二○一六年十二月二十四日。
クリスマスプレゼントを買って貰いに、パルコに向かう車中で恋人と喧嘩別れして以来フリーとなった。
ああ。今思い返しても、生涯で最悪のクリスマスである。
「ふん。出会いなんて、何処にでも転がっているんだから」
と、涙目ながら強気の自分であったが、一向に変わり映えしない日々を送っていた。
流石にこれではマズイと焦っていたところで、短大時代からの友人Sにこんな誘いを受けた。
「私の地元の諏訪でお見合いパーティーがあるんだけど、行ってみない?」
見せて貰ったリーフレットには
「諏訪湖傍の結婚式場で、七夕の夜に素敵な出会いを。美味しい料理もお洒落なカクテルも飲み放題!」
と書かれている。
会場は諏訪の結婚式場で、服装はドレスからカジュアルまで自由との事。
しかも会費は男性七千円に対して、女性は三千円とお財布にも優しい。
思わず空想が膨らんでいった。
パーティー!なんて素敵な響き!
結婚式場も写真を見る限り、綺麗で良い設備みたいだし、ドレスだって着てみたい。
シェフの手掛けたバイキングと、外でしか飲めないカクテルが飲めるというのも魅力的だ。
そして、その会場で運命の相手に出会えればこれ以上の幸運はない。
私はSに二つ返事でOKを出した。
さて。
パーティーへの参加が決まったら、早速シンデレラになるべく準備が必要である。
我々には、ドレスやガラスの靴を出してくれる妖精のおばさんはいない為、自分たちで用意せねばならぬ。
こうなって来ると、準備の段階から楽しいしウキウキする。
シンデレラ・ナイト。
七夕の夜のお見合いパーティーについて、職場の事務女性に話すと、にこやかにこう返された。
「へー!良いですねー♪パーティーなんて、とっても楽しそうじゃないですか~」
「はい!だから、今度の休みに、その娘とドレスとかを買いに行くんです♪素敵な出会いの為に、お金に糸目は付けませんよ!」
私はそう言って、拳をグッと握った。
えへへ。実は昨日、貯金をかなり下ろしちゃった。
「そりゃそうですよ!だって、パーティーには大勢の女子が来るんですもの!戦闘服と一緒ですよ」
この価値観を事務の方も分かってくれたらしい。
そうだ。
まさにお見合いパーティーは、シンデレラの参加した舞踏会そのもの。
素敵な王子様に見初められたくば、センス良く美しくあらねばならない。
私はドレス選びのミッションの重要性を感じ、メラメラと闘志を瞳に燃やした。
***
そして、決戦の甲冑準備の土曜日。
私は友人Sと共に、近場に新しく出来た大型ショッピングモールへ向かった。
普段は薄い財布も、珍しくパンパンである。
お金に余裕がある為に、かなり久々に充実したショッピングタイムを送る事が出来た。
普段なら絶対に買えないような、二万円もするドレスをこの日、私は気前よく購入してしまった。
色は黒とシンプルだが、生地も良質だし品がよくステキ。
「お客様。背が高いからお似合いですわ」
美人の店員さんも、まんざら嘘ではない風に言ってくれた。
ファッションセンス抜群のSからもお墨付きを貰えたし、良い買い物ができた。
このドレスの他にも、全身コーディネートで色々と購入しに、店を物色して選び歩いた。
靴に下着にアクセサリー。こんなに買いまくり、物欲を爆発させまくったのは本当に久方ぶりで、その激しさに興奮したし荒ぶった。
Sもそれは同じようで、目を煌めかせて次から次へと品に狙いを定めていく。
食欲だとか性欲だとか、ストレス解消法は数あれど、やはり女性にとって買い物は特別だ。
財布が軽くなってくると、どこか虚しさも感じるが、手に下げたショッピング袋の重みがそれを緩和してくれる。
それだけ、おニューの衣服というのは魅惑的な存在なのだ。
「買ったわね・・・」
「ええ・・・」
私たち二人は、頬を紅潮させ、熱冷めやまぬ面持ちで外に出た。
これだけ買ったのだから。これだけ投資したのだから。美しく変身出来ないハズがない。
我々はそう確信していた。
貯金をボーナス一回分下ろして使ったのが、一体なんだ!
これは浪費ではない。立派な自己投資なのだから、後ろ指を指される事なんて何もないのだ。
と、あくまで私は強気である。
さて、ここまで戦闘服選びに奮闘したし、あとはパーティーの日を待つばかり。
私は戦闘の日を夢見て、空を仰いだ。
初夏の夕焼けは美しく、希望に満ちている気がした。
そして遂に、七夕の夜はやって来た。
私とSはホテルを側で取り、ホテルの一室でドレス姿に着替えた。
しかしここで第一の悲劇が起きた。
なんと、私が大枚叩いたドレスが、チャックのもつれにより破れてしまったのである。
「わわ・・・。どうしよう・・・」
「京子ちゃん。私の予備で良ければ、貸してあげるよ」
黒ドレスは再起不能になり、私は有難くSから紺のワンピースを借りた。
しかし、やはりショックは大きい。ああ、纏い共に戦うハズであった、黒ドレスよ・・・。
メイクは会場でプロの方がしてくれるとの事なので、ナチュラルメイク状態でタクシーに乗って結婚式場に向かった。
距離はたった一キロ程度だが、ヒールだとやはり辛い。
それに、プリンセス気分を出すならカボチャの馬車は無理でも、せめてハイヤーには乗りたい。
パーティーが催される式場は、立派で壮麗だった。
受付を済ませてホールに入ると、もう既に多くのプリンセス・女性陣がホールで待っていた。
男性の待機場所は別で用意されていて、後で合流との事だ。
女性のギャラリーの装いはそれぞれ個性的だが、どれもこれも魅力的であった。
Sのようなラフなワンピースの女性もいれば、パンツスーツ姿でキメてる方もいる。
本来ならば私が着るハズであった、シックな黒ドレスの美人もいて、私は反射的に敗れた黒ドレスを思い出した。
ああ、戦友よ・・・。
メイクのプロが沢山いて、我々も化粧で化ける為に順番待ちの列に加わる。
無料でこのサービスを受けられるというんだから、このパーティーは素晴らしい!
いよいよ自分の番が回ってくると、メイクさんが要望を聞いてくれた。
「色はどれが良いですか?」
メイクのルージュパレットを持つ手はしなやかで、指先も綺麗にマニキュアが塗ってあった。
さすがメイクのプロ。こんな細部まで抜かりない。
「そうですね・・・この真っ赤なのが良いです」
私は、まだ誰も手を付けてない真紅のルージュを選んだ。
私は真っ赤だとか、真っ黒だとか原色が大好き!
それに無難より奇抜が好きという、特殊な性癖の持ち主であるからして、こんな場所でもスケベ心が出てしまう。
この目立つ色を選ぶとは、予想外だったのだろう。
メイクさんの目が驚きでパッと見開かれる。
マスカラで縁取られた、大きくてきれいな目であった。
「これ、この会場でまだ誰も、選んでくれてないんですよ。では、塗っていきましょう」
筆先が情熱的な紅を掬い取ると、私の唇の上を滑らかに滑っていった。
鏡を見ると、うん悪くない!
メイクさんも「髪の毛が真っ黒ですから、よくお似合いですわ」と褒めてくれた。
口紅の他にも、目元などにも手が加えられていき、二十分もすると私の顔は別人になった。
パーティーの装いに相応しく、思いっきり華やかな印象だ。
鏡に映る見慣れない自分に、思わず胸が躍ってくる。
「わぁ!京子ちゃん、素敵ね!」
メイクさんの腕により、元から美形のSの美貌も、ますます光っていた。
「Sちゃんも素敵よ。うふふ。パーティーが始まるのが楽しみね」
私とSはルンルン気分で、パーティーの幕を開くのを心待ちにした。
バーテンダーさんが目の前で作る、カクテルを片手にすっかり貴婦人気分。
こんなに綺麗に着飾った、こんなに素敵な夜なのだから、恋人が出来るのは当然であるような気がした。
シャンデリアの下で胸は高鳴り、瞳は煌めいている。
「女性の皆様!おまたせしました!男性のご入場です!」
アナウンスの声を聴いた途端、女性陣は一斉にクルリと入口に顔を向けた。
どこからともなく、ゴクリと唾を飲む音が聞こえる気がした。
さぁ次から次へと、男性のご入場!
老いも若きも、スーツもカジュアルもどんどん参ります!
そして各々テーブルに着き、乾杯と簡単な自己紹介タイムが始まった。
女性は初めからテーブルが決められていて、男性陣が全てのテーブルを順番に回っていくというシステムである。
私はGテーブル、SはHテーブルであった。
「では、そちらの男性、乾杯の音頭をまず、お願いいたします」
各円卓に一人は必ず着く、パーティーの運営者が年配の男性に声を掛けた。
学校図書館で勤めるワタクシからすると、これってまるで、子どものレクリエーションみたい。
どの班にも一人は先生がいないと、上手くレクとして機能していかないのだ。
主催者側としても、最低限は盛り上がってくれないと困るんですもの。
お通夜みたいなお見合いパーティーなんてしたら、会社の評判にも関わる。
「あ、はい・・・では、カンパーイ!」
宴の幕開けを告げる乾杯の音頭にしては、随分と弱弱しい。
同じく低いテンションでグラスがカチンカチンとぶつけられていき、何だか暗いムード。
「では、時計回りに自己紹介を!」
運営者の男性二十七歳くらいが声をかけ、自己紹介タイムの始まり始まり。
トップバッターは乾杯の音頭を務めた年配男性。
「はい。〇〇と申します・・・。出会いがないため、思い切って参加してみました・・・」
声は小さいし抑揚もない。
二番目三番目の自己紹介も、そんな風に小さい声で連鎖して繋げられていった。
これに対し私の教師心はメラメラと危機感を憂う。
こんなんじゃダメ!みんな!
レクリエーションはね、誰かが盛り上げてくれるだなんて期待は持ってはダメよ!
空気を良くしたいのなら、まずは自分から!大きな声を出すのもまずは自分から!勇気を出すのは自分からなのよ!
しかし、ここはあくまでお見合いパーティー。
私も粛々と猫かぶり
「京子と言います。趣味は読書です。よろしくお願いいたします」
なんて、面白みも何もない演説を二周繰り返した。
乾杯の度にカクテルやらワインを飲む為、酔いもジワジワと私を侵食していく。
自己紹介タイム三周目となると、ついにこのクッラーイ雰囲気に耐えられなくなり、私の「お上品にしてなきゃ」のタガは外れ、大声でこう言った。
「はじめまして!京子です!実は今日、この日の為に二万円もするドレスを買ったんです!」
この大声と、テンションに対して、私を知ってる女性陣と運営者の男性は明らかに驚いていた。
テーブルを順繰りに回っていく男性たちも、トーンが格段に明るい自己紹介に驚いてる。
おやおや。皆さん、食いつきましたね!
私の役者魂には火が付き、臆せず大胆に私は言葉を続けた。
「でもね皆さん!なんと!さっきそのドレスを着たら、チャックが引っかかってドレス、まだ一回も着ていないってのに、破れちゃったんですよ!諭吉さん二枚も使ったのに!」
大げさな私の口ぶりに、テーブルの方たちはワハハと笑い出し、空気が今までとは百八十度変貌したのがよく分かった。
やった!受けてる!
「さぁてどうしよう!と焦りましたが、友人が出来る娘で、運よく二枚ワンピースを持っていたんですよ!そこでこちらを借りたんです」
観客を飽きさせない為、グイッと勢いよくカシスオレンジを飲んで見せた。
役者は演技で見せ喋りで見せ、仕草で魅せる!
上手く間を取ってからまた一言。
「だ・か・ら!今日は、ドレスで損した分、この会場で一番、お酒と美味しい料理を食べて帰ろうと思います!いえーい!」
グラスを上に掲げた途端、大きな拍手が沸き起こった。
お通夜モードから脱却した喜びで、運営者は私に駆け寄った。
「お姉さん。喋りが上手いですね・・・。乾杯の音頭をお願いします!」
「任しときなさい!カンパーイ!」
「カンパーイ!」
ここで初めてパーティーらしい乾杯がスタートした。
私はこれからも、必死で自己紹介タイムを盛り上げ、ギャラリーから笑いを取った。
「ドレスが破れたのよ!」
そう言って、隣の男性が笑わない時も一度あった。
が、私は突っ込みの勢いでバチンと初対面の彼の背中を叩き
「ええい!笑いなさいよ!」
とカツを入れた。
これには彼も面喰い笑い、ギャラリーは更に大笑い。
もうこうなったら出会いなんか知らない!
私はエンターテイナーだ!あのドレスは、この笑いの為に犠牲となったのだ!
と私は腹を括っていた。
この晩出会いがなかったのは、言わずもがなである。
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【著者】
六条京子(ろくじょう/きょうこ)
信濃の国に在住。
短期大学在籍中は、三味線を弾いたり、映画を見て暮らしていた。
聖闘士星矢とヘタリアが心のバイブル。
就活でことごとく挫折し、ニートを経て現在に至る。
コミュ障なお喋りで、派手好きなエキセントリック・ウーマン。
彼氏とオーラが欲しくてたまらない今日この頃。
六条京子twitter
(Photo:Ryouhei Saita)