今回は国を分析する際に用いるACL分析(※)でウクライナ情勢を考える。

 

ACL分析とは

「グローバル・パースペクティブ」において用いる分析枠組み(論点)の一つ、ACL分析とは、独立性(Autonomy)、キャパシティ(Capacity)、正当性(Legitimacy)を通じて、“公的権威”と“社会”との関係を見るものだ。

今回はACLの一つ、独立性(Autonomy)に注目する。とくに、国際社会において独立性を考える際には、主権国家体制が前提となる。

 

主権国家とは

主権国家*とは、

  • 国境によって他とは区分された固有の「領土」を持つ
  • その領土の中では何人からも制約を受けないで統治することができ、その領土の外には自分たちより上位の存在はなく、各国の平等が認められるという「主権」が保証されている
  • その領土に属する「国民」から成り立っている

とされる。

 

果たして、ウクライナは、その領土の中で何人からも制約を受けず、その領土の外に自分たちより上位の存在はないという「主権」が保証されているのか。

 

ウクライナ情勢のこれまで

ウクライナは1991年8月独立以降、一貫して欧州統合を最優先事項に掲げ、NATO加盟も訴えてきた。

現政権のゼレンスキー大統領らもウクライナのEU・NATO加盟の重要性を強調してきた。

 

一方で、2014年にロシアがクリミアを「併合」し、ウクライナ東部ドンバス地方を武力支配して以降、ウクライナとロシアとの関係は悪化している。

その後、ウクライナ、ドイツ、フランス、ロシアによるノルマンディ・フォーマット(ミンスク合意に基づいてウクライナ情勢の解決への協議を行う4カ国での対話の枠組み)等での対話を続けてきたが、膠着状態が続いていた**。

 

2022年以降、米国、ロシア、最近ではフランスとドイツとの外交交渉が報道でとりあげられる。

一方、肝心のウクライナが見えづらい。自分たちの国益に適った行動を、イニシアティブをもって、状況をコントロールして進めているように見えない。

 

一連の報道から、ロシアは、ウクライナ東部のロシア系住民について、現在の国境で区分された「領土」における「国民」であること=ウクライナ国民であることに疑義を呈しているように見える。

過去の歴史的な経緯があり、必ずしも同質の「国民」がひとつの「領土」に属しているとは言えないのが現在の国際社会だ。こうした主権に対する疑義は生じうる。

 

プーチン大統領が考える「主権」

近年、人権や人道などの価値規範を重視して、主権や内政不干渉という主権国家体制の原則を破ることもありうるという考え方、「保護する責任」が登場している。

本来、人民の保護は、その人民が属している国家の責任だが、もし保護責任を国家が放棄した場合には、国際社会がその責任を引き継ぐという考え方である。

 

問題はどの程度の人権などの価値侵害があれば、主権国家体制の原則を破れるのか、である。

無政府状態である国際社会においては、「保護する責任」を適用すべきかの判断もジレンマに陥る。

 

かかる状況に対して、ロシアのプーチン大統領の過去の発言が気になる。

“軍事・政治同盟の枠内においては、それ(主権)は公式に制限されています。(中略)ロシアはそれ(主権)を持つことを非常に重んじます。“***

プーチン大統領の発言は、主権は必ずしも平等に認められるものではないという考えだ。

この考えに従えば、ある軍事同盟に加わるということは、その同盟の盟主でない限り、自らの主権の制限を受け容れることを意味する。

そうすると、独立した立場で国際交渉の相手と見なされなくなる。

 

ウクライナは、こうしたロシアの主権に対する考え方ゆえ、独立性のある、平等な交渉相手としてみなされていないように見える。

それゆえ、独立性が弱いまま、必ずしも平等ではない形で、関係諸国・機関の力を得て、交渉することを迫られている。

 

本来国際社会においては、主権国家体制という原則のもと、各国家は主権、独立性をもっているはずである。

しかし、実態は必ずしも独立性の高い国家ばかりではない。独立性の度合いは、周辺国がその国益に照らして、当該国の現状の領土、国民のありように同意しているか、さらに当該国と軍事・政治同盟の関係から平等な主権国家としてみているかに影響を受ける。

 

近年は「保護する責任」そして「人道的介入」を掲げて、当該国の同意なしに武力を用いて介入する事例が生じている。

ウクライナの独立性について、今回の侵攻の有無にかかわらず、注視していきたい。

 

(執筆:河尻 陽一郎)

 

 

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東京都府中市出身、中央大学文学部国史学科卒業。大学生の娘と息子をもつ二児の父。大学卒業後バックパッカーとして世界各地を巡り、その後、北京・香港・シンガポールにて20年間にわたり教育事業に携わる。シンガポールでは約3,000人規模の教育コミュニティを運営。
帰国後は東京、京都を経て、現在は北海道の小規模自治体に在住。2024年7月より同自治体の教育委員会で地域プロジェクトマネージャーを務め、2025年4月からは主幹兼指導主事として教育行政のマネジメントを担当。小規模自治体ならではの特性を活かし、日本の未来教育を見据えた挑戦を続けている。
教育活動家として日本各地の地域コミュニティとも幅広く連携。写真家、動画クリエイター、ライター、ドローンパイロット、ラジオパーソナリティなど多彩な顔を持つ。X(旧Twitter)のフォロワーは約24,000人、Google Mapsローカルガイドレベル10(投稿写真の総ビュー数は7億回以上)。

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コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/6/16更新)

 

 

※参考:ACL分析

● 独立性(Autonomy): 社会的利害から独立して国家自身の利益を構築する国家の能力を言う。例えば農協、医師会など利益団体の影響に政府が振り回されていないか。

● キャパシティ(Capacity): 基本的な政治・経済の機能を果たす能力を言う。例えば、基本的な国家機能(司法・立法・行政・治安・軍事など)は遂行されているか。

●正当性(Legitimacy): 国家とその指導者に対する社会の信頼を言う。例えば人民が国家・指導者が正当であると考え、国家・指導者に従うことが正しいと考えているか。

 

出所:

*『国際政治学をつかむ 新版』村田 晃嗣 , 君塚 直隆, 石川 卓, 栗栖 薫子, 秋山 信将、有斐閣

**「ウクライナ概観」2021年10月在ウクライナ日本国大使館 https://www.ua.emb-japan.go.jp/files/000504844.pdf

***『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』小泉悠、東京堂出版

本記事は2022年2月23日時点の状況をもとに執筆されました。「グローバル・パースペクティブ」は、グロービス経営大学院における、世界情勢を正確に捉えるマクロな視点を身につけるための講座名です。

 

 

 

【著者プロフィール】

グロービス経営大学院

日本で最も選ばれているビジネススクール、グロービス経営大学院(MBA)。

ヒト・モノ・カネをはじめ、テクノベートや経営・マネジメントなど、グロービスの現役・実務家教員がグロービス知見録に執筆したコンテンツを中心にお届けします。

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Photo by Max Kukurudziak