「できない言い訳するんじゃねえ、やれる方法を考えろ!」

昭和生まれのビジネスパーソンなら若い頃、一度はそんな説教をされた記憶があるのではないだろうか。

言うまでもなくこんなものは、ただの精神論であり聞くだけ時間の無駄というものだ。

 

自分に言い聞かせる言葉としてはアリかも知れないが、上司が部下に叱責する言葉としては何の意味もない。

っていうか、部下が行き詰まった時にやれる方法を考えるのがお前の仕事やろ。

 

或いは昭和の頃にはよく、素性の知れない団体が街角で、こんな声を張り上げていたことを覚えている人も多いだろうか。

「恵まれない人に、救いの手を!」

そして何らかの障害を抱えている子どもの写真などをかざしたり、やせ細った海外の子どもたちの写真を並べるなどして、募金を募る。

 

どう考えても胡散臭く、今も昔もこういった募金には絶対に応じない。

そしてこういった「正論に聞こえる嘘」で人を指導したつもりになり、あるいは詐欺的な行為で人の良心につけ込むヤカラは昔からとても多い。

 

しかしなぜ人は、こういった「正論に聞こえる嘘」に、簡単に思考停止してしまうのか。

また時に、そういった人たちを人徳者と誤認してしまうのか。

その理由が最近、少しばかりわかった気がする。

 

「私は負けません」

話は変わるが、つい先日のことだ。

タイムラインに流れてきたyahooニュースを何気なくクリックすると、とんでもないデマニュースに驚いたことがある。

そこには要旨、以下のようなことが書かれている。

 

「自衛隊イラク派遣では2004年、自衛官が襲撃され死亡している。しかもその際、国から支給された賞恤金(しょうじゅつきん;弔慰金あるいは見舞金のようなもの)はたったの2000万円余り。加えて遺族年金は10年しか支給されなかった」

 

イラク派遣に限らず、自衛隊海外派遣において指揮官が必成目標(必ず達成しなければならない目標)に挙げるのは、以下だ。

「任務を達成し、部下全員を無事に家族のもとに帰らせる」

 

そしてイラク派遣においては、戦場に近い状況の中でその目標達成のために歴代指揮官が文字通り心血を注ぎ、厳しい環境に臨み、任務を完遂してきた。

そのような努力の甲斐あり、イラク派遣に限らず海外派遣中の自衛官が襲撃を受け死亡したことなど、これまでたったの一例もない。

加えて、万が一そのようなことが生起していたときの賞恤金がたったの2000万円に設定されていたとは、何だこのすさまじいデマは。

 

あまりの事に怒り心頭に発し、まさにその2004年当時、イラク派遣部隊の隊長を務めていた元陸将(当時は1佐)に連絡を取って、その記事について意見を求めた。

「桃野さん、その記事は全体にデタラメで、もはや個別に赤入れをすることも困難です。もちろん、イラクで殉職した自衛官など存在しません」

「ですよね…。しかし自衛官が心血を注ぎ積み上げてきた成果を、こんなデマで無かったことにするのは許しがたいことです」

「少しお時間下さい。20年以上前のことですので、しかるべき現役にあたって細かく、情報を確認します」

 

そういうと元陸将は、現役にも再確認した事実として、以下のようなことをレクチャーしてくれた。

なおいうまでもなく、襲撃され死亡した自衛官など存在しないので、「もし襲撃され死亡していれば」という前提である。

 

・イラク派遣当時、賞恤金は訓令により上限が9000万円まで引き上げられていた

・さらに閣議決定により、特別褒賞金授与の対象に指定されていた(金額非公表)

・遺族年金は、受給資格者が存命の限り支給される

 

当たり前のことだが、このようなことは法律や法令・訓令で決まっていることだ。

いくらデマを流そうが、嘘はすぐにバレる。

しかしその記事でデマを流している人物は、「自衛隊に詳しいジャーナリスト」として紹介されている。

一体何が目的なんだ?と首を傾げていると、元陸将はこんなことを付け加えた。

「その人は、自衛隊に関する炎上商法で有名な人だそうです。そういうことでしょう」

 

ムチャムチャやな…、そういうことか。

なるほど、その人の様々な書き物や自己紹介を検索してみると、要旨、以下のようなことが書かれていた。

「現場で苦しむ自衛官の悲惨さを訴えています。なので私は現場の人から好かれていますが、幹部からは嫌われています。でも負けません」

さらに、現場の自衛官を守るような組織まで立ち上げ、その代表までしているのだという。

 

つまりこういうことか。

「現場の自衛官はこんなに悲惨なんです!幹部はそれを隠蔽しているんです!私はそれを暴くジャーナリストです!」

 

そして、自衛隊イラク派遣での「死亡した自衛官」などという存在しないものをでっち上げ、国は僅かな賞恤金しか出さなかった上に、遺族に酷いことをしている、という話を作り上げたのだろう。

それに対しエビデンスで反論などしようものなら、きっと私は「体制側」として認定され、きっとこう攻撃される。

「私は隠蔽されている真実を暴いているんです!」

 

“正義の立場”

話は冒頭の、「正論に聞こえる嘘」についてだ。

なぜ人はこうも、こういった話に簡単に乗ってしまうのか。

 

検索する中で見つけたのだが、その人物の出版した、自衛官に関する“悲惨な待遇”を暴く著作には、こんなコメントが多く付いていた。

「知りませんでした!」

「自衛官を守ることは国を守ることです、待遇改善を求めます!」

 

さらに同氏の誤りを指摘するネット上の投稿には、こんな趣旨の書き込みも多く見られた。

「お前、自衛官の待遇が改善されたら都合が悪い、敵国の人間だろ!」

こうなると、もはや宗教である。

 

こうやって、イラクで襲撃され死亡した自衛官なるものが実は存在していたと、多くの人が信じていくことになる。

そしてその“殉職自衛官と遺族”は、国から冷酷に扱われ、悲惨な目にあっているということが“事実”となっていく過程をみているのかと、暗澹たる思いになった。

 

考えてもみて欲しいのだが、デマで“悲惨さ”を過剰演出したら、それこそ若い人は自衛官になりたがらないだろう。

敵に襲撃され殉職しても、残された遺族が数年しか生きられない程度の手当しかもらえないなら、誰がそんな仕事を選んでくれるというのか。

そのような情報に接した親は、自分の子どもが自衛官になることに、全力で反対するに決まっているだろう。

結果、ますます国防は計画通りに進まず、防衛力が損なわれてしまう。

 

事実に基づく待遇改善の声を上げることは、とても素晴らしい。

私自身、大阪防衛協会、習志野市自衛隊協力会、レキオウイングス(航空自衛隊那覇基地協力会)、つばさ会(航空自衛隊退職者団体)等々、全国の自衛隊協力会で賛助会員や法人会員、一般会員などとして長年活動し、自衛官の待遇改善に邁進している。

自衛官のなり手不足をなんとかして改善しようと相当な努力を注いできたし、これからも続けていく。

その上で、こういったデマによる過剰演出は逆効果であり、自衛官とその家族にも迷惑がかかる行為で、慎むべきだ。

 

ではなぜ、人はこういった「正論に聞こえる嘘」に、こうも踊らされてしまうのか。

「そんな理不尽な目にあっている人がいるなんて、寄り添わなくては!」

「弱い人のために、なんとかして力になりたい!」

そんな“人の美しい心”、すなわち良心に響いてしまうからなのだろう。

 

そしてその情報が事実であるかどうかにかかわらず、それを否定する相手は敵として、強く結束する。

自分は “正義の立場”にいると、信じているからだ。

加えて、自衛隊イラク派遣で自衛官が殉職していたかどうか、賞恤金がいくらに設定されていたかなど、一般の人は覚えていないし、知りようもない。

だからこそ“専門家”のいうことを盲信し、「初めて知った真実」に正義感が燃え上がってしまう。

どうか、こういった時代だからこそしっかりと、一人でも多くの人に情報リテラシーを身に着けて欲しいと思った出来事であった。

 

それにしても、そのyahooニュースとして配信された元記事の運営メディアは、誰もが知る有名出版社である。

日本を代表する出版社のひとつと言ってもいい。

そんなこともあり、問い合わせ欄から実名、連絡先、電話番号を記入し、記事には重大な事実誤認が多く含まれていることを指摘したが、記事の修正どころか反応の一つもない。

きっと、PV数が取れれば内容の真偽などどうでもいいのだろう。

 

ネットメディアの普及で新聞は衰退したのかも知れないが、こんなことをしていればネットメディアも、やがて誰にも読まれなくなる。

メディア運営にかかわる者として、とても悲しくもあった出来事だった。

 

 

 

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【プロフィール】

桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。
中堅メーカーなどでCFOを歴任し独立。

主な著書
『なぜこんな人が上司なのか』(新潮新書)
『自衛隊の最高幹部はどのように選ばれるのか』(週刊東洋経済)
など

今回のお話、もしかしてご本人は最初はしっかりと活動されていたのかも知れないと思っています。
しかしそのうち、“衝撃の真実”を書かないと仕事にならないという状況になってしまったのだろうかと、ほんの少しだけわかる気がします。
理解も共感もしませんが。

X(旧Twitter) :@ momod1997

facebook :桃野泰徳

Photo:Arron Choi