1980年代後半のアイルトン・セナの活躍を支えたことで、ホンダのF1での活躍を知っている/聞いたことある人も多いでしょう。88年のマクラーレン・ホンダは全16戦中15勝を挙げ、その勝率はいまなお破られていません。

 

その伝説的な時期をバブル崩壊の影響で活動休止したことを含め、過去4度にわたりホンダはF1への参入と撤退を繰り返してきました。直近では第4期と言われる2015年から2021年の終盤で、八郷前社長を中心とする経営陣が、F1撤退を意思決定しました。

 

それにも関わらず、ホンダは2023年5月に5度目のF1参入を発表。2年半前の撤退の際には「再参入は無い」とまで言い切ったホンダが、なぜ再参入を意思決定したのでしょうか?そこにはどんな背景やねらいがあるのでしょうか?
本コラムでは企業の戦略的観点も踏まえ、ホンダのF1再参入について考察します。

 

なぜホンダはF1再参入を決めたのか?

そもそも、ホンダの4度目の撤退の理由は何だったのでしょうか。それは、2020年に発表された「2050年までにカーボンニュートラル(以下CN)を実現する」という大目標に向けた、リソースの再配置でした。50年のCN達成に向け、限りあるヒト・モノ・カネの経営資源をF1以外に投入することが、当時のホンダの戦略方向性に合致する、合理的意思決定だったと思われます(八郷社長のF1への思い入れは強く、苦渋の決断だったようです)。

 

では、その意思決定を変え、今回のF1再参入に影響を与えた大きな要因は何でしょうか。

 

そのカギとなるのは、F1の統括団体である国際自動車連盟(FIA)が30年のCN化に向け発表した、26年のF1のレギュレーション変更です。主な変更は、以下3つに整理できます。

 

  • パワーユニット(駆動装置)の電動化比率の変更
    (現行は、エンジン80%、モーター20%の割合が、26年に50%ずつに)
  • カーボンニュートラル燃料の使用の義務化
  • 開発のコストキャップ制度

 

多くがCN実現に向けた今回のF1のレギュレ―ション変化は、ホンダのF1再参入の理由のひとつと言えます。しかし、このレギュレーション変更それだけが理由と考えるのは早計です。筆者は21年4月の三部現社長の就任会見での大きな意思決定からF1再参入までに一連の繋がりがあり、それこそが再参入の理由と考えます。

 

三部社長は、日本メーカー初の「脱エンジン宣言」として、2040年までにEV(電気自動車)とFCV(水素で走る燃料電池車)の販売比率を、全世界で100%にすると宣言しました。CN実現に向け、ステークホルダーに対する経営としての明確な意思表明です。

 

更に言えば、電動化、デジタル化などの影響も受け、100年に一度の大変革期と言われている自動車業界。この大変革期を「第二の創業期」として乗り越えようとする、長期のビジョン・戦略方向性があったからこそ、今回のF1のレギュレーション変更がホンダにとって意味あるものになり、再参入の決定へ至ったと言えるでしょう。

 

つまりそれは、自社の戦略に影響を与えうる環境変化を受け、数ある戦略オプションを検討し、合理的に意思決定するという、経営としての基本行動とも言えます。

 

再参入することでホンダは何を得ようとしているのか?

では、F1再参入は具体的にホンダの長期ビジョン・戦略方向性に何をもたらすのでしょうか。筆者の仮説も含め、主には以下が想定されます。

 

EVへの技術シナジーを生む

ホンダには以前より、F1の実践を通し製品性能の向上を目指す「走る実験室」と言われる考え方があります。電動化比率が高まるF1から得られる技術やノウハウを、量産電動車の技術に活かす目途はついていると想定され、EVへの技術シナジーは大きな狙いでしょう。

 

ホンダは、サプライチェーンの見直しによる子会社売却など「脱エンジン」に向けて既に大きく舵を切っています。今後、自社が保持する事業・プロダクトにおいて、EVに関するあらゆる技術シナジーを志向すると考えられます。

 

北米でのマーケティング活動に活かす

ホンダの四輪の主戦場は、北米市場(21年度 158万台、22年度100万台を販売)です。近年北米ではF1の人気が急上昇していて、F1再参入はホンダのブランド醸成、各種マーケティングに活かしやすい状況であり、北米という主戦場での販売強化策としての狙いもあると言えそうです。

 

他社連携でのCN燃料開発と事業シナジー(電気・水素だけでない、エネルギーのマルチパスウェイ)

この自動車の大変革期は、顧客への提供価値を高め続ける必要性、莫大な投資が必要となるカネの面などでも、自社単独で戦い抜くのは難しく、各領域での他社との戦略的連携、エコシステム構築が重要です。実際、ホンダは主戦場の北米市場や新たなプラットフォームでのEV開発でゼネラルモーターズと提携し、電池では各国の有力プレイヤーと協業、ソニーとはEVの新会社を合弁で設立するなどの動きを見せています。

 

今回のF1再参入でも、パワーユニットを提供するアストンマーティン・アラムコ・コグニザントF1チームを持つアラムコ社とはCN燃料の開発連携構想を示しており、自社以外のリソースを「脱エンジン」に向けて有効利用する狙いがありそうです。

 

また、ここで開発したCN燃料は、航空機「ホンダジェット」や今後開発する「空飛ぶ車(eVTOL)」関係への応用を視野に入れるとも発表しており、自社事業間でのシナジーも視野に入っていると考えられます。

 

大変革期を乗り越えるための、もうひとつの「らしさ」

今回のF1再参入は、前項までに整理したように、ホンダが全社を挙げて挑戦する「脱エンジン」に向け、自社の事業ポートフォリオや特徴を活かす一手です。今回はそんな戦略的「らしさ」に立脚した、大局の見地からの合理的な意思決定と言えますが、F1再参入にはもうひとつの側面があると考えます。

 

ホンダの特徴に、日本企業として初めて世界的二輪レースに挑戦、70年代の米国での環境規制対応など、創業者 本田宗一郎が示した、「困難が大きくとも、まずは大きな志・目標を掲げ、そこに組織の力を結集させて目標を実現させる」というホンダ「らしさ」でもある強い組織文化・DNAがあります。

 

ホンダの歴史の一部であり、難易度は極めて高いが、感動と興奮を呼ぶF1に投資することは、「The Power of Dreams」という言葉に代表されるホンダ「らしさ」と整合し、社内外のステークホルダーの求心力につながる。その求心力を、大変革期を乗り越えるひとつの原動力とすることを、経営陣は意図しているのではないでしょうか。

 

多くの日本企業は、目指すべき北極星となるパーパスを(再)定義し、長期ビジョンという登る山を定めて、山の頂きに向けて登っている状況です。山を登る道、登り方は無数ある中で、社員のみならずステークホルダーのエンゲージメントを高め、山の頂きを目指すためには、求心力となる自社「らしい」ストーリーが必要となります。その意味で、今回のF1再参入は、戦略合理と歴史や情理の両側面から、ホンダ「らしさ」がある意思決定と言えます。

 

今回のF1再参入は、「脱エンジン」に向けて経営陣の予想を超える効果を上げられるのでしょうか。今後のホンダの動きに注目していきたいと思います。

(執筆:風間 信宏)

 

 

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Photo by:Christophe Richer Sornin