ついにビットコインが法定通貨になる日がやってきた。
中米エルサルバドルの話である。
『危険な実験場』とセンセーショナルに報じるメディアもある。
日本ではビットコインは法的には通貨ではなく、暗号資産とされているが、ビットコインが外国の正式な法定通貨となると、日本でもビットコインは米ドルやユーロのように外国“通貨”とみなされることになるのだろうか。
日本政府の正式見解は最後に紹介したい。
実は日本政府の見解が今回の法定通貨化の本質のすべてを物語っている……。
法定通貨(法貨)とは? 「10円玉50枚」は適用外
まず、通貨とは何なのだろうか?
『仮想通貨の価値とは―ビットコインは、通貨なのか?資産なのか?』で書いたように、そもそも通貨には一般に3つの機能があるとされている。
・価値の尺度
・価値の交換手段(支払いや決済での利用)
・価値の保存手段(資産として)
これらの機能を持つ通貨のなかでも、法定通貨(法貨)とは何なのか?
日本銀行のホームページの銀行券に関する説明を引用すると“支払いを行った場合、相手がその受取りを拒絶できないという、法貨としての強制通用力が法律により付与”されているとある。
「強制通用力」という概念が法定通貨の屋台骨である。
ちなみに、日本の通貨のうち、硬貨の強制通用力に関しては、法律で“額面価格の二十倍までを限り、法貨として通用する”と規定されており、例えば500円の支払いに10円玉50枚で支払おうとした場合、法律上、店は受け取りを拒否することができる。
エルサルバドル大統領の意図
中米エルサルバドルとはどのような国なのだろうか?
外務省のエルサルバドル共和国に関する説明などによれば以下の通りである。
ビットコインの法定通貨化は、自らをツイッターで“世界で最もハンサムでクールな大統領”と呼んだミレニアル世代(1980年代初頭~90年代中盤に生まれた世代)のブケレ大統領が、今年6月に打ち出した政策だ。
すでに議会で法律が承認され、9月から施行される。
どのような意図でこの法律を打ち出したのか、ブケレ大統領の心の内に分け入ってみることはできないので、エルサルバドルのビットコイン法と法案提出趣意書の内容をみてみよう。
スペイン語の翻訳にはDeepLを用いた。読み取れる主な狙いは以下の通りだ。
・約59億ドルにのぼる、在米エルサルバドル人からエルサルバドルへの送金に対する送金コストを削減すること
・国民の70%が(銀行口座などを持たず)伝統的な金融サービスを受けられない状況にあり、このような人たちを金融サービスにアクセスできるようにすること
・第4次デジタル革命に向け、デジタル通貨の流通により、経済成長を図ること
それぞれのポイントについてデータを元に考えてみたい。
米国からの個人送金コスト、GDP1.8%相当と試算
1点目の送金コストだが、実際にどのくらいのコストがかかっているのだろうか。試算してみた。
在米エルサルバドル人250万人による年間の送金額の合計が約59億ドルとすると、1人あたりの送金額は年間約2,400ドル。
月平均の仕送り額は200ドルとなる。
7割の国民が銀行口座を持たないので、送金は銀行経由ではなくWestern Union(ウェスタン・ユニオン、WU)などのサービスが使われると想定しよう。
WUのサイトでシミュレーションしたところ、例えばサンフランシスコから送金してエルサルバドルのWU店頭で現金を受け取る場合、費用は15ドルとなった。送金額200ドルの7.5%に相当する。
国全体では年間の送金コストの総額は4.4億ドル(1ドル=110円として約484億円)となり、エルサルバドルのGDPの約1.8%に相当する規模の送金コストの削減効果がある※1
国単位でなく、ユーザー目線で考えても、本国の家族へ送金を続ける在米エルサルバドル人にとって、送金額の7.5%のコストが浮く意味は極めて大きい。
金融インフラ整備にスマホの追い風
2点目と3点目はまとめて考えたい。
そもそも7割の国民が銀行口座を持っておらず、いわゆる金融サービスにアクセスできない状況だ。
銀行口座が普及しない状況下で、治安が良好ではなければ、現金を貯め込むことはリスクにしかならず、貯蓄も進まないと考えられる。
ビットコインの保管などに用いるウォレットはスマートフォン(スマホ)上で使うことができるため、スマホさえあれば、これをあたかも財布のように使うことができる。
ちなみにエルサルバドルの携帯普及率を調べてみると、ちょっと古いが2017年に157%となっており、ほとんどの人がスマホを持っている状態と考えられる。
このスマホが銀行口座のようになれば、今まで銀行口座を持っていなかった国民に対し、送金、決済、預金、ローンといったフルバンキングサービスを実現することも夢ではない。
実際、ケニアにM-PESAという携帯ネットワークを使った有名な決済システムがある。
銀行口座を持たない人にフルバンキングサービスを提供した結果、ケニアのGDPの約半分の規模に相当する取引額にまで成長した。
ケニアの金融の一大インフラとなっており、経済成長を後押ししている。
ビットコインだけでない、デジタル通貨流通へ「起爆剤」
しかし、そもそも今回はビットコインだ。ビットコインは日常的に使われるのか?
ビットコインは価格変動が激しく、本来、決済手段には向いていない。
この論点は今回の法定通貨化に関連し、多くの識者からも指摘されている部分である。
確かに、商品やサービスの価格がビットコインで表記されることは考えにくい。
法定通貨として併用されるドル建てでの価格表記は変わらないだろう。
ビットコイン法をみても、例えば第6条では、会計はビットコインではなくドルを通貨として利用する、と定められている。
決済面でビットコインが浸透するとはどうも考えにくい。
ただ、今回の試みはビットコインにとどまらず、ステーブルコイン(米ドルなどの法定通貨と等価が保証される仮想通貨、例えばUSDT、TUSDなどがある)などの幅広いデジタル通貨の、エルサルバドル国内流通のためのインフラ(ウォレットアプリなど)浸透の起爆剤に過ぎない、と考えたらどうだろうか。
実際、携帯へのウォレットアプリ(Chivo、スラングでクール、という意らしい)のインストール促進のため、エルサルバドル政府は30ドル相当のインセンティブを付けている。
将来の利用をビットコインに限定して考える必要は必ずしもない。
となると、ビットコイン自体は日常使われる法定通貨、というより、その実態は送金などの特定用途に中間的に使われるトークン、媒体のようなもの、と考えた方がいいのかもしれない。
日本政府の見解は…
最初の問いに戻ろう。ビットコインは「外国通貨」と見なされるのか。
立憲民主党の古賀之士参議院議員からの質問に対する答弁書によれば、日本政府の見解は”No”である。
その理由は以下の通りである。
外国通貨とは、ある外国が自国における強制通用の効力を認めている通貨と解されるところ、ビットコインについては、公開されているエルサルバドルのビットコイン法においてその支払いを受け入れる義務が免除される場合が規定されており、当該外国通貨には該当せず、同項に規定する暗号資産に該当している。
実際に、エルサルバドルのビットコイン法の第12条では、以下のように記されている。
第12条 この法律の第7条で表現された義務(鈴木注:強制通用力)から除外されるのは、有名な事実と明白な方法により、ビットコイン取引を実行できる技術にアクセスできない人です。国は、国民がビットコインの取引にアクセスできるよう、必要な研修や仕組みを推進します。
この条文から、ビットコインの受け入れは義務ではなく、任意と読み取ることができる。
「望まなければ誰もビットコインを受け取ることはない」というブケレ大統領の発言も報じられている。
多くの報道では「エルサルバドル、ビットコインを法定通貨に」といったセンセーショナルな取り上げ方がされているが、実際には従来通りの米ドルも法定通貨としてしっかり残している。
ビットコインでの支払いが拒否できない強制通用力については、かなり柔軟な解釈の余地を残しており、その実態はかなり慎重なものとも考えられる。
今回のビットコインの法定通貨化が単なるアドバルーンで終わってしまうのか、送金手数料などの低廉化を通じて多くのエルサルバドル国民に体感できる価値提供がなされるのか、さらに様々なサービスが加わることで、デジタル通貨のインフラとしての発展を遂げるのか、エルサルバドルの今後に注目したい。
※1 本来、ビットコインの送金にもマイナー(ビットコインの採掘者)向けの支払いとして手数料はかかり、最近は無視できない額になってきている。報道にあるように、ライトニングネットワーク技術を使い手数料を大幅に下げる、との計画なので、ここではビットコインの送金手数料を無視した。またライトニングネットワークの利用により、ビットコインの仕様上の処理量(全世界で概ね7件/秒)の制約も迂回できる。
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(2024/12/6更新)
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