大人になって、退屈を忘れてしまった。

 

子どもの頃はいつも楽しいことを探して退屈していたような気がする。

本屋もゲームセンターも図書館もみんな新鮮な楽しさに満ちていた。どれだけ楽しいことがあっても足りなくて、いつも退屈を持て余していた。お金がないから遊べる範囲は限られていたけれど、「今日は何をして遊ぼう?」という新鮮な気持ちが、子どもの頃にはあった。

 

大人になって、お金には余裕が出た。行動範囲も広がった。

でも、「今日は何をして遊ぼう?」という気持ちはどこかへ消えてしまった。

休日の昼頃、目を覚ます。掃除をしなければ、公共料金の払い込みをしなければ、溜まっている本を読まなければ、そんなことを思っているうちに気づいたら夕暮れのチャイムが鳴っている。大慌てでクリーニング屋に駆け込んで、一日が終わる。そんな風になってしまった。

 

「遊ばなきゃいけない」と最近はよく思う。でも、この年になると遊びというものがそんなにすぐには思いつかない。

油断しているとパチンコ屋や呑み屋に吸い込まれてしまう。別にパチンコもお酒も楽しいのだけれど、でも「遊び」があれだけというのはいかにも寂しい。

 

僕はそんな悩みをずっと抱えていたんだけれど、最近「江戸川」という遊び場に出会って、幾分人生が楽しくなった。

江戸川は最高の遊び場で、大の男が一人でも、あるいは友人と連れ立ってでも一日楽しむことが出来る。

今日はそんな最高の川、江戸川について語りたい。

「東京が好きだ」というコラムタイトルなのに、ギリギリで千葉なのは見て見ぬふりをして欲しいところだ。

 

都会の自然が好きだと言ったら笑われるかもしれない。でも、僕は東京近郊の自然が本当に好きだ。なんとなくユルくて、人工的なものがまじりあっていて。

とても安らいだ気持ちになる。僕の故郷である北海道の自然は、あまりとっつきやすいとは言えなかったから。

 

東西線妙典駅、徒歩5分の潮干狩り

江戸川で遊びたいと思ったら、とりあえず東西線に乗って妙典駅で降りればいい。僕の自宅である高田馬場から40分くらい。駅を降りてほんのちょっと歩けば、もうそこには遊び場が広がっている。

「川」と言ったけれど、実際には「河口」と言うのが正しい。都市河川とは思えない豊かさを持つ汽水域だ。

 

川岸に近づくと、たくさんの遊船屋が営業しているのが見えるだろう。そこから船に乗って東京湾の魚を釣りに行くことももちろんできる。

アジやアナゴを釣るのも楽しいけれど、釣り船に乗るというのは少しハードルが高いかもしれない。だから、まずおすすめしたいのは熊手を一つと、一番安い発泡スチロールのクーラーボックスを買って、潮干狩りに行くことだ。

 

引き潮の時間に砂泥をちょっと掘り返すと、たくさんの貝をみつけることが出来る。一番多いのはホンビノス貝。

海外から船のバラストに紛れ込んでやってきた外来種だけれど、最近はスーパーでも売っているなかなかにうまい貝だ。

カキ殻の上を探してみると、潮が引いても泥の中に潜り込めなかった貝を労なく拾い集めることも出来る。

30分も汗をかけば、これくらいの量は軽々獲れてしまう。

都会と自然の入り混じった光景の中で、足をぬるい汽水に沈めて貝を探していると、なんとなく気持ちが楽になってくる。

この日はちょっと日差しが強くて、暑さに負けてしまいそうではあったけれど。

頭の上を走る鉄橋もなんとも言えない味わいがあってとても良い。

 

桟橋のハゼ釣り

さて、貝がたくさん獲れた頃になると潮が満ちて来るかもしれない。そうなると、今度はハゼを釣ることが出来る。

用意は何もいらない。道具は全部遊船屋で貸してもらうことが出来る。

ハゼの釣り方は手漕ぎボートと桟橋釣りがあるのだけれど、僕がまずオススメしたいのは桟橋釣りだ。手漕ぎボートも悪くないけど、ちょっとだけ大変かもしれないから。

こんな感じの桟橋で釣りをすることが出来る。

たかがハゼ釣りと思うだろう。でもこれがやってみるとなかなかにハマる釣りなのだ。

竿は単なる延べ竿で、オモリとハリしかついていないシンプルな仕掛けだ。釣りをしたことが無い人でも、特に悩むことはないだろう。

エサの「イソメ」だけはちょっと面くらうかもしれないけれど、そういう人は茹でたホタテとかカニカマボコなんかを持っていくといい。

 

仕掛けをぽちゃんと水に落とす。しばらくすると、プルプルっと生命感のある動きが手に伝わって来る。ハゼがエサに食いついたのだ。

しかし、竿を上げてみるとハゼはどこかへ逃げてしまっていたりする。どのタイミングで仕掛けを上げればハゼがかかるのか、あなたは考えこむことになるだろう。

竿先の動きや手につたわる振動から、水中のハゼをイメージして上手いこと釣り上げる。これが、実に奥深くて面白い。

 

「ハゼなんて簡単に釣れるだろう」と思っていたら、思ったより釣れなくてムキになってしまうかもしれない。

そう、遊びというのはムキになってからが楽しい。ハゼ釣りは大の大人が熱中してしまうのに十分な面白さを持った遊びだ。どんどんムキになっていこう。

30分ほどの釣果。まだ盛夏の時期だったので、ハゼのサイズは小さめだ。

これから秋が深まるにつれ、どんどんハゼは大きくなる。衣をつけてカラ揚げにすれば文句のつけようのないビールのアテになるし、ちょっと手間をかけて焼き干しにすれば最高のダシが取れる。

僕はここ数年、ハゼの焼き干しで作った雑煮に嵌りこんでいて、年越しのためのハゼを大量に釣って干している。

 

桟橋に腰かけて、足を水に浸して釣りをするのは本当に贅沢だ。ビールなんて開けちゃったりしてね。

ああ、今日は遊んでいるなぁ…と感じることが出来る。

 

江戸川を食べる

さて、全体的に省エネの遊び方だな、と思った人もいるかもしれない。それは帰宅すると「調理」というフェイズがあるからだ。

江戸川食材はとても美味しい。せっかくなら、しっかり食べないと大損だ。

野生食材の料理というのは結構体力を使うので、そのエネルギーは残しておきたい。

見て欲しい、この肉厚の貝を。しっかり泥抜きをすれば、ホンビノス貝は全く泥臭くない。是非、シンプルに焼いて食べてみて欲しい。

都市河川からこんなに旨いものが…と驚くことが出来ると思う。ちなみに、某居酒屋チェーンで食べると1個200円である。焼き過ぎると急激に縮んでしまうので、タイミングをしっかり見極めよう。

小ぶりのものは中華風に蒸すのが旨い。紹興酒で蒸してカラが開いたら、豆板醤とオイスターソースで味付け。

お好みでネギとショウガのみじん切り、パクチーなんかも良く合う。

ご飯にももちろん合うし、中華風の揚げパン…は普通用意できないと思うので、バケットを焼くといい。スープに浸して食べるとしみじみと江戸川の豊かさを感じることが出来る。

これは放射能で巨大化したシジミではなく、オキシジミという貝だ。汁の色を見てもらえばわかる通り、大変良いダシが出る。

ちょっとだけクセはあるけれど、塩と酒だけの味付けで美味しく食べることが出来る。「シジミ汁をどうぞ」と言ってこれを出すと中々ウケが取れるので、是非やってみて欲しい。

さて、最後にハゼの雑煮の画像で終わりとしたい。僕はこれが本当に大好きで、これが無いと年が越えられない。

ハゼの焼き干しの作り方はとても簡単で、はらわたを取ったハゼに塩を振ってしばらく寝かせた後、グリルで良く焼き込んで陰干しにするだけ。誰でも失敗しない簡単レシピだ。

黄金色のとても美しいダシが出る。去年は黒い椀しか持ってなくてダシの色味を楽しめなかったけれど、今年は白椀を買って色合いを楽しみたい。

 

さて、江戸川がいかに最高かわかって貰えたと思う。

最近遊んでいない、疲れているな…。そんなことを感じる皆さんは、小さなクーラーボックスを持って江戸川に行こう。

純度100%の休日が待っている。とにかく、行けば安らかな時間と楽しさがあることは保証出来る。

 

人生は厳しい。休日を焦燥感に焼かれて過ごしてしまうのは、とても辛いことだ。

とにかくまずは江戸川に行くといい。やわらかな都会の自然の中で、遊ぶ楽しさを思い出してみる。

そうやって日々をやっていきましょう。

 

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(Photo:yuki_alm_misa