はじめに

事業承継を考えたとき、「果たして自社はどのくらいの価格で売れるのか」「この譲渡価格は、適正なのか」と思うことがあるかと思います。

M&Aにおける譲渡価格はどのように決められるのでしょうか。適正な価格に見積もられるポイントと、日頃からの心構えをGCAサクセション株式会社の社長・二戸弘幸さんと、執行役員の中村悠太さんに教えていただきました。

 

M&Aの譲渡価格はどう決まる?

M&Aの価格は、売手・買手のそれぞれの意向の強さや、資産性や収益性の評価方法をもとにした両者の交渉で決まります。

買手側にとって、価格以上の効果があると考えれば、M&Aは成立しやすくなる傾向にあります。

 

(1)譲渡価格は、売手と買手の希望を調整して決めていく

M&Aの交渉は、基本的にはM&Aアドバイザーを介して行われるケースが一般的です。

 

当然、買手は安く買いたいと願い、売手は高く売りたいと考えます。売手が高く売りたいと思う下限と、買手が安く買いたいと思う上限が重なったその範囲の中で、お互いが合意できる価格をM&Aアドバイザーが交渉して調整していきます。

なおM&A仲介会社の場合は、売手と買手の双方と仲介契約を締結するため、交渉ではなく両者の間で条件の調整をしていくこととなります。

 

(2)買手がイメージするのは買収した後のこと

買手は、買収を検討するときに、当然買収した後のことを考えます。

たとえば、10億円や20億円をかけて買収する場合、投資金などがどのくらいの期間で回収できるかという見方が一つあります。

買収後の利益が拡大することが具体的に見通せられれば、より短期間で回収できるため、高い値段でも買収することが可能となります。

一方、具体的な回収のイメージがなければ、買う価格は低めに見積もられてしまうでしょう。

 

(3)未上場企業は何かしらのシナジーがあるか

売手が上場企業の場合、その企業の安定性や将来性などはある程度予想できます。

しかし、上場していない未上場企業の場合は株価という指標がありません。

未上場企業の場合は著しく伸びる可能性もあれば、伸びない可能性もあります。

 

そのため未上場企業を買収する場合、買手側は何かしらのシナジーが明確に見えなければ、相応の条件での買収は難しくなります。

「買手の販売網を使えば販売が増えて、利益がこれだけ増える」「共同仕入などでコストがこれだけ削減できる」などといった具体的なシナジーとして、数字で見えることが重要です。

また、シナジーは買手により千差万別であるため、より具体化できる買手候補に対して「幅広く」アプローチする必要があります。

アプローチは、買手のM&Aニーズを把握しているM&Aアドバイザー経由で幅広くアプローチすることが効果的です。

 

(4)覚えておきたい!「スタンド・アローン・バリュー」「バイヤーズ・バリュー」

売手側が単独で存在した場合における価値を「スタンド・アローン・バリュー」といいます。ここに、買手側とのシナジー効果が含まれたものを「バイヤーズ・バリュー」といいます。

 

たとえばスタンド・アローン・バリューが10億円で、買手側とのシナジーをのせた価値が15億円の場合、買手は15億円までであれば、投資の採算を取ることができます。

そのため、15億円よりも低い額が売手側から提示されれば、M&Aが成立しやすくなります。

一方で、15億円よりも高い額の場合は、買手にとっては合理的なM&Aとは見なされません。

そのため、M&Aアドバイザーなどを通じてシナジーについて徹底的に交渉すれば、スタンド・アローン・バリューよりも高い額で買収してもらうことも可能となります。

 

2. 企業価値、事業価値、株式価値(譲渡価格)とは

譲渡価格が適正かの判断は、自社の「企業価値」を知ることが重要です。

企業価値は、会社全体の価値のこと。企業価値の大半を占めるのは、事業から生み出される「事業価値」です。

今まで資産にどれだけ資本を投入してきたかの金額ともいえます。

 

たとえば100億円の投資をするときに10億円を株式として出資をし、90億円を借り入れした場合、100億円が事業価値になります。

 

株式価値は、事業価値から純有利子負債を控除した部分のことで、「事業価値=株式価値+純有利子負債」とも表わせます。

純有利子負債とは、有利子負債から保有現預金額を差し引いたものです。

M&Aなどで株式を売買する場合には、譲渡価格の基本になるのはこの株式価値になります。

 

3. 企業価値を測る主な3つの方法

譲渡価格が適正かを判断するための企業価値を測るには、大きく「コストアプローチ」「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」の3つの方法があります。

 

(1)資産や清算価値に着目「コストアプローチ」

企業が保有している資産や清算価値に着目し、株式価値を算出する方法です。

純資産をもとにした評価方法のため、客観的な数値での評価を行うことができる点が特徴です。

非常に時価が高い不動産を持っているなど資産を多く保有する企業は、コストアプローチで企業価値が高くなる場合もあります。

 

(2)将来性や収益性に着目「インカムアプローチ」

企業の将来性や、収益性に着目した価値の見方です。なかでも、「DCF法(Discounted Cash Flow)」は、将来的に見込まれるキャッシュフローをリスクに応じた割引率で割引くことにより企業価値を求めます。

直近の財務状況では測定できない将来性を織り込むため、成長性の高い事業はインカムアプローチが高くなる場合があります。

また、買手が新規事業への参入を検討している=シナジーを想定しやすいケースでも、ゼロから作るよりも圧倒的に安くなるため優位な結果となる場合もあります。

 

(3)取引価額を基準に求める「マーケットアプローチ」

株式市場やM&A市場における取引価額を基準に求める方法です。

なかでも「類似企業比較法」は、上場している同一業種・同一業界の会社の「株価」をもとに、相場価格を求めていきます。

マーケットの実績を元にするため比較的客観性が高く合意しやすいため、初期的な価格の目線合わせに用いられるケースがあります。

また業界自体の成長性が高いものの、自社の将来キャッシュフローが描きにくい(=事業計画を作成していない)場合でも、価値が高くなる可能性があります。

 

(4)どの方法が適しているか見極める

基本的には、財政状態や事業計画をもとに上記3つの中でどの方法が自社には適しているかを、M&Aアドバイザーなどと相談しながら進めていきます。

 

コストアプローチの場合、現在の資産の価値だけに着目するため将来性は測れません。

マーケットアプローチは類似企業のデータを見るため、厳密には自社とイコールではないのが難点でしょう。

インカムアプローチは、将来の収益性をどこまで正確に測れるかという課題もあるなど、それぞれ着目点が異なるため、複数の手法をバランス良く見ながら、どの方法が交渉に適しているかを見極めることが大切です。

 

4. 好条件で譲渡するために。日頃から意識しておくべきこと

自社を適正価格で、より好条件で譲渡するためには、日頃から自社の企業作りを意識していくことが重要です。

そのポイントを見ていきましょう。

 

(1)自社の強みは何か?

まずは自社の特色をよく理解することが大切です。

自社の強みを理解していると、買手側が求めるプラスのシナジーに対して、どのように効果が発揮できるかがわかります。

 

「自社と組むとこんなプラスがあります・こんなことができます(適合性・拡張性)」「他社にはこのような理由で同様の取り組みは難しい(独自性)」などがわかれば、それが価格にも反映されるでしょう。

前述した「コストアプローチ」「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」の3つの方法から、自社の価値を知っておくことも重要です。

 

(2)将来性はあるか?

上場している場合だと、日頃から株価を気にしますが、未上場の場合そういった機会があまりないかもしれません。

将来のビジョンを常に持ちながら、1年先、2年先はどのような企業としたいかなどを考えることも大切です。

明確に将来のビジョンを持っていることは、将来の自社の価値を上げていくことにもつながります。

また、売却のタイミングを見据えつつ余剰コストの削減を進め、買手に提示できる利益水準を適正化することも、会社の実力を適正に認識してもらうために重要となります。

 

(3)経済状況や業界動向をチェックしよう

自社の価値を知った上で、現在の経済状況や、業界動向を知ることも経営者として必要です。

M&Aが身近になった今、未上場の場合でも、ある日突然「買収させてください」という声がかかるかもしれません。

いつそうなってもいいように、日々自社の経営状況や、業界動向を欠かさずチェックしておきましょう。

特に、未上場企業のM&A動向などは表に出にくい情報でもあるため、日頃からM&Aアドバイザーに確認するとよいでしょう。

 

(4)信頼できるM&Aアドバイザーにサポートしてもらう

「自社の強みは何か?」とわからなくなることもあるかもしれません。

また、頑張って育ててきた会社を活かしてくれる買手と出会えるのかと、不安にもなるでしょう。

そんなときに手助けしてくれるのが、M&Aアドバイザーです。自社の要望や願いを実現するために尽力してくれるM&Aアドバイザーを選ぶことも、適正価格でM&Aを行うための重要な第一歩といえるでしょう。

 

M&Aの交渉には、①社員雇用の条件、②創業家との既存取引の扱い、③創業家が売却後も担う保証の内容、④保証違反時の補償内容、⑤経営の引継ぎ方法や実現可能なシナジーの合意等、交渉すべきことが多くあります。

M&Aアドバイザーには、クライアントの立場に立って、全体を見据えた冷静沈着な判断と交渉に長けたM&A経験が豊富なM&Aアドバイザーを選ぶことが重要です。

 

(話者:GCAサクセション株式会社 取締役社長 二戸弘幸・執行役員 中村悠太

※本記事は、「株式会社リクルート 事業承継総合センター」からの転載です。

 

 

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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)

 

 

 

■著書プロフィール

株式会社リクルート 事業承継総合センター

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