ファイナンス・ビジネスパートナーとは?
鷹野恭子(28)は、準大手化粧品メーカーであるブライト・コスメティックスに勤める経理パーソンである。大学を卒業してこの会社に入社した後、一貫して経理部に属し、月次の全社決算処理や各種レポート作成を担当している。
入社して6年、日々の仕事を通じて会計に関する知識も着実についてきており、上司や他部署のメンバーからも高く信頼されていると実感しているのだが、これから自分がどのようなキャリアを形成していったらいいか迷っている。というのも、昨年から通い始めた経営大学院において、経営を包括的に学ぶ中で、会計士や税理士といった「会計の専門家」としてキャリアを積んでいくというよりも、経営に直接関与するようなビジネスリーダーになりたいと感じるようになったからだ。
会計知識を自分の強みとしながら、より深く経営に関する意思決定に関与するためにはどのようなアクションをとったらいいのか、どのようなキャリアパスを目指したらいいのか、そんなことを日々考えている。
こんにちは。グロービス経営大学院で講師をしています鷲巣大輔と申します。
私がグロービスで担当するファイナンス系のクラスでは、ある企業の経営課題に対して現代ファイナンス理論に基づいて経営判断を下すというケーススタディを繰り返しながら「経営者としての器」を磨くトレーニングをしています。
受講生の中には経理・財務といった会計をバックグラウンドに持つ方もいらっしゃるのですが、そういう方からよく聞かれるのが、冒頭の鷹野さんのようなコメントです。会計の専門家ではなく、経営判断を支えるビジネスパートナーになりたい、そのために、いったいどのようなスキル・キャリアパスを経たらいいのか──。同様の悩みを持つ方は結構多いのではないでしょうか。
企業ニーズ拡大中の専門人材
実際、外資系企業だけでなく、日本の企業においても、「FP&A (Financial Planning & Analysis)」というポジションを新設するケースが増えてきました。FP&A人材とは財務分析などを通じ、企業の経営判断に深く関与する『ファイナンス・ビジネスパートナー』です。
会社の事業基盤を安定させるための経理・財務の業務は、いわば「守りのファイナンス」です。一方、企業価値を高めるための戦略に深く関与する業務は「攻めのファイナンス」と言えます。ファイナンス・ビジネスパートナーは、攻めのファイナンスを実行する役割を持つと言えるでしょう。
私はグロービスでの講師をしながら、外資系企業のCFO(最高財務責任者)や、投資ファンドがスポンサーとなる企業の経営企画を担ってきました。現場で常に求められてきたのは「会計の専門家」としての役割ではなく、「経営チームの一員として、企業価値を創造するための経営判断を財務的観点で行う」というファイナンス・ビジネスパートナーとしての役割が大きかったように感じます。
FP&Aという職種に代表されるファイナンス・ビジネスパートナーが今、多くの会社において必要とされています。具体的に、ファイナンス・ビジネスパートナーとはどのような存在なのか。ファイナンス・ビジネスパートナーになるためにはどういったスキルや経験を積んでいったらよいのか。私の経験談とともに、企業へのインタビューを通じ、整理をしていきたいと思います。企業価値創造に大きく貢献するファイナンス・ビジネスパートナーが日本企業でもより多く輩出されるための一役を担えれば──。そんなことを考えてこの度、連載を持たせていただくことになりました。
いずれ経営者としてのキャリアを歩みたいと考えている経理財務パーソンはもちろん、人事や総務、経営企画部門において「経営判断を支えるビジネスパートナー」とは何か、より深く理解したい人にも読んでいただければ嬉しいです。
ファイナンス・ビジネスパートナーの使命・役割・責任とは
それでは、ファイナンス・ビジネスパートナーの主な仕事内容とはどのようなものでしょうか。ここに、日本を代表する化粧品メーカー・資生堂のFP&Aの職務定義を記載させていただきました。
FP&A:期待される役割と責任
・ブランドの収益管理
・事業部シニアメンバーのビジネスパートナー
・ファイナンス部門の変革リーダー
・チームの育成・強化
(出典:資生堂の求人サイトに記載された内容を筆者が日本語に翻訳、簡略的に編集)
いかがでしょうか? 従来の経理のお仕事、財務のお仕事と比べると、かなりビジネス寄りの印象をもたれる方も多いのではないでしょうか。変革の主導者であること、チームを強化するリーダーシップが求められているというのもファイナンス人材に期待することとしては目新しいかもしれませんね。
冒頭にある「ブランドの収益管理」の詳細には、「ビジネスの進捗をモニタリングし、リスクや機会を明らかにし、財務的目標を達成するための施策を担当部署と『一緒になって』実行していく」とあります。事業の実績値を取りまとめ、会計ルールに基づいた精度の高いレポートをタイムリーに作成するという従来の経理業務からは、少し異なる役割が期待されているのがお分かりいただけると思います。
今例で見た資生堂に限らず、FP&Aの仕事内容は、予算策定、予算実績のギャップ分析、投資判断のためのDCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)分析などが一般的なものです。ただしこれらはあくまでも「手段」に過ぎず、「目的」は一つしかありません。すなわち、ファイナンスの観点に基づき、意思決定を下すために必要となる質の高い判断材料を提供することです。
ビジネスパートナーですから、経営判断を下すチーム、事業本部長、ビジネスユニット長と同じ目線で議論ができなければなりません。会計の専門家の枠を超え、ビジネスを深く理解していることが必要になります。特に財務モデルなどを通じて、企業価値に大きな影響を与える収益を生み出すメカニズムについて精通していることが重要になります。会計知識をビジネスの意思決定の場において伝わるように「翻訳」をする、コミュニケーション能力の高さも必要となってきます。
一方でファイナンス部門の一員として、株主・債権者の期待値というものを常に念頭に置いておく必要があるでしょう。経営者はすべてのステークホルダーと対峙する必要がありますが、株主・債権者の期待値を深く理解するためには、ファイナンス理論を深く理解しているパートナーの存在が不可欠です。ファイナンス理論は事業目標の設定に直結します。経営者として投資判断をするときに、その投資は株主・債権者の期待を満たすものなのかどうか、という点で判断材料が必要になります。別の言い方をすれば、ファイナンス・ビジネスパートナーは株主・債権者の立場を代表して、時として経営者の判断に異を唱える貴重な存在でもあるわけです。
「真のビジネスパートナー」への5ステップ
インテル社や日本トイザらスにてCFOを歴任し、現在は日本CFO協会にて理事を務める石橋善一郎氏は、その著書『経理・財務・経営企画部門のためのFP&A入門』(中央経済社)の中で、「真のビジネスパートナー」になるためのステップを次のように紹介しています。
・一緒に働く価値を感じてもらえない「無関与」レベル
・信頼・尊敬され「意見を求められる」レベル
・付加価値を出すことで「意思決定プロセスに関与する」レベル
・強いリーダーシップを発揮し「意思決定を委任される」レベル
・真のビジネスパートナー
FP&A組織に属したからと言って、一足飛びに経営に関する意思決定にすぐに貢献できるわけではなく、その体制は自らの行動・言動によって作っていくしかありません。
逆説的に言えば、FP&Aの組織体制が整っていなくとも、積極的に事業部の人たちと接点を持ち、意味のあるアウトプットを提供しながら彼らの信頼・尊敬を勝ち取っていくことができれば、「意見を求め」られ、「意思決定の場に呼んで」もらえ、意思決定の一翼を担う存在になっていくことができるのだと思います。
事業部の信頼を得た後に
経営大学院で「ファイナンス・ビジネスパートナー」の存在を学んだ経理パーソンの鷹野恭子(28)。
幸運なことに、彼女が勤務する準大手化粧品メーカーのブライド・コスメティックス社は、FP&A (Financial Planning & Analysis)部門を新設することを決めた。財務分析などを通じ、企業の経営判断に深く関与するファイナンス・ビジネスパートナーとしての役割が期待されるメンバーとして、鷹野に白羽の矢が当たった。
新たなキャリアを形成するチャンスが与えられたことに喜びを感じながら、彼女は着任後、積極的に事業部のメンバーに話しかけてみた。自分なりに貢献できることを探し、アウトプットを提供していく─。計数管理を得意とする人間が少ない事業部のメンバーは、エクセルを駆使した定量分析の結果からビジネス改善につながる提案を行う鷹野を好意的に受け止めるようになった。だが半年ほど経ったある日、経理財務部長の鳩山から呼び出しを受けた。
「鷹野さんの活動は、事業部寄りすぎませんか? 事業部に対して示唆に富む分析を提供することは素晴らしいことです。でも考えてもらいたいのです。FP&Aのメンバーとはいっても、鷹野さんは会社組織のなかでは一応、経理財務部の人間でしょう。企業を統治する観点でダメなものはダメと、厳しい指摘をするときはしないといけないのですけど、それはできていますか? ちょっと甘くなってはいませんか?」
事業部の信頼を得るために続けてきた活動であるが、ここにきて、自分の業務の評価を最終的に下す立場の鳩山から注意を受けてしまった。いったいどのようにしたらいいのだろう…。
ファイナンス・ビジネスパートナーとして活動するためには、まずは事業部から声をかけてもらう存在になることが最初の第一歩です。
前述のとおり、相談を頻繁に持ち掛けられるような信頼関係を作るべきだということに触れました。
事業部のメンバーに対して積極的に話しかけ、ビジネスのリアリティを理解する鷹野さんのアプローチは、ファイナンス・ビジネスパートナーとしての信頼獲得に不可欠なアクションとなります。
ところが多くの場合、事業部側の信頼を獲得した後に、「事業創造」と「企業統治」のバランス感覚をどのように持つかという課題が待ち構えています。
「事業創造」と「企業統治」、相反する指示も
企業組織のなかで、FP&A部門のようなファイナンス・ビジネスパートナーは、事業創造を行って価値を生み出すことを使命とする「事業部」と、株主・債権者の立場を社内にフィードバックしたり、企業統治の役割を担ったりする「ファイナンス部門」の2つに同時に関与することになります。
いわゆる「事業部」と「機能部門」のマトリックス組織内にFP&Aのメンバーは位置づけられ、事業本部長とファイナンス部門長(Chief Finance Officer: 最高財務責任者、CFO)の2人のボス(上司)が存在することになるわけです。
ところが悩ましいのは、この2人のボスの指令が、時として相反する可能性があるということです。
「事業創造」と「企業統治」という、自動車で言うところのアクセルとブレーキの役割を同時に担うのがファイナンス・ビジネスパートナーとなるため、適切なバランス感覚を必要とするポジションにもなるわけです。
「2人のボスを持つ」と先ほど書きましたが、主たる所属先、すなわち評価や異動を含めた人事権を持つのはどちらになるのでしょうか。
FP&A部門を抱える企業は一般的に、ファイナンス・ビジネスパートナーの主たる所属先をファイナンス部門とすることが多いようです。
事業部長やビジネスユニットリーダーといった、事業部サイドの評価は重要な参考意見と位置づけられますが、あくまでも人事権はファイナンス部門に属するというわけですね。
ファイナンス部門のトップであるCFOへの登竜門として、FP&A部門といったファイナンス・ビジネスパートナーのポジションを設ける企業も多く存在します。
この点は、日本企業に多く見られる事業本部付の経営企画や事業企画部門の人材と、ファイナンス・ビジネスパートナーとを区分する特徴にもなりそうです。
ファイナンス・ビジネスパートナーは、事業部に直接的に業務を提供しているといっても、根幹のところではファイナンス部門の一員として、株主・債権者の利害を守ることが重視されており、場合によっては事業本部長の判断に対して「待った」をかけることを求められる立場であるとも言えるでしょう。
経理財務部長の鳩山さんが注意をしたのも、鷹野さんが事業部寄りになりすぎて、事業本部長のイエスマンに成り下がることの危険性を事前に察知してのことだったと言えそうです。
「アクセルの踏み余地は? どこまで踏めばいいか?」
軸足をファイナンス部門に置きながらも、事業部のビジネスパートナーとして意思決定権者の判断を支える─。
この「バランス感覚」は、どのように保てばいいのでしょうか。
私が米系企業のCFOをしていた時、一緒に仕事をしてきたCEO(Chief Executive Officer: 最高経営責任者)の言葉がヒントになるかと思いますのでご紹介をいたします。
「優れたCFOは、単にブレーキを踏むのではなくて、リスクを極小化することでCEOがアクセルを踏み込む余地を創造する。またリスクを可視化することで、どこまでならアクセルを踏み込むことができるかを教えてくれる」
このCFOという言葉を、そのままファイナンス・ビジネスパートナーと置き換えていただいても構いません。
ファイナンス・ビジネスパートナーは、オペレーションを熟知し、潜在的なものを含む事業リスクを把握し、事業リスクを軽減するためのアクションプランを設計し、チームでアクションプランに取り組み、成果を上げることが求められます。
さらに財務モデルを構築する中では、企業価値というアウトプットがどのようなメカニズムで影響を受けるのかを解明することが必要となります。
影響を与える因子を押さえながら、現状からうかがえる変動要因をもとに感度分析を実施し、リスクがどの程度のものなのか、それは許容できるのか、許容できないとしたらどのようにリスクを低減するのか、最終的にどのような打ち手を選択するのか、などを提示することが仕事になります。
ある時はアクセル全開にすることを全面的に支持し、アクセル全開にできるような土壌を作っておくこと。
リスクが顕在化した時は、巧みなブレーキングで危機を脱することができるようにしておくこと。アクセルとブレーキの振れ度合いをできるだけ大きく保ちながら、状況に応じて適切なポジションを取れるようにするという姿勢が、ファイナンス・ビジネスパートナーに求められる「バランス感覚」だと私は考えます。
「自立した存在」としての矜持
ビジネスパートナーという存在は、意思決定権者が見えていないものや、気づいていないことを眼前に提示し、別視点から見た新たな判断材料を提示することが求められています。
ファイナンス・ビジネスパートナーは「株主・債権者というステークホルダーの期待値を代弁する」立場にあり、これを念頭において意思決定に関与する役回りであることを認識しておく必要があります。
ファイナンス・ビジネスパートナーに必要なのは「自立性」、すなわち事業部付という従属性ではなく、独立した存在として意思決定権者と対等に議論を繰り広げるスタンスなのだと思います。
耳に痛いことは聞きたくないのが人の常。それでも、強固な信頼関係を土台として、敢えて反論をする、敢えて反対意見を提示することを通じ、喧々諤々の建設的な意見交換を行い、その結果、意思決定権者もチームも学習し成長をしていくことができる。
そんな触媒のような存在になることが理想だと考えます。
これは口で言うほど簡単なことではなく、信頼関係を構築するのも一朝一夕にはできないと思います。それでも、株主・債権者の利害の代弁者であることを強く認識し、経営者の判断に対してインプットを与え続ける自立した存在としての矜持を持つこと―。
これが「バランス感覚」を持つうえで大切なポイントなのではないかと思うわけです。
鷹野さんも事業部にとって「言うことを聞いてくれる使い勝手のいい人」ではなく、ファイナンス部門の一員として企業価値向上に責任を持った、ある種事業部からは自立した存在として、それでいて事業部が強くなるための情熱をもって、建設的な議論の材料を提示してくれる存在と認められるようになったらいいですね。
これまで培った信頼関係の上に、どうファイナンスの専門知識を持つプロフェッショナルとしての価値を乗せていくかということを考えてもらうといいのではないでしょうか。頑張れ! 鷹野さん!
(執筆:鷲巣 大輔)
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【著者プロフィール】
日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。
ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。
Photo by Amy Hirschi