「男女共働き」っていうと、なんだか先進的なライフスタイルだと考えている人が多いみたいですね。

実際、内閣府『平成24年版男女共同参画白書』を確かめてみると、日本の女性の労働力率はスウェーデンやドイツ、アメリカをかなり下回っています。

上のグラフでは、日本や韓国では30代~40代の女性労働力率がはっきり低下し、M字カーブ状になっているのに対して、欧米諸国のそれは比較的安定していて、台形状になっています。

このグラフだけを見ると、「先進的な国のほうが女性がちゃんと働いていて」「遅れている国では30~40代の女性が働けていない」という考え方が正しいようにみえるかもしれませんし、事実、東京ではそのとおりなのでしょう。

 

しかし、北陸生まれの私には「男女共働き=先進的」という考えがどうしても納得できませんでした。

なぜなら、福井、石川、富山といった北陸三県は、日本でもトップクラスの女性労働力率を誇り、昔から男女共働きが当たり前だったからです。

出典:橋本由紀、宮川修子『なぜ大都市圏の女性労働力率は低いのか ―現状と課題の再検討―』、独立行政法人経済産業研究所 より

 

このグラフを見てのとおり、北陸三県はM字カーブへの寄与率が0です。東北地方や山陰、沖縄県なども寄与率が0ですね。

先のグラフの前提で考えると、北陸三県や沖縄県が「進んでいて」、大都市圏が「遅れている」ということになってしまいます。

 

もちろん、そんなわけがないでしょう。

冬の陰鬱とした気候のもと、伝統的な風習や浄土真宗が色濃く残り、保守政党の一強状態が続いている北陸地方が、大都市圏に比べて「進んでいる」わけがありません。

どちらかといえば「保守的」で「後進的」な北陸三県が、大都市圏よりも女性の労働力率が高いのはなぜなのでしょうか。

 

稲作文化では女性が働き手だった

今回、「後進的」なはずの地域で女性労働力率が高い背景を教えてくれそうな本にようやく巡り会えたので、そちらを引用しながらお話をすすめていきます。

社会学者の落合恵美子さんが書いた『親密圏と公共圏の再編成』によれば、東アジア、南アジア、東南アジアといった稲作中心の地域では、女性がよく働き、女性の財産権も強めだったのだそうです。

近代以前の日本は、この分類では東南アジア型に当てはまり、世界的にみても女性がよく働く社会でした。

このグラフを見てみると、日本女性の労働力率は1880年の時点で70%台後半をマークしていて、これは、現在の欧米諸国とほぼ変わらない数字です。

ところが見てのとおり、時代が進み、日本が近代化するにつれて女性の「専業主婦化」が進み、グラフのかたちが冒頭で示したM字カーブ状のものに近づいているのがみてとれます。

 

じゃあ、近代化した国は必ずM字カーブ状になるのかと思いきや、そうでもありません。

こちらは、タイの女性労働力率の変化を示したグラフですが、日本では1960年代までにできあがっていたあのM字状のカーブは見当たらず、女性の労働力率はずっと高いままです。

これに対して地理的にも東南アジアに位置する国々では、近代化後も、都市部においても、女性たちは小商店や工場、オフィスで働き続けた。

たとえばタイでは女子労働力率に時代的変化がほとんど無く、女性は一貫して生涯働き続けている。1960年も現在も台形型を示し、学校教育の普及による10代での低下がみられる程度である。

『親密圏と公共圏の再編成』より

タイでは現在、急速な近代化と大都市への人口集中が起こっていて、そのスピードは日本の高度経済成長を上回っています。にも関わらず、日本で起こった女性の「専業主婦化」は起こらず、タイ女性は、子どもを産んでからもフルタイムで働いています。

 

『親密圏と公共圏の再編成』によれば、女性の労働力率は、(中国のような)国家統制の影響や近代化のスピード、家族構成や家族観などによって大きく左右されるのだそうです。

かいつまんで説明してみます。

 

欧米諸国では近代化はゆっくりとしたスピードで進み、産業や社会制度が近代化すると同時に、核家族化や個人主義化といった思想面でも近代化がゆっくり進展し、それが20世紀中頃には男女分業の「専業主婦化」を生み、さらに進んで「脱-専業主婦化」が起こりました。

現在のスウェーデンやアメリカは、近代化に伴って一度「専業主婦化」を経験した後、さらに近代化が進展した結果として「男女共働き」の社会に到達したことになります。

 

一方、タイの近代化は欧米どころか日本と比べても早すぎるスピードでした。産業や社会制度は一挙に欧米化したものの、思想面での近代化はそれに追いついていません。

日本の場合、戦前~戦後にかけて、大都市圏のホワイトカラー層を中心に「専業主婦化」が一定程度起こりましたが、タイにはそのような暇すらありませんでした。

 

タイの女性労働力率の高さは、稲作文化ならではの女性労働力率の高さが、あまりにも早い近代化のためにそのまま習慣として残ったものなので、グラフの形は欧米型でも、それらと同列に論じられるものではありません。

表面的には近代化の最先端を行っているようにみえて、思想的には1880年の日本に近いと言えるかもしれません。

 

同書では、このあたりの問題が「圧縮された近代」というワードで紹介されているので、興味のある方は読んでみると面白いかもしれません。

 

「よく働く北陸の母親」の正体

こうしたことを読み知って、ようやく私は「よく働く北陸の女性」について、合点がいった気持ちになりました。

昔から「北陸地方の母親はよく働く」と言われていましたが、稲作中心の北陸地方で、東南アジアと同様、働き手としての女性比率が高かったことに不思議はありません。

 

思想面の近代化という点でも、北陸地方はタイに似ているのではないでしょうか。

北陸には伝統や宗教が色濃く残り、「お上」に対する人々の意識や態度をみるにつけても、大都市圏とはちょっと違っているようにみえます。

結婚観や家族観もかなり保守的で、北陸地方の人は、夫婦仲が悪くてもあまり離婚しない傾向にあります。

 

そのような北陸で女性の労働力率が高い理由が、「思想面の近代化が欧米並みに進んでいるから」とは考えられません。

タイと同じく、「女性の労働力が重視される稲作文化の伝統が、そのまま男女共働きとして定着したから」と考えるほうが妥当ではないでしょうか。

 

北陸地方は、祖父母の子育て支援や保育園の整備といった面でもかなり恵まれています。

が、それらも北陸地方が「進んでいる」からそうなったのではなく、稲作文化の伝統があったからこそ、それに見合った風習や社会制度ができあがった、とみるべきでしょう。

 

近代化というのは面白いもので、以前から近代化していた地域が、かえってその近代化によって進歩を妨げられ、後から近代化した地域に追い越されることがままみられます。

 

たとえば中国では、偽札などが横行して取引制度が不安定だったことも手伝って電子商取引が一気に普及し、この点では日本を追い抜いてしまいました。

アフリカにおけるモバイル通信の普及率にしてもそうですね。既存の電信・電話網が無かったからこそ、アフリカの人々は一足飛びにモバイル通信の時代に突入しました。

 

たぶんそれらと同じで、女性の労働力率も、なまじ思想の近代化が進んでいた日本の大都市圏が「専業主婦」に留まっているのを尻目に、北陸地方やタイはスウェーデンやアメリカ並みの女性労働力率を達成してしまいました。

いや、達成したというより、「専業主婦化」という「遠回り」を経験する暇が無かったから、昔ながらの女性労働力率をキープしている、というべきでしょうか。

 

日本でも指折りの保守的地域が、巡り巡って男女共働きの充実した、経済的にも比較的恵まれた地域になっているのは、歴史の不思議な”あや”としか言いようがありません。

とはいえ、思想的にはスウェーデンやアメリカ並みとはいかない以上、北陸女性のワークライフの実態は、東京の女性が理想とするものとは異なっているかもしれません。

 

男女共働きの社会を良しとする人は、東京のパワーカップル的な共働き家庭にばかり目を向けるのでなく、あまり大きな声はあげないけれどもしっかり働き続けるあまたの北陸女性にも目配りして欲しいなと、私は願っています。

 

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【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』(イースト・プレス)など。

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ブログ:『シロクマの屑籠』

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(Photo:teddy-rised)