人の話を聞くとき、多くのシチュエーションで「解決」よりも「共感」が重要なことがある。

 

しかし、このような話を聞くと

「私は人に共感するのが苦手なのですが、どうすればいいですか?」

という人が数多く出てくる。

場合によっては、思い詰めてしまう人すらいる。

 

しかし、そんな心配は無用だ。

結論から言うと、人に共感なんてする必要はない。

 

なぜなら、共感は、「共感するふり」だけでも十分意味があるからだ。

 

*

 

例えば、こんな会社がある。

 

ほとんどの案件を作ってきているAさん。

業績への貢献度から言えば、その人は紛れもないNo.1で、他の追随を許さない。

 

顧客からの評価も高く、その人指名で仕事が来る。

つまり、代替可能性が低い仕事をしている。

だから、その人は極力、雑用は他の人に任せており、会社では暇そうなときも。

 

一方で、その雑用を引き受けているBさんは、いつも忙しそうにしていた。

ただし、せわしく動いてはいるが、代替可能な仕事をしているだけであり、「その人でないと困る」という事はない。

とはいえ、「自分は一生懸命働いている」という自負が彼にはあった。

 

そして、微妙なバランスではあったが、揉め事はほとんどなかった。

なぜなら、Aさんが、合理的に行動していたからだ。

 

具体的には、彼はBさんに対して、いつも

「いつも忙しいよねー、わかる、わかるよ。たすかります。」

という、共感と配慮を示していた。

 

Aさんの方が、Bさんよりもはるかに会社にとって重要な仕事をしている。

しかし、Bさんへのそうした「配慮」が、Bさんの「私だけ忙しい」という不満を減らし、それによって、組織が上手く回っているようにも見えた。

 

*

 

ある時、私はこっそり、そんな微妙なバランスを保っているAさんに聞いた。

「共感力」がとても高いように見えるのですが、なぜAさんはそんなに人に寄り添えるのですか、と。

 

すると、少し考えてAさんは言った。

「共感なんて、かけらもしてないよ。」と。

そして言った。

「Bさんはいつも、無駄に忙しそうだと思っているし、正直なところ、誰でもできる仕事をしているだけ、とは思ってる。」

 

私はびっくりした。

「じゃ、なんで、あんな優しいことが言えるんですか」

 

Aさんは言った。

「雑用であっても、滞りなくやってほしいから。新しい人に変わると、教えるの面倒だし。」

 

私はきいた。

「という事は、いつもBさんに見せている共感は、演技だという事でしょうか?」

Aさんは呆れたような顔で言った。

「共感って、そういうもんじゃないの? そもそも、Bさんが何考えてるんかなんて、わかるわけないでしょ。別に分かりたくもないし、私もエスパーじゃない。ただ、共感しているように見せるだけなら「大変ですね」って言えばいいだけだから、言ってる。」

 

なるほど。

そういうことだったか、と思った。

 

共感力が高いと思われている人にも、2種類いるのだ。

一つは、相手の気持ちになれる、本当に共感力が高い人。

そしてもう一つが、共感力が高いように「見える」だけの人。

 

そして、外形的にはこの二つは区別がつかないし、効果も同じなのだ。

 

だが、前者は「共感」しているが、後者は「相手の思考を読んで、対応している」だけ。

つまり、AIと同じだ。

 

生成AIは実に「共感したふり」が上手い。

 

例えば、シロクマ先生が書いていたが、AIチャットの相談試験の生徒満足度は93%を超えている。

多分、人間がやるよりも良いのだろう。

これらは、一般的にはAIの良いところとみなされているし、実際、長所だろう。株式会社ZIAIが千葉県柏市で行った、AIチャット相談試験のトライアルでは、生徒の満足度は93.6%だったというが、その満足度はAIの性質にも支えられていただろう。

 

そういう点で「共感」は必要ない、というのは合理的で、「共感しているように見えること」だけが必要なのだ。

 

実際、私は様々な職場で、「生成AIのような振舞い」であっても、職場ばうまく回れば問題ない、と考える人が、結構多いことを知っている。

「共感力が高いように見えるあの人」

が、本当に人に共感しているかなんて、誰もわからないのだ。

 

どうせ区別がつかないなら、共感は、「共感するふり」だけでも、十分意味がある、と思っても差し支えはない。

 

*

 

「礼儀」の定義を知っているだろうか。

礼儀とは、辞書にこうある。

「敬礼・謹慎を表す作法」のこと。

 

礼儀とはあくまで、外形的なもの。作法である。約束事である。

相手にとってどう見えるかの「表現」の問題であって、こちらがどう思うかの心持ちの問題ではない

 

共感とは所詮、そのようなものであると、私はAさんから学んだのである。

重要視しすぎる必要はない。

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」82万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

◯Twitter:安達裕哉

◯Facebook:安達裕哉

◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

Photo: