あるホームレスの女性と出会ってから丸5年がたつ。そのホームレス女性は推定70代のハルさん(匿名)。

先日(10月下旬)も、東京から終電で、彼女が生活の拠点としている東海地方の某主要駅に降り立つと、駅前広場にハルさんの姿があった。

 

衣類などの生活用品を詰め込んだ3つのスポーツバッグと複数の大きな紙袋を、大事そうに肌身離さず、厚手のダウンジャケットに身を包んで横になっている。それがハルさんの日常の姿だった。

 

ハルさんに最初に出会ったのは2019年9月。某新聞社を退社し、フリーの執筆者として地方の出稼ぎ(取材、執筆、旅打ち)に軸足を置き始めた頃だった。

ハルさんが暮らす某地方都市には、今も月に1~2回のペースで出稼ぎに出ているが、ハルさんを見かけなかったことは、これまで一度もない。

 

周囲への配慮からか、あるいは何かしらの仕事やルーティーンがあるのかもしれない。朝、通勤客が増え始めると、大量の荷物を“定位置”のビルの片隅に保管し、どこかへ姿を消すが、夜になれば、決まって居住地の駅前広場に戻ってくる。

 

ハルさんを最初に見かけてから3度目の出稼ぎの際、初めて声をかけた。

夜になると結構冷え込む10月下旬だった。いつも通り、一人で夕食を済ませ、ビジネスホテルへ戻る途中、駅前広場をのぞくと、いつもの場所にハルさんがいた。

 

「寒くないですか?」。寒いに決まっているのに、寒くない? なんて聞くのは、まさに愚問だが、彼女はちらり顔を向けると、うっすらと笑みを浮かべた。

 

以来、ハルさんの前を通るたびに、「変わりないですか?」、「今夜は暖かくていいですね」、「寒くなってきましたね」といった、たわいもない会話をかわすようになった。

 

会話と言っても、ハルさんは笑みを浮かべるだけで、言葉を返してくることはないが、これもコミュニケーションの1つと言えるのではないか。

 

いつも笑顔で返してくれるハルさんが、一度だけ、困った顔をしたことがあった。

「誰か頼れる人はいないの?」、「生活保護とか支援団体は利用しないの?」。顔見知りになった気安さから、つい踏み込んだことを聞いてしまうと、ハルさんは鋭い視線をこちらに浴びせ、寂しげな表情を浮かべた。

 

人は誰でも、言いたくないこと、思い出したくないことが1つや2つはある。まして、後期高齢(75歳以上)の歳になっても、ホームレスという生き方を貫かなければならないハルさんには、それ相応の過去があるのだろう。

 

私のような凡人にはとても想像できない、山あり谷ありの人生。深入りされることを拒絶する彼女の一面に触れて以来、プライベートに立ち入るような言葉は封印した。

 

ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法では、ホームレスを「都市公園、河川、道路、駅舎その他施設を、故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」と定義している。

 

厚労省が令和6年4月に公表した「ホームレスの実態に関する全国調査」によれば、ホームレスが確認された地方公共団体は217市区町村。人数は2820人(男性2575人、女性172人、不明73人)というが、実際にはもっと多くのホームレスがいるものと推測される。

少なくても5年は同じ場所(駅前広場)で居住しているハルさんは、上記の女性ホームレス172人の中の1人に該当するのだろう。

 

こうしたホームレスの人たちのために、生活保護やシェルター、自立支援センターといった支援制度があるが、厚労省の実態調査では、こうした支援制度を「利用したくない」と答えたホームレスが49%もいたという。ホームレスの2人に1人が支援を拒んでいるのが現状だ。

 

例えば、生活保護の場合、①収入(年金を含む)が生活保護費を下回る、②資産なし、③頼れる親族がいない、といった条件をクリアし、申請が通れば、毎月一定額(単身者で10~13万円が上限)を受給することができる。

 

一方で、生活保護の受給に際しては、アパート、宿泊所、福祉施設といった正式な住所が必要で、収入を毎月申告する義務も生じるなど、一定の制約は避けられない。

本来、国やNPO団体などの支援を必要とする人の中には、こうした制度面の拘束や劣悪な環境(悪質な不動産業者や支援団体も存在する)を嫌い、自由を最優先してホームレスという生き方を選択するケースも少なくないという。

 

決して自身の過去を語ろうとしないハルさんが、これまで何らかの支援制度を利用してきたかどうかは知らないが、今は自分の意思でホームレスという生き方を選択していることは間違いないだろう。

 

ちなみに、先のホームレスの実態に関する全国調査(令和6年)によれば、ホームレスの主な生活場所は都市公園(25・2%)、道路(23・8%)、河川(22・6%)で、これに駅舎(6・2%)などが続く。人数では大阪府(856人)、東京(624人)、神奈川(420人)の大都市部に集中している。

 

また、令和3年11月に実施したホームレスの実態に関する全国調査の分析結果から、ホームレスになった理由として、男性は仕事関係(倒産、失業など)、女性は家庭の事情(離婚など)の割合が高く、現在仕事をしている割合は男性、仕事以外の収入(年金など)がある割合は女性の方が高いことが分かる。

 

同様に、年齢、期間では、男性が60代半ば~70代半ばの割合が高く、期間も10年以上と長期化する傾向にある。

一方、女性は70代の割合が高く、80歳以上の高齢者も少なくないように、高齢化が特徴。期間は10年未満の割合が高いという。

 

今後の生活形態は、男女ともに現状維持(諸制度を利用せず、ホームレスのまま)を望む割合が高い。

今後に希望を持っている割合は、男性が女性よりかなり高く、男性の方が楽観的と言えなくもない。つまり、今後に希望あり、あるいは何とかなる、と答えた割合は、男性が52%、女性は33%で、女性のホームレスの方が現実的と言えるかもしれない。

 

冒頭、終電でハルさんのいる地方都市を訪れた日は、10月下旬とはいえ、かなりの冷え込みだった。ハルさんは目を閉じていたので、声をかけることはしなかったが、服を何枚も重ね着し、ダウンジャケットのフードを深くかぶって、身を丸くしていた。

 

雨の日も、雪の日も、真冬でも、真夏でも、彼女は決まって駅前広場の片隅で夜を過ごす。

凍てつく寒さの真冬などは、力士の着ぐるみのように、それこそ衣類を着こめるだけ着こんで、ぶるぶる体を震わせている。寝ているというより、夜が過ぎるのをじっと待っているかのように……。

 

そんなハルさんの姿を見るたびに、どうすることもできない状況、現実に心が痛む。同時に、温かい布団で寝ることができる幸せ、ありがたさに、心底感謝する。

 

間もなく、また寒い冬がやってくる。ハルさんのようにホームレスとして生きる人たちにとって、あまりにも過酷な日々が。

今度また、ハルさんのいる地方都市に出稼ぎに行く時は、何と声をかけようか。

 

いつ、誰が、同じホームレスの状況に置かれても不思議ではない昨今。ハルさんには、せめて暖かい寝どころだけは確保してもらいたい─。そう願わずにはいられない。

 

 

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【著者プロフィール】

小鉄

取材記者、イベントプロデューサーなどを経て、現在はフリーの執筆者として活動。全国の地方都市を拠点に、取材・執筆活動を行っている。趣味は旅で、各地の史跡、夜の街、公営競技場などを巡っている。

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