2014年に公表された、資本コストを上回るROE8%達成の必要性を明記した伊藤レポート、並行して開始されたROE向上とガバナンス強化を促す「JPX日経400」の算出以降、上場企業経営者への資本コストを意識した企業価値向上への要請が強まってきました。

 

2023年は、いよいよ資本コストベースの企業経営が社会実装されるフェーズに入ってきたと感じます。

 

2023年1月に、PBR(Price Book-value Ratio:株価純資産倍率)と資本コストとROEの関係を解説した「コーポレートファイナンスと投資家の視点から見たPBR1倍割れ企業」を当コラムに上梓し、PBRの改善が日本の資本市場の活性化につながる点について解説しました。

 

その後3月31日に、東京証券取引所が2022年実施の市場区分の見直しに関するフォローアップ会議を踏まえた「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を公表しました。また、日本取引所グループ(JPX)が、PBR倍率と「ROEと資本コストの差(エクイティスプレッド)」上位の企業を組み込む新しい株価指数、JPXプライム150指数の算出を2023年7月から開始する予定です。

市場運営を司る東証やJPX、もしくは金融庁、経済産業省による多重協奏曲とも言える一連の企業価値向上指針のなかで、新たに算出される「JPXプライム150指数」とは、一体どのような指数で、コーポレートファイナンスの理論的にどのような目的があるのか、解説を行いたいと思います。

 

JPXプライム150指数とは

JPXプライム150指数に選出される東証プライム市場上場企業とは、時価総額上位500社の内、ROEから資本コストをひいたエクイティスプレッドPBRが1倍超という2つの基準によって150社選出されます。

 

エクイティスプレッドは、ROE-資本コスト(Re)で計算されます。またこの資本コストについて、CAPM(Capital Asset Pricing Model:資本資産価格モデル)というファイナンス理論では、Re=Rf+β×(Rm-Rf)の公式が成り立ちます。

 

※Rf:リスクフリーレート
Rm:マーケットリスク
Rm-Rf:マーケットリスク・プレミアム

 

JPXプライム150を算出するにあたってのエクイティスプレッドはJPXによる推定値とされ、上場企業の資本コストの前提となる東証のマーケットリスク・プレミアムやリスクフリーレートの採用値は開示されていないため、第三者は正確に算定できません。

よって、このコラムでは、伊藤レポートの指針となっているROE8%とPBR1倍を基準に、東証プライム上場企業約1830社をマッピングしてみました。すると、以下の図の通りとなります。

JPXプライム150指数に組み入れられる銘柄は、上記パイチャートの青い部分の645社(ROEが8%以上かつPBRが1倍以上)の一部と推定されます。 指数に組み込まれれば、一定の評価を得ることからETFなどのパッシブ運用の資金が新たに入ることになり、組み込まれた企業への株価にはポジティブに働くことが予想されます。

 

エクイティスプレッドとPBR倍率の関係

JPXプライム150指数の選定基準は、エクイティスプレッドとPBR倍率となっています。この2つの基準は、コーポレートファイナンス的に企業価値向上とどのように繋がっているのでしょうか?計算式で見てみましょう。

 

残余収益モデル(Residual Income Model、RIM)では、残余利益が一定成長率(g)をもつ場合、株主に帰属する税引後の当期純利益をNI、株主資本コストをRe、株主資本簿価(純資産簿価)をNAとすると、企業の株主価値(EqV)は、以下で計算されます。

 

EqV=NA+{NI-(NA×Re)}÷(Re-g)・・・①

 

また、①の式は、NI=ROE×NAと考えれば、

EqV=NA+{NI-(NA×Re)}÷(Re-g)
=NA+{(ROE×NA)-(NA×Re)}÷(Re-g)
NA+NA×(ROE-Re)÷(Re-g)・・・②

となります。

 

PBR=EqV/NAなので、②式から

PBR=1 +(ROE-Re)÷(Re-g)・・・③

へと展開できます。

 

なお、DCF法との比較ですが、NIとフリー・キャッシュ・フロー(FCF)が一致している場合、残余収益モデルとDCF法によるEqVは一致します。

 

さて、(ROE-Re)とはエクイティスプレッドなので、それを(Re-g)で除していることから、PBR=1+「エクイティスプレッドの現在価値」と言い換えることができます。

 

即ち、JPXプライム150指数では、時価総額が大きなプライム上場企業の中で、ROE-Reであらわされるエクイティスプレッドが大きい会社75社を選定し、さらにエクイティスプレッドの現在価値が大きい75社を選定する、ということを意味します。エクイティスプレッドの現在価値が大きいとは即ちRe-gが小さい会社なので、gつまり定成長率が大きい、即ち成長期待が大きい会社とも言い換えることができるでしょう。

 

具体例で考えてみる:ソニーグループ

さて、この数式がどの程度PBRを説明できるものか、ソニーグループを例に考えてみたいと思います。

 

ソニーグループのReは、IESE Business SchoolのPablo Fernandez教授らが2022年に公表しているSurvey: Market Risk Premium and Risk-Free Rate used for 95 countries in 2022におけるマーケットリスク・プレミアム5.9%、リスクフリーレート0.5%、またβ値はロイターが公表しているβ(2023年5月26日時点)の1.08を利用し、Re=0.5+1.08×5.9=6.87%とします。2023年3月末のROEは13%、2023年5月26日時点のPBRは2.07倍です。

 

g=0として、③の(ROE‐Re)÷(Re-g)を計算すると、0.89となり、PBRは1.89倍となります。すると、市場の評価である2.07倍を若干下回っています。

 

逆に、PBRが2.07倍となるgは1.14%となります。よって、市場ではソニーグループの残余利益が今後1.14%の成長率で増加するものと期待していることが分かります。

 

仮に、ソニーグループの成長率やROEが高まれば、エクイティスプレッドの現在価値が大きくなり、PBRも増加、時価総額が増大することになります。

他指数とJPXプライム150の比較

「日経平均株価」「東証株価指数(TOPIX)」との違い

日本の株価指数と言えば、「日経平均株価」や「東証株価指数(TOPIX)」などがあります。

 

日経平均株価は、業種のバランスや流動性の高さを基準に、東京証券取引所プライム市場に上場する会社を225社選出して株価の単純平均を算出する指数です。一方、TOPIXは、旧東証1部上場の全銘柄を対象として、各銘柄の浮動株数に基づく時価総額を合計し算出される時価総額加重平均指数です。

 

どちらの指数も、日本の株価動向を測る指標という位置づけで、JPXプライム150指数が目指す構成銘柄に選ばれたいと経営者が考えるような指数(清田瞭・JPX前CEO)とは異なりますまた、米国の代表的な時価総額加重平均系の株価指数であるS&P500やナスダック100、優良銘柄株価平均型のNYダウも、米国市場における株価動向を測る指標です。

 

したがって、JPXプライム150指数のように、取引所が算出し企業価値向上を促すために、資本コストや特定の財務的なベンチマークを達成した企業のみを組み入れることを目指した指数は、世界的にみても珍しいのではないかと思われます。

 

<参考>今さら聞けない「日経平均株価」 ビジネスパーソンの必須知識

「JPX日経400」との違い

また、ROEに重点をおき、日本企業のコーポレート・ガバナンス改革や資本効率の改善を促すことを狙った指標として、2014年に設定されたJPX日経400があります。同指標は、長年の課題とされた日本企業の資本効率の低さに起因する株価の低迷に対して一定の効果はあったと思われますが、下図の通り、市場全体の指標であるTOPIXを大きくアウトパフォームするには至っていません。

JPXプライム150指数は、JPX日経400よりも一歩踏み込み、PBR、ROE及び資本コストという分かりやすい基準指標を用いて、株主の要求利回りを上回る企業価値を創出している企業を選出し、企業の収益性または成長性が市場に適切に評価されることを促す効果があると考えられます。

 

JPXプライム150指数は日本市場返り咲きへの一歩

JPXプライム150指数に採用された上場会社が、ROE-Reを高め、gを高めることで、企業価値を向上させることができるという意識を持つことができれば、多くの日本企業が再び世界の時価総額ランキングの上位に返り咲く日も近いと思います。

 

日本市場はいま、優良企業と目されるプライム市場に上場する企業であってもPBR1倍割れ=解散価値すら超えないという上場企業が約半数を占め、さらには日本で時価総額1位のトヨタ自動車でさえ、世界の時価総額ランキングでは55位(2023年5月28日時点)という状況にあります。

 

JPX・東証としては、PBR1倍割れ企業には、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」指針によって改善を促しつつ、PBR1倍を超えた企業にはJPXプライム150指数に組み込むことで、さらなる企業価値向上を促進させるという、ボトムアップとトップアップという両面アプローチでの企業価値の底上げを狙っていると思われます。JPXプライム150指数は、JPXや東証としてもこの状況を何とか変えたいという執念を感じさせる数値なのです。

 

(執筆:芦澤 公二)

 

 

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