「……人類の文明は酒とともにはじまった。文明の終焉もまた、酒とともに到来するであろう。酒は知性と感性の源泉であり、人間をして野獣と区別せしめる唯一の方法だと言えよう……」
これを読んだユリアンは評して言った。
「いまどき、安酒場の宣伝文だってもうすこし気のきいたことを書くんじゃないでしょうか。」
『銀河英雄伝説』より
しばらくぶりに『銀河英雄伝説』のページをめくった時、ヤン・ウェンリーという人物が酒について随筆を書いているシーンが目に留まった。
酒が”人間をして野獣と区別せしめる唯一の方法”とは認めがたいし、かえって酒によって制御を失ってしまう人間も少なくない。
とはいえ、酒が人間社会のなかで案外重要な役回りを担ってきたのも事実で、知性や感性を刺激してやまない瞬間もあったはずだ。
これに関連して、酒という、個々人によって適性やリスクが大小まちまちであるものについて書いてみる。
人によって適性やリスクの大小が違う以上、万人に勧められるものではないし、その性質からいって、コロナ禍の状況によっては制限を余儀なくされるかもしれないことをあらかじめ断っておく。そのうえでお読みいただけたらと思う。
そのときワイングラスは確かに輝いていた
まず、2022年春頃の思い出話を書こう。
朝夕が過ごしやすい季節で、当時は新型コロナウイルスの感染規模も小さかった。
出張で来ていたその地方都市は午後8時を過ぎても温暖で、夕食がイマイチだったこともあり、久しぶりに外飲みなどしたい気持ちになったのだった。
googleマップで検索してみる。と、宿の近くにワインバーが見つかった。
地方都市でワインバーは当たりはずれのある選択だが、googleについていた評価は悪くなかった。
今じゃ、googleの評価もあまりあてにならない。それでも、行くだけ行ってみよう。
自分の身なりを再チェックしてからホテルを出た。石畳の路地を歩いて、ものの数分で目的の店にたどり着いた。
ワインバーにも色んなタイプがあり、私は「ショーウインドー系」とか「隠れ家系」とか「ダイニング系」とか勝手に分類しているが、その店は、どうやら「洞窟系」のようだった。ウナギの寝床のように店が長くて、暗くて、重たい木製のドアには人を拒む気配すらある。
店内を知る手がかりはgoogleの評価と写真だけだ。しばし、躊躇する。けれども好奇心とワインが飲みたいという願望が最後には勝った。
「いらっしゃい」
暗くて長い店のカウンターには、50歳ぐらいのひげ面のマスターを囲むように、三人の客が並んでいた。どうやら常連らしい。
お邪魔にならないよう、私は隅のほうの席に座った。差し出されたメニューを見て、ほくそ笑まずにいられない。なかなか良心的な価格設定だ。
駆け付け一杯、アルザス産のスパークリングワインを頼むと、フルート型のグラスに並々と注がれたそれは柑橘系のさわやかな風味でいくらでも飲めそうだった。
例の、常連らしき三人組がブルゴーニュワインの高騰についてあれこれしゃべっていて、時折、相槌を打つようにマスターがそれに加わっている。あの三人、相当ワインに入れ込んでいるとみた。
じっと彼らの言葉に耳を傾けながら、時折視線をそちらに流しておく。
変化は、私が二杯目に頼んだブルゴーニュ産の白ワインを飲んで、マスターに「こいつは、塩味も混じっていてめちゃうまい」みたいなことを言った直後のことだった。
「お兄さん、このお店、いいワイン揃ってるでしょ?」
いい感じにできあがっていた常連のひとりが、こちらに話しかけてきたのだ。
つかさず「ええ、近所にこんなお店があったらと思います」と答える。
「出張ですか?」
「はい。さっき、宿の近くにこの店があるのを知って。」
「最近のブルゴーニュワインは値上がりがメチャクチャだねえ」。
そういった無難なところから会話が始まり、30分も経たないうちに、ワイン談義やらコロナ談義やらですっかり意気投合してしまった。
常連三人組は職業はまちまちながら、ここで飲兵衛仲間として知り合ったのだという。
コロナ禍がひどかった時期にはリモート飲み会をやってみたこともあったそうだが、結局、店に集まって飲んだほうが良いと結論付けたそうだった。
そうやって二時間半ほど喋っただろうか、良心的な価格設定とはいえ、気が付けば結構な飲み代になっていたけれども、自分の知らないワインの銘柄を教わったり、コロナ禍についてさまざまな立場の意見を聴いたり、得たものは小さくなかった。
なにより、見知らぬ地方都市で見知らぬ人と知り合い、賑やかなひとときを過ごせたのが最高だった。
独りで食事をするだけでは、こうはいかない。
その日、確かに私たちのワイングラスは輝いていた。
酒が人と人とを繋げ、知識や情報を媒介し、感情を共有する鎹(かすがい)となった格好だ。酒の神・ディオニソス万歳、である。
その害とリスクが強調されてきたが……
この思い出話に限らず、私は飲み屋で知らない人に出会い、知らない話を聞くのが好きだ。
不快な思いをするリスクがないわけではないが、居心地が悪ければ、さっさと会計してしまえばいい。
和風な居酒屋も悪くないが、私はワインや洋酒のありそうなお店を選ぶことが多い。
賑やかな立ち飲みワインバーも好きだ。
酒の神・ディオニソスはそういう場所にしばしば現れ、人と人とを繋げてくれる。
そしてコロナ禍のせいで廃れてしまった感はあるが、事業所単位の大規模な飲み会にも応分の役割があったはずだった。
フォーマルな大規模飲み会がそっくりそのまま楽しいことは少ない。が、それでもお互いの自己紹介の場として、あるいはメンバーシップの確認の場としての有用性はあったように思う。
こんな具合に、酒は、人と人を繋ぐ、出会う、結びつける点では、かなり強いアイテムだと思う。
「胸襟を開く」という言葉があるが、酒がいちばん良い具合にハマるとまさに胸襟を開くという言葉がぴったりの、人と人とが意気投合する瞬間ができあがる。
そういえば、金成隆一『ルポ トランプ王国2』でも、バーでの取材が成功裏に進むさまが活写されていた。
入り口のドアを開けた。想像していた以上に小さな店だった。
「あら一人?」。少し驚いた様子でバーテンダーの女性が最初に声をかけてくれた。助かった。存在に気づかれなかったり、無視されたりするのが一番つらい。
「はい、一人です。初めて来ました」「ニューヨークからオハイオに向けてロードトリップ中で、おなかが空いていて、できれば地元ビールも飲みたいです」
カウンターをほぼ埋めている客にも聞こえるような声で目的を告げた。「私は無害な来客ですよ」というメッセージを送るためだ。そしてカウンターに近いテーブル席に座った。
先ほどのバーテンダーがメニューを持ってきた。やり過ぎぐらいの笑顔で礼を伝え「あなたの一番のおすすめ、地元の生ビールをください」と注文した。こう注文して喜ばないバーテンダーに出会ったことがない。初めての店では、とにかく店の人と打ち解けることを最優先にしている。たいていは「任せなさい」といった表情でビールを持ってきてくれる。(中略)
「ジャパンから来たのか! ジャパニーズの男よ、手の甲に塩を振れ!」
ヘザーの取材を終えて、ビールを飲んでいたら、今度は酔っ払った白人の男たちに取り囲まれた。1人が私の右手をテーブル上に固定し、別の1人が私の手の甲に食塩を振る。
すると英国なまりの英語(英国人に怒られそうだが、ここはアメリカなので)を話す男性が前に出てきて、笑顔でショットグラスを突き出した。「さあ、一緒に飲むぞ」「いいか、手の甲の塩をなめてからウォッカを一気飲みだ。その後にレモンをかじるんだぞ。何度も言うが、レモンを忘れるなよ」
ショットグラスにはウォッカがなみなみと注がれていた。ここまで来ると、もう断れない。仲良くなる儀式のようなものだ。掛け声とともに胃に流し込んだ。強烈なウォッカが胃に到達したのを感じる。だが、塩をなめ、直後にレモンをかじると、ダメージが和らいだ気もする。
こうして酒の力も借りながら、筆者はさまざまなトランプ支持者とコミュニケートしていく。
そうしたやりとりがなんとも面白い。
やはり、酒は、人間関係の領域における強力なドーピングアイテムのようにみえる。
酒をうまく嗜むとは、このドーピングアイテムとしての恩恵を最大化し、そのデメリットやリスクを最小化することに他ならないのではないだろうか。
酒にはさまざまな薬理作用があるが、そのなかで群を抜いて重要かつ有用なのは、人と人が仲良くなる効果ではないかと私は思っている。
少なくとも笑顔のうちに酒杯を共有できる者同士ではそうだ。
酒は、使いこなせる人が使い方を心得る限りにおいて、社会適応やコミュニケーションを補助するアイテムとしてかなり「使える」。
もちろんアルコールには悪い側面もあり、それは近年とみに強調されてきた。
「適量のアルコールは健康に良い」「赤ワインのポリフェノールがうんぬん」といった話も過去にはあった。
しかし私は、酒そのものは身体には良くないと割り切ったほうが潔いと思っている。
そのリスクはさまざまで、不慣れな若者の一気飲みなどによる急性アルコール中毒、慢性的な飲酒による肝障害、強すぎるアルコールによる消化器系の癌のたぐい、そしてアルコール依存や認知機能の低下といった精神科領域の弊害、等々。
全般的に不衛生だった数百年前のヨーロッパのような、安全な飲み水にも困っていた時代にはそのアルコールの薬理作用がかえって有用だったが、社会全体が衛生的になり、誰もが長く生き、長く働かなければならない現代社会では、酒がもたらし得る健康上の弊害は昔よりずっと注目しなければならないものとなっている。
とはいえ、だ。
人と人を繋げる瞬間、酒杯は確かに輝く。黙って唐揚げ定食を食べているだけでは繋がらなかったはずの人と人を繋げ、本当は出てこなかったはずの話題をテーブルの上にひょっこりと登場させ、奇妙な名刺交換の場を創りだす。
だからコミュニケーションのドーピングアイテムとして、これを心得え、うまく使いこなせることには社会適応上の可能性があるはずなのだ。
でもって、たぶん電通のような企業に勤めている人は、そういった面でも卓越しているのだろう。
世間ではいまだ、大規模な宴会や会食にセンシティブな状況が続いている。
人と人を繋げるという意味では、本当にもったいない事態だと思う。
それだけに、久しぶりに誰かと飲める瞬間、そうして酒杯が輝き、人と人とが繋がりあう瞬間が待ち遠しい。
この文章は、まだコロナ禍第七波の勢い盛んな8月上旬に書いた。9月には状況が改善し、再び酒杯を傾けられたらと願う。
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現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
日本発グローバルバイオ製薬企業にむけて、同社の成長基盤の構築に尽力している。
岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
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【プロフィール】
著者:熊代亨
精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。
通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。
twitter:@twit_shirokuma
ブログ:『シロクマの屑籠』

Photo by Elle Hughes











