生の受け売りでこの話をします。

 

もちろん、分からないうちはまず「分からない」を表明すること自体が難事ですので、そのハードルを可能な限り下げることは前提として(考えてみると、S先生も最初に「分からない」と表明出来たこと自体を褒めてくれていました)。

その上で、「どんなあてずっぽうでもいいから、まずは何かしらアプローチをしてみて。

そうすれば、「それが何でダメだったのか」というとっかかりが出来るから」と教えています。

これが最初から出来る人って、実はすごーーく少ないんですよ。

 

こういう教え方をすると、割と呑み込んでくれる人が多くって、以降「とにかくやってみました!けどダメでした!」という質問形式に変わってくれることが多いので大変助かっているわけです。

質問を有意義にする為にも、また回答者の負担を減らす為にも、可能な限り「一台目の掃除機」を用意しておいた方がいいと。そんな話でした。

 

最後に、私自身には決してコードレス掃除機を揶揄する意図はなく、私が大学に通っていた20年前ならいざ知らず、近年はコードレス掃除機も十分性能が上がっている筈です、ただ個人的には掃除機はとにかく吸引力重視で選ぶ派です、ということを表明して結句としたいと思います。よろしくお願いします。

 

今日書きたいことはそれくらいです。

 

 

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【著者プロフィール】

著者名:しんざき

SE、ケーナ奏者、キャベツ太郎ソムリエ。三児の父。

レトロゲームブログ「不倒城」を2004年に開設。以下、レトロゲーム、漫画、駄菓子、育児、ダライアス外伝などについて書き綴る日々を送る。好きな敵ボスはシャコ。

ブログ:不倒城

Photo:Allen Michael