昨今、ニュースやテレビ、雑誌などで”サウナ”という言葉を目にする機会が増えました。
銭湯やスパ施設内のサウナを利用するのが一般的ですが、最近では「個室サウナ」という新たなジャンルが加わり、プライベートな空間でサウナを楽しむ人も増えています。
数年前には若者・女性が行くところとは認知されておらず、「高度成長期の飲み明かした人が仮眠するところ」のようなイメージだったサウナが、どうしてこんなにブームとなったのか?
そして、ブームはどのように変化しつつあり、新しい形態「個室サウナ」はなぜ流行っているのか?本稿では、「意味のイノベーション」とイノベーター理論の「キャズム」から考えてみましょう。
サウナブームのポイント
まずはサウナに入ったことのない方にもわかるように、簡単にブームを解説していきます。
サウナブームには、以下4つの要素が関わっていると考えられます。それぞれのポイントを整理してみましょう。
(筆者作成)
1.「サウナ」そのものの効能・独特のハマる要素
・サウナと水風呂の行き来を繰り返すことで得られる感覚が「ととのい」という概念で示されるように、リラックス効果が高く、ストレス解消の効能感が強い
※これらはストレスや情報の多い時代に求められている「デジタルデトックス」「マインドフルネス」「疲労回復」などの要素と結びつきやすい
・家や他の体験では味わえない、サウナの極端な熱さや水風呂の極端な冷たさという強く非日常的な刺激
2.テクノロジー、インターネットによる情報流通の速さ
・熱量の高いユーザーのSNSでのサウナアカウント活発化やサウナ情報ポータルサイトのリリースにより、情報がスムーズに手に入るように
・漫画、テレビドラマ、YouTubeなどのメディアや、著名人・インフルエンサーによる流行気配で、体験への信頼感・安心感が醸成された
3.今までのパーセプションからの変化
・「熱く、辛く苦しいもの・男性のもの」といったイメージから「気持ち良い、怖くない、マインドフルネス的要素」などが取り上げられるようになり、新規ユーザーへも広がった
・20代後半から30代前半がユーザーの中心となり、新興のサブカルチャーとしてオシャレグッズや独特の用語などが発生し、「サウナ好き」であることが「文化・スタイル」化した
・サウナ旅、サウナ飯、熱波サービスなど、リラックスした状態含め入浴前中後トータルでの体験を楽しめる文化になった
4.温浴事業者・提供者のサウナ注力、新規参入
・今まで浴場のおまけ要素だったサウナや水風呂をアピールすることで集客が向上、さらに付帯サービスやイベント、物販など周辺価値でも収益向上
・コロナの影響、ブームによる混雑などによる「個室サウナ」「アウトドアサウナ」「会員制サウナ」など、新たなジャンルの台頭
・大きな風呂を設置しない個室サウナや、アウトドアサウナはコストが低く開業可能
(温浴業態は消防法、公衆浴場法などから新規参入が難しい)
サウナ自体は前からあり、そのものの技術、機能、要素は変化していません。
ですが、この数年でサウナと言う場所に行くことの「意味」が徐々に注目されてきています。
それは、上記4つの要素が循環し、サウナの「意味のイノベーション」が起きたからなのではないでしょうか。
この仮説を元に、更に紐解いてみましょう。
”サウナ”には「意味のイノベーション」が起きている
意味のイノベーションとは
電気がある時代に、ヨーロッパの人々はかつてないほどロウソクを買い、電球よりも多くの金額をロウソクに投じています。
「明るくする」という”機能”のために使われていたろうそくを、明るさの上回る電球よりも部屋を「暗く」、雰囲気を良くするために消費しているのです。
こうした機能・技術は変わらないけれど使う意味が変化することを、「意味のイノベーション」と呼びます。
イタリア・ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授が著した『デザイン・ドリブン・イノベーション』に登場する言葉で、極端な言い方をすれば、製品の仕様やパッケージをまったく変えることなくイノベーションを起こす方法とも言われています。ベルガンティ教授は、
『ろうそくは、「前時代のものに見えつつ、意外にも現代的な文脈において意味のイノベーションを起こした事例」であり、「人が見過ごしてしまいがちな意味の象徴」でもある。』
と指摘しており、まさに現在のサウナにも当てはまるように思えます。
サウナブームの更なる変化
アイデアは「意味」と「技術(仕様)」によって構成されていると捉えることができます。
この2つは相互に関連しますが、商品開発のプロセスにおいては意味と技術(仕様)を分けて捉え、どちらをどう変化させるかを考えることが重要です。
以下は横軸を「意味」の変化、縦軸を技術(仕様)の変化の段階に応じて、どのように変革が起こるかを示した図となります。
これをサウナにあてはめて考えてみましよう。
ブームが進行して登場した個室サウナは、短時間で質の高いリフレッシュや癒やしを求める多忙なビジネスパーソンや経営者に選ばれやすいとされています。
客単価も高めに設定されており、1時間4000円程度が相場で、年会費が100万円を超えることも。
メインターゲットは法人で、勢いのあるスタートアップや芸能事務所、大手企業が福利厚生として会員権を購入することが多いそうです。なんだか一昔前のゴルフ会員権のようです。
サウナブームはもともと、大衆浴場にある誰でも入れるサウナのように「市場主導」で作られ、文化となっていく流れ=マーケット・プルにありました(前述のように、サウナそのものの技術、機能、要素は変化していないため、技術の進歩からイノベーションを起こすテクノロジー・プッシュには当てはまりません)。
対して個室サウナは高級路線という目的を持ってデザインされたサウナ体験を売りにしています。
いまサウナは、マーケット・プルでつくられるものではなく、意図的にデザインドリブンで新しいものがつくられていく流れにあるのです。
”サウナ”は市場のキャズムを超えたか?
製品や市場には、誕生から衰退までのプロセスがあるとされており、マーケティングではこれを「プロダクトライフサイクル(事業ライフサイクル)」と呼びます。
製品が販売されてから終了するまでの期間によって、適したマーケティング手法が異なる」という考え方です。
プロダクトライフサイクルでは、「導入期」「成長期」「成熟期」「衰退期」の4つの時期に分けられます。サウナはまさに今、成長期にあり続々と提供者も増加している最中です。
新しい製品やサービスの市場への浸透率を表すイノベーター理論によれば、各プロセスでの消費者は次の5つに分類されます。
(グロービス学び放題の資料を参照して筆者作成)
キャズム理論とは
これを踏まえて、キャズム理論にも触れていきましょう。
キャズム理論とはアメリカのマーケティング・コンサルタント、ジェフリー・A・ムーア氏が提唱した、顧客に新しい商品やサービスを浸透させる際に発生する大きな障害、乗り超えるべき溝、谷のことを指します。
キャズム理論では、以下の図にある通り、イノベーターとアーリーアダプターをまとめて「初期市場」、アーリーマジョリティ以降の層を「メインストリーム市場」といいます。
(グロービス学び放題の資料を参照して筆者作成)
新市場では、初期市場と、メインストリーム市場でニーズが異なることが成長を妨げる深い溝になってしまうことがよくあります。
初期市場のイノベーター、アーリーアダプターの商品を購入するモチベーションは「新しさ」です。商品のメリットより、その商品を誰よりも早く持つことに価値を感じます。
一方で、メインストリーム市場では、「大勢の人たちが使っているという安心感」こそが購買動機になります。初期市場ではそれが達成できないことがあります。
ユーザーの認識の変化を促した「安心感」
サウナ市場の場合は特に、「熱くて辛い、そして水風呂は冷たすぎる」といった<強い刺激への恐怖>があったと言えます。
ここからサウナがメインストリームに受け入れられたのは、相当な信頼の積み重ね、安心感が必要になったと言えます。
キャズムを超えるためには、まずアーリーマジョリティへのアピールを強めることが大切です。
具体的には、信頼を得るための実績・具体的でメリットの効果をアピール・ユーザビリティを高める・口コミを広めるなどが有効です。
(筆者作成)
サウナの場合は、熱狂的ファンの口コミと、インターネットでの情報流通、そしてテレビや漫画、雑誌の影響などが安心感を生み、ユーザーの認識が変化しメインストリーム市場へ向かっていったと考えられます。
今後のサウナやいかに?
サウナの「意味のイノベーション」が世間に浸透し、パーセプションが変化し、新しい価値や文化が追加され、流行ることによって安心感が醸成されたことが、イノベーター理論の「キャズム」を乗り越え、現在のサウナブームとなっているのかもしれません。
そして、新しく登場した個室サウナでは更なる意味のイノベーションが起きました。
従来のように大きなお風呂や解放感を売りにした温浴施設ではなく、面積も小さく、大きなお風呂やサウナがなくても、「プライベート空間、貸し切りという贅沢さ」をその空間の意味としたのです。
しかし、サウナのみの価値を提供する個室サウナがキャズムを乗り越えるためには、サウナ以外の要素や体験も加えリピートを増やしていくことが必要になってくるでしょう。
現在でも、設備コストが下がる分スピーカーやテレビ、アメニティ、お水等でプライベートな贅沢さへの価値追加を行っているところは多くあります。
しかし、イノベーター、アーリーアダプターの先にいる顧客にアプローチするにはより工夫が必要となります。
街歩きやレストランとの連動など、サウナ以外の体験を充実させる施設もあらわれていますが、今後もそういった柔軟な施策が登場してきそうです。
ぜひ皆さんも、身の回りのビジネス・プロダクトで「意味のイノベーション」を考えながら、その後のマーケティングプランとそのキャズムの乗り越え方を考えてみてはいかがでしょうか。
(執筆:越田 愛佳)
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