先日当サイトで、『組織運営は基本的に「性善説」では回らない』という記事が公開された。
「やらかす人はどこにでも一定数いて、そういう人たちが組織全体をダメにする。組織運営は『マナー』や『自主性』にゆだねるのではなく、ルールが必要」
という趣旨だ。
「みんな常識的で良心的な人間だろう」という性善説に基づいて組織を運営するのは、たしかにむずかしい。
だから、この主張は理解できる。
しかしわたしは、「やらかす人たちをルールで抑制しよう」という意見とは、ちょっとちがう考えだ。
むしろ、「組織運営は性善説を前提に自主性に任せたほうがいい」とすら思っている。
というのも、「禁止されてなければなにをやってもいい」とルールを逆手に取って利用する『ルールモンスター』を、たくさん見てきたからだ。
「禁止されたらやりません」は「禁止されなきゃ勝手にします」と同義
「ネコを電子レンジでチンしたら死んだ。取扱説明書には『ネコを入れるな』とは書いていない。これはメーカーの落ち度である」
アメリカで、こんな訴訟を起こした人がいるという話を聞いたことはないだろうか。
訴訟大国アメリカという事情を抜きにしても、あまりにも……な主張だ。
しかしこの例のように、
「禁止されてないことはやってもいい」
「文句を言うなら事前に明記しておけ」
「先に言われればやらなかった」
という主張をする人は、実は世の中にたくさんいる。
とあるゲームのサークルリーダーをしたとき、こういう『ルールモンスター』に何度も遭遇した。
「クリアできなくてイライラするのはわかるけど、ちょっと言葉がきついから気をつけてほしい」
と言えば、
「アドバイスと暴言の基準は? それをあなたが主観で決めるなら、あなたが気に入らないことは全部暴言になるってことですよ。気をつけてほしければ、なにがよくてなにがダメか線引きしてください」
と言う。
「遅刻が多いから、次やったら抜けてもらうよ。止むを得ない理由で遅れるなら、せめて事前連絡をちょうだい」
と言えば、
「止むを得ないって、たとえば? 仕事の残業はよくて友だちとの飲みで遅刻はダメなの? 事前連絡って何分前までに連絡すればいいの? ちゃんとルールにしてよ」
と言う。
そうじゃねぇよ、和を乱すのが問題なんだよ、という話なのだが、むこうは
「なにが『和を乱す』かわからないから、具体的にルールにして」
と言い続けるから落とし所が見つからない。
「ルールで禁止されればやりませんよ?」と協力的な態度に見せかけてはいるが、そもそも「ルールで禁止されないかぎり好き勝手やります」なんて人間と、だれも仲良くしたくないんだよなぁ……。
現実的に考えて、すべての言葉や文脈を踏まえて「暴言の定義」なんてできるわけがない。
遅刻だって、基本的にはNGだけど、しかたのないときもあるから一律禁止はできない。
だからみんな、『ルール』ではなく『良心』で気遣いあっているというのに、こういうタイプは、それではまったく納得してくれないのだ。
「全部ルールにしろ」と要求する『ルールモンスター』
「じゃあルールで禁止すれば『ルールモンスター』たちは大人しくなるか」というと、そういうわけでもないから最高に面倒くさい。
実際なにかを禁止されても、「自分が悪かった」とは思わない。
「禁止されたからやらない。それでいいんでしょ?」という考えだから、反省しないのだ。
そして、なにが問題かわかってないから、ちがうかたちで似たようなトラブルを繰り返す。延々と。
「ネコを電子レンジに入れるな」と言えば、次はイヌを入れる。
それも問題になれば、
「事前に言われたらやらなかったんだから、『レンジでチンしちゃいけないモノ一覧』を作ってくれ。ルール化しなかったそっちの落ち度」
と言い出す『ルールモンスター』。
この人たちの論理は単純明快で、いつも同じ。
「事前に言われたらやらなかったんですけどねぇ。禁止されてなかったし。どこまでならよかったんですか? 『考えたらわかるだろ』って言われても、そんなのあなたの主観だからわかるわけがないですw 具体的な話をしてください」
である。
「ルールで縛りをつくってコミュニティを運営する」というのは、「やらかす人の抑制」という意味では、効果が高い。
しかしその手法は、こういう『ルールモンスター』と、相性が最悪なのだ。
結局は自主性に任せてコミュニティ運営をするようになった
ゲームサークルを運営するうで、
「遅刻する場合は前日までに連絡を」
というルールをつくっていた。
しかし、当日急に仕事になってしまい本当に申し訳なさそうに連絡してくる人がいる一方で、前日に「気分乗らないんで明日やっぱパスで」と気軽にキャンセルする人もいる。
前者のほうが明らかに「まともな対応」なのだが、ルール的には前者の方がアウトになってしまう。それはなんだかなぁ……。
しかも、ルールを「これをしてはいけない」という抑制のために使うと、ひとつひとつの事例に対して禁止の範囲を明確にし、違反者へのペナルティも考えなきゃいけない。
それが、なかなかに負担だった。
そういう面倒ごとを経て、結局「コミュニティ運営は性善説をもとに自主性に任せるほうがいいのでは?」という結論に至ったのだ。
コミュニティの方針を共有すれば、細かいルールはなくてもいい
とはいえ、完全に自主性に任せるのは、さすがに無秩序すぎる。
だから、禁止事項のためではなく、コミュニティの方針を提示するためにルールを使うようにしたのだ。
「遅刻禁止」と言うと、「じゃあこの理由のときは? 事前連絡はいつまでにすればいいの? 何回の遅刻で追放?」と言い出す人がいるから、あくまで「時間を守る」という大枠のルールに変更。
コミュニティの理念を理解している人であれば、
「本当にすみません、残業で遅れるかもしれません。先にはじめてください」
「ネットの調子が悪く修理してもらうので1時間遅れます。代わりに来れる人がいればその人を優先してください」
と言ってくれるので、とくに問題は起こらない。
もし「『止むを得ない事情』を定義して」なんて言う人が現れても、「時間を守る大切さが理解できないなら、うちのサークルに合わないので結構です」と話を終えることができる。
ルールは『縛り』ではなく、心地よいコミュニティにするための『連帯』を目的として、コミュニティの理念や方針の提示に使うほうがいいなぁ、という結論になったのだ。
理念や方針を理解してくれていれば、あとは自主性に任せられるからこっちも楽だしね。
リッツ・カールトンに、「金髪はOKですか」と聞くスタッフはいない
そういえばリッツ・カールトンでは、スタッフは毎日20万円の経費の裁量権があり、その20万円をどう使うかは個人の自由……という話を聞いたことがある。
「今日結婚記念日なんです」と言ったお客様の部屋にお花を飾るために使ってもいいし、高級レストランでグズる子どもに与えるぬいぐるみのために使ってもいい(実際に使う人は少数らしいが)。
それは、「スタッフは適切にそのお金を使ってくれるはず」という性善説に基づいており、自主性に任せたコミュニティ運営のやり方だ。
しかし、だからといってノールールなわけではない。
リッツ・カールトンには
「強い人間関係を築き、生涯のリッツ・カールトン・ゲストを獲得します」
「プロフェッショナルな身だしなみ、言葉づかい、ふるまいに誇りを持ちます」
といったいくつかの方針があり、
「紳士淑女をおもてなしする私たちもまた紳士淑女です」
というモットーがある。
理念を共有できていれば、「お客様にはタメ口禁止、お辞儀は45度」「暗めの茶髪(ヘアカラー○番まで)ならOK」といった、細かいルールは必要ない。
ただ、「生涯のゲスト獲得」「プロフェッショナルな身だしなみ」だけで伝わるのだ。
「生涯のゲストとはどれぐらいの頻度で訪れる客のことを指すのか」
「髪の毛の色は何色ならOKか」
なんて言う人は、リッツカールトンには必要ない。というより、理念を理解していれば、そんな言葉は出てこない。
理念を共有したうえでなら、自主性に任せた性善説による組織運営が可能になる。
わたしが言いたい「ルールは『抑制』ではなく『連帯』のために」とは、こういう意味だ。
ルールは『抑制』目的ではなく、『連帯』のために使いたい
もちろん、禁止事項を設けることが悪いわけではない。必要なときもある。
でもやらかす人への抑制のためにルールを設けると、どんどんルールが増えるうえ、「禁止されてないものは個人の自由」と主張する『ルールモンスター』が暴れてしまう。
それを考えると、結局のところ、「みんな常識的で良心的だろう」という性善説のもと、「このコミュニティはこういう方針です」という大枠のルールだけ提示し、あとは自主性に任せる……というのが現実的な気がするのだ。
理念と方針を共有している人は基本的に、コミュニティにとってマイナスになることはしない。
そんなことをすれば、大好きなコミュニティの質が下がり、最悪なくなってしまうとわかっているから。
だからわたしは、性善説に基づいてある程度の自主性に任せたコミュニティ運営も、アリだと思う。
『抑制』ではなく、『連帯』を目的としたルールを共有したうえで。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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