誰かにプレゼントを贈る際、どんなことを重視するだろうか。
「相手が喜ぶものを選ぶ!」
当然、この考えが真っ先に浮かぶはず。
とは言え、欲しいものを直接聞いたらサプライズ感に欠けるし、たとえ聞き出せたとしても、それでは単に「お金を出しただけ」である。
ここはやはり、贈る側の気持ちを込めた最高の逸品を選びたい――。
様々な想いと葛藤の末に、友人が選んだプレゼントと、その結末を覗いてみよう。
プレゼントの第一候補
「後輩が独立することになったんだ。何か贈りたいんだけど、花とかありふれたものは避けたい」
ある日突然、友人である田子ノ浦から、このようなメッセージが届いた。
彼の後輩が、晴れて弁護士として独立するのだそう。
花はたくさん届くだろうし、掛け時計や置き物は事務所の雰囲気がわからないため難しい。
かといってケーキやフルーツでは物足りないし、酒を送ろうにも後輩は下戸ときた。
さらに、変わり者の田子ノ浦は、
「一生の思い出となる物を贈りたい」
などと息巻く。であれば、確実に本人が喜ぶであろう「好みのリサーチ」が必要となる。
そういえば、プロポーズの際にフラッシュモブを敢行し、それが原因で破局したカップルの顔が脳裏をよぎる。あの時、
「彼女のために、一生モノの思い出を作るんだ!」
と張り切った男の思惑は、見事に外れたのだ。
つまり、誰かの一生に爪痕を残したいのならば、事前調査は必須である。
それが叶わぬ場合は、そもそも気合を入れてサプライズなどするべきではない。
それでも私は田子ノ浦のために、色々と候補を挙げてみた。
スポーツや音楽といった趣味もなく、嗜好品などのこだわりもない。ただひたすら仕事に没頭する真面目な後輩――。
ならば、実用的なものはどうだろうか?
ルンバ、ダイソンの掃除機、アレクサ、事務所名入りの玄関マット・・・。
私なりに、使い勝手や処分方法まで考えての提案をしたが、ことごとく却下された。
田子ノ浦自身は何も思いつかないくせに、私ばかりが真剣に悩むのもバカバカしくなってきた頃、ふと一つのアイディアが浮かんだ。
「ケトルベルなんか、どう?」
ケトルベルとは、鉄球の上部にハンドルが付いているトレーニング器具の一種。見た目がやかんに似ていることから、ケトルベルと呼ばれているのだ。
日本では、比較的最近になってからこの名前を耳にするようになったが、ケトルベルの歴史は古く、18世紀にはロシア語の辞書で、「Girya(ギリャ=ロシア語でケトルベル)」の文字が確認されている。
なぜ突然、私がケトルベルを提案したのかというと、田子ノ浦の後輩は運動嫌いのもやしっ子と聞く。さらにデスクワーク中心で、外出もほとんどしない様子。
そこへきて田子ノ浦は、「印象に残り、かつ、価値のある物を贈りたい」という。にもかかわらず、プレゼントに関するリサーチはしたくない。
(・・・無謀というか、とんでもない無茶ぶりだ)
であれば、新たな世界への第一歩となる物(きっかけ)を選ぶしかないだろう。
「運動嫌いのもやしっ子が、この期に及んで筋トレなどするものか!」
田子ノ浦は半笑いで一蹴した。
そこで私は、なぜケトルベルなのかを説明した。
「ケトルベルを使ったトレーニングは、インナーマッスルを鍛えることができる。決して筋肥大が目的ではないところが重要。さらに場所を取らないし、室内でもできることから、とっかかりやすいという利点がある」
すると田子ノ浦が、「そもそもトレーニングをしなければ、ただの重たいゴミになる」と反論してきたので、待ってましたとばかりに私は、
「重めのケトルベルならば、ドアストッパーになる。軽めのケトルベルは、書類を抑えるペーパーウエイトとして代用できる。このように、トレーニング以外でも十分役に立つんだよ」
と、誇らしげに教えてやった。
――その後、田子ノ浦からの返信はなかった。
プレゼントのトラウマ
「ケトルベルっていうのは、何キロくらいを振ればいいんだ?」
あれから数か月が経った頃、いきなり田子ノ浦から連絡がきた。どうやら未だに、後輩へのプレゼントを考えあぐねているらしい。
そこで私は、なぜ自分のアイデアでプレゼントを選ばないのか尋ねてみた。
すると、過去に犯した「プレゼントの失敗談」について、田子ノ浦がぼそぼそと話し始めたのだ。
「ミリタリーオタクの先輩がいて、日頃から良くしてもらっているお礼に、何かプレゼントを贈ろうと思ったんだ」
ほう、いい話じゃないか。
「仕事が忙しいと漏らしていた先輩は、とくに趣味もない様子だった。そこで気分転換になればと思って、サプライズでプレゼントをしたんだ」
ここまでは殊勝な考えである。だが重要なのはこの先だ。田子ノ浦は先輩に、何をあげたのだろうか。
「完成したら全長1メートルを超える、立派な空母のプラモデルを贈ったんだよ」
……これは酷い。私が知るプレゼントの中でも、歴代トップに入るくらい酷い。
いくらミリタリーオタクとはいえ、プラモデルが趣味でもない限り、特大空母をもらったところで作るわけがない!
しかも先輩は「忙しい」といっているにもかかわらず、なぜ、あえて時間を食うようなものを選んだのか。
おまけに、完成品は1メートルを超える巨大な模型。そんなものを飾れるスペースが、先輩の自宅にあるのかどうかも確認せずに送りつけるとは。
しかし優しい先輩は、田子ノ浦からの粗大ご……いや、風変わりなプレゼントにキレることはなかった。そして一言、
「届いたよ」
というメッセージを送ってきたそうだ。
ところが、その先にはまさかのドラマが待っていた。
「じつは俺、先輩のツイッターの裏垢知っててさ。めっちゃディスられてたんだよね…」
これには先輩も「まさか!」の驚きである。
後輩からの贈り物に対して、さすがに「迷惑だ」と突っ返すことはできない。だがどうしても、どこかでこのモヤモヤを吐き出したかったのだろう。
自身の裏アカウントで、
「こんなものもらっても作る暇などない。しかもこんなデカい箱、どこに置けばいいんだ」
と、本音を吐露していたのだ。
このオチを聞いて、私は「ほらね!当たり前だよ」と、田子ノ浦を責めた。そしてこう諭した。
「相手の身になって考えてあげなよ。いくらミリオタとはいえ、プラモデルやパズルみたいに、完成させるのに時間がかかるものを贈られたら、さすがに迷惑だよ。しかも忙しいって言ってるのに」
すると田子ノ浦はこう答えたのである。
「いやだからさぁ、忙しいからこそ気分転換をかねて、ゆっくりじっくり空母を完成させてもらおうと思ったんだよ。しかも超特大の空母だから、完成したときの感動はひとしおだろ?」
・・・あぁ、なるほど。彼なりに先輩を気遣ってのチョイスだったのか。
嬉々として話す田子ノ浦を見て、これは何を言っても無駄だと確信した。
となると、心配なのは社内における田子ノ浦の評判だ。
この手のタイプは、無理矢理後輩を飲みに連れて行くはず。
終業と同時に帰ろうとする後輩たちを捕まえて、
「よし、今から飲みに行こう。俺がおごるから気にするな!」
などと、半強制的に居酒屋へ拉致しているに違いない。
もはや死語となりつつある「飲みニケーション」を、未だに信じて疑わない田子ノ浦の、社内でのニックネームが気になるところだ。
ちなみに昨年、日本生命が行ったアンケート調査*1によると、「職場の方との”飲みニケーション”は必要だと思いますか?」との問いに対して、「不要」「どちらかといえば不要」と答えた比率は61.9%だった。
女性だけに絞ると、およそ7割が飲みニケーション否定派という結果が突きつけられた。
昭和の王道を行くオールドタイプ上司と、平成以降のイマドキ部下。
彼らのコミュニケーションが難しいのと同様に、田子ノ浦の熱い想いが先輩に届くこともないのだろう。
*
この話を別の友人にしたところ、なかなか賢い助言があった。
「その先輩もさ、裏垢で文句なんか言わずに、黙ってメルカリでいいのにな」
なるほど。送料はかかるにせよ、そのままメルカリに出品すればよかったのか。
そうすれば誰にもバレずに、空母をキャッシュに替えることができたのだ。(了)
<参考>
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【著者プロフィール】
URABE(ウラベ)
早稲田卒。学生時代は雀荘のアルバイトに精を出しすぎて留年。現在はライターと社労士を生業とする。ブラジリアン柔術紫帯。クレー射撃元日本代表。
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