資生堂は、クレ・ド・ポーボーテをイオンのECで販売開始した。
同ブランドは、化粧水が1万円以上という資生堂の中でも最上位ブランドの一つ。量販店ECで高級ブランドを販売することは、ブランド毀損に繋がると危惧する声が上がっている[i]。
何故、資生堂はこのような施策を選択したのか。
コロナ禍でイオンECに活路を見出す
資生堂の売上高は、11,315億円(2019年連結)から、9,209億円(2020年連結)へと18.6%減[ii]。
コロナ感染症拡大によるインバウンドの減少、百貨店の営業自粛が影響したようだ。
百貨店の化粧品売り場は再開していても感染拡大防止の観点から、タッチアップ(美容部員が顧客の肌に触れ商品を施すこと)を自粛しているところは多い。
販売開始時から、化粧品専門店や百貨店での対面販売を主としていたクレ・ド・ポーボーテにとって、厳しい状況だ。
総務省統計局のデータによると、コロナの外出自粛により、2020年6月時点では、50.8%の世帯がネットショッピングを利用。
65歳以上の高齢世帯では、その割合が急増し、約3割の世帯が利用している。
ネットショッピングは幅広い客層に拡大しており、クレ・ド・ポーボーテは、売上回復のため、新たなチャネルとして、イオンECに活路を見出したのだろう。
化粧品専門店オーナーの反発
クレ・ド・ポーボーテは、イオンECでの販売以前、2019年秋頃、オンライン直販に取り組んでいた。
しかし、化粧品専門店オーナー達が猛反発、顧客が奪われるという危機感とブランド毀損に対する懸念が影響し、約1年で休止を発表した[iii]経緯がある。
オンライン直販は、自社が描くブランドの世界観を直接顧客にコミュニケーションすることが可能で、適切にブランドをコントロールしていれば、オンライン直販がブランド毀損を招くとは考え難い。
ランコム、ヘレナ・ルビンスタイン、ドゥ・ラ・メール、シャネルなど海外高級化粧品ブランドもオンライン直販を行っているが、ブランド毀損に繋がっているようには思えない。
反発する他の理由として考えられるのは、資生堂の設定するクレ・ド・ポーボーテの販売条件だ。
同ブランドを扱うためには、同社が設定する接客などの資格取得、研修への参加、売上目標への到達が条件[iv]となっている。
このような厳しい販売条件を守り続け、なおかつ店頭で丁寧に接客することがブランド価値を守ることだと信じてきた化粧品専門店オーナー達が、本社の施策に反発するのは当然のことだ。
こうしてみると、化粧品専門店オーナー達と本社ブランドチーム、両者の認識にずれが生まれてきているように見受けられる。
競合ポーラのリブランディング
業績が厳しいのは、競合も同じ。ポーラの売上高は、2,199億円(2019年連結)から1,763憶円(2020年連結)の19.8%減[v]だ。
ポーラのB.Aは、化粧水で2万円を超える高級ブランドだ。
同社は、コロナ禍で先行き不透明かつ業績不振の中、リブランディングに踏み切った。コロナ以前からリブランディングを計画していたのかもしれないが、お披露目のイベントや百貨店でのカウンセリングなどができない状況下で行うことは、かなりのリスクである。
及川社長によると、コロナ禍にリブランディングを行うことには、反対意見もあったようだ。
B.Aのブランドチームを社長直下の組織にして、本社が常にポジティブなメッセージを発信し続け、今こそ必要な商品だからリブランディングが必要というコミュニケーションや新商品に関する研修を徹底的に行った。
特に気を配ったのが、委託販売契約を結び、個人事業主としてポーラの商品やエステをカウンセリングを通じて販売[vi]している、ビジネスパートナーに対するコミュニケーションだという。
個人事業主という立場から、本当に納得しないと実践してくれないからだ。
結果的に、10代から90代までのビジネスパートナー達が、オンラインでの接客に活路を見いだし、2020年7月の段階で、約900のショップでオンライン・カウンセリングやワークショップができるようになった[vii]。
2020年9月に販売したB.Aの化粧水、22,000円(税込)は、1カ月で約85,000個売り上げ[viii]、リブランディングしたB.Aシリーズ全体では、ベストコスメ257冠受賞[ix]した。
コロナ禍という厳しい状況でもトップから現場まで一気通貫で、ブランドをコントロールすることで成功した例と言えよう。
インターナル・ブランディングの徹底
インターナル・ブランディングとは、自社の理念・提供価値等を明確化し、社員およびステークホルダーに共有・浸透させる内部活動だ。
(参考)インターナル・ブランディングとは|MBA用語集 グロービス経営大学院
通常、新規ブランド立ち上げの際、ブランド理念、ロゴやタグラインを使用する際の規定を組み込んだブランドのルールブックを作り、関係者がそれを正しく理解し、ひとり一人が自律的に実践できるようになることを目的として行う。
インターナル・ブランディングを進めるうえで重要となるのが、メッセージの一貫性だ。ブランドの施策全てが、ブランドの理念や方向性と一致したものでなければならない。
時が経つにつれ、ブランドへの帰属意識が希薄になることや認識にずれが生じるのはよくあることだ。
大企業などで関係者が多いほど、意思統一や認識のずれを修正することは難しい。
筆者もかつてブランドの理念や方向性を関係者に伝える立場にあった。
定期的にコミュニケーションをとっていたが、部門の違う社員やビジネスパートナー、取引先と認識を共有し、ベクトルを一致させ、ブランドの目指す未来へと導く難しさを経験している。
クレ・ド・ポーボーテは発売開始から約20年という長い年月が経ち、関係者のベクトルがずれてきているのかもしれない。
さらにブランドの販売条件や店頭でのコミュニケーションの意味合い、オンライン直販の開始と休止、イオンECでの販売開始、といった施策に統一感がなく、メッセージの一貫性という点でみると、関係者に不安や迷いを生んでいるようだ。
これでは、ブランドの目指す未来にたどり着かない。
B.Aは、コロナや業績不振という、皆が不安に思う時期に行ったリブランディングが、ブランドの理念や方向性を再認識する機会となり、チームの求心力醸成に繋がったのではないだろうか。
資生堂のクレ・ド・ポーボーテは、どのような方向へ進むのだろうか。今後の動きに注目したい。
(執筆:山本 知子)
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
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当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
(出典)
[i] 東洋経済オンライン 2021年7月28日
[ii] 資生堂IR資料
[iii]クレ・ド・ポーボーテニュース 2020年12月7日
[iv]東洋経済オンライン 2021年7月28日
[v] ポーラ・オルビスホールディングス IR
[vi]ポーラ社プレスリリース 2021年7月30日
[vii] 日経クロストレンド 2021年7月9日
[viii]ポーラ【商品情報】新B.A 売上速報
[ix] ポーラ社HP
【著者プロフィール】
日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。
ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。
Photo :MIKI Yoshihito