皆さんは老舗ブランドと聞くと、どんなイメージが浮かぶでしょうか。
「歴史があり、伝統を守り続けた、職人の技による丹念な仕上がりの商品。」「100年以上の歴史は当たり前。」「時代を超えて守り続けてきた。」 一方で新しさや変化がなく、人によっては退屈なイメージもあるかもしれません。しかし、そのようなイメージを覆す、老舗発の「新しい老舗ブランド」が生まれています。
これらが実践するブランディングとは、伝統的なモノづくりをしてきた老舗が、商品のデザインを今のトレンドに合わせて一新するといった新製品開発のレベルではなく、老舗ブランドだけが持つ歴史や伝統、モノづくりの職人技とこだわりをブランド価値の源泉としたブランディングを指します。
老舗ブランドが時代を超えて引き継いできた価値、つまり「タイムレス」なブランドの価値を再設計して、この先も継承し、サステナブルな経営を行うためのブランディング手法を「タイムレスブランディング」と名づけました。 この連載では、タイムレスブランディングについて、老舗ブランドが生み出した3つの新しいブランドを実践例にあげながら紐解きます。
※本稿は、グロービス経営大学院教員の沼野利和の指導のもと、4人の社会人大学院生(山根紀子、梁瀬晋也、末森玲子、庄司拓哉)が調査・研究を行った結果に基づいています。
「文化との相互発展」で続いてきた老舗ブランド
まず、老舗からこうした新しいブランドが生まれた背景を理解する上で、「老舗ブランド」の概要を押さえておきましょう。
なぜ時を超えて価値を訴求できるのか?
日本には300年を超える老舗企業が800社以上あり(帝国データバンク 全国「老舗企業」分析調査2022年 元号別 老舗企業数より引用)、さらに千年超えの企業も存在しています。なぜ、老舗ブランドは何百年もの時を超えて価値を訴求できているのでしょうか。
たとえば、創業千年を超えてあぶり餅を提供し続けている、一文字屋 和輔という老舗菓子店が京都の今宮神社の参道にあります。千年も売れ続けるなど気が遠くなる話ですが、千年前も現代も、今宮神社に参拝した帰りに和輔のあぶり餅を食べたいと思う気持ちは同じなのでしょう。
つまり、このあぶり餅が千年の時が経っても変わらず顧客に求められているのは、神社で無病息災を祈るという文化的な背景があるからです。
文化とブランド価値が相互発展する「リンゴの木」モデル
文化は、ある組織や集団、土地に根付いて長い時間を経て形成されるため、簡単には壊れにくい性質があります。多くの老舗ブランドが、文化に深く根付いてその価値を訴求し歴史の年輪を重ねています。
西陣織を例にとると、美しい着物を世の中に提供し続け、評価を受けることで、西陣織という文化は豊かになり、さらに栄えるでしょう。西陣織ブランドがその価値を発信し続けることで、制作側では匠の技により具現化される美意識に磨きがかかります。それらがさらに文化として蓄積されることで、より一層豊かな文化となり、この循環が西陣織の発展につながっていくのです。
こうした老舗ブランドが続けてきた、文化との相互発展的な関係のプロセスを、「リンゴの木」で例えてみましょう。
文化は土壌としてその土地と一体になっています。ブランドは木として、土壌が提供する栄養分で成長し、果実を実らせ、枝葉を茂らせます。やがて、その実や生い茂った葉は地面に落ち、肥沃な土地をつくり、循環していきます。老舗ブランドは、何百年とこの循環を繰り返し、価値を維持・向上させてきたと言えます。
つまり、文化がブランドの価値を向上・発展させ、ブランドの発展が文化を豊かにするという循環が、持続可能性を生み出すメカニズムなのです。

このような文化が持続的に経済的価値を生み出す考え方を、文化経済学者のデイヴィッド・スロスビーは「文化資本」として、6つの文化的価値(美学的価値、精神的価値、社会的価値、歴史的価値、象徴的価値、本物であることの価値)を示しています。(各価値の詳細は表1参照) これらの文化資本を活かすメカニズムを持つことで、ブランドの持続可能性が生まれてくるのです。
表1:デイヴィッド・スロスビー 文化的価値の指標
※デイヴィッド・スロスビー『文化経済学入門―創造性の探究から都市再生まで』(中谷武雄・後藤和子(訳)、日本経済新聞出版、2002年)P56-57筆者により一部加筆
しかし、文化資本を活かすメカニズムが、持続可能性を実現できると述べてきましたが、社会の激変によって文化そのものが衰退することもあります。また、様々な社会の激変に遭遇し、文化の衰退とともに消えていった老舗ブランドもあります。一方で、明治維新や戦後の近代化といった社会の激変を、様々な挑戦や革新を通じて乗り越えて生き残った老舗ブランドもあります。このような危機を乗り越えた歴史は、従来の業界の常識に囚われずに、文化資本を活かすメカニズムをアップデートしてきた歴史といえるでしょう。
(執筆:山根 紀子・末森 玲子・梁瀬 晋也・庄司 拓哉)
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【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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2025/7/14(月) 16:30-18:00
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お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。
ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。
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