「原価厨」というネットスラングをご存じだろうか。

原価厨

価厨とは商材・サービスを金銭と引き換えに取引する経済活動において、「その商材・サービスの提示価格に対し原価が幾らであるのか」という部分に強く拘り、あまつさえ彼らの言う原価なるものが提示価格とかけ離れたものであった場合は事業者への非難すら行う者達を揶揄した言葉である。

たとえば「原価厨」は「ボルドーの一級ワインの原価は15ドル(だから買う価値が無い)」といった難癖をつける。

 

実際、世の中にはボルドーとほぼ同じぶどう品種・ほぼ同じ製造方法でつくられた、15ドルぐらいのワインがいくらでもある。

しかし、ワイン愛好家はボルドーの一級ワインに150ドル、ときには300ドル以上のお金を払う。

そうした値付けの当否はさておき、熟成したボルドーの一級ワインを体験してみると、その香りと味わいに「これで15ドルってのは絶対あり得ない」という感想しか残らない。

 

一流のシャンパンや貴腐ワインにしても同様だ。

ほぼ同じぶどう品種・ほぼ同じ製造方法でも、そこいらにある15ドルの品を飲むのと、150ドル以上の品を飲むのでは、体験の質がぜんぜん違う。

だから、「ボルドーの一級ワインの原価は15ドル」などと言っている人を見かけるたび、「だったらお前が15ドルでボルドーの一級ワインをコピーしてみせろ」と私は言いたくなる。

 

ボルドーに限らず、人気があって値段も高いワインには、15ドルでは買えない香りや味わいが秘められていて、その体験はとうてい15ドルであがなえるものではない。

値段の高いワインを買う人は、15ドルでは決してコピーできない体験を期待して大枚をはたいている。

そうした期待に応えられるポテンシャルを秘めていないワインは高級ワインにはなり得ない。

 

ワイン愛好家の人々が買っているのは「15ドルでは決してコピーできない体験」であって、単なる発酵ぶどう果実のボトル詰めではない。

 

いまどきのゲームやアニメは「コピー不可能」

「コピーできない体験を買う」という意味では、サブカルチャー寄りの人々もそれに近いことをやっている。

表向き、ゲームやアニメといったサブカルチャーコンテンツの体験は、きわめてコピーしやすい。誰が見ても、誰が遊んでも、かならず同じ内容のものが提供される。

 

最近は、ネット配信によって膨大な数のゲームやアニメを体験できるようになり、それらにアクセスするための金銭的ハードルは恐ろしく低くなった。

一昔前なら、何千円ものROMカセットやDVD盤を買わなければならなかったはずのゲームやアニメが、非常に安い価格で楽しめるのは、流通が変わって価格破壊が進んだからと言えるかもしれない。

 

が、別の面から考えると、どれほど名作と謳われた作品も、コピー可能なアーカイブになってしまえば大した値打ちにはならなくなっている、と解釈することもできる。

その一方で、最先端のゲームやアニメには「コピーできない体験」がまだ宿っていて、ゲーム愛好家やアニメ愛好家はそうした体験に気前良くお金を支払っている。

 

第一に、最先端のゲームには誰の手垢もついていない。最先端のゲームを発売直後に遊ぶという行為は「コピーできない」。

1年後、2年後にも同じゲームの同じ内容は遊べるけれども、それは既に「最先端ではない」「コピー可能なアーカイブ」になってしまっていて、最先端のゲームを発売直後に遊ぶという行為ではなくなってしまっている。

アニメにしてもそうだ。今期放映中のアニメをみる体験には、余人の手垢がついていない。余人の手垢がついていない状態でアニメを観たければ、リアルタイムに見てしまう必要がある。

 

第二に、いまどきのゲームやアニメの体験は、アップデートの影響やSNSによる影響によって、きわめてライブ的な体験になっている。

オンラインゲームやソーシャルゲームは、アップデートによって内容がどんどん変わっていく。2017年に遊ぶのと2018年に遊ぶのと2019年に遊ぶのではゲームの内容自体が違っているし、期間限定イベントもある。

 

こうした一回きりのゲーム体験を「コピー可能な~」という従来のゲーム観で語ることはできないし、ここに「原価厨」的な考え方をあてがうのも難しい。

SNSによる影響が、そうしたコピー不可能性に拍車をかける。

 

「いま、人気のゲームやアニメを体験する」という体験は、インターネット、特にSNSによる影響とは切っても切れない関係にある。

たとえば『君の名は。』や『この世界の片隅に』を体験するというのは、映画館のスクリーンに向き合うだけのものではない。

みんなが作品についてガヤガヤと噂話をすること・情報交換したりネタに食いついたりすることも、コンテンツ体験の一環をなしていた。

 

これは、20世紀の人気テレビ番組をタイムリーに観るという体験にちょっと似ている。

20世紀の人気テレビ番組が、学校や職場で話題を交わし合うことも含めたコンテンツ体験だったのと同じように、いまどきのゲームやアニメは、話題性がコンテンツ体験の一環をなしている。

しかも人気テレビ番組とは違って、インターネットやSNSはかなりマイナーなコンテンツですら一定の話題性を生み出し、小さいながらも”シーン”を作り出すことができる。

このことに関しては、00年代に「web2.0」論で語られていた「ロングテール消費」というアイデアは、現状を予言できていたと言える。

メジャーであれ、マイナーであれ、話題性や”シーン”が体験の一部になったコンテンツは、実質的にはコピー不可能な体験を売っている。

話題性や”シーン”といった、時間性にもとづいた体験の旨味は、たとえ割高でも、今すぐそのコンテンツにアクセスしなければ味わうことができない。

 

「流行」と捉えるべきか、新しい何かと捉えるべきか

冒頭、私はコピー不可能なワインの話をしたが、そもそも私が十年前にワインをやってやろうと思ったきっかけは「コピー可能な体験であるアニメやゲームを理解するために、コピー不可能な体験であるワインを知ろう」だった。

 

実際、ワインは希少品になるほどコピー不可能性が高くなり、「ああ、私はコピー不可能な体験と向き合っているんだな」ということが痛いほどわかった。

15ドルではコピー不可能なワインには「原価厨」という考え方は馴染まないし、コピーによって価格が暴落する恐れも無い。

「これから持て囃されていくのは、コピー不可能な、ワインのようなアナログコンテンツだろう」などと考えていた時期もあった。

 

ところが2010年代あたりから、ゲームやアニメはコピー不可能な体験としての性質をどんどん強めていき、それを楽しむ愛好家のほうも、コピー不可能な体験にお金や手間暇を惜しげもなくつぎ込むようになった。

最新のバージョンのゲームを遊ぶだとか、最盛期に開催されるイベントに参加するだとか、SNSで話題が沸騰している雰囲気を楽しむだとか、そういったところが喜ばれ、そういったところにお金やアテンションが流れている。

 

「アナログかデジタルか」という分類でいえば、ワインはアナログコンテンツだし、ゲームやアニメはデジタルなコンテンツだし、後者は、少なくともそのソフトウェア自体にはコピーの余地がある。

だが、価値が宿り、喜ばれて消費されているのがコピー不可能な体験であるという点では、両者は共通している。

 

21世紀に入った頃から、「『モノの消費』より『コトの消費』」というフレーズが流行するようになったが、ワイン愛好家にとってのワインも、ゲーム愛好家にとってのゲームも、アニメ愛好家にとってのアニメも、それらは「コトの消費」だ。

そして「コトの消費」の少なからぬ部分はコピー不可能な体験によって価値づけられていて、この、コピー不可能な体験というやつには「原価厨」の考え方が通用しない。

 

テレビがメディアの王だった時代には、そうしたコピー不可能な体験は「流行」という言葉で語られ、メディア関係者がその「流行」をコントロールしようとしていた。

ところが「流行」は次第に衰退し、「『流行』は流行っていない」といった論説がネットで喝采を浴びるようにもなった

1999年以降、「流行」は流行っていない。

しかしそれらの根底にある理由を考えなくてはいけない。それは何かといえば、「流行を追う」行為がもう流行っていないという点に尽きる。

「流行が流行ってない」というのは妙な言い回しだが、流行を追うことで得られるものの価値が下がっていると言い換えよう。

では、今日の「コトの消費」は「『流行』の復活」とみて良いものなのか?

 

ある程度まではそうかもしれない。が、それだけとも思えない。

なぜなら、いわゆる流行に乗ったコンテンツだけが「コトの消費」の対象になっているわけではないし、イベント参加やSNSでの話題などのコピー不可能性はマイナーなアニメやゲームにも宿っていて、ちゃんと「ロングテール消費」されているからだ。

 

更に、最新バージョンへのアップデートという新要素が加わることによって、2010年代ならではのコピー不可能性がかたちづくられている。

いまどきのコンテンツ消費は、インターネットを介したコミュニケーションやバージョンアップ、あるいはアーカイブ配信の成立と切っても切れない。

 

「いまどきの人はコピー不可能な体験にお金を払っている。」

その点に関しては、古色蒼然としたワイン趣味も最新のデジタルコンテンツ趣味も実はあまり変わらない。

やはり人は、コピーできないものに惹かれるもののようにみえる。

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
外資系製薬企業で15年以上のITビジネスパートナーとして人事からコマーシャル、 メディカルなど製薬企業の様々な分野のプロジェクトに携わる。
現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。

岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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(2026/01/19更新)

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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(Photo:Dominic Lockyer